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第十四話 化勁

 剣の練習が本格的になると、ハティの身体能力の異常さがどんどんと際立ってくる。おまけに負けず嫌いなハティだ、先生であるスコットに対しても本気で悔しがる。


「こ、こいつは……」


 ちょっと回り道はしたが、すぐにスコットもハティのポテンシャルに気が付く。

 それはそうだ。将来的にS級冒険者になる人材だ。俺なんかとても太刀打ちできるはずはない。


 ただ一つ、注意しなければならないのはスコットが変な気をおこさない事だ。


 「モーガン」に誘い入れるなど、あってはならない。


 それだけは細心の注意を払って警戒する。


 ハティはハティで剣の練習が楽しいようでどんどんとのめり込んでいくのが分かる。楽しめるというのも才能の一つだとよく分かる。


「楽しそうだな?」

「文字覚えるより全然楽しいよっ!」

「そ、そうか。でも文字もちゃんと勉強しないとダメだぞ」

「ぶー」

「いや、ぶーじゃねえよ」


 厩舎の前にある木の木陰でティリーが入れてくれるお茶をすする。ティリーが敷物を持ってきてから、ここが俺達の休憩場所になっていた。


 俺とハティは敷物の上で足を伸ばし、スコットは俺が本棚に使ってるのと同じ木箱を持ってきて椅子代わりにしている。


 たぶんこの木は白樺だ。こういうのは割と標高の高いところにある木だと考えると、ここも結構標高は高いのかもしれない。そのせいか日中でも割とそこまで気温も上がらず木陰で心地よい風に当たりながら稽古の疲れを取る。



 ティリーも最初は妹の剣の練習に難色を示していたが、ハティが楽しそうにしているのを見てすぐに何も言わなくなる。「馬泥棒を、ぶっ潰す!」なんて言ってるハティを見れば、危険な道へ行くとは思えないしな。


「こうハティが剣士に向いてるのを見ると、ティリーも意外と剣とか向いているんじゃない?」

「……え?」


 ふと思いついてティリーに話しかける。食器を片付けて屋敷に戻ろうとしたティリーが驚いたように振り向く。


「もしやってみたいならパパに頼むよ?」

「い、いや、私は……」

「だよなあ。まあ興味あったらいつでも言って」

「は、はい……」


 とはいえティリーは年齢的には高校生くらいか、今更練習を始めてもそんな伸びないだろうけどな。小説の中でティリーなる人物の記憶も無い。


 ……ハティが冒険者になる経緯なんて小説の中には出てこないが、家族であるティリーにトラブルが生じて、家から追い出される様なシチュエーションしか思いつかないんだけど。


 そこら辺も少し気にかけた方が良いかもしれないな。



「さて、ちょっと二人でやってみるか」


 休憩が終わるとスコットが提案してくる。


「え? 俺?」

「そんな剣振ってばかりじゃ何も覚えられねえぞ」

「良いよ、まだ剣を振る動きが自分に馴染んでる感じがしないから」

「はん! 良いから、先生の言われるようにやれ。いいか、木剣だからってケガをしねえわけじゃねえ。出来るだけ寸止めだ。いいな」

「マジでやるの?」

「ハティはやる気だぜ?」


 嬉しそうにいうスコットの言われて、ハティの顔を見ればいつでも俺を倒してやると言わんばかりの顔でニヤリと笑う。


「ラドはいっつも偉そうだからね。ふふふ……」


 あんま偉そうにしてる意識は無いんだけどな。子ども扱いはしているけど。


 太極拳の練習もそうだが、なんていうか俺はルーティーンな練習が好きなんだ。何度も同じ動作を繰り返して、それを体に覚えさせていく。套路の技一つ一つをキチンと形を整え覚えていく。


 実際ハティはスコットとひたすら稽古をしているが、俺はその横でひたすら素振りをしているだけだ。スコットとしても気に入らないんだろう。

 

 ハティかあ。


 俺はやる気満々のハティを見つめる。


 しかしまあ……。もう少し経てば実力差が圧倒的に開くだろう。そうなれば、きっとこうして稽古するなんて無理になるだろうしな。今のうちか。


 そう考え、俺は木剣を手にハティに向かう。


「良いぜ。じゃあ、ハティが負けたら文字の練習増やすからな」

「え! ずっずるいよっ!」


 俺は話しながら魔力を練り上げていく。すでに力の差はもう歴然だ。S級ランク冒険者など人の行きつく頂点の世界。そこへたどり着くハティの潜在能力はナチュラルに異常なんだ。


