第31話 堕ちた英雄
俺は帰宅してすぐにスコットを探す。
厩舎に行くが、その姿は見えない。馬の飼い葉を変えていたハティに訊ねる。
「ハティ。スコットは?」
「午前中の剣の練習が終わったらどっかにいったよ」
「今日はもう来ないのか?」
「うーん。よくわからない」
くっそ。いつもスコットはここに居るイメージだったが。よく考えればスコットの家はここじゃない。用事があれば帰りもするし、プライベートな時間は有るだろう。
俺が恥を忍んで頼んだリュミエラの情報も、ほとんど来ないまま、随分と話が進んでしまっている。
俺が慌てているのが気になるのだろう、ハティが手を止め近づいてくる。
「どうしたの? ラド」
「ん? いや……。スコットに聞きたいことがあってな」
「明日になればまた練習あるよ」
「そうだな……」
……とりあえず、今日明日の話では無い。焦ってもしょうがないか……。
くっそ……。なんだこのイライラは。
なんともしがたいモヤモヤ感、無力感が押し寄せる。
俺は……。
顔を上げると不思議そうに俺を見つめるハティと目が合う……。
「ハティ……」
「ん?」
「ちょっと、模擬戦しようか」
「……うっひゃ! やるっ!」
俺の申し出に喜ぶハティには悪いが、レベル上げをまだやっていないハティだ。リヴァンスハントを終えた俺とは大きなレベル差はある。……だけど、竜喰らいのハティなら、このやり切れない気持ちを、受け入れてくれるだろう。
最低だな。
六歳の少女に、俺は何を押し付けてるんだ……。
……。
……。
「はぁ。はぁ。はぁ……。駄目だ。もう動けない」
「じゃあ、私の勝ちって事ね?」
「……一本も取ってねえだろ?」
「ううう……。てやっ!」
「ちょっ!」
俺は体力の限界までハティと打ち合う。これでわかった。レベル上げのヤバさを。あのハティと終始有利に戦いが出来ちまうんだぜ。
以前やったときは、俺の動きを知らないハティに初見殺しと言って良いようなやり方でなんとか勝ったのだけど。今のハティはあの頃とは実力がまるで違う。あれから、俺もスコットもハティに魔力の操作の仕方も教えている。当然だ。
それでも、魔力でスピードをブーストしたハティのスピードにも負けず、さらに、力に関してもむしろ俺のほうが上になっていた。
気持ちは大分スッキリとした。
まあ、それにしても体力だけは全く太刀打ち出来ねえな。
俺がもう立つのも辛いというのに、ハティはもっとやろうと目をギラギラさせている。それは人気キャラになるわ。
そんなハティを見ながら、彼女が側に居てくれるありがたさを実感していた。
「……なにやってるんだ?」
俺が白樺の下で仰向けになっていると、突然スコットの声がした。俺が驚いて体を起こすと、不思議そうな顔でスコットがこっちを見ていた。
「今、あたしがラドをやっつけたところ」
「嘘つけっ!」
「嘘じゃないもん。もうラド動けなくなったし」
「う……」
そんな俺達のやり取りをスコットは笑いながら見ている。
「スコット、帰ったんじゃなかったの?」
「ん? いや。今俺はそこの厩舎で住まわせてもらってるんだぞ?」
「へ?」
「当然だろ、毎朝毎朝街の宿からここまで来るのなんて面倒だろ?」
「スコットって宿くらしなのか?」
「そりゃ冒険者だからな、そろそろ家でも買おうと思ってたところに、お前に雇われたんだ」
「そ、そうだったんだ……」
なんか、そんな事あんまり考えてなかったが、そうだったのか。
確かにこの厩舎も元々倉庫だったところを改造しているから、広さもあり使ってない部屋もあったのだろう。許可は取ってないが、勝手に掃除をして住みだしているようだ。
食事もティリーの家族と一緒に食べていると言うから、なんとも上手くやっていると言うか……。図太いうというか。まあ、それだけハティをきっちり育てたいと感じているのであれば嬉しんだけどな。
