第十五話 発勁
もうこの世界に来て何気に二か月は経っている。
親に放置され好き放題にやれているのは良いのだが、魔法の教師はまだかと俺は首を長くして待っていた。
正直本を読めば、ある程度魔法の練習方法が書いてはあるが、一応禁止されている身だ、俺は真面目に言いつけを守ることにしている。見ると使いたくなるので開くのも我慢している。
ただ、魔法の練習を始めた時に、なるべく基礎は出来ているようにと魔力操作の練習はひたすら続けているんだ。
今日はその魔力操作の練習に少し発勁的な動作を混ぜようかと考えていた。二十四式だと発勁は無いが、総合太極拳には陳式太極拳の発勁の動作が入ってくる。「掩手肱捶」で二回「馬歩靠」で一回。
総合太極拳か……。ちょっと記憶が怪しいな。高校受験の時期に練習に行かなくなってそのままだったのを今更ながら悔いる。総合は何とか套路を覚えたくらいなんだ。
魔法を攻撃に使える者と使えない者、これは魔力袋から一気にどれだけの魔力を出せるかにかかっている。誰でも持つ魔力だが、それを魔法として昇華するには強圧の魔力を一気に出すことが求められるからだ。
そう本で読めば、発勁で一気に力を開放する感覚は、魔力を出す練習に絶対に役に立つはずだ。
流れるように魔力を回しながら、発勁の動作に合わせ「フンッ」と一気に押し出す。よし、いい感じ。……と思ったが、「掩手肱捶」は一つの動作で連続で発勁を行う。すぐに魔力を集めることが出来ず、二発目は何とも微妙になる。
「ううん……。ちょっと発勁は発勁だけで練習した方がいいかな」
正直発勁を連続でできないということは、魔法も連続で出せないということだ。これでは駄目だな。ちゃんと練習をしないとせっかくやって来た教師に呆れられてしまう。
と、一人試行錯誤していると、ティリーが入ってくる。
「お坊ちゃま、旦那様がお呼びです」
「パパが? 珍しいな……。お。もしかしてっ!」
「魔法の先生では無いようです」
「そ、そうか……」
ティリーも俺が魔法の練習をしたくてウズウズしているのは知っている。俺の期待に満ちた顔ですぐに考えていることを理解したのだろう。笑いながらザクリと否定された。
なんだろうと、父親のところまで行くと父親の部屋に二つの木箱が置いてあった。
「どうしたの? パパ」
「アドリック様に差し上げる剣が出来たのでな、その話を侯爵にしたところお前と一緒に来るように言われたんだ」
「僕も?」
「ああ、何でもクロフトールの息子と一緒に剣の練習をしているらしくてな、お前も参加してはと言うことだ」
「へえ。楽しそうだね、それはいつ?」
「練習は早朝だそうだ、明日にでも行く予定だ」
「うん。わかった」
そうか、剣を用意できたのか。それと練習に参加?
練習と聞くと少し興味が湧いてくる。スコットは色々と教えてはくれるが基本的にすぐ模擬戦をやりたがる。俺は模擬戦には興味ないので、ひたすら素振りなどをしているのだが、普通はどうなんだろう? 太極拳や空手のように流派や型的なものは有るのだろうか。
ちょっとウキウキするな。
午後の剣の練習の時間、明日城に行って練習会に参加する話をする。すると、ハティが羨ましそうに言う。
「いいなあ! あたしも行く!」
「いやいや、ダメだろ。一応貴族の集まりだからな」
「ぶー。そうやってまた私に内緒で強くしようとしてる」
「してないって、単なる付き合いだからさ」
「美味しい物も食べる?」
「だから練習会だと……」
あれからハティとの模擬戦のお誘いはすべて断っているが……。まあもう勝てないしな。それを勝ち逃げだとハティはブーブー言っている。
俺としては勝ち逃げをするつもりだから良いんだけど。
ふとスコットの方を見れば、スコットは眉を寄せて何かを考えこんでる。
「ん? どうしたの?」
「お前さ……。たぶん本気で分かって無いと思うけどさ」
「……えっと? 何かした?」
「本気でやるなよ」
「ん? どういうこと?」
「そう言う事だ。なぜか知らんが、お前はちょっとおかしい」
「し、失礼だな」
「本当に六歳か? お前の体の使い方と魔力の使い方が異常なんだよ」
「え……。いやでも、俺魔法使い系だし……」
「はぁ……」
な、なんだ? いや。でも俺はラノベマスターだぞ? そんな勘違いムーブをするほど子供でもないし。自分の実力をわきまえてちゃんとやってる。「俺、何かやっちゃいました?」なんてベタな展開……。無いはずだが。
