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85 ダホン 3

 ダホンは強いことは強いが、現役の暗殺者ではない。実際、原作二巻では途中に出てきたちょっと強めの敵、という位置づけだ。

 二巻では「堕ちた英雄」と言われたバッソとの戦いがメインだ。


 少なくともこいつに勝てなければ、エリックの足元にも及ばないというわけだ。


 

 ということで……。


 こいつが俺の今の実力をはかる試金石になる。

 

 

 俺は魔力を練り、体全身へと送る。その様子を見たダホンが口笛を吹く。


「ヒュ~。なるほどな。やっぱり殺すのは勿体なさそうだ。……どうだ? 俺のもとで働かせてやるよ」

「……なにを?」

「分からねえか? 死にたくないだろ?」


 自分の駒にと勧誘……。まずはエリックの時と同じだな。

 魔法も見せたし、そのくらいの存在だとは認めてもらえたようだ。


「ばーか」

「あ?」


 次の瞬間おれは地面を蹴る。ナイフを逆手に持ち、見えないようにしながら、体を左へと流す。


「右だろ?」

「ぐっ」


 ダホンは口元に笑みを浮かべたまま俺の狙いを口にする。

 俺は思わず後ろへと下がる。つい出てしまう俺の表情も、ダホンには楽しいのだろう。完全に看破されている。


 流石というべきか、経験の差を感じながらも俺はすぐに気持ちを切り替える。


「我が魔力よ――」

「させねえよっ」


 俺が詠唱をしようとすれば、今度はダホンが前に出る、手に持つのはナイフ。見ればルナの持っていたものと同じやつだ。

 そのナイフは俺の口元めがけ横に振られる。


「うぉっ」


 顔の眼の前を通り過ぎる銀色の刃に背筋が凍りそうになる。俺はのけぞってナイフを避ける、流石に詠唱を止めそのまま後ろへ下がる。


 くっそ。接近戦での魔法の使い方か……。厳しい。


 ダホンは俺に息をつかせるつもりはないようだ。止まらずに二撃、三撃とナイフを振るう。そのたびに俺は寿命が縮む思いだ。


 ナイフ……。その短さ。鍔のようなものもない。剣のように相手のナイフをナイフで受けるなんてことも薄氷を踏む気分になる。小回りの効くその刃に俺はひたすら下がるしか出来ない。


「初めてか? ナイフは」

「……」

「怖えだろ。貴族は長え獲物しか使わねえからなっ」


 ああ……。正直怖い。

 ナイフなんて、剣に比べれば怖くないと思っていた。だが、大きく思い違いをしていたことを知る。細かく入れてくるダホンのフェイントに俺は確実に翻弄され、そのたびに体が泳ぐ。

 なんとか致命傷は免れていたが両腕にはいくつもの線が彫られていく。


 くっそ。


 なにか無いか……。俺はダホンの攻撃を避けながら必死に頭を巡らす。


 ……動きをよく見ろ。


 今はそれしか無い。必死にダホンの動きを見ながら対処する。守りだけじゃ無い。必死に合間を探し攻撃も入れようとする。だが、そんな俺の動きはダホンにとっては素直過ぎた。


「いっ」


 攻撃の手すらカウンターを合わせられ、手傷が増える。


 ……これほどなのか。


 俺とエリックとの差は……。


 ……ギリッ。実力の足りなさに思わず歯噛みする。


 これでは恐怖に喰われる……。



「ラドッ!」


 その時後ろからハティの声がかかった。ハティの気配すら気が付かないほど俺は追い詰められていたのか。


「問題ない!」

「だけどっ……」

「問題ない! ちょっとだけ。俺にやらせてっ」

「でもっ。それじゃあ、せめて剣を……」


 剣?


 武器か。


 ああ……。


「大丈夫。剣はハティが持ってて」

「いいの?」

「いい」

「……危なかったら手を出すからね」

「ああ」


 俺がハティの助太刀を断るのを見て、ダホンは意外そうな顔をする。


「良いのか? 二人がかりでも良いんだぜ? それとも三人でくるか? ……ルナ」


 またルナを……。俺はそのダホンの言葉をとても許せる気分になれなかった。


 ダホンはもう俺に勝ったつもりなのだろう。その表情は戦う者から娯楽を楽しむものへと変貌を遂げている。それに気がついた俺は、勝とうと焦る気持ちを少し修正する。


 スー……。ハー……。


 ……。


「駄目だな」

「分かっただろ? だがもう遅い」

「使ったことのないナイフで戦おうなんて……」


 俺はナイフを横に放り投げる。それを見たダホンがわけが分からないといった目で俺を見つめた。


「狂ったのか? ……いや、相変わらず生意気な目をしやがって」


 スー……。ハー……。


 思い出せ。

 俺の基本は太極拳だ。ナイフなんて持てば、その小さな刃に頼りすぎる。そして思考がナイフ中心になる。


 ダホンの動きは、見えてはいたじゃねえか。


 だからこそ。ナイフにこだわってしまう……。



 右手でナイフを持つダホンに対し、俺は腰を落とし、すっと右手を立てて前に出す。推手の構えだ。


「そういう顔は好みじゃねえな……」


 言うやいなや、ダホンがナイフを前へと進ませる。今までの俺を弄ぶような動作ではない。後ろにハティとルナが控えているというのもあるのだろう。確実に俺の肉にその刃を突き立てようとする軌道だ。


 俺はその手にそっと右手の甲をあて、少しだけ力を加える。同時に体をひねれば軌道は俺からズレる。


「チッ」


 すぐにダホンはナイフを引くが俺の手は離れない。苛つきながらダホンの手が横へとナイフを薙ごうとするが俺は手首を旋回させながらその軌道もずらす。


 ……わかりやすい。


 以前、ハティとの稽古でこういった推手まがいの戦い方をしたことがあったが、あの時は剣に剣を振れさせていた。今度は直にダホンの手に直接触れることで更に細かく動きを感じることが出来た。


 聴勁というやつだ。それを化勁により無力化させる。


 「捨己従人」が推手の極意と聞く。


 攻撃の意思を減らし、受けに回る。俺のそんな動きにダホンはよりムキになる。そうなればより力を御しやすい。ダホンは力を流され、やがて体勢を維持するのにも苦労し始める。

 体格の差のせいで、骨盤から崩すのは難しいが……。


 今の俺には俺の利点もある。


「我が魔力よ……」


 ダホンの動きを聴勁で感じられるようになれば、意識を魔法に割けれるようになる。


 俺の詠唱に焦ったダホンが後ろに下がろうとするが、俺はピタリと張り付いたまま詠唱を続ける。


「鉛弾のマナとなり……」

「このっ!」


 初めてダホンの顔に焦りが浮かぶ。

 俺は左手を銃の形にし、それをダホンの脇腹に向ける。


「ブチかませ」


 乾いた音と共に俺の左手が火を放つ。


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