それでも、結構な頻度で街の居酒屋に飲みに行って、午前様しているっていうから、結果的に宿代をケチってるだけかもしれないけど。
そんな事よりだ。
「なあ、スコット。チッポリーニの方って今どうなの?」
「……どうって。何の話だ?」
「えっと。ほら。治安と言うか……」
そうだな、リュミエラの行くチッポリーニの情報を知りたいのだが、なんと聞けば良いのだろう。こんな片田舎の六歳児が「反乱とか起こらないか」なんて聞くのはやはり違和感があるか。
なんだかんだ言って、スコットはモーガンだ。あまり怪しまれるような言動も出来ない。
俺が言い淀んでいるのを見てスコットが眉を寄せる。
「なんでそんなチッポリーニの話なんて聞きたいんだ?」
「えっと……。ほら。リュミエラが今度行くって言ってて……」
「ん? ……ほほう。なるほど、それは気になるわな。くっくっく」
「いや笑うなって……」
くっ。結局この流れで聞くしか無いのかよ。
「な、なんか、そっちの方で義賊って言われる人たちが居るって……」
「義賊かあ。どうなんだろうな。義賊と言えば義賊だし、山賊と言えば山賊だぞ?」
「知ってるの?」
「そりゃまあ、冒険者の仲間じゃ最近良く話題になってるからな」
一応俺もアルカ側の貴族だ、スコットはそこら辺を気を使っているのか、差別的な部分をあやふやに誤魔化しながら上手く話す。
それを加味して言えば、チッポリーニ地方の特にイタルカ子爵領での悪政が酷いようだ。イタルカ子爵は生粋のアルカであり、ファルデュラス家と同じ派閥に属している貴族だ。
そして、その悪政は民から必要以上の税を徴税することと共に、ルード差別もひどく行われているという。
そんな中、税を払えず、耐えられなくなった領民が少しづつ山へと逃げ、いつしかそんな領民が徒党を組み、山賊として活動をし始めているという。
そういった話は、この封建社会の中では別に珍しくないのだが、特にイタルカ子爵の圧政が酷いようで、かつてない規模の山賊が現れ、それは義賊として貴族たちから巻き上げた金を民に配っているという話だった。
……やっぱり間違いない。
チッポリーニ地方はここから北の方にある、そして更に北には、主人公エリックの住むバッチャル地方だ。
チッポリーニの山賊達は、その数が増えすぎ、やがて仲間の食い扶持の維持にも苦労し始める。そして実際に義賊として正義をかざす者だけじゃなく、大きな傘の下で安全に強盗行為を行おうとする輩まであつまる。
そして首領のバッソがとうとう旗印を掲げイタルカ子爵に対し反乱を起こす。時の勢いを借り、反乱は見事成功し、イタルカ子爵はその家族もろとも処刑される。
ここまでは良かったのだが、実際にチッポリーニの山賊達は、どうしようもない輩も多く混じっていた。結果は明らかだった。
英雄ともてはやされたバッソ達だったが、始めた政治はイタルカ子爵の時代より更に村人たちを苦しめることとなる。いや、バッソ自体は必死に減税等をして民の負担を減らそうとするのだが、バッソの周りにはもはやまともな人材が居なくなっているという状況が出来てしまう。
結果、すぐに民の心が離れて行き、様子を静観していた国もとうとう動き出す。
結局、王国の正規軍に追われたバッソ達が、エリックのストルツ領へと落ち延びて、そこでも山賊行為に手を染め、最後、エリック率いるストルツの兵士たちに討たれるといった流れだ。
バッソの最期は、義憤に満ちて旗を上げたバッソの絶望と苦悩が旨く表現された名シーンだった。
それが小説二巻のメインテーマ「堕ちた英雄」の流れだ。
小説には記載は無いが、バッソたちを追った正規軍がもしかしたらファルデュラス家の軍だったのかもしれない。いずれにしても、回想の話と状況がかなり似ている。
まだ反乱は起きていないが、もう直前の状況なのじゃないのか。
そんなところに、リュミエラを乗せたアルカ貴族の馬車などが通れば……。
くっそ……。
 




