73 オルベア魔道具店 2
お、これはライトノベル定番の気難しいけど、腕が最高の魔道具制作者ってやつかもしれない。オルベアの風貌をみて俺は少しワクワクと期待が膨らむ。
……が、その後再び考え治す。
いやまてよ、そういうキャラならむしろエリックの周りに居るはずだ。原作にはこのオルベアという存在が出ている記憶が無い。
意外と普通にベテランの制作者というだけのオチかもしれない。
「……貴族かい?」
「え? うん、そうだけど」
「ふぅん。でもまあその剣は大したこと無さそうじゃな」
「ま、まあ……」
見る目はあるってことか? だがまだそれだけじゃ腕利き認定は出来ない。
「うちの魔道具は子どもの小遣いで買えるような安物じゃないよ」
「えっと……」
う。だいぶ無愛想だ。だがその無愛想はやはり俺の期待値を上げる。ただ、それを聞いていた男性の店員は慌てたようにフォローを入れる。
「ばあちゃん。何もそんな言い方しなくったって……」
「正直に言ってあげたんだよ。そんな魔道具が欲しけりゃプロスパーにでも行けば良いんだ」
……ん?
「え? プロスパーに魔道具あるの?」
「なんだい、そんな事も知らんでここに来たんか?」
そうか。確かにうちの商会は何でも取り扱っていると聞いていたからな。魔道具の一つや二つあってもおかしくない。どうしてそれを考えなかったってくらいだ。
というか、ファラドは俺がプロスパーと知ってオルベアを勧めたってことは、やはり腕利きだな。プロスパーとは違うのだよ、ということか。
多分オルベアの言葉を聞く感じだと、プロスパーに置いてあるのは安物の魔道具っぽい。当然高級品も取り扱っては居ると思うが、あの父親の事だ。若かったり無名だったりの魔道具職人の卵を雇って、量産的に安く魔道具を作っている可能性はある。
ううむ……。ただ、俺もミルヴィナの雫のお陰で、最近はお小遣いを貰えるようになってる。父親の態度を見ていると、お小遣いというよりこれを使って俺が何をするのかを見たい、という投資的な雰囲気もあるんだが……。
どうせ買うなら、独立魔道具職人の一品物が欲しいというのが男の性だ。
「うん、ファラド将軍に聞いたら、ここが良いって言われたから」
「……なに?」
義将ファラドの名前は多分効くだろうという判断だ。紹介があるなしでやっぱり対応が違うのだろう。
「なんだ、エクスマギアの仕事かい? もうファラドの仕事はやらねえって言ったはずじゃ」
「え……。な、なんで?」
「なんでもなにも無いだろう。あいつは人使いが荒いんじゃ。もう老体にはそんな数の出る仕事なんぞ出来んのじゃ」
「あ……。でも、僕はエクスマギアじゃないよ? とりあえず何が売ってるかとか見てみたくて」
「こんな子供が、個人でじゃと? 何者だ? お前」
うーん。一応プロスパーの名前を出せばお金があるという証明にはなるが。プロスパーに良いイメージがあるとは考えにくい。
これは非常にシビアだ……。
「ねえ、ラド。なんか飲んで良い?」
俺がオルベアと話していて飽きてきたのだろう、ハティが暇そうな顔でメニューを眺めている。メニューって言っても店員の後ろに黒板があり、そこにズラリと書き込んである。
ただ、旧市街の住人は特に識字率が低いのだろう、イラストなどが添えられていてある程度わかりやすいようにはしているみたいだ。
話の途中だったが、オルベアにちょっと待ってくれと言って先にハティに対応する。旨いものを食べさせる約束もしていたしな。
「ああ、なんでも良いぞ。菓子もあるみたいだな」
「タルトって何かな?」
「お菓子のお皿に甘く煮た果物とか乗ってる感じじゃないかな?」
「お菓子のお皿? へえ、それで果物の絵が書いてあるんだ」
