第23話 狩りの練習
武器の練習といえばひたすら剣だったからな。
しかも素振りが中心。あとは太極剣を利用した練習は、半分魔力操作の練習でもあり、結局剣の練習なのか分からないような状態だった事を考えると、槍を持って全力で突っ込むなんて初めての体験だ。
夢中になって必死に槍にしがみついて突っ込むものだから、槍を握る手も知らないうちにマメが出来て少し潰れかかっていた。
「いてて……」
「どうした? ははは。筋力がたりねえんだな」
「手のひらなんて鍛えられないよ」
「それをやるのが騎士だ!」
もうセヴァの脳筋ムーブにも慣れて来てる。だけど流石にこう手のひらが痛むとこれ以上はちょっと厳しいな。
俺は練習の邪魔にならないように隅の方にさがり、二人の練習を見学する。それにしても二人とも元気だ。の練習って手の皮がずるって剥けそうなくらい体重かかるんだけどなあ。
……あれ? もしかして手のひらに魔力でも集めれば問題なかったのか?
そんなことを考えながら、ふと思いつく。
――目に魔力を集めると視力があがる?
なんとなく思いつき、ゆっくりと体の魔力を循環させながら目に魔力を集めてみる。
「!」
な、なるほど……。
スコットに初めて会った時の言葉を思い出す。
あの時、俺の魔力操作を見たスコットが、言った言葉。「……むしろお前にはわからないのか? あれだけのことをして」だ。
あの時、スコットは俺の魔力操作を見て、ある程度魔力操作が出来るのになんで魔力の流れが見えないのか不思議という反応だった。
という事は、やり方さえ分かれば俺でも出来るだろう判断。
……なるほど。
なぜ教えないと言っても、どうせ「これは剣とは関係ない」とはぐらかすだろうけどな。
今の俺には二人の体の魔力の流れがうっすらと見えていた。あくまでもうっすらとだが。
そうしてみると、二人とも手のひらに魔力を集めているのが分かる。たぶんだが、それが重要だと知っていればアドリックなら俺に教えたはずだ。
きっと普段の練習から当たり前のようにセヴァの父親などから聞いてやっているのだろう。もう当たり前になっていて気が付かなかったのか……。
――あ~あ。知ってればもっと練習できたのにな。
一度潰れたマメは簡単には治らない。
こればかりは時が経つのを待つしか無いのだろう。
……。
……。
「ラドクリフ様? 如何なされたのですか?」
「リュ、リュミエラ様?」
「様、はいらないですよ」
「いや、でも、ほら、リュミエラ様も、俺の事を」
「あ……。それでは、お互いに様を取りましょうか?」
そう言ってリュミエラがほほ笑む。完璧で、聖女のような表情に俺は思わず視線をずらしてしまう。いや。違うんだ。あくまでも俺から見たらリュミエラは子供だし、もちろん俺にそんな趣味も無い。
まじで、勘違いされたら困るんだが。それでも小説の中の人物だからなのか、非現実的な美しさを持っているんだ。原作に登場しないリュミエラがこのレベルなら、主人公のハーレムに居るヒロインたちはどんなレベルなんだ? と恐ろしくなる。
まあ、なんとでも言え。日本に居た頃からXX染色体を持つ生物には免疫が無いんだ。
その後も隣に立ったまま練習を見ているリュミエラにどうして良いか分からずに居た。それでいて、お互いに喋らない微妙な空気感も辛い……。
「み、みんなすごいねっ」
よし、褒めるのが多分いちばんやりやすい。リュミエラも俺の言葉に頷く。
「……そうですね。お兄様もセヴァント様も、今度の狩りが楽しみの様です」
「うん、僕も楽しみだよ」
「ラドクリフさ……。ラド、は一緒にやらないのですか?」
「あ、ああ……。手のマメが潰れちゃって。ちょっと槍が持てないんだ」
ラド、か。
まあ、アドリックたちと昼食を食べた時ふたりとも俺をそう呼んでいたしな、別に普通のことだ。
リュミエラの言葉に理由を探していると、ぐっとリュミエらが近づいてくる。
「マメが、ですか?」
「あ、ああ……」
「見せてもらっても、よろしいですか?」
「え? ……い、良いけど……」
マメを見せるのは構わないが……。なんだ?