「じゃあよ、構えろ」
「えっと?」
「お前の異常性を体に教えてやるよ」
「ちょっ。ちょっとま――」
俺の言葉が終わる前にスコットの斬撃が俺を襲う。
ちょっ。こいつは馬鹿なのか? 俺は六歳の力なき子供だぞ? スコットの剣は明らかにハティとやっているときより力が乗っている。木剣だろうと当たれば簡単に骨折の一つや二つ……。
俺は必死に手に持った剣でそれをいなす。大人と子供力の差は数倍にも及ぶ。俺が必死に魔力で補強しても剣線をずらす事しか出来ない。
ただ一つ言えることは、太極拳をやっていて良かったという事。攻撃なんてもちろんできないが、太極拳は円の動きで相手の力を利用し往なす。非力な俺でもなんとかスコットの攻撃を捌くことが出来た。
しかし、ハティの時の俺の動きを見ていたのだろう、俺が例の推手の要領で裁こうと、剣を触れさせようとしてもうまくかわされてしまう。
冷や冷や物だ。すべての剣が必殺の一撃の様に俺のハートを削って行く。
そして、そんな恐怖心の中、めらめらと持ち上がる一つの気持ち。
怒りだ。
子供の俺に対しての大人の常軌を逸した剣に俺は徐々にむかっ腹が立ってくる。
――くっそ。何とか一撃を……。
だがスコットも腕利きの剣士。俺の付き入るスキなんてみじんもない。どうすればいい。
――力で?
こうして剣を交えていれば、スコットは徐々に俺の力を体に覚えるはずだ。俺が剣をいなす時の力、打ち込む時の力、その力加減をスコットの体が覚えた時。一時的にその力を上げて均衡を崩せれば。
――発勁を。
そうだ、太極拳だけでなく、太極剣にも発勁技はある。基礎の三十二式には無いが……。四十二式太極剣に発勁動作が入る。套路を覚えていなくてもその迫力に多くの太極拳キッズが憧れ、練習をしているはずだ。
俺は魔力を練りながらそっと機会を伺う。スコットは俺の動きに何か感じたのか口元に笑みを浮かべる。
むっかつく!
そして、そのタイミングはすぐに来る。俺はタイミングと間合いを必死に調整する。きっとスコットはそれにも気が付いている。わざと誘うように俺の誘導を受け入れる。
――舐めるなよ!
俺が開けたスキに「やってみろ」と言わんばかりに突きを撃ってくる。こんな好機、もう二度とないだろうというタイミングだ。俺はその突きに「絞剣」で応じる。
貯めるに貯めた魔力を気合いと共に腕から剣まで一気に通す。絞剣は、刃の手元三分の一の辺りを中心に剣をぐるっと回しながら一気に突く技。
円運動がスコットの剣を巻き込み弾く。そしてそれは同時に必殺の突きとなる。
「ぅぉおい!」
慌てたようなスコットの叫び。完全に決まった。そう思った瞬間ふっとスコットの姿がブレる。漫画で見た残像の様にその姿が消え、同時に俺ののど元に冷たい物が触れた。
……やべえ。
その理解不能な動きに、たらりと冷や汗が流れる。強いと思っていたけどちょっと次元が違う。これがモーガンの強さか……。
「ははは……。で、でしょ?」
「はははじゃねえよ。何だあれは……」
「えーと……。鼬の最後っ屁的な」
「まったく、もう一段上があるとはな、流石に想定外だったわ」
「いやいや、そんなんでも」
確かに発勁技なんて、完全に出来るかも分からないで使っただけだしな。そりゃ意外だろう。
「まあ、これでわかったろ?」
「えっと? ……何が?」
「俺だってこれでも引退前はAランクの冒険者だったんだ。それを一瞬でも本気にさせるなんて……。六歳児でありうるんか?」
「あ、あまり無いかも?」
「ねえんだ! これっぽっちもそんな事はな」
「は、はい……」
な、なる程……。体は子供、心は大人……。だからなのか?
よくわからないが、この体、魔法だけでなく意外と剣も行けるんだな。
俺は悩みながら自分の腕をにぎにぎと動かしていると、スコットからもう一声かかる。
「ちげえよ」
「え?」
「お前の身体能力なんて、お前が考えてるように大したもんじゃねえよ」
「え? じゃあなんで?」
「その馬鹿みてえな魔力操作だ」
「魔力操作が?」
「ああ、そんなに簡単に魔力が体に馴染むなんてことはねえんだ。普通はな」
「体に馴染んでます?」
「気を付けろよ、ちょっとでも本気出したら、侯爵の息子に大怪我させるぞ」
「え、えええ……。りょ、了解」
ううむ……。
プロが言うんだ、気を付けないとな……。




