89 突然爺さんが
ルナには気配の判別もある程度できる。この射撃場にやってくるのはハティかスコット、あとはティリーくらいなものなのだが、違うんだろう。
ここのところスコットは再び不在だし。ハティは今日馬車の御者が体調を崩しているということで変わりに御者のバイトをしている。
「えっと、親父かな?」
「……違う」
「うーん?」
「男の人」
「誰だろ」
「若くない」
「おじいさん?」
お爺さんって、この家で一番年を取ってるのは……。庭師の親方か執事長か。なんだろう。一応すぐにでも動けるように気持ちは張っておく。
ルナの言う通りすぐにその気配は俺にも感じられる。というより普通に階段を降りてくる。そのまま、躊躇いもなく射撃場のドアが開かれる。
開かれたドアの向こうには、ルナの言う通り一人の老人が立っていた。
「ふむ……」
「えっと?」
「ここは、なんじゃ? 魔法の練習か?」
「は、はい……」
老人は俺の戸惑いも気にすることなく当然のように聞いてくる。俺もその空気に飲まれ普通に応えてしまう。
そのまま中へ入ってきた老人はカバンから望遠鏡のようなものを取り出して奥にある的の方に向かって覗き込む。
えっと……。だれ?
俺が困ってルナの方を見ても、ルナは無表情のまま首を横にふる。
「属性は、地属性か?」
「え? そ、そうです……」
「なんじゃ? ううむ……アイアンバレッドか何かか?」
「分かるのですか?」
「分からん。が、ストーンっぽくなかったからな」
何者だ? と考えていた俺の中にピン! とこの老人の正体が思い当たる。
――まさか!
「あ、僕はラドクリフ・プロス――」
「知っとる」
「そ、そうですよね。えっと。先生は……」
「先生? ……何のことじゃ?」
「えっと……。父が探してくれた。魔法の先生……では?」
「何を言っとるんじゃ。魔法なんぞ使えんわ」
「えっ……。では王立学院の試験の家庭教師とか……?」
そこで初めて老人は俺の方を向く。
……あれ?
この人、なんかどこかで……。
その容姿にどことなく既視感を覚える。
「なんじゃ、本当に分からんのか。……グフタスじゃ」
「グフタス……。え? ……誰だっけ」
「ぅぉい! お前の親父の親父じゃ」
「えっと、それって、え? おじい様?」
白髪が目立ってはいるが、よくよく見てみれば俺と似た金髪の癖っ毛。そして顔の作りの雰囲気。確かにプロスパー家の特徴がある。
爺さんは早くに家督を親父に譲り、自分は隠居して好き放題に生きていると聞いていた。そして今は南国の温かい国でのんびりしているとも……。
「かっかっか。まさかプロスパーに魔法使いが産まれるとはな」
「で、でもおばあ様は魔法使いだったと聞いていますが」
「まあ、確かにあれの血が出たのかのう……」
爺さんは少しさみしそうに俺を見つめた。婆さんはだいぶ若く亡くなったと聞いている。亡き妻のことでも思い出しているかのようだった。
その婆さんは魔法使いだったと聞いているが、そこまで一線級の魔法使いという訳じゃ無かった。たぶん国や領の魔法師団へ入るような実力までは無く、ただ少し魔法が使えたといった感じだったと思う。
実際プロスパー家では魔法使いの血が出たのはここ親父と祖父の兄弟でもいなかったという。レアはレアだろう。
と、それにしても何故ここに祖父が?
確か祖父は親父に家督を譲った後に、南国の温かい所で余生をすごすとか言って引っ越していったはずでは。
「なんじゃ。元はここはワシの家だったんじゃ。帰ってきてもいいじゃろ?」
「でも十年以上帰ってなかったから……」
「だいぶ遠くに引っ越しちまったからな。そんなポンポンと帰れんのよ」
「な、なるほど……」
確かに電車も飛行機も無い世の中だ。移動だけで一ヶ月とかかかるような世界でそうそう行き来は出来ないのか。
それにしても……。本当に祖父なのか。だいぶ父親とはキャラが違う気がする。格好もいつもビシッと正装を決めている父と比べて、かなりラフな感じだ。
それでも、服のポイントポイントはこだわりを感じるし、ヒゲなども綺麗に整えられ、隠居して楽しく遊んで過ごしている感じはひしひしと伝わる。
――本当にこの人が?
