第25話 リヴァンスハント 2
山を下り、もう一つの山をしばらく登ったところで少し開けたところがある。今日はここで野営をするようだ。
野営といっても、侯爵令息の行軍だ。
立派なテントが張られ、俺達はその中で三人楽しいキャンプ気分に浸れる。
食事もそれなりの物が出てくる。正直言うと俺はそこまで食事には興味は無いが、兵隊たちがキャンプ道具のようなセットで手早く料理をしている様は見ていてなかなか楽しい。
その中でもやはり魔法使いの待遇はよさそうだ。以前、魔法を使える者が一割ほどと書いたが、その魔法を使える者の中で、さらに実践で使える攻撃魔法を使える者となるとさらにその割合を減らす。
結構エリート感が強い職業になる。
焚き火を前に将軍の横で座る魔法使いは、俺の知ってるキャラなのだろうか……。
大人たちと違い、子どもの睡眠時間は長い。
俺達三人は食事を終えると早々にテントの中にこもる。三人で枕を並べて薄い毛布にくるまれば、なんとなく皆テンションを上げる。
明日も早くから魔物を探して行動を始めるため早く寝なくちゃいけないのに。三人で話がはじまると、なかなか止まらなくなるのがキャンプ感があってたまらない。
それでもそのうち、セヴァの寝息が聞こえ始める。
アドリックもそろそろ寝たいかなと思ったが、一つ気になっていたことを聞いてみる。
「ねえ、アドリック。あの魔法使いの人って有名な人?」
「うーん、有名かはわからないけど。捕縛の魔法を得意としてるんだ」
「捕縛を?」
「俺達がトドメを刺しやすいように、魔法で魔物を動けなくするんだ」
「すごいなあ……。僕もそういう魔法が使えるかな」
「ラドはまだ得意な属性がわからないんだろ?」
「うん。いつになったら先生が来るんだろう……」
「今度父に聞いてみるか?」
「いいのかなあ?」
「もしラドが魔法使いとして育つなら、父としても歓迎だと思うけどな」
「うーん。今度家の親にも聞いてみるよ」
領軍の中にも一応魔法師団が有るという。エクスマギアだ。
魔法使いの数が少ないため、エクスガード。エクスフォース。エクスハントの三軍とは別に組織されており、シチュエーションに合わせてその三軍に派遣されて仕事をする形だ。
俺は次男ということもあり、プロスパー家を継ぐ立場ではないから、もしかしたらそういう道もあるのかもしれない……。
その後もポツポツと二人で話をしながら、いつの間にか俺達は寝ていた。
……。
……。
朝、朝食をとっているとアドリックが提案してくる。
「なあ、狩りをする順番を決めておかないか?」
「え? どういうこと?」
「強い個体程レベルが大きく上がるからな。みんな大きいのを取りたいだろ?」
「ま、そうだけど……。アドリックが一番大きいのを狩ればいいじゃないか」
「俺達がリヴァンスハントの恩恵を得られるのは一発目だけだ。次の魔物のほうが良いかも、とか考えながら悩むより先に決めておけば良いかなってさ」
「なるほど……」
たしかにそうだ。しかし順番だろ? こうして森の奥まで行ったほうが強めの魔物が居るということは、最後のほうがより強い魔物が出るということだ。
やっぱり最後はアドリックに残したほうが良いな。セヴァだって一応子爵家だし……。ここは男爵家の俺か。
「じゃあ、僕――」
「おれ、一番~!」
「え? セヴァが一番最初に行く?」
「おう。いいか? アドリック」
アドリックは微笑んだまま頷く、となると……。
「じゃあ、僕が二番目でいい?」
「いいぜ、最後がしょぼいのでたら笑っちまうな」
そんなアドリックを見て思う。こうやってアドリックは、普段から俺やセヴァにも平等に接してくれていたんだな。原作でもだ。そんな姿にはカリスマ性も感じる。
あの二人がずっとアドリックの後ろについていたのが分かる気がした。
作中、あんなに主人公をライバル視し、神経質にしていたアドリックがこんなにも穏やかなんだ。これは壊したくないな。
……。
……。
今日も森の奥へと行軍が続く。俺は昨日遅くまでアドリックと話していて、かつワクワクして朝早くに目覚めてしまっている。馬上の揺れがいい感じの感覚となり、スコットの腕の中でウトウトとし始めていた。
