第44話 樹液採取 2
翌朝、窓から差し込む光で目を覚ます。
「ん……。いてっ!」
ベッドから体を起こそうとして上のベッドの床板に頭をぶつける。無理やり三段のベッドにしたので、大分狭い、寝ぼけていてその事をすっかり失念していた。
その音でストーブの前でお茶を飲んでいたスコットが振り向く。
「起きたか」
「うん、どう? 今日は晴れてる?」
「ま、問題無さそうだ……。お茶でも飲むか?」
「ありがとう、もらうよ」
普段の使っているフッカフカのベッドではないが、なんとなく体がスッキリしている。ベッドも柔らかすぎるのは良くないんだったかな? そんな事を考えながらスコットが入れてくれたお茶を口にする。
「なんにしろ旨く行けばいいけどな」
これまでの俺の準備はすべてスコットを通して行われている。それだけに俺の気持ちも分かってくれているのだろう。
お茶は、ティリーの淹れてくれる物と比べればかなり雑な感じだが、濃いめに入れられたお茶が俺の頭をスッキリさせる。
「ハティは……。このままにしておく?」
「ま、今回は戦力じゃねえしな」
まもなくドマーネ達三人も目を覚ましてくるが、ハティは寝たままだ。更に皆で朝食を取り終えても布団から出てこないハティをそのままにして外に出る。
暖房の効いた小屋から出ると、春先とは言え早朝の突き刺すような寒さに体を震わせる。
そして目的の場所へと向かう。
……。
……。
「一応、今年はこの区画から採取しようと思ってる」
「今年は?」
「旨く行けば毎年やるようになるからね。流石に毎年木に穴を開けると弱っちゃいそうな気がするから、予定では三つの区画に分けて採取しようと思ってる」
「ふむ……」
説明しながら俺はあらかじめ用意してあったドリルを取り出す。ドリルはT字のかたちをしており、刃の部分を幹に当て、T字になっているハンドル部を手でグリグリと回していくだけのものだ。
始めはギアとかハンドルをつけてくるくる回して使えるものを、と思っていたのだが元々この世界にあったドリルだとこの形になる。俺が六歳という設定を考えると、あまり新しいものを作らせるより、ある程度あるものを使うというのも大事な選択だ。
……今更感は少しあるけどね。
と言っても、俺に専門的な知識があるわけではない。ある程度の幹の太さがあったほうが安心ということで、幹の太さもそれなりに太い物を選ぶ。
それについても、説明しつつ幹にドリルを当てる。
「だ、大丈夫なのか?」
「問題ないよ」
そう言いながら俺はグリグリとハンドルを回し始める。もうレベルも上がっているし魔力ブーストも出来る、割とすんなりとドリルは幹に食い込んでいく。
そして、ある程度穴が空いたところでドリルを抜く。
すぐに穴を確認するが、俺はすぐにガッツポーズをする。穴からはじっとりと樹液が出始めていた。
そこへすぐさま用意した筒を差し込む。以前テレビで見たときは電動ドリルで穴を開けてゴムチューブのようなものを穴に差し込んでいたが、この世界にそんな物はない。金属の筒をストローのようにただ差し込んで樹液をそこから集めるだけだ。
穴の大きさと同じくらいか、若干太めなのでグリグリとねじりながら必死にねじいれる。
そのまましばらく見つめていると、ポタッと筒の先から雫が垂れる。
「ほら! どんどん樹液が出るでしょ?」
「でも雫が垂れただけだぞ?」
「このまま何時間もかけて採取するんだよ、そんなジャージャー湧き水みたいに出るはずはないだろ?」
「うーん。そんなもんなのか?」
俺の喜びもスコットに取っては、意味がわからないのかもしれない。
ま。確かに数滴垂れただけだしな。だけど俺にはかなりの確信が出来ていた。胸を張ってスコットに告げる。
「これはほんの小さな一滴かもしれないが、人類のにとっては大きな一滴なんだ」