 俺の言葉攻めにアタフタとしているハティに向かって一気に走る。正直あまり運動などしていない体だが、足りない筋力は魔力で補う。

 両手剣を選んだハティに対して、俺は片手剣。力でぶつかったらまず勝てない。


「え? え?」


 突然俺が突っ込んでくるなんて考えていなかったんだろう。俺はお構いなしに地面を這うように下からの斬撃をぶち込む。ハティは慌てふためきながらも、俺の動きについて来る。上から下へ、ただそれだけの振り。


 ――力の乗らない剣なんて。


 俺は構わずそのままハティの剣をかち上げようとする……。が、重い。慌てたように合わせただけのハティの剣が石の様に俺の剣威を止める。


「い?」

「ふんが!」


 俺の剣が止まるのと同時にハティが剣を返し突いて来る。俺は自分の剣をぴったりとハティの剣に触れた状態で腕に魔力を集中させ必死に閃軌をずらす。しかしそれでは足りずに無我夢中で体をそらす。


 冷や汗ものだ。木剣とはいえ、突かれたら結構ヤバい。俺の頬を冷たい何かが通り過ぎる。一センチもズレてたら頬に穴が開いたんじゃねえのか?


 そこからは完全に防御一辺倒だ。俺は必死に剣をハティの剣に触れた状態を維持し剣の軌道をずらしていく。


 俺の剣がハティの剣に触れ続ける事で、ハティの動きの微妙な機微を感じ取る。そうやってハティの力が乗る前に、少しずつ、一瞬に力を集め剣先をずらす。ハティの力のベクトルを誘導しながらその攻撃を捌き続けていた。これは太極拳の推手の聴剄と化剄の感覚を応用している。


 と言っても綱渡りに近い状態だ。一瞬でも判断を誤ればそれで攻防が崩れる。そんなギリギリの攻防で精神を擦り減らしながらも、オレの心は徐々に高揚していく。


 ――楽しい!


 逆にハティは俺の剣が自分の剣から離れずに動きをずらされ続ける事にイライラが溜まりまくっている。そして俺は、ハティが限界を迎えるのを待っていた。


「ああ! もう!」


 ついに我慢の限界が来たハティが一度間合いを取ろうと後ろへ下がる。


 そう、このタイミング。


 刹那。「堤膝棒剣ティシーボンジェン」から「跳歩平刺ティァオブーティンチツー」へつなぐ型で一気にハティに詰める。

 突然攻撃に回った俺の動きに後ろに下がるハティはバランスを崩す。さらに跳歩平刺は二段構えだ。

 二度目の突きが、体勢を崩したハティの首筋で止まる。


「よし。俺の勝ち」

「え! 違うよっ! ダメ! 今の無し!」


 一瞬呆けた方に俺を見つめていたハティだが、俺の勝ち名乗りを受け顔を真っ赤にして怒り出す。


「いや。今のはラドの勝ちだな」

「スコットさんも! だって、ズルだよ。ほら。絶対ずるい!」

「別にズルしちゃいねえよ。ふふふ。負けたら……。なんだっけ?」

「今の無し! もう一回! もう一回!」

「だめー。やりません~」


 顔を真っ赤にして頬を膨らますハティに俺はもうやらないと宣言する。

 それはそうだ……。こいつマジでヤバいわ。


 笑ってる俺の横にスッと近づいて来たスコットが俺にそっと呟く。


「お前、本当にもうやらないつもりだろ」

「あ……。わかります? 多分もう勝てないからね」

「俺そうは思わねえな。もっと強くなりてえならいくらでも手を貸すぞ?」


 俺が答えると、スコットは不機嫌そうな顔で言う。

 まあ、剣の教師として雇われたんだから、言われなくても教えるつもりだろうが……。相手はあのハティだからな。


「いやあ。あれは無理でしょ。剣をもって数週間でこれだよ?」

「……お前なんて木剣振るだけであれだろ?」

「ははは。今日は知能の差で勝てただけなので。こんなしんどい思いは十分」

「勿体ねえな。ま、お前が覚えたい範囲でおしえてやるから、剣は置くなよ」

「うん。もう少し剣は使えるようになりたいからね。よろしく頼むよ」


 こうして、俺の最初で最後のハティとの真剣勝負は何とか勝つことが出来た。


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