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アドリック達と冒険者遊びをするのは楽しみなのだが、一つだけ問題があった。アドリック達が冒険者登録をしたらその足で近くの森へ狩りに行くという。
つまり、いつも城に行くときの様に馬車で行くわけにはいかないという事だ。
「うーん。スコット行くか?」
いつも馬で出る時はスコットに乗せてもらってしまってるのもあり、今回もそうしようかと考えていた。だがスコットの返事はノーだった。
「悪いな、今日は用事があるんだ」
「それは……そうか。じゃあちょっと練習してから行くか……」
「そんな簡単に乗れるようにならねえって」
「ふん。ハティだって乗れるんだぜ?」
俺はハティに馬をひいて来てと頼み、笑いながらもスコットが持ってきた木箱を重ねその上に乗る。
そこにハティが栗毛の馬を引いて来る。木箱は二段重ねなのに、その背はさらにその上に行く。
俺は、ジロッとハティをにらむ。
「わざとサロンを連れてきただろ……」
「何か問題が?」
サロンは、うちの乗馬用の馬の中じゃかなり大柄の馬だ。どう考えても難易度を上げてる様にしか思えなかった。だが、ここで弱音を見せたらハティの思うつぼだ。
……ていうか、鞍もデカくね?
見れば鞍は普通の鞍じゃない。二座ついているタンデムが出来そうな変な形だ。だが、引き下がるわけにはいかない。俺は鞍に手をかけ、飛び乗る。
と。
「あ、ダメ。落ちるっ」
俺の飛び乗り方が悪いのかサロンが横へと動く、何とか鞍に尻を乗せるが、どうしても鞍がズレてクルリと回ってしまう様な感覚になり、バランスがどこかに行ってしまう。しかも今まで感じていた以上に馬の背が高く感じるんだ。
「ちょっ。ちょっ。無理無理無理!」
「ちゃんと鐙に足をかけて」
「だから、届かないって、ぅぉぉおおお」
ヒヒィン……。
……。
なんだろう、馬に乗るのも才能が必要なのか? これは今日ちょっと練習してどうこうなるイメージがわかない。意外と難しい。
……俺がビビるからか、馬も怯えるのか変な動きをする。なんだこの矛盾的な……。
「え? じゃあ、どうやって街に行くの?」
「……ハティに乗せてもらえば良いじゃねえか」
「は? いやいやいや。そんなの無理ですわ」
おいおいおい、あのハティだぞ? 曲乗りみたいな乗り方をする子に乗せてもらうとか。ちょっと無いだろう。
だが、ハティは意味深な笑いを浮かべる。
「しょうがないなあ。ラド……。乗せてやってもいいよ?」
「お? なんだ。上から目線か?」
「別に~。あれ? 怖いの?」
「……はい? 俺が? 違うよ。ハティがちゃんと出来るかわからないからさ」
「出来るよ? 馬番の娘だよ? 物心ついたころから馬に乗ってたよ」
「む……」
……くっそ。そろそろ出ないとアドリック達との待ち合わせにも間に合わない。言い争っている暇も無いか。
ハティは元から俺が一人じゃ乗れないと考えていたのだろうか。サロンに付いている鞍は二人乗り用だ。ハティが先に前に乗り、俺はその後ろ側に乗り込む。先にハティが乗っているせいか、今度は鞍が動くような不安はなく一応は乗り込める。
それにしてもどこを持てば良いんだ? 俺は鞍の掴まれそうな所を探しているとハティが後ろを向く。
「もう。ちょっとちゃんと掴まってよ」
「お、おう……。どこを?」
「どこって、私に掴まるに決まってるでしょ?」
「え? そういうもんなの?」
「じゃないとフラフラして馬が安定しないじゃん」
「そう、なのか」
よくわからないがきっとそうなのだろう。しかし……。いやここは気にしたほうがおかしい。俺は何も考えないようにと、ハティの腰に手を回す。
「こ、こうか?」
「うん。じゃあ行くよ? スコットまたね」
そう言うとハティは軽く馬の腹を蹴る。そして、いよいよ俺とハティを乗せたサロンが進み出す。
……。
今まではスコットの前に乗り、手綱を握るスコットの腕と、足に挟まれるように安定したポジションで居たのだが、ハティとの二人乗りの場合はそうもいかない。
必死に前のハティに掴まってバランスを取らなくてはいけない。
最初は少し不安だったが、ハティは相当な体幹を持っているのだろう。俺が重心を間違えても全然バランスをキープして乗り続ける。
そんな中段々と俺もコツを掴んでくる。
……でもまあ、一人で馬に乗れるかと言われると自信はないな。
……。
そして、俺達は約束の冒険者ギルドにやってくる。と言ってもここはファルデュラスの領都、ファルクレストだ。かなりの都会であり、街の中には多くの人が居る。
一応街の門で許可をもらいそのまま騎乗して入っていくが、子供二人で馬に乗ってる姿が珍しいのか、ずいぶんと視線を感じる。
俺は女の子に乗せてもらっているのがちょっと気になり、少し恥ずかしさを感じてハティに尋ねる。
「……ハティ。ギルドまで降りていこうか?」
「なんで?」
「なんでって、……まあ、なんとなく」
「すぐなんだからいいじゃん」
「うーん……。気を付けてな」
視線を我慢して、冒険者ギルドの前に行くと、馬留のところに立派な白馬が留められている。なんとなくこれはアドリックかもしれないな。なんて思いながら馬から降りようとすると、突然後ろから声がかかった。
「あれ? ラドって馬に乗れないのか?」
げ。セヴァだ。俺は慌てて馬から飛び降りるとなんでもないと言った顔で応じる。
「乗れないと言うか、乗ってないっていうか。あれ? セヴァは?」
「そりゃ乗れるよ……。あ、そう言えば乗馬訓練の日はラドは来てないもんな」
「え? そんなの練習していたんだ。じゃあ、アドリックも?」
「乗れるよ」
「そ、そうか……」
「リュミエラだって乗れるしな」
「リュミエラも?」
「ああ、今日だってほら、そこに繋がれてるだろ?」
「おお……」
セヴァが言うにはアドリックの馬だろうと思った白馬がリュミエラの馬のようだ。そしてその横に繋がれているのがアドリックの馬だという。
たしかによく見れば二つとも馬具が子供サイズなのかもしれない。鐙もはしごのように段になっている。
「もう二人は中にいるんだ」
「そうだな、俺も早く登録しないと……。その子は?」
セヴァは気になっていたのだろう。ハティの事を聞いてくる。
「ああ、友達のハティって言うんだ。こないだハティも冒険者登録したから一緒にって思ってさ」
「友達? ……アドリックは知ってるのか?」
「いや、知らない、かな?」
「……大丈夫かな?」
「うーん。まあ、聞いてみるよ」
セヴァの危惧はよく分かる。当然それを分かったうえでの行動だからな。
道中、そういう差別的な見方をされるかもしれないという話はハティにも言ってある。ハティも当然そんな事はある世界に生まれ育っている。というかプロスパー家に居るんだから当然分かってるだろう。
俺は少し緊張しながらギルドの門をくぐった。




