第五話 ハティ
「え? じゃあこの子があの変なお坊ちゃまなの?」
「へ、変な?」
「ちょっ! ハティ!」
まあ、子供だ。思ったことを口にしちゃうのは仕方ない。だけど「変な」とは気になる。ワガママで、威張り散らし、嫌われていた記憶はちゃんとあるが「変」という認識はなかった。
父親は慌ててハティを止めようとするが俺はそれを手で制して話を聞こうとする。
「えっと、ハティ。変なお坊ちゃまって聞いてるのか?」
「うん。なんか病気で倒れてから本しか読まなくなったって」
「えっと。本は変じゃないと思うな……」
「今まで勉強の時間とか凄い不機嫌になってたのに変だって」
「ま、まあ……。そうだけど……」
いや、確かに突然俺の人格が芽生えたんだ。それは突然変になったという解釈をされてもしょうがないけどな……。って。
俺が部屋にこもって本ばかり読んでるのなんて、ティリーしか見て無くね?
で、ティリーに俺と同じくらいの妹が居るって……。
「まさか、ハティってティリーの妹?」
「うん。そうだよ。ティリー姉ちゃんの妹だよ」
「なるほど……」
ということは横で青い顔をしているのが父親か。
なるほど、住み込みで厩舎で働いていれば成長した子供をそのまま屋敷に奉公させるなんて話は自然ではあるのか……。
色々と納得した。
ティリーは俺を「変な子」として認識してる。と。
「偉いな、ハティも働いているんだ」
「そうだよ、ハティも働くんだ。お姉ちゃんみたいに」
うーん。そうか。このくらいの年齢だと遊びたい盛りだと思うけどな。
「お坊ちゃまは働かないの?」
子供というのはどこまでも正直だ。ハティの質問にこの世界ならではの階級社会の現実を感じ、返答に窮する。
「えっと……。とりあえずお坊ちゃまはやめようか」
「うんと、なんて呼ぶの?」
「ラドクリフって呼べばいいから」
「なんか長いな……。ラド。ラドで良い?」
「おう。良いよ。よろしくな。友達。ね?」
「うーん? でもラドは変な子なんでしょ?」
「ははは……。変じゃないと思うけどな」
「ま、いっか……」
横で見ていた父親は始終青い顔をしていたが、俺としては同じくらいの年齢の知り合いが出来たというのは異世界生活的には個人的に一歩前進した気分だ。
今日はそのままハティと馬の世話を手伝いながら、馬の世話のやり方など教わる。
うちの両親は乗馬は出来ないが、私設の警備隊で数人の兵隊がいるので、彼らの騎馬が数頭、それから馬車用の引き馬が数頭いる感じだ。
先程のディクシーは引き馬に使っているようだ。馬車で移動することがあったら気にかけてみようと思った。
……。
……。
次の日、朝食を部屋に運んできたティリーを早速からかう。
昨日の話は家で既に聞いていたのだろう、ティリーは部屋に入ってきた瞬間から何やらぎこちない。
ベッドの上で既に本を読んでいた俺は、チラッとティリーに目を向けて話しかける。
「なあ、ティリー?」
「な、なんでしょう……」
「俺ってそんな変な子か?」
俺の言葉を聞いた瞬間、ティリーが固まる。
「えっ? いやっ……。その……」
「ははは、冗談だよ。同じくらいの年齢の遊び相手が出来て俺も嬉しんだよ」
「えっと、申し訳ありません」
「全然。面白いなあハティは」
「そう、ですか?」
まあティリーとしても、自分の幼い妹が知らぬうちに主人の御子息に粗相を働かないかという心配もあるのだろう、本当にあの子は……。と必死に庇うティリーの姿がまた微笑ましかった。
その日から、俺の居場所は部屋だけじゃなく厩舎にも加わった。と言っても俺は中身は大人だ。六歳の少女と遊ぶのを楽しみにしているわけじゃない。次の日からさっそくノートを持って行き、ハティに文字などを教えることにした。
この世界の識字率はかなり低いため、文字を読めるだけでも特殊な資格をもっているようなものだ。こんなのはやろうと思えばそんな難しいものでもないからな。
ハティは、はじめは嫌がったが根気強く俺が教えると少しづつだが文字も読めるようになってくる。そしてある程度わかり始めたところで教本を渡し、文字をティリーにも教えるように伝えた。
自分は自分で、そろそろ魔法の勉強を解禁したくてたまらなくなっていた。
……。
……。
ある日、久しぶりに夕食に父親と母親が揃う。
親がいる日は夕食は一緒に会食するというのがこの家のパターンだ。俺としてはそんな面倒な事をしないでいいのにと思ってしまうが、両親としては思うところもあるのだろう。
それに、こんな機会じゃないと聞けないこともある……。
「パパ、僕も魔法を早く習いたいんだけど」
「医者は半年は我慢しろといっただろ?」
「全然大丈夫だよ、ほら、前に言っていた魔法の先生っていつくるの?」
「……もう少し待て。最高の先生を用意する」
「うん……」
この世界は移動と言えばいまだに馬車がメインだ。遠くの地から魔法の先生を呼ぶと成ると、すぐにとは言えないのも分かる。
金の力で優秀な教師を探すというのは、冷静に考えればどうなのかとも思うのだが、俺も少し感覚が麻痺しているのだろう。普通に教師が来ることを楽しみにしてしまう。
「魔法は魔法でいいが、少しは剣の腕も磨いておけよ」
「え? えっと……。う、うん」
「お前も貴族として生きるんだ。剣くらいは収めておけ」
そうか、この世界ならたしかに剣だって重要な要素だ。失魔症を発症した俺は、自動で魔法使いへの道を歩むと思っていたのだが、そもそもこの体のスペックは分からない。やるだけやろうじゃないか。
そんな事を考えていると、父親が何かを思い出したように話す。
「そうだ、今度のパーティーでお前を社交界にデビューさせる。マナーなどは大丈夫だな」
「え? 社交界? えっと、大丈夫だと思うけど……」
「思うじゃ困る。お前と同じ年にファルデュラス家の御子息が居るのは聞いてるな?」
「え? いや……ファルデュラス? えっと……」
「ファルデュラス家だ、我がプロスパー家の寄り親となる大事な侯爵家の御子息だ」
「その子がどうしたの?」
「今度の社交界にデビューするということで、御子息と同い年のお前とクロフトール家の子息に出席するようにと言われている」
「そ、そうなんだ……」
ファルデュラス家、この名前の響きも俺の記憶の何処かにあった。確かにファルデュラス家に同い年の子が居るという記憶は探すと出てくるが、ラドクリフ少年の記憶だけの話じゃない。俺のラノベの記憶にも引っかかるんだ。
俺が黙り込み考えているのを見て、父親が少し苛立ったように言葉を重ねる。
「アドリック・ファルデュラス様だ。忘れてはいるまいな」
「アドリック? アドリック……。ファルデュラス……! アドリックだって!」
その名前を聞いた時、俺の中でいろいろな情報の断片が一つにまとまっていく。
アドリック・ファルデュラス。セヴァント・クロフトール。そして俺、ラドクリフ・プロスパー。この三人組は間違いない。なぜ今まで気が付かなかったのか……。
思わず声を出し立ち上がった俺を、父親が驚いたように見つめる。
「急に大声をだしてどうしたというんだ」
「え? ううん。ごめんなさい」
その後も父親と話しながらも俺は正直パニックになっていた。俺はそれを必死に悟られまいと深く呼吸をする。
……間違いない。
これは完全に悪役転生だ。
俺は頭を抱えていた。