「うん良いじゃないか食べなよ」
「あと、アップルティー飲もうかな」
「お、アップルティーか。俺もそれを頼んでおいて。俺は飲み物だけで良いから」
「やった!」
俺達のやり取りを見ていたのだろう、オルベアが不思議そうに聞いてくる。
「なんじゃ、その子も字が読めるのかい?」
確かにハティの格好は俺達貴族とはだいぶ違う庶民的な格好だ。むしろ旧市街で浮くこと無く歩けるくらいだ。そんなハティが普通にメニューを読んでいることが不思議だったのかもしれない。
「うん、ラドが教えてくれたんだよ」
「ラド? 誰じゃ?」
「おばあちゃんの前にいるじゃん。ラドだよ」
「ほう、こいつが字をな……」
「父ちゃんも姉ちゃんもラドの家で働いているからね。あたしもラドの家の中に住んでるの」
「そんな大きい家なのか?」
「なんか大きいお店やってるんだよ。プロスパー商会?」
「……プロスパー?」
おっぷ。話の流れ的にプロスパーが出そうだと思ったが案の定だ。
俺も言うか言わないか悩んでいただけに、良い踏ん切りがついた。ジロリと俺を見るオルベアに俺はニコッと笑いかける。
「うん。僕はラドクリフ・プロスパーっていうんだ」
……。
……。
名前を言うことで店から追い出されることも覚悟はしていたが、案外オルベアは気にしなようだった。それ以上に「じゃあ、金はあるな」と受け入れたくらいだ。
「プロスパーでも良いんですか?」
「ん? 良いも悪いも、金払いが良い奴は良いに決まってるじゃろ?」
「まあ……。でもお小遣いで買えるかなって感じだけど」
「足りなければプロスパーに請求するから問題ない」
「問題大ありですが……」
早速作ってある魔道具を見せてもらおうとも思ったが、そのタイミングでアップルティーが俺の前に置かれる。「あわてんでも、それを飲んでからでも良いじゃろ」と言うオルベアの言葉に従い、のんびりとお茶を楽しむことにする。
「僕はてっきりプロスパーが嫌いなのかと思ってました」
「ふん。プロスパーのやり方を気に入らない魔道具職人は少なくないじゃろうがな」
「やっぱり、そうですよね……」
「それでも魔道具を一般に広め世の中の暮らしやすさを向上させたのはプロスパーのああいったやり方じゃ」
お? むしろプロスパーのやり方を効率として捉えてそうだ。
オルベアが言うには、魔道具は人々の生活を良くするためにあるべきで、貴族しか買えないような時代と比べれば、むしろマシだという。
「父は、鍛冶職人のやり方をそのまま魔道具職人でもやった、ということですか?」
「自分の家の事をあまり知らんようじゃな? ふむ……。もともと一部の特殊な人間しか魔道具なんて作ってなかったんじゃよ。それこそレベルの低い魔道具すらアーティファクトの様な扱いになる程な」
「へえ……」
なるほど、それをシステム的に職人の養成所を作り、ある程度のレベルの魔道具を量産するようになったというのがプロスパーのやり方だったようだ。
そして、その中でも腕利きの魔道具職人は存在し、武器で言うトリニティ、セプテム、ドゥオデカ、クァドラジェシマの四シリーズと同じように、ハイクラスの高級魔道具まであるという。
「ただ、武器のように大げさな名前を付けるほどのレベルにはなっておらんがな。そこら辺は畑違いということだろう」
「オルベアさんの魔道具は、やっぱりそういうレベルなんですか?」
「いや。そこまでのレベルじゃないのう」
「え?」
「はっはっは。天才ってのを何人か見てるからな。そこまで大きく出れんわ」
天才か、ま、そういうのはエリックの周りに現れるんだろうな。
それでも、きっとオルベアはいい仕事をしてるというプライドは言葉の端々に感じられた。




