第33話 射撃場
父親も俺が魔法の練習を始めたことを知っている。そのためにマジックポーションを使うという設定にすれば行けると踏んでいる。
確かに一本十万弱という異常な値段ではあるが、うちはプロスパー家だ。この国一位二位を争う大商会となれば、金に関しては何ら困らない。そこは感謝してもしきれないところではある。
「ねえ、パパ」
「……なんだ?」
「マジックポーションを欲しいんだけど」
「お前が失魔症になった時、何本か用意したのが有るはずだ、それを使うと良い」
「えっと……」
「ん?」
「それはもう使っちゃったんだ……」
「なん、だと?」
俺の方に目線を向けることなく、食事を取りながら話を聞いていた父親も俺の言葉にこっちを向く。だが、俺としてもここは引けない。
実は父親は特に魔法を使えるわけでもなく、家の蔵書で魔法のことを読んでいる訳でもない。魔法の練習にいちいちマジックポーションが必要か、なんて知らない。というところにかける。
「アドリックとの練習に身が入っちゃって。若い頃にいっぱい練習したほうが魔法って強くなるって先生も言ってるんだよ」
「アドリック様と? ああ……なるほど」
「商会で扱ってて、製造が古くなったやつとかあったら回してもらえる?」
「アドリック様にそんな物を飲ませるわけに行かないだろ?」
「そういうのは僕が飲むよ、魔力が回復すれば何でも良いんだし、期限切れて魔力が散っちゃったらもったいないでしょ?」
「……わかった、調べておく」
うん、上手く行った。これで整地作業も捗る。
父親はしょっちゅう家を留守にはするが、仕事ができる男だ、すぐに家に期限切れ間近のマジックポーションなどが届き出す。
マジックポーションは簡単に言うと魔力が溶かし込まれた溶液だ。製造に関しては普通の回復用ポーションと比べるとかなり簡単らしいが、高価な理由はその素材の高さだ。
その魔力を溶かし込み、それを自然放出しにくいように固定するのが、糖分なのだ。先の未来にエリックが砂糖革命をするまでは、輸入した砂糖等を使うために異様に高くなる。
一応期限の切れたマジックポーションも糖質は再利用出来ると言うが、再利用はコストなどもかかり、儲けも低くなる。そう考えれば俺が使うのはとても有意義で良い投資だと思わせるのも大事だ。
そして魔法の杖に関しては、一言「魔法がちゃんと出来るようになったらな」で終わった……。
「うぅ……。甘すぎ……」
元々甘いのはそんなに好きでもない。イメージで言えばカルピスの原液をそのまま飲むようなものなんだ。そのくらいの糖分濃度だ。俺の辛さがどれほどか分かるだろう。
とはいえ、個人練習場の完成は俺の悲願。必死にポーション片手に作業を進める。
そしてなんとか十日という強行軍で俺の練習場は完成する。
十日で数百万飲んだんだ。これ以上の贅沢は無いのだが……。もうお腹がやばい。
完成した射撃場で俺はぐったりと横になる。
……。
「毛穴から糖分が出てきそう……」
「どうするんだ? こんなの作って」
ちょこちょこと興味深そうに俺の作業を覗いていたスコットも俺の作品にただただ苦笑いをしている。
……。
練習場は厩舎の更に奥だ。厩舎は動物の糞などの匂いがあるから人が寄り付かない場所では有るのだが、それなりに奥行きが欲しかったのでちょうどよかった。
練習場と言ってもイメージは映画などで見た屋内射撃場の様な感じだ。
ただ、俺が使うだけなのでレーン数も無い細長い空間だ。始めは俺の撃つ弾が流れ弾となって周りに飛んでしまうのを防ぐために、コの字に分厚い土壁を立てるだけの予定だったのだが、色々とトラブルが想定されてしまい、試行錯誤して結局こうなった。
そもそもの土壁を作るための土は、実際に存在する土を流用するため、平地に壁を作る場合、その土をどこから持ってくればよいのか、という話になる。
そこで射撃場のスペースを半地下くらいにし、掘った分の土を盛り上げる形で周りの壁を作れば良いという判断だった。