「……大げさな」
金属のストローにはノブが付いている。俺はそこにバケツの柄を引っ掛けた。
そのままぶら下がったバケツにポタポタと溜まっていく予定だ。
一度やり方を見せたので、次はドマーネに任せる。
予定では日にちを変えながら、樹液の出やすい温度などを調べていく。俺自体がそんな長期滞在が出来ないので、そういった事はドマーネ任せにはなるんだ。
……。
実は、色々準備をした中で温度計が最高に高級品となる。おそらく水銀を使ったものだとは思うのだが、これを父親の部屋で見つけたときは俺は小躍りしたね。
スコットに同じものが手に入らないか聞いてみたが、一般的に流通などしていない物らしい。
値段も付くようなものでもないという事で……。
はい、父親に黙って持ってきてしまいました。
(きっと今回の実験が成功すれば許してもらえるんだと思うんだ)
そんな温度計を小屋の外に無造作に吊るしているのを、スコットは引きつった顔で見ていたけどな。大事に小屋の中に置いてあったって暖房で正確な気温なんてわからないんだよ。
そのうち百葉箱など作れたらそういうのもありかもしれない。そんなふうにも考えていた。
初日に四本はやりすぎかなとも思ったが、三人組全員に体験してほしかったのでその後三本に穴を開け、バケツをセットしたら再び小屋に戻る。
「これで作業は終わり。でも気温は毎日三回ちゃんと測ってね」
「お、おう……」
皆戸惑っていたが、やること自体はそこまで大変じゃない。大丈夫だろう。
そして昼食を食べると、気温をメモり、穴を開けた白樺をチェックに行く。
……。
……。
「おお、溜まってるぞ!」
「うんうん、意外ともうタイミングは良かったかもね」
バケツにはもう樹液がたまり始めていた。そして定期的に確認しながら夕方にバケツの中に刻まれたメモリを見て、採取量を確認してノートに記す。
量を確認できたらそれを樽へと移して、バケツを再びフックに吊るす。
地味だが、大事な仕事なんだ。
もう俺としては完全にしてやったり、という気持ちだ。一日で数リットルの樹液が溜まり、さすがのスコットも驚いている。
ただ、売り物のかたちにするのはここからだ。
バケツで採取しているため、木のクズや、虫など様々な不純物も混じっている。それを布で濾したりしないとならない。それから取れた樹液はわずかに甘さを感じる程度で、シロップとしては使えるレベルでない。集めた樹液を煮詰めてシロップへと加工する必要もある。
当初の予定通り、もう二泊この場にとどまりながら、集めた樹液をストーブで煮詰めていく。
採取の方はドマーネ達三人に任せ、俺はこれを、朝から晩まで、焦がさないようにひたすら煮詰める。
ストーブの火力が強いものだから五徳っぽいのを置いて距離を開けたりと、ちょうどよいポジションなどを探したりと、なかなか管理の大変な仕事なんだ。
……。
「ねえ、つまらない」
「あっちで遊んでなさい」
「ぶー。なんでそんな大人ぶってるのっ! 戦おうよっ! 雪だよっ!」
「雪と戦うが結びつかないんだけど」
「結びつくのっ!」
「ああ、焦げちゃうからっ! ちょっとスコット。ハティの相手して」
ハティが暇なのはしょうがない。元々連れてくるつもりも無かったんだから。こんな狭い小屋で、一日じっとしてろというのも無理なのは分かる。
スコットはめんどくさそうに、なにか食べれそうな魔物を探すといってハティを連れて小屋から出ていく。
俺はそれを見届けて、再びシロップ作りへと集中する。
水のように透明だった樹液は、煮詰めるとどんどんと飴色になっていく。メイプルシロップの様なドロっとしたとろみは少ないが、味はかなりいい感じになっていく。
俺はそれを味見しながら、俺の計画の成功の匂いを感じていた。