「こうしてると、普通の子供なんだけどな……」
スコットが笑って話しているのも、俺は眠くて反応すらおっくうだった。
しばらく森を進んでいくと、先に魔物を探していた斥候が息を切らして帰ってきた。
「い、いました!」
「数は?」
「五匹です!」
「よし……」
斥候の報告を聞いてファラド将軍が小さく頷く、その様子を見ながら俺も一気に目が覚めていく。
そこからは早かった。実際はそこそこ時間はかかっていた筈だが、興奮の中にいる俺には一瞬のことのように思えた。ファラド将軍の指示で隊が散る。
普段の狩りと違い、今回の狩りは特殊だ。アドリックに誘われるという事が無ければ俺やセヴァくらいの貴族ではこんなパワーレベリング体験できない。
侯爵家のりヴァンスハントだって、世代ごとと考えれば、歴戦のファラド将軍といえどもそう何度も経験することは無いのだろう。
一つ間違えて、侯爵の令息に怪我でもさせれば大変なことになる。兵士たちも顔を強張らせ緊張しているのは分かる。
「まずは、どなたから行きますかね?」
そうファラド将軍が尋ねれば、セヴァが「俺が行く」と胸を張って前に出る。そこに兵士が大事そうに一つの槍をセヴァに手渡した。
セプテムの槍……。
サイズや形は練習のときに使った槍と全く同じなのだが、その存在感は全く別次元のものだった。薄っすらと青みがかった穂先は、見るだけでゾクッと寒気を感じるほどの……ヤバさを感じる。
「スコット……。あれがセプテム……」
「ああ、やべえな。セプテムであれなのか……」
勇者シリーズなどめったにお目にかかれるものではない。その異様にさすがのスコットも興味深そうに見つめている。
確かにあれなら……。そう思えてしまう。
……。
兵士たちはさすが普段から魔物を相手にするエクスハントのベテラン兵士たちだ。上手くレッドボアの一体を誘い出したようだ。やがて一匹来るという合図が届く。
皆が緊張している中、俺は例の魔法使いを見ようと目に魔力を集中させじっと待つ。
「来るぞ!」
遠くのほうでバキバキと木がなぎ倒されていく。事前に魔物の大きさは聞いていたが、その音だけで俺達は少し尻込みをする。魔物は俺達が仕掛けた罠に向けて確実に誘導されている。兵士たちも緊張気味ではあるのだが、その作業は慣れたように淡々と進められていた。
――すげえ。
山の坂を下ってくるレッドボアが視界に入る。その姿はまるで厄災そのものだ。ものすごいスピードと圧に俺は生唾を飲み込む。
そのレッドボアは、広場に出たところで仕掛けられた罠に足を取られドウと倒れる。
……その時、前にいる魔法使いの魔力が動く。
魔力はぐぐぐっと、下腹の魔力袋に圧縮しながらも、魔法使いの頭部にも集中していく。脳か? と思ったが、口の周りにも集まっている。
「わが魔力よ、縛鎖のマナとなり、罪深きものを絡め取り、その歩みを止めよ」
その詠唱の言葉一つ一つにも魔力が込められているようだった。魔法使いが詠唱をすると、杖から鎖の形となった魔力の塊が飛び出す。そして一気に魔力がレッドボアを束縛する。
「すげえ!」
思わず俺が叫ぶのも当然だ。俺が魔力目に集めて色々なものを見るようになった中で、ここまで濃縮された魔力を見たことが無い。そして、それは物理力を無視するかのごとくレッドボアを絡め取り、動けなくさせていた。
ブヒューブヒュー。と束縛から逃れようとするレッドボアに槍を手にしたセヴァが向かう。
グッと槍を握りしめ、練習の時と同じように体の全体重を乗せるように走り出す。
「セヴァ! 行け!」
アドリックの声が飛ぶ。
セヴァの槍は誤ることなくレッドボアの心臓部に突き刺さる。絶叫を上げ悶えるレッドボアに刺さったままの槍が暴れる。セヴァは思わず手を離し尻餅をついた。
セヴァが慌てて立ち上がり槍を取りに行こうとするが、兵士がそれを制する。確かにあれは危険だ。
そのまま徐々に動きが小さくなり、やがてレッドボアはその生命の灯を消す。
セヴァは見事リヴァンスハントを成功させたんだ。




