第六話 やはり悪役転生でした
呆然自失っていうのはこういうのなのだろうか。
フラフラと自室に戻り、そのままベッドの上に倒れ込む。
親との会食の後、どうやってここまで戻ってきたのかもあやふやだ。
今まで悪役転生という物を想定しなかったわけじゃ無い。だが転生を実感してから数週間の間に完全に気持ちを切っていたようだ。普通にお金に困らない家庭で、のんびりと不自由ない生活をして過ごしていけるんじゃないかと。
「そう来たか……」
……。
……。
俺がライトノベルにハマるきっかけになった作品がある。『没落貴族の跡継ぎに転生した俺の、チートな領地経営』だ。
今となってはオールドタイプの転生物と言われるジャンルの作品ではあったが、たまたま手に取ったその本が、俺をラノベ沼へと引き込んだ。
この小説の主人公が、トラック轢かれて異世界に転生して、地球での知識を利用しながら、経営の傾いた領地の立て直しをするというしごくベタなストーリーだ。しかし当時としては斬新であり、その後に作られた様々な転生物のテンプレートを作ったと言われる作品だ。
一見してスローライフ系の展開と思わせ、実はかなり激しい戦闘シーンも散りばめられ、さらに成り上がり系の良作でもあるのだが、その主人公の最大のライバルがアドリック・ファルデュラスであった。
アドリックは主人公が王立学院に入学し学院生活を始めた時に出てくる。ライバル的な存在かつ、いわゆる選民思想を持つ嫌な貴族として登場する。
当時からこういったお坊ちゃま系悪役令息には、取り巻きを二人引き連れて居るパターンが多いのだが、この作品でも同じように、アドリックには二人の取り巻きが常に付き従っていた。
そして、その片割れがこのラドクリフという訳だ。
アドリックからは「クリフ」と呼ばれ作中はずっとクリフとされていたので失念していたが、確かにラドクリフであったかもしれない。それに、作中のラドクリフは今のようなガリガリよりもう少し太ってる描写だった気がする。
ううむ……。
いやいやいや……。
「比較的モブなんだけど……。ちゃんと死ぬ描写はあるんだよな……」
一番の悩みはそこだ。
アドリックの方は悪役であるがそれなりに人気があった。優性論者的に崩れた思想を持った嫌な奴ではあったが、シリーズを通して登場し、巻によっては主人公と共闘する場面すらあるんだ。
しかしシリーズの最後の方で、王が亡くなり国が二つに割れる。選民思想の強い冷酷な第一王子と、人間味あふれる慈愛の第二王子との内戦が起こるのだ。
当然主人公は、第二王子側につき、アドリックは第一王子側になる。これが主人公との決定的な決別となる。
物語は主人公の活躍もあり、劣勢に陥る第一王子派がとある危険な種を使いだす。その種を体に寄生させる事で、悪魔のような力を手に入れる事が出来るという聞くだけでヤバさしか感じられない種だ。
その種は寄生主を蝕み、最終的に種を植え付けられた者たちは死んでいく。作中では王位争奪戦が始まる前から実験段階で暴走する人間がたびたび現れると言った事件が伏線として埋められ、シリーズ中盤からきな臭い匂いがするのだが。
そんな中、アドリックの取り巻きであるラドクリフも第一王子サイドで戦い、最終的に種の力に頼り、そのまま力の暴走で死んでしまうのだ。そして自我を保ったまま種の力を使う事に成功したアドリックが、主人公の前に立ちはだかる。
ラドクリフはとてもモブ的な最期を迎える。一方で、アドリックの最後は比較的カッコ良く、評判がいい。
……出来るのか? この死亡エンドの回避を。
死んで転生した俺が言う事じゃ無いが、確定的な死を知るというストレス。これは想像以上に俺の心にダメージを与えていた。
……。
……。
くっそ。
頭が狂いそうだ。全く寝れない。
