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第29話 魔法の訓練 2

 あの縛鎖の魔法使いが唱えていた詠唱、そしてリュミエラが唱えていた詠唱。あれは決まりがあるようで無いというのが答えらしい。


 ただ長い歴史の中でなるべく短い言葉で、魔法にちゃんと意味を乗せられるようにと考えられてきたもので、そういった文言を利用するというのが基本だと言われる。


「無詠唱っていうのは出来ないんですか?」


 そう聞きたくなるのは当然だ。

 エリックが無詠唱で魔法を使い、詠唱を必要とするこの世界の魔法使いたちに驚かれるというシチュエーションは、この小説でなくとも一昔前の小説では定番の設定だった。

 という事を考えれば俺だって詠唱をなしで魔法を使いたくなる。


 恥ずかしいし。


「へえ、良く知ってるね」

「あ、はい。何かの本で……」

「なる程ね、一応無詠唱も出来るんだけど……。かなりそれは難しいかな」

「出来るんですね」


 実際の戦闘などになれば無詠唱の方が強いのは自明の理だ。それが皆詠唱を使っているという事は、本当に難しいというのは分かるのだが。


 無詠唱のやり方というのはいたって単純だった。


 脳を魔力でブーストし、その具現化したイメージを魔力へと転写し、その魔力を纏った言葉で魔法の素となる魔力を現実化させるというのが通常の魔法の手順だ。


 無詠唱の場合は、脳内のイメージを魔力で増強し、転写した魔力を、そのまま魔法の素となる魔力へと適合し、現実化させる。


 言葉で言うと簡単そうだが、この脳のイメージですべてを行うというのが非常に難しいらしい。


 ルックが俺達に見えるように人差し指をたてる。そして目を閉じて集中したと思った瞬間、ポッと指先に火がともった。


「おお! 無詠唱ですね!」

「そう、でも僕が出来るのはこのくらいの小さな灯りくらいだね。これくらいでも出来る人は少ないんだよ」

「攻撃魔法だと、難しいと」

「そうだね、通常の魔法より多くの魔力を脳に集めないといけない。オーバーワーク気味に脳に負担がかかるから、それに耐えられるかも難しいし。さらにそこまで濃い魔力を脳に馴染ませられる人なんてなかなかいないんじゃないかな? それから脳に意識と魔力を集めると、魔法に使う魔力のコントロールが厳しくなると言う問題も有る」

「なるほど……。大変なんですね」


 小説のエリックは割と普通にやってたけどな。これも、あの魔力増大トレーニングと同じく原作小説への転生者の優遇措置というやつかもしれないな。そうなると俺では厳しいかもしれない。


「まあ、そんな事より二人はまず魔法のイメージから練習してみようか」


 そうして、実際にやってみることになる。俺とアドリックの二人に魔法のイメージの作り方を説明してくれる。そして当然ながら始めはアドリックを優先だ。ルックがアドリックにの横で、つきっきりでイメージの作り方の説明をする。


 俺はルックがアドリックに教えているのに耳を澄ませながら、自分もやってみようとする。するとリュミエラが俺の横にやって来た。


「わかりますか?」

「え?」

「もしよろしければ、少しイメージの作り方をお教えいたしましょうか?」


 そうか。ルックはアドリックに教えてるしな。気を使ってもらってるのか。


「いいの?」

「はい。私もまだ未熟ですが。イメージの作り方なら」


 経験者に教われるのなら御の字だ。俺はリュミエらの方をみる。


「それでは、まず魔力を感じれますか?」

「魔力を? うん。多分大丈夫だと思うよ」

「そしたら、その魔力を。……例えば火の魔法ならそれが火になるように」

「えっと、魔力に火が付く感じかな? それとも魔力自体が火になるような」

「魔力自体が火に変換されるようなイメージが良いと思います」

「なるほど……。うん」


 俺はリュミエらの方を見ながら、脳内で必死に魔力を火に変換するようなイメージをしていく。始めは魔力をガスみたいなイメージにしようと思ったが違うようだ。

 溜まってる魔力がそのまま燃えだすように……ん?