そう思いながら俺が手を差し出すと、リュミエらはマメが潰れて肉が白っぽくなっているところをみて「痛そうですね」などと呟く。そしてそのまま俺の手にリュミエらは自分の右手を重ねる。
「え? な、なにっ?」
「じっとしていて……」
な、なんだ?
俺がじっと見つめると、リュミエラの手に魔力が集まりだしている。そして衝撃の言葉を口にする。
「我が魔力よ、癒しのマナとなり、絶たれし絆を繋げ……」
――魔法……。だと?
間違いない。これは魔法の詠唱だ。この世界に魔法が有ることは知っていたが、考えてみれば俺は初めてこれを見る。詠唱を聞く限りこれは治癒魔法……。
原作小説ではかなりレアな魔法のはずだ……。それをリュミエラが?
リュミエラが手が仄かに光る。きたきたきた。当然俺はその効果も興味がある。傷を直したいという気持ちより、魔法の効果のほうが重要だった。あのマメが本当に直るのか……。
俺も緊張してリュミエラに触れられている手を凝視するが。
……ん? あまりわからないな。
俺が訝しげにリュミエラを見れば、リュミエらが不満げに顔を上げる。
「あの……。ラド。受け入れてもらえますか?」
「受け入れるって……。ななななな何を?」
「魔法が全然浸透しなくて……。拒絶しないでください」
「え? 拒絶?」
俺はリュミエらの言葉に驚く。拒絶……。してないが?
どういうことだ……。そうか。今手に魔力を集めていたのがリュミエらの魔法の浸透を妨げて居たのかもしれない。
魔法という言葉に興奮しまくって、色々と力を入れすぎていた。俺はあわてて魔力を手から遠ざける。
「ご、ごめん。これでいいかな?」
「……もう一度やってみます」
そして、リュミエラは先ほどと同じ文言を繰り返す。
今度は仄かな光の中で、リュミエラの手から温かい波動が染み込んでくる。それと同時にジンジンしていた手の痛みがスッと消えていくのがわかる。
「ぅおお!」
「ひゃっ!」
俺は感動のあまり大声で歓声を上げてしまう。それを耳元で受けたリュミエラが驚いて手を引っ込めてしまう。
「ご、ごごめん」
「い、いえ……」
……それにしても。……すごいな。
治療をしてもらった手を見れば、まだ少し痕はあるが皮膚も硬くなり触ったりしてももう痛みなどない。治癒の深度を調べようと、つねったり思いっきり押したりしていると心配そうにリュミエラが聞いてくる。
「だ、大丈夫ですか?」
「え? う、うん。すごいね。えっと、治癒魔法、だよね?」
「はい。まだ習い始めたばかりですが……」
俺達と同い年のリュミエラだ、当然排出器官の開通もそんな昔の話じゃないはずだ。それでもうこうやって魔法を? 習い始めたばかりとはいえ、これは凄い。
俺が感動してさらに自分の手をなぞっていると、セヴァが近寄ってきた。
「な、なにやっているんだい?」
「セヴァ、今リュミエラにマメが潰れたところを治してもらったんだ」
「え? マジで? 出来るようになったのか!」
ぉ。この反応を見ると、魔法の練習をしている事をセヴァは知っていたようだ。言われたリュミエラは嬉しそうにうなずく。
「そ、そうか……。あ! お、俺もちょっと、マメが……」
「え? 大丈夫? セヴァ」
「あ、ああ。そんな大したことは無いんだ。でも、いい?」
「ふふふ。じゃあ手を出してください」
ああ。まあ、そうなるよな。
セヴァも手のひらの筋肉が足りなかったようだ。今度こいつにもプロテインの作り方をおしえてやろうか。
……。
「あ、お、おれも良いか? リュミエラ」
「え? お兄様も?」
アドリック……。お前もか。




