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第七話 気持ちの切り替え

「う……うん?」


 今日は寝れないかもと思っていたが、いつの間にか寝ていたようだ。窓から入る陽の光の角度からもう昼前くらいか。


 寝付いたのも遅かったし仕方ないな。


 こんな時でもちゃんとお腹は空く。部屋にある小さなテーブルの上にはすでに朝食が用意されている。

 俺はベッドから降りて、テーブルに向かう。


 と、突然ドアがノックされる。


 この部屋のドアの密閉も良いのだが、それ以上に屋敷の廊下に絨毯が敷かれている為に足音があまり立たないんだ。親の成金趣味なのだろうけど、こう突然ノックされるとたまにドキリとしてしまう。 


「どうぞ」


 俺が声を掛けるとすぐにドアが開く。いつものようにティリーだ。


 こうなるとティリーは俺専用のメイドなのかと思えるのだが、そんなことはない。俺がこの家のメイドたちに嫌われていることもあり、一番年下で立場の低いティリーが先輩たちに押し付けられているだけという悲しいリアルがここにあるだけだ。


 俺は昨日は寝間着も着ずに、そのまま寝てしまっていた。ティリーはそんな俺の姿を見てため息をつきつつ、手に持った盆をテーブルの上に置く。


「また遅くまで本を読んでいたんですか?」

「まあ、そんなところだ」

「ちゃんと寝ないと大きく成れませんからね」

「分かってる……」


 もうティリーは俺が不機嫌そうに答えても苦笑いで応じられる様になっていた。


「お昼ごはんをお持ちしました。朝食はもう下げてよろしいですか?」

「ああ……。あ、ミルクは置いておいてくれ、飲みたい」

「もう温くなってしまっていますので冷たいのをお持ちしますが……」

「良い。栄養が取れれば十分だからな」


 そう言いながら俺は、ミルクの入ったピッチャーを持ち、そのまま口をつける。


「お坊ちゃま……。ちゃんとカップに入れてください」

「ん? まあ、良いじゃないか」

「良くないですよ。今度社交界デビューをすると聞きましたよ?」

「なんだ、もう知ってるのか。……ああ、笑いのネタには良いかもな」

「そ、そんなことはないですよ」


 大方、昨日の夕食の担当メイドが俺達の話を聞いて面白おかしく話しているのだろう。あんな乱暴で粗暴なお坊ちゃまが大丈夫かしら。なんて話をしていたに違いない。

 図星を突かれたように、慌てるティリーに笑って応じる。


「お昼ごはんを下げに来る時に置いておいていただければ、お洋服を持っていきますので」

「ああ、そうだな。食べたら着替えるよ」

「お風呂には入りますか?」

「うーん……。ま、それは良いや。後で顔くらいは洗うさ」

「……わかりました」


 テーブルで食事をしている横で、ティリーはベッドのシーツなどを剥がして部屋から出ていった。そのまま俺は食事を続けながら再び現状について考える。



 一晩寝たら、少しスッキリした。

 もう、覚悟もできている。これからの俺の異世界ライフの為に色々と動かないといけない。だいぶモブで情報は少ないが、あの死亡エンドを回避する算段は出来ている。


 まず一番の問題はアドリックだろう。

 我が家が、ファルデュラス家の寄り子である以上ちゃんと向き合わないとならない。その中であの選民思想をどうにかするのが課題だ。

 そう考えると、この子供時代に出会えるというのは良かった。まだ頭が凝り固まる前に少しづつ思想を誘導していけるんじゃないか。


 逆を言えば、アドリックさえ更生出来れば、俺のフラグは色々と折れるというわけだ。


 ゲーム転生の様に沢山の死亡フラグがあるわけじゃ無い。モブだしな。ゆっくりと、ひっそりと。確実に、友達にいい影響を与えた親友としてやっていく。


 この際、小説の主人公はどうでもいい。地球の知識でいくらでもチートして成り上がってくれれば良いんだ。そして世界を救ってくれればなおさら助かるんだ。


 ある意味日本の思い出話を出来る唯一の相手ではあるのかもしれないが、とはいえ主人公は小説の中の日本から、小説の中の異世界へと転生している。

 それに対して俺は、現実世界の日本から、小説の異世界へとの転生だ。なんか日本の情報が変に噛み合わなかったときが怖い。


 そう考えると極力日本人ということを知られない事が大事だ。



 ただ……。問題があるとすれば、既に俺は主人公のハーレム要員の一人に影響を与えてしまっているという事。これも全く気が付かなかった。

 彼女の幼少期の描写など無いからな。ここに居るのなんて知るすべもない。


 うん。ハティだ。


 小説の中では、ハティは凄腕冒険者として登場する。


 この世界の冒険者達はゴロツキが殆どであるが、そのランクが上位になると、一気に社会的な立場が上がる。そのためにB級ライセンスへの昇級試験には文字の読み書きが必須となるんだ。


 そして文字が読めずC級冒険者からランクが上がらないハティに、主人公が優しく文字を教えるという話が有る。文字が読めるようになり、見事昇級したハティは主人公に感謝して何かと主人公に絡むように成るという感じだった。

 

 もう分かるよな。


 そう。既にハティはそれなりに文字の読み書きが進んでしまっているんだ。


 俺としては良かれと思ってやっていたのだけど。主人公と仲良くなるはしごを既に壊してしまっている。


 まあ、そこまで大きくストーリーに影響するキャラじゃ無かったが、そのペット的な天然キャラが人気があった分、シリーズの中盤からは準レギュラーレベルで登場していた。


 これが吉と出るか凶と出るか……。全く俺には分からない。



 とにもかくにも、まずは来週行われる社交界デビューのパーティだ。

 貴族のパーティーがどんなもんかは分からないが、日本人の小説家の書いた作品のパーティーだ。きっと日本的なパーティーだろうと考えている。


 結婚式の二次会くらいしか体験したこと無いけど。



 ……とにかく。そこで俺はアドリックと初めて出会う。


 ここは上手くやっていかなければならない。


 悪役であるアドリックが小説のファン達に嫌われること無く、それなりに人気があったのにも理由はある。悪役であるアドリックだが人の良さもたまに見せるんだ。そういった設定もちょっとした希望になっている。


 それからアドリックが受けた不幸なトラウマ……。そんな背景も同情を誘う効果があるのか、人気の理由でもあった。

 あの事件が起こる前ならかなりチャンスも膨らむ。


 ……。


 ただ、そこら辺をクリアするには、俺自体もそれなりにベースアップしないといけないんだよな。小説の主人公のような圧倒的なチートで無くても良いんだけど、一般的にそこそこ強くなければ成し遂げたい事も出来ない。


 そこらへんは転生した主人公が色々と自分を鍛えている描写を覚えている俺にはなんとなく、目途がつく。


 よし、いける。


 と。


 ……。


 それにしても、あの作品を読んだのはだいぶ前だからな。

 色々とディティールが怪しい。


 俺はティリーが用意してくれた暖かい昼飯を食いながら、ノートに思い出せるイベントや、設定を書きだし始めた。



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