60 ダンジョンもどき 1
うーん……。
石をどけると先に穴が広がっているのは分かる。ただ、入れるほど開けるには石どころか土もある程度掘らないとならない……。少し剣を抜いてガリガリと土を削ろうとするが、シャベルでもないとこれは埒が明かないだろう。
「地魔法使わないの?」
「お? そ、そうだった……」
俺が必死に石をどけているとハティが不思議そうに聞いてくる。完全に魔法を使うことが抜けていた。俺はちょっと恥ずかしいのを誤魔化しながらその場で膝をつく。
そして改めて土に手を振れる。
「大地のマナよ……。この地を支配せよ……」
こちらの魔法も略式詠唱だ。まだ自然にとは言い難いが少しづつ滑らかにはなって来ている気はする。以前は「我が魔力よ。大地のマナとなり……」という二行だったのを、「大地のマナよ」と一行に短縮している。
魔法を発動した俺はそのまま魔力を地面へと浸透させていく。そして浸透した部分の土を俺の思うように動かす。これはもう射撃場を作るときに飽きるほどやった行為だ。
穴の入り口の土を外へと押し出しながら、間口を徐々に開けていく。
「……お?」
「ん? どうしたの?」
「なんか、魔力が途中までしか浸透していかない」
「どういうこと?」
「うーん……」
入口の土などを開きながら、さらに奥を人が通れるようにと魔力を奥へ奥へと浸透させようとするが、途中で何か分厚い魔力の壁に阻まれる。
「くっそ、なんだこれ……」
それでもある程度開いた穴から少し中が見えていた。感覚的にそんな広い感じでもない。ただ、中からは濃い目の魔力が溢れ続けている。なんとなくこれが最近魔物が増えているという原因なのかとは感じるのだが……。
「ハティ。こういうの知ってる?」
「わかんないよ……。あ」
「ん?」
「そう言えば、スコットがなんか言ってたかも」
「スコットが?」
「うん。最近ここら辺に魔物が増えてるって話で。なんだったかな。ダンジョンもどきが出来てたりしないかなって言ってたよ」
「ダンジョンもどき?」
なんだそれは。初めて聞く言葉だ。ダンジョン「もどき」という事は、ダンジョンでは無いという事だろうが。ダンジョンっぽいダンジョンじゃない物。
わけわからない。
ええい。スコットが居ないのが悔やまれる。一体いつ帰ってくるんだ? 俺がダンジョンもどきとは何かと考え始めるがハティは退屈なようだ。俺に狩りの続きをしようと言ってくる。
「もう行こうよ」
「うーん。もう一回だけ試させて」
「まだやるのぉ?」
ハティは不満そうだが、俺は再び穴の近くに手を置く。そして再び詠唱を唱える。
「大地のマナよ……。この地を支配せよ……」
ここまでは先ほどと同じだ。魔力を浸透させていくと、再び魔力の浸透を妨げる壁に当たる。そこへ俺は……。
「ふんっ!」
発勁の要領で一気に大量の魔力を流し込む。邪魔するのなら強引に力業というのが俺のやり方さ。鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギスってやつだ。
濁流のように一気に大量の魔力が壁に襲いかかる。そして壁は一瞬の抵抗の後に濁流に飲まれるように崩れていく。
よし。
俺はそのまま魔力を深部の土に干渉させ、一気に道を……。あれ?
ぐごごごごご。
突然のことだった。発勁によって無理やり押し込んだ魔力がいきなり穴の中に吸い込まれていく。周りの土に干渉して……などという余裕など無い。
「へ?」
そのまま俺の体の魔力まで吸い取られていくのを感じ慌てて地面から手を離そうとするが、手は地面に張り付いているかのように動かせない。
「あれ? これは……。あれ?」
「ラド? え? どうしたの?」
「いや、なんか、魔力が……」
「え? どういうこと?」
こうしている間にもズンズンと俺の魔力が吸い取られていく。みるみるうちに俺の中の魔力が枯渇していくのが分かる。
焦った俺は必死に手を地面から離そうとするが、どうしても出来ない。その中でも必死に呼吸で魔力を吸収しようとするが、そんな物は何の足しにも成っていなかった。
「やべえ――」
俺の中で「失魔症」という単語が頭をよぎる。
……そして俺は意識を失った……。
……。
……。
……。
――ん?
……。
――ここ? どこだ?
気がつくと俺はベッドの上に居た。いつもの自分の部屋だ。
俺は……?
どうも頭がスッキリとしない。少し頭がふわふわとする中、ベッドから体を起こすと、部屋の様子がいつもと違うことに気がつく。
俺流にカスタマイズしてるはずの部屋が、まるで転生当初の配置に戻っている。隅に積まれた木箱の本箱も無い。
あれ?
その時、窓際の机の上で子供が必死にカリカリと何かを書いているのに気がつく。俺がここに居るのにもかかわらず子供は一心不乱で何かを書き続けている。
俺は少し興味を持ち、ベッドから降りる。
特に忍び足というわけでもないのだが、子供は俺に気が付きもしないのかひたすら机の上の物に集中していた。
なんだ?
俺は再び違和感を感じる。子供の黄金色に無造作に跳ねた髪の感じ……。なんか知ってるぞ。ただそれが何か思い出せない。
俺はそのまま少年の横まで行く。
少年は俺より若いのか、まだ六歳くらい。そして目には銀縁のメガネが掛かっていた。明らかにこの少年を俺は知っている……。だが、不思議なくらいにその名を思い出せなかった。
――何を書いている?
俺は少年の名前を思い出せないまま、少年が書いている物に目を向けた。
その瞬間。
俺の意識は再びブラックアウトした。
……。
……。
「う……。うん?」
気がつくと、俺は馬の背中で揺れていた。
体は、前にいるハティに紐で結びつけられていた。
「ラド?」
おれの声に反応したのか、ハティが俺の方を振り向く。その瞬間、紐で結ばれた俺の体が外へと振られる。
「うぉっ!」
「あ、ごめん!」
馬の鞍から落ちそうとなる俺に気づき、慌ててハティは前を向く、そして胸のあたりに結んでいた紐をほどいた。
「俺、意識……。失ってたよな?」
「失ってたよっ! ……でもよかった。ラド前に失魔症で死にそうに成ったって聞いてたから。あたし、どうして良いか分からなくて……」
「ごめん。大丈夫だから」
「大丈夫って、ラド真っ白になって倒れちゃったじゃん」
「いや、ほら、あれは失魔症とかじゃなくてさ」
「わかんないよっ!」
安心させようと誤魔化そうとするが、ハティはだいぶ心配してくれていたようだ。俺が意識を取り戻して安心するとともに、何か怒りが湧いてきたように睨みつける。
そんなハティの様子に俺はすぐに、変に誤魔化そうとするのは良くないと感じ取る。
「……ごめん」
「うん」
とはいえ、まだ魔力が足りてない。頭の中はグルグルと気持ち悪さがうごめいている。
俺はハティの後ろで必死に体に魔力を集めながら、あのダンジョンもどきの事を考えていた。