元々は天井を作らずに、前面と横面の壁だけ作ればいいと思っていたのだが、作業を見学していたスコットが恐ろしいことを呟く。
「池でも作ってるのか?」
たしかにそうだ。これは雨が降った時の水が貯まるだけだ。排出システムが無い。
そこでもう少し深めに掘り、その土を固く固めながら屋根としていく事にする。水が中に流れ込まないように屋根などのデザインも工夫して今の形へと落ち着く。
作業はやっていると、だんだんと興が入り、作りも凝り始める。
入口からは階段で下に降りるのだが、その階段や射撃スペースには石を薄くスライスしたスレッドを作ってオシャレに石畳のように仕上げている。なかなかの出来栄えだと自分でも納得だ。
……。
俺は脇においてあった最後のマジックポーションを飲んでしまおうかと手を伸ばしながら、ふと気になったことをスコットに訊ねる。
「マジックポーションは魔力を溶かし込んでいるって言うけど、魔石をそのまま飲み込めば魔力を吸収しないかな?」
「魔石は魔力が結晶化したものって言われてるからな、溶けないでそのまま排出されちまうだけだろ?」
「そうか……。ん? じゃあさ、魔力って胃から吸収しているの?」
「知らねえが、飲んで吸収するって事はそうなんじゃねえ?」
ということは、糖分を体が吸収する時一緒に魔力を吸収しているということなのか? 人間の体自体が魔力を吸収できるって話なのだろうか。
しかし、魔力ポーションは口にして割とすぐに効果が出る。糖が胃や大腸で吸収されるとしたらもっと時間はかかるはずだ。
うーん。
「また変なこと考えてねえか?」
「別に変なことじゃないよ。魔力をどこで吸収しているのかってだけで」
考えると色々と違和感は有る。魔力ポーションは瓶自体にある程度魔力を漏れないようなものを使っているという。蓋も特別性で魔力が漏れないように出来ている。
だから蓋を開けたままにしていると魔力はどんどんと散ってしまう。
ということは、甘い溶液の中の魔力は飽和していて放って置くと散ってしまう。蓋をしているから、瓶の中の魔力濃度が高い状態が維持され、溶液の中に魔力が溶けた状態を持続しているということだ。
それって……。まるで炭酸飲料じゃないか。
炭酸なら、ガスだよな。魔力もガス的な物と考えると。飲んだ瞬間に食道等を通りながら、自然に人間の体に魔力が吸収されていると考えれば。
人間の細胞などから魔力を吸収できる作りになっていると考えられないか?
……もしかして。
俺は立ち上がり、站樁功を始める。もうスコットは楽しそうに俺を見ているだけで声もかけてこない。
すー。はー。
ゆっくりと魔力を回しながら、目や皮膚へと魔力を誘導する。目への魔力も今までより濃い目に純粋な魔力を送る。より見る力を上げるために。
……やっぱり。
そんな濃い訳じゃないが、大気中にも魔力は有る。すっとポーションの瓶を見れば俺がひねった蓋の部分から少し魔力が漏れているのも見える。その瓶を俺は鼻の前に持ってきて漏れ出てる魔力をスッと鼻から吸う。
そして肺に意識を集中。体内の魔力を循環させるのと同じように、吸った魔力を肺から……意識的に吸収する。そのまま吐き出した吐息には魔力が含まれていない。
――出来た。
この感覚……。もしかしたらヤバいかもしれない。
同じ要領でゆっくりと呼吸をする。魔力を含んだ大気を肺に入れ、出すときは魔力のない空気を吐き出す。
すー。はー。
この呼吸を常に自然とできるように成れば……。
魔力量をチート級に増やすエリックのトレーニングには失敗したが、もしかしたら常に大気から魔力を吸収しながら魔法を使えるかもしれない。
当然、大気の魔力なんてそこまで多くは無いが。呼吸をしながら常に魔力を補充できたら、結構有用じゃないかと感じた。
「なんか、良いことがあったみたいだな」
「うん。とってもね」
「……ほんと、面白えなお前」
「面白いのは、この世界だよ」
「どういう事だ?」
「ふふふ」
俺は自分の言葉をごまかすように笑って応える。




