第十六話 訓練場
先月のパーティーの時とは違い、特に多くの人が集まるわけでは無いので、城へは渋滞もなくすんなりと入っていく。
馬車の中で俺は父親の隣に座っていた。
向かいの座席には木箱に入った二つの剣と、それと一つの盾が乗っている。
「これは、勇者シリーズの?」
「まさか……。成人前の子供にそんな素材を使うなんて事……」
それでも二つともそれ相応の物らしい。セヴァの方は少しグレードが下がるようだけど。少なくともアドリックの物はミスリルの配合率も高いなかなかの一品らしい。
馬車に揺られながら、「俺にも剣を……」と口から出かかるが、やっぱり出せない。この微妙な親子関係は何とも気まずい。
俺の中の記憶では、兄や姉に対してはもう少し心を開いているように思えたのだが。少し壁を感じてしまう。
それでもアドリックに粗相をしないようになど、注意を受けながら馬車は到着する。馬車から降りた俺はディクシーに近寄り首元を撫でる。今日も可愛いディクシーが父親との二人きりの空間で焦燥した気持ちを幾らか回復させてくれる。
「……馬が好きなのか?」
「うん……」
「……そうか」
うん、やっぱり話が広がらない。
……。
自分専用の武器を渡され喜ばない子供は居ない。アドリックもセヴァも家の父親から貰った武器を手に目をキラッキラさせている。
こうしてみれば普通の子供なんだけどな。俺はそんな二人の姿を見ながら、このピュアな少年の心のまま育てるには……。そんなことを考えてしまう。
案内された場所は、石畳で出来たデカいホールのような場所だった。貸し切りなのかと思ったが、所々で兵士たちが訓練などをしている。
「父ちゃん! ほら! 俺の剣!」
練習場に居た一人の男に向かってセヴァが貰った剣と盾を持って走って行く。それがクロフトール子爵なんだろうと分かる。子爵はムキムキの筋肉を見せつけるようなタンクトップにカイゼル髭という大分難解なスタイルだ。
タンクトップはニコニコとセヴァから武器を受け取りそれをじっと見つめる。その後、顔を上げて近づいていく俺の方をみる。
「ミスリルの配合が少なそうだな」
「え?」
「この子にはもう少しグレードの高い武器を持たせたかったぞ」
「は、はあ……」
てっきりお礼でも言われると思っていただけに、突然の一言に俺はあっけにとられる。それを聞いていたセヴァも少し笑顔が陰る。
「え? これあまり良くないの?」
「できれば配合率がもう少し高い方が魔力の通りも良いのだけどな」
な、なる程……。セヴァの武器の話をしたときの父親の反応を思い出す。おそらく父親はセヴァの父親に良いイメージは無いのだろう。なるほどだ。
頭にくるというより、唖然とする。
子爵に話しかけられたのなら答えるべきなのだろうが、想定外の事に俺は何を言っていいか分からず固まってしまう。
その時だった。
アドリックが俺の横をスッと通り過ぎ、二人の近くで剣を覗き込む。
「悪いはずはないだろう。あのプロスパーの金印が入ってるモデルだ。配合率が低くても職人がいい仕事をしている剣じゃないか……」
「そ、そうか? そうだよな。かっこいいもんな」
「おう、それがあれば狩りにだって使えるじゃないか?」
「うん。いっぱい魔物を狩って強くなろうぜ!」
再び嬉しそうに自分の剣を握るセヴァに背を向け、アドリックが俺に向かってそっとウィンクをする。
お。おう……。そうか……。俺のフォローをしてくれたのか。って、こいつスゲー良い奴じゃねえの? 本当にあの悪役なのかわからなくなるわ。なんかマジ惚れそうだぜ。
ただ、その初対面の印象が強すぎて俺はクロフトールタンクトップ子爵に対して完全に苦手意識を持ってしまう。きっと剣なんて持って二人と一緒に振り始めたら、色々と暑苦しく教えて来るかもしれない。
いや、むしろ全然駄目だとか当てつけのように言われそうな予感すらする。
ううむ。今日は見学でいいかもしれないな。
どうやら稽古は、人の形の木の人形を相手にするようだ。二人共子爵の号令に合わせ「えい!」と気合の入った打ち込みを人形に向かってやる。人形と言っても人の形以外にも狼の様な魔物を模した人形も有る。いろんな敵を想定して訓練をするのだろう。
こういった訓練方法は予想していなかったので結構面白い。見れば、魔物の形をした人形などは、首筋など急所と思われるところを狙うようで、そこだけボロボロになっていたりする。
「ラドはやらないのか?」
俺が興味深げに見ているとアドリックが聞いてくる。
「僕の剣なんて恥ずかしいかな……。もう少し家で練習してから参加、しようかなって」
「恥ずかしがることなんて無いじゃないか。ほら、この人形と向かい合ってみろよ」
俺は体育の授業で体調が悪いからと見学している生徒のように、そっと隅で座ってみていたのだが、アドリックが誘ってくる。今はアドリックもセヴァも二人共に各々眼の前の人形と格闘している。
ちょうどタンクトップも今はこの場には居ない。常に見ているわけでもなく、たまに巡回してくる程度のようだ。
「じゃ、じゃあ少しやってみようかな」
俺が立ち上がるとセヴァも興味深そうにこっちを見る。
「えっと。どうすればいい?」
「剣は構えられるな?」
「うん……」
「ラドも片手剣なのか? 盾は?」
「ほら、僕は魔法使いになりたいから。自衛用にショートソードでも持ってれば良いかなって」
「ああ、なるほどな」
そう言いながら、アドリックは俺に練習の仕方を教えてくれる。と言っても人形に向かって剣を振るだけなのだが、相手と本気で戦っていることを想定して実践さながらの緊張感の中やるのが大事らしい。
「このだいぶ削れているところを、叩けばいいの?」
「ははは。叩くんじゃない。斬るんだ」
「そ、そうだったね」
ここで、スコットに言われたことが脳裏によぎる。模擬戦とかじゃないから心配ないかもしれないが……。いや。確かに魔法職のポジションの俺が魔力を込めた激しい打ち込みとかいきなりしたら不味いかもしれない。
そこで、魔力は練らず、純粋な腕力だけでちょっと不器用そうな感じで人形を叩いてみる。
「ははは。ラド。それは叩くっていうんだぜ!」
見ていたセヴァが嬉しそうにいう。よし。これが正解かもしれないな。俺は照れたように笑いながらその後も不器用な少年として人形を叩く。
流石にアドリックも少し笑いながら言う。
「確かにラドは魔法の方が向いてるかもな」
「でも、まだ魔法の先生が見つからないみたいで」
「そうか、ラドの父さんならいい先生見つけてくるさ」
「うん、早く魔法をやりたくて」
セヴァも二人の話に混じってくる。
「その前にラドは少し筋肉をつけたほうが良いと思うぜ」
「き、筋肉?」
「おう、父ちゃんが言ってたぜ、筋肉はすべてを凌駕するってな」
「そ、そうなんだ……」
「肉を食うんだって。筋肉付けばきっとメガネなんていらなくなるぜ」
「ええ? そういうもの?」
「間違いない!」
くっそ。脳筋め……。それでも俺だって毎日太極拳の套路を繰り返しているのもあり、転生したばかりのもやしみたいな体型と比べて少ししっかりはしてきてるんだぜ。
……でもメガネキャラだしな。良いんだこれで。




