第十七話 お茶会
それでも三時間は訓練をしていただろうか。二人にはそこそこ俺も剣の成長を見せておく。アドリックとセヴァが色々と教えようとするものだから、あまり教える効果がなさすぎるのも申し訳ないしな。
それと、あまりにも俺が出来ないと狩りに連れていって貰えないかもしれない。なんて事も考えたのも有る。やっぱり行きたいじゃないか。狩り。
全力で何かをやっているわけじゃないのだが、結構疲れる。
稽古が終わると、小洒落たテラス席の様な場所へと案内される。どうやらお茶、というかお昼の時間らしい。普段厩舎の前で木箱に腰掛けてお茶を飲んでいる俺達とは大違いだ。
テーブルには既に料理の準備が始まっていた。果物なども置いてあったので、生ハムメロンを探したが残念ながら今日は無いようだ。
俺達三人がテーブルに座ると、すぐにメイドの子が俺達に濡れタオルを配ってくれる。そこら辺もかなり教育されているんだろう。俺達の動きに合わせて完璧なタイミングで渡してくる。
「ありがとう」
そう言って受け取ると、言われたメイドが一瞬驚いた顔をする。ちょっと意外な反応だったのでそのまま笑顔を向けると、彼女は黙って頭を下げて下がっていく。
いやあ、至れり尽くせりだ。確かにいい感じで汗を書いた後はこうやって冷たいタオルで拭いたくなる。俺はメガネを外して首などを拭い、心も体もさっぱりさせる。
そんな中、俺が顔を拭きながらふとセヴァを見れば、妙にソワソワしている。濡れタオルも手に持ったままで目だけがキョロキョロと動いている。
「ん? セヴァどうしたの?」
「え? いや。今日はどんな料理かなってな」
ああ、なるほど。流石に朝から訓練をしていれば腹も減る。こんな侯爵家のランチに参加させてもらえるとなれば、ワクワクは止まらないだろう。
筋肉をつけるには肉が大事って事って言ってたしな。そうか。この世界にプロテインなんて無さそうだもんな。
……そうか、プロテインか……。
なんとなく頭の中に転生者有る有るの知識チートが出来ないかと妄想し始める。プロテインの開発なんて、脳筋っぽくてスマートじゃないが……。栄養補給的に自分で飲んでも良いかもな。
自作のプロテインは日持ちはしないけど。あれは結構簡単なんだよな……。
ラノベマスターの俺の頭の中に、突如浮かんだ案をどう広げるか、などと考え始めるとなかなか止まらなくなる。その時、妄想の中で建物の方を見れば、誰かがこっちに向かってくるのが見えた。
ガタッ。
それを見たセヴァが少し緊張した面持ちで立ち上がった。
「リュ、リュミエラ!」
リュミエラ? えっと……。誰だっけ。俺はそう思いながらテーブルの上のメガネを取り慌ててつける。
「お疲れ様です、セヴァント様」
「ははっ。こんなの全然疲れてないからっ」
お、おう……。そういう事か。セヴァ……。わかり易すぎだって。
俺はやっとメガネを付け、リュミエラの方を向く。
あ……。
俺はその姿を見て大分間抜けな顔をしていたに違いない。リュミエラは柔らかな陽の光を受けて、ウェーブの掛かった金髪を揺らしながらやってくる。その姿はまるで……。え? アドリックの妹?
アドリックに妹がいるのは当然知っていた。しかしこの子はどう見ても年下には見えない。俺達と変わらない年齢に見える。
そのリュミエラは長すぎるドレスの裾を両手で持ち、小走りでこちらにやってくるが、俺の姿を見ると少し恥ずかしそうにドレスの裾を手放し歩き出した。
「あら。お恥ずかしいところを……。リュミエラと申します」
「あ、え、えっと……。ラドクリフと申します」
いや、確かにこれはセヴァの反応を笑えない。かしこまるリュミエラに俺も少しドキマギしながら返す。初めてあった俺の前で恥ずかしそうにはにかむ姿はなんとも言えず、可憐であった。
ドキマギ? ……いや違う、そんな事するわけがない。子供だぞ?