 なんだかリュミエラが俺の方を見ながら困ったような顔をしている。


「あの……」

「はい。どうしました?」

「目を、閉じたほうが初めはイメージを作りやすいかもしれません」

「あ。そうか……」


 たしかにな。目を開いたままイメージというのは変か? いや。でも戦闘中なら目なんて閉じれないしな……。

 それでもまずは基礎だ。言われるようにイメージをしていく。


「イメージしながら、頭の方に魔力を集められますか?」

「はい……」


 言われるように魔力をコントロールして脳を活性化していく。それと同時に頭で描くイメージが先ほどとは段違いに明瞭になっていく……。


 こうしてみると、如実に違うな……。


「魔力を頭の方に集めると、イメージに変化は感じられませんか?」

「……確かに。よりリアルというか……」

「そうです。そうやって出来上がったイメージを魔力に転写する感じですね……」


 なるほど、で、転写には詠唱を使うというわけだな。


「私のいう言葉を、続けて言って下さい」

「私の言う言葉を、続けて言って下さい」

「ち、違います!」


 軽い冗談だ。顔を赤らめて少し怒ったような顔をするリュミエラを薄目を開けて覗き見る。


「ま、まだ目を開けないで下さいっ。作ったイメージを崩さないで、そのまま詠唱します。言葉にも魔力を乗せる感覚で行きます」

「はーい」


 俺が返事をすると、リュミエラは詠唱を唱える。


「……我が魔力よ 炎のマナと成れ」

「我が魔力よ、炎のマナと成れ」


 俺は脳のイメージを言葉に乗せ手のひらに集めた魔力へと向ける。


 その瞬間。


 ポッ。


 手のひらが暖かくなる。俺は慌てて目を開ければ、そこには小さな炎が揺らめいていた……。


「魔法……。だ」


 当然ここはファンタジーの世界だ。いくらでも魔法なんて有るのは分かる。しかも設定上俺は魔法使いになるキャラクターだ。使えて当然だ。


 ……だけど。


 初めて自分の魔力が魔法へと変換されたのを目の当たりにし、言葉にできない感慨深い思いが押し寄せる。


「そうです! すごいです。初めてで出来るなんて……」

「ありがとう! リュミエラ。魔法が使えたっ!」

「は、はい!」


 俺は相当興奮していたのだろう、向こう側で必死に魔法の感覚を掴もうと頑張っているアドリックもこっちを向く。


「ラド、出来たのか?」

「うん! 炎が出たよっ」

「そうか。くっそ。俺も負けない!」


 そう言うとアドリックは再び魔法へと意識を向ける。

 そんな姿を見ると少し俺も、高ぶっていた気持ちが落ち着いてくる。


「本当にありがとうね」


 俺が再度礼を口にすると、リュミエラは少しはにかんだように笑った。


「あの……。私の方こそ、ラドにはすごく感謝しているんです」

「え?」


 心做しかリュミエラの顔が上気している用に感じる。俺は内心なにかやっちまったのかと己の行動を振り返る。が、特に何も思い浮かばない。

 俺がきょとんとしていると、リュミエラがなにか必死に言葉を紡ぐ。


「あれから……。お兄様もありがとう、って言うようになったんです」

「……え? アドリックが?」

「はい。そうしたら、今まで表情のなかったメイドたちが、少しづつ表情が出るようになって、なんとなく城の中が明るくなったような……。そんな感じがするんです」


 ……そうか。アドリックが。


 俺は、そんなアドリックの変化にジーンと心が暖かくなるような気がした。


「始めはお父様は少し、そんな兄に不満そうでしたが。私、ラドが言っていた話を……。上手く言えたかわからないけど、お父様に伝えたんです」

「……え」


 侯爵……。侯爵もかなりの難物だ。特に第一王子の後ろ盾として強引に敵となる貴族を潰してきた男だ。エリックが居なければ、間違いなくこの国の王は第一王子になっていた。

 何か問題にならないかと少し不安になるが、リュミエラの顔を見れば特に問題が無いようにも感じる。


「最近ではお母様も、そうするようになってきたんですよ」

「あ、ああ……。凄いな」


 予想以上の反応が出ていることに俺は心のなかでビビっていた。本当に大したことを言ったわけではないのだが……。


 嬉しそうに語るリュミエラを見て悟った。


 ――それも、リュミエラの力なのか。


 小説にはちゃんと、聖女は出てくる。もちろんエリックのハーレム要員の一人だ。でも俺にはリュミエラも聖女としての資質を持ち合わせた人材であることを感じていた。


 そこに居るだけで周りを変えていく。


 ファルデュラス家という、凍りついた家を温める暖炉のような少女。


 ……絶対に守らなくちゃ。


 俺は再び心に誓う。

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