そんな疑念も夕食時にすぐに取り払われる。
……。
「父さん……。少しお金を使いすぎじゃないですか?」
「そう言うな。老い先短い老人なんじゃ。死んでしまったら使う金も使えんわ」
「見た感じ元気そのものじゃないですか……」
「ほっほっほ。お前も少しはストレスのない生き方をしてみろ。そんなジジイみたいな顔して。……のう? ラド」
「えっと……?」
夕食のテーブルには、当たり前のように祖父が同席していた。
そして、父親や母親の態度を見れば間違いなく俺の祖父であることは分かるのだが。
「そ、そう言えばおじい様。一つ聞きたいことがあるのですが……」
「ん? なんじゃ?」
「マフナ・コナって人はお祖父ちゃんの知り合いなの?」
そう、例のダンジョンもどきについてい調べていた時に出てきた書籍の作者だ。『魔素の発生源』と『魔脈とダンジョン』の二冊に、どちらも「グフタス・プロスパー様へ」という言葉が書かれていた。
「……なぜ、それを?」
「なぜって。マフナ博士の本に、お祖父ちゃんへって書いてあったから」
「ん? 書いてあったって、お前それを読んだのか?」
「うん。ちょっと調べたいことがあって……」
「調べたいって、子供が読んで分かる本じゃないだろ?」
う、まあ、確かにある意味学術書的な物だから子供が読むような本ではないか。実際内容もかなり論文チックな書き味で、一般向けとは思えなかったし。
祖父のツッコミに俺もなんて答えて良いかちょっと悩んだが、フォローをしてくれたのは父親だった。
「父さん。ラドは本が好きなんですよ」
「好きって、そういう話でもないじゃろ?」
「ちょっとこの子は、変わっているというか……」
「変わってる?」
「例のミルヴィナの雫、あれを最初に思いついたのもこの子なんですよ」
「なんと……。サンプルは届いたが。あれを?」
あ、まあ。知らなければちょっと不可解な話だよな。俺だって六歳七歳の頃にそんな事をしたやつがいたら、普通は信じがたい。
祖父の驚いた顔に俺はどう反応していいかわからずに苦笑いをするだけだった。
結局その後マフナ・コナに関しての話は有耶無耶となったまま夕食会は解散になる。俺としてもしばらく祖父は家に滞在するのだろうと慌てはしない。
と、その夕方。
俺が寝る前にゆっくりと太極拳の二四式をやっているとドアがノックされる。こんな時間だとティリーもすでに家に戻っているだろう。ということは。
「どうぞ」
俺が声を掛けるとやはり入ってきたのは祖父だった。
祖父は俺のへんてこな動き一瞬目を留めるが、更にへんてこな部屋が気になるのか部屋の中を興味深そうに見回す。数年前と比べると俺の部屋はだいぶ様変わりしている。
例の木箱も数段積み重ねられ、蔵書(父の本)もかなり増えていた。
祖父はそんな棚を見つめながら聞いてくる。
「なるほど、本当に本が好きなようじゃな」
「おじい様も、ですか?」
「おじい様はやめろ」
「やめろって、なんと呼べば?」
「そうじゃな……。グランパ。そう呼びなさい」
「グランパ……」
「それから他人行儀な敬語を使うな、お前のじいちゃんじゃぞ? 普通に話せ」
「はい」
「友達と喋る時に、はい、なんて言うのか?」
「い、いわない。うん。わかった」
「そう、それで良い」
と言いつつも、実際今日初めて会うしな。
はじめはぎこちなく話すが、少しづつ他人行儀な喋り方も気をつける。それでも言葉使いを買えるだけでなんとなく気持ちの距離が近づく感じはある。
もしかしたら、父親の関係も硬い喋りのまま四年間を過ごしてるのが、壁になっていたりするのだろうか。




