77 ダンジョンもどき 2
穴の壁はゴツゴツとしているものの、ダンジョンっぽいというか足元だけは割と歩ける程度の凹凸になっている。都合のいい感じだ。
ハティの感覚的にもそこまで奥の方ではないと言うし、穴の深さも大したことは無いのかもしれない。ただ、少し曲がりながら下っているため先まで見通すことは出来ない。
俺達は警戒しながらゆっくりと洞窟を下っていく。
「何も居ない?」
「うん、奥の方に一つ感じるだけ」
「ダンジョンもどきの魔力に誘われて入り込んだ魔物かな?」
「ああ。そういうのもあるのかも」
いずれにしても俺もハティも初めてのことで良くわからない。ダンジョンについて
はファラドも許可を出さないだろうしと、あまり本でもチェックしていなかった。
こうなるとすぐにでもダンジョンについて調べたくなる。ただ、こんな変な現象が本に載っているのだろうか。
スコットが居てもこの状況を解説できるのかも怪しいかもしれない。
だって、原作でこんな小さなダンジョンなんてものは出てこないし、ましてやダンジョンもどき、なんて言葉も記憶にない。
やがて俺達は穴の最深部にたどり着く。そこには一本のキノコがふらふらと揺れながら動いていた。ハティの察知した魔物はこれ、なのか?
俺は小さな声で囁く。
「……あれかな?」
「たぶん……。魔物っぽいのアレくらいだよね」
「だよな。キノコか……。胞子とか気をつけろよ」
「胞子?」
「なんか、毒っぽい粉飛ばしたりしそうかなって……。一応布を口にまこう」
俺はそっとカバンから手ぬぐいを取り出してそれを口を覆うように後ろで縛る。簡易的なマスクだが無いより良いだろう。それを見てハティも同じ様に真似をする。
キノコは俺達に気がついていないのか、いまだにプルプルと震えながら石の上を動いている。
「なんか、可愛いね」
「……そうか?」
……とりあえずやっつけるか。やっぱり遠距離から様子を見たほうが良いかな。
俺は遠くからそっと手を前へ伸ばし人差し指をキノコへ向ける。
「我が魔力よ、鉛弾のマナとなり……」
俺が小声で詠唱を始めると、ハティは少し不満げに俺を見る。
無視するけど。
「ブチかませ」
ノックバックとともに銃弾が放たれる。弾丸は回転したまま一直線にキノコへと向かう。そして……。パンっと傘が弾け、そのまま崩れ落ちる。
なんとなく普段見かける魔物と雰囲気が違うからもう少し強かったりするのかとも思ったんだが……。予想以上にあっさりと仕留められたことに少し拍子抜けする。
「……あれ?」
「なんかちょっと。可愛そう」
「いやいや、魔物なんだから可愛そうもなにもないだろ?」
「そうだけど、別に襲ってきてなかったじゃん」
「それだって俺達に気がついていなかっただけだろ? ……おや?」
キノコは倒れた後にサラサラとその体を崩していく。それは聞いていたダンジョンで魔物が死んだ後の描写によく似ている。やっぱり、ダンジョンなのだろうか……。
「ねえ、なんか落ちてる」
「これは……なんだ?」
「炭?」
「炭か?」
「なんで?」
「いや、わからんけど」
キノコが消えた後に、そこに真っ黒な塊が落ちていた。確かに持ってみると案外と軽い。そしてそれを持った指は黒く色がついている。
「炭だね。え? これもしかしてドロップ品?」
「そうなんじゃない?」
うーん。でもまあ。そうなのか。確か以前読んだ本だと、ダンジョンでは魔物が死んだ後に大抵は魔石が残るというが、稀にアイテムを落とすという。
と、考えると、炭を落としただけでも「稀」になるのだろうか。
まあ、良いことなのか? 俺は理由もわからずにその炭を布に包んでカバンに入れる。多分この炭はかなり上等な物だ。備長炭みたいな詰まってる感がある。
といっても、こんな炭が一つあってもしょうがないのだが記念だ。
「他には何かいそうか?」
「ううん。気配はしないかな。それにここが行き止まりだよ?」
「まあな。とりあえず出るか」
「そうだね……」
俺達は再び洞穴の入口まで戻る。
このまま洞窟の中じゃやることもない。再び外で狩りを始めようとするが、さっきまでの晴れた天気から少し空が黒っぽい雲で覆われ始めていた。
「なんか雨が降りそうだな」
俺が言うと、ハティがクンクンと何かを嗅ぐような仕草をする。
「そうだね、降るかも」
「え? 匂いで?」
「なんとなく。でもまあ、なんとかなるんじゃない?」
「……適当だなあ。濡れると気持ち悪いんだよな」
とはいえ、まだ天気はなんとか保っている。ハティはまだ狩りたり無いというので、もう少し様子みながら狩りを続けることにする。
……。
それから二時間も狩りを続けた頃だろう、ポツポツと降り出した雨は、少しづつ強さを増してくる。
はぁ……。俺としてはとっとと帰るべきだったと反省をするが、今更だ。
とりあえず俺達は先ほどのダンジョンもどきの洞窟に戻り、雨宿りをしながらどうするか相談をする。
「もう、帰ろうか」
「とりあえずお弁当食べようよ」
「どこで?」
「ここだよ、ちょうど洞窟で雨に濡れないじゃん」
確かに濡れないけどなあ。それにせっかくティリーが弁当を作ってくれたんだ、アウトドアで食いたいというのは分かる。
ただなあ……。
「なんかヘンテコなキノコが居た洞窟だぜ? 変な胞子飛んでたりしない?」
「入口近辺だったらいいじゃん」
「うーん。まあ、しょうがないか」
俺が背中のカバンからお弁当を出そうとすると、ハティがふと洞窟の奥を見る。
「あれ?」
「ん?」
「また何かいる……」
「えっと、魔物か?」
「わからないけど……。行ってみる?」
「そうだな。お弁当を食べてる時に後ろから襲われても嫌だしな」
と、俺達は再び洞窟の奥へと降りていく。
すると、先ほどと同じ場所に、先ほどと同じキノコの魔物がプルプルと震えていた。
「えっと……?」
リポップというやつか? こう見るとやはりここはダンジョンなのだろうと思う。小さくて、魔物が一匹しか出ないが、一応ダンジョンなのかもしれない。
俺は先程と同じ様に、銃の魔法でそのキノコを仕留める。
「それにしても、弱すぎだなぁ」
「ラドの魔法が酷いんだよ」
「酷いってなによ」
「バンって、こっちに気がつく前にやっつけちゃうんだもん」
「だって、その方が安全だろ?」
「そうだけどさ」
そして、キノコが倒れた後には、再び炭の塊が一つ落ちていた。