今日は満月に近いのか月も明るく、夜でも窓の外は少し明るい。俺はベッドに寝転がったまま、うっすらと見える天井の模様をただただ眺め、小説の内容を必死に思い出そうとしていた。
悪役転生物のラノベもそれなりに読んでいる。死亡フラグを回避するために様々な事をして逆に人気者へと変わっていく主人公は星の数ほどいる。ただ、それは小説の中だから成り立つ法則なんだと改めて感じていた。
ここ数週間、嫌われ者としてこの世界で生活して、俺に対する印象が変わったっぽいのはティリー位な物だろう。嫌われている相手に、見直してもらうというのがいかに厳しいか分かる。
俺自身が、自分を嫌っている人に近づいていく気もしないんだ。
「逃げちゃえば良いのかな? 一人田舎に逃げてスローライフとか……」
今後の計画を必死で考える。
それにしてもなぜこの作品なんだ? 最初にハマったからというのは分かるのだが、なぜにこんなモブの悪役に……。
こんな微妙なキャラじゃ、ほとんど情報も無いじゃないか。
……。
必死で思い返すが、セリフだってワンパターンだ。アドリックが何か嫌味なことを言うと、後ろでセヴァと二人で「くっくっく。ルードの分際で」と笑っているのが取り巻きのルーティーンだった。
……ん?
ルード?
この数週間でそんな事が無かったから忘れていたが、そうか。この小説には「アルカ」と「ルード」の問題があったな。
小説の設定を一つ思い出す。
この体もそうなのだが、アドリック達は金髪という特徴を持つ自分たちを「アルカ」と言い。伝説のエルフの血を引いている優性な人間種なんだというのが、第一王子サイドの考え方だ。
そして、黒髪の主人公や、そういった別の色の髪を持つ人たちを「ルード」と呼んで劣等種として蔑んでいたのだ。
シリーズ終盤では本物のエルフが出てきて、その話がでたらめだと分かるのだが……。
……。
……。
そうか。そう言う事か……。
……。
実は一話だけ。ラドクリフに焦点が当たった話があった。
当時は取り巻きの一人、という感じで読んでいた為、ラドクリフなのかセヴァントだったのかも全く気にしていなかったが。
イベントの舞台が図書館という事を考えると、ラドクリフだったのだろう。
小説の中でラドクリフは、アドリックのパーティーで魔法使いを担当していた。ポジション上、三人の頭脳的なポジションで、もう一人の取り巻きであるセヴァントの方は完全に脳筋キャラだ。そう考えれば何か調べ物をしていたという設定で出てきたのはラドクリフで間違いない。
そして、その学院の図書館で。とある女性と知り合う。
作者としては、モテモテで、ハーレムを作り、英雄として煌びやかな道を歩く主人公との対比としてモブの悪役を使っただけなのだろう。読者が嫌うモテないキャラのみじめな恋を書くことで、ざまぁ的なカタルシスを読者に与えるために。
そんなちょっとしたイベントだったのだが……。
……。
そのシーンは深く俺の心に刺さっていた。
高校時代。丁度この作品に知り合った頃、俺は恋をしていた。同級生の女の子だった。
俺は図書委員だった彼女との接点を作りたくて、それまでほとんど読んだことの無かった本を読みはじめ、図書館に通っていた。
結論から言うと、結局俺は気持ちを伝えることは出来なかった。
本の貸し借りの時の業務的な会話だけの関係。しかし、そんな瞬間だけでも俺の心はドキドキと弾み、幸せな気持ちになれた。
そんなタイミングに自分とこの小説の中に出てくるモブの不器用な恋愛が重なり、笑うに笑えなかった。
……。
なるほど。
俺がラドクリフに転生する訳だ。
……。
……。
薄暗い室内で、俺は口を歪ませる。
……。
……。
「クラリス……」
ラドクリフの恋の相手。
その名前はしっかりと覚えていた。