俺はありえない感情に戸惑う。なんだこれ……。 え? 引っ張られてる? ラドクリフに……?
俺は心の奥深くに、ラドクリフの欠片を初めて感じた。
しかし正直に言えば、確かにリュミエラはあどけない表情の奥に、常軌を逸した美しさを持っていた。アドリック譲りの整った顔を、もっと優しく、温かにしたような顔立ちだ。
そしてその一方で俺は内心冷や汗をかいていた。
――え? 妹は小説の中で回想的に少し出てきただけなんだけど……。本当に妹なのか?
俺は事実を確かめようと、アドリックとリュミエラの二人の会話に耳を向ける。
「おいおい、俺には挨拶なしか?」
「何言ってるんですか。お兄様には今朝挨拶したじゃないですか」
「挨拶は一日一回とは決まって無いぞ」
「ふふふ。お兄様もお疲れ様です」
「ああ」
くっそ……。妹確定か? いや従兄弟同士でもお兄様って言うことは全然あり得るな……。思わず仲の良さげな二人に尋ねる。
「えっと、アドリックの妹?」
「はい。そうです。双子なんです。私達」
「双子……」
そんな設定だったのか。確かに双子ならあるのか……。
――そうか……。この子なのか……。
どうやら練習後のお茶会でリュミエラが合流するのは割とルーティンらしい。娯楽の少ないこの世界ではこういった子ども同士が集まれる場というのは確かに貴重なんだろう。
「えっと、こないだのパーティーの時居なかったよね?」
「おいおい、何言ってるんだ。女子が社交界に出れるのは十二を過ぎてからだろ?」
「え? あ、そうか……」
あ、確かに頭の中にそんな知識があったが。そう言えばそうだ。
社交界にデビューするイコールその存在も世に出るということで、この国の貴族社会では社交界に出る前の女性に、男からの誘い等は禁止されている。幼い頃から花嫁候補の取り合いなど苛烈な時代が過去にはあったようで、どちらかというと女性を守るために作られたルールだったはずだ。
「ずるいですわ、お兄様たちばかり。私も早くパーティーに出たいです」
「決まりだからしょうがないだろ? だからこうして俺達の集まりには誘っているんだし」
お茶会はセヴァも頑張り、始終和やかなムードで進んでいく。
その中で俺は口数も減らし、どんどんと陰鬱な気分になっていた。
――この子が……。
小説の中で、アドリックがルード差別の意識が完全に確定した事件。その中心にいるのがリュミエラだった。作中では名前も出なかったリュミエラであったが、事件は母親と二人でいるところを……。
この少女の不幸を必死に思い出す。
いつ?
どこで?
……アドリックが悪役として性格を歪める事件。それだけは絶対に防がないといけない。だってアドリックも、リュミエラもこうして良い子じゃないか。
俺はグッと拳を握る。
「ん? どうしたんだ? ラド」
俺も少し気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。俺の表情に気づきアドリックが声をかけてくる。
「いや、なんでもないよ」
「糞でもしたいんじゃないか?」
「ち、違うよっ」
そんな時でもセヴァはいつもどおりだ。レディーの前でそんなデリカシーの無い言葉は嫌われちまうっていうのに。
今日は天気もよく雲一つ無い快晴だった。それでいて日本の夏のような異様な猛暑も無い。練習後のちょっとしたひと時だが、こんなにも幸せで平和な時間。
六歳の俺に何が出来るのか……。
俺は三人の前で必死に笑顔を作りながらも、脳をフル回転させていると、メイドがそっと俺の横にお茶を置いていく。
「ありがとう」
俺がメイドにポツリと礼を言った時だった。
セヴァやリュミエラと楽しそうに話をしていたアドリックが言葉を止め、俺を見る。その雰囲気にセヴァやリュミエラも言葉を止める。
アドリックの顔は、今までのアドリックと、まったく違った。
「ん? どうしたの?」
「ラド。二回目だぞ?」
「……え? 何が?」
「なぜメイドに礼を言う?」
俺にとっては予想外の言葉だった。アドリックが何を思い、どうしてその言葉を発したか。一瞬理解が出来なかった。




