第十一話 パーティー
王様でもないのにこんな立派な城を持ってるのか。
最初に思ったのはそれだった。ただ、戦うといった城というより宮殿のように大きな施設という感じでもある。
城門では警備の兵士が馬車を一つ一つ確認していく。その列が街の途中から渋滞になるほどだ。なるほど、これは早めに家を出ないとパーティーの時間には間に合わないんだなと理解した。
城門をくぐると、広い庭があり、きれいに揃えられた芝生、ライトアップされた噴水などがファルテュラス家の威光をこれでもかと見せつける。自分の家も大概デカいと思っていたが比べ物にならない。
口をあんぐりと外を見ていると父親が教えてくれる。
「最大派閥の長だからな。王家や公爵家ですら無視できないお人なのだよ」
「へえ……」
父親は誇らしげに言う。
ここアルカディア王国では公爵家というものは基本的に王家の親族と成る。日本で言えば宮家のようなもので、王家の血族以外での貴族の最高爵位が侯爵と成る。そしてさらに侯爵の中でも最大の領土を持っているのがファルデュラス家というわけだ。
……。
パーティー開催時間の少し早めにホールへと着くが、もう会場では楽団が静かに曲を奏で、多くの貴族たちがウェイティングドリンクなどを手に歓談している。パーティーの時間が短いのなら当然こういう時間も大事な交流の場なのだろう。
すぐに両親は、知り合いの貴族やセレブの仲間を見つけ散り散りに会場へと消えていく。残された俺はどうしたものかと、会場をぼけっと眺めていた。
そんなときだった。
「おい!」
なんとなく乱暴な声が聞こえる。こういうのは正直好きじゃない。きっと俺は関係ないに違いない……。スルーだな。
「……」
「おい。聞こえないのか?」
「え? 僕?」
くっそ。やはり目当ては俺だったようだ。まあ、子供の声だったし、周りに子供は俺しか見当たらないし、そうだとは薄々感じては居たけどな。
諦めて男の子の方を見れば、俺より頭一つ高い少年が果実のジュースを片手に俺の方を見ていた。
ふん。服装は子爵家の子供か……。
かなり身長が高いので一瞬年上の子供だと思ったのだがすぐに思いなおす。この乱暴な感じ、ガチムチの脳筋キャラ。間違いない。セヴァント・クロフトールだ。
俺はすぐに真っ直ぐにセヴァントに向かい、深くお辞儀をする。
「これはこれは、もしかしてセヴァント様でございますか?」
「え? あ、ああ。そうだ……。俺様を知ってるのか?」
「私と同じ年齢で、クロフトール家に偉丈夫なご子息が居られることを聞いておりますので。すぐにわかりました」
「そ、そうか……。お前は?」
「はい。私はラドクリフ・プロスパーと申します」
作中は完全に友達だったが、男爵家と子爵家だ。まずは丁寧にあいさつをするのが当然だろう。いっぽうのセヴァは俺の丁寧なあいさつに面食らって必死に上品そうに取り繕おうとしているのが分かる。
そして、俺の名前を聞いた瞬間、セヴァの顔が驚きに染まる。
「そうか。お前がプロスパー家の!」
「お恥ずかしい限りです――」
「なあ! 俺も勇者シリーズが欲しいんだ!」
「え?」
「ていうかさ、様なんてつけるなよ、もっと気さくにさ、セヴァって呼べよもう友達だろ?」
「あ、ああ……セヴァ」
「やっぱりクァドラジェシマが良いな! なあ、一本で良いんだくれないか?」
「ははは……」
うん、セヴァだな。友達ならくれるとでも?
クァドラジェシマは隕鉄のコアの部分、ブラックコアという激レアな素材を使っている。というかレアすぎてその数が殆ど無い。実質使っているのも国の最高位冒険者パーティの「鉄鎖の絆」のラルプ・デュエズの持つ剣と、アルカディア王国の元帥、ラルド・カールトン位かもしれない。元帥クラスに成ると戦場で剣を振るうなんて無いと考えれば、実質実用しているのはラルプただ一人だ。
あとは王様などの貴族のコレクションとして大切にしまわれているという。
こんな子供が欲しいといって簡単に渡せる物でも無いんだが……。この当たり前のようにねだるジャイアニズムは、まさにセヴァだ。
「今度、父に何かいい剣が無いか聞いてみるよ……。そ、そういえば今日は初めてアドリック様にお会いできるという事でとても楽しみでね」
「ん? お前はアドリックにあったことは無いのか?」
「う、うん。俺は郊外の片田舎に住む貴族だから」
「そうか。じゃあ今日はアドリックに紹介してやろう」
「本当に? ありがとう」
「その代わり、剣、な? たのんだぜ」
「ははは……」
うーむ。アドリックを良い人へと教育するにあたって、セヴァもある程度教育しないと、と思っていたのだが……。
こいつも難しそうだ。……IQ的に。
しばらくセヴァと話をしていると、ようやく開始の時間になったようだ。楽団の演奏が止まり、会場の貴族たちも声のトーンを落とし入口の方に注意を向ける。
やがて、ファルデュラス候が家族を従えてホールに入ってくる。ファルデュラス候は少し高台のステージに立つと朗々とした声であいさつをする。
「今年もテンポル・ソーリスを開催することが出来たことを皆で喜ぼう。遠方よりの方々には感謝する。もちろん領内の仲間たちにも、な」
うわ。超イケメンナイスミドルだ。横に立つ婦人も超絶美人だ。そしてその後ろで不敵な笑みを浮かばえるアドリック……。もうお前が主人公でいいよって言いたく成る存在感だ。
侯爵はウィットに富んだ挨拶を交えながら、今日社交界にデビューするアドリックを紹介していく。
……そして最後に残念な一言でスピーチを締めくくる。
「アルカの民に栄光を!」
後に本物のエルフによってバッサリ否定されるあれだ。エルフの血を受け高貴なる人間の人種「アルカ」説。
確かに会場には、金髪と茶髪の貴族しかいない。一応、茶髪というのもアルカの金髪の血が少し薄れているという定説があり、認められてはいるが、より金髪、更に銀に近いほどその血が濃いとしされる。
今日は、そんな優勢論者達の集まりだというのを強く感じた。
……。
侯爵の挨拶が終わると自然にパーティーは始まる。周りにはシェフが料理を振るまうスペースまで有る。流石にお腹が空いた俺がそちらへ行こうとするとグッと腕を捕まえられる。
「アドリック様のところに行こうぜ」
「え? でもまだいろんな貴族様と話をしてるじゃないか」
「大人たちばかりだし、アドリックだってつまらねえよ。気にするな」
そういうセヴァはグイグイと人混みを抜けていく。俺もしょうがなくついていく。
「アドリック!」
セヴァはそのまま侯爵の横で大人たちの会話をしているアドリックに声を掛ける。アドリックも大人の相手に退屈していたのかもしれない。セヴァの顔を見ると少しホッとしたような顔で人混みを抜けてくる。
「セヴァか、よく来たな」
「なんか、親父がアドリック様のデビューに合わせてお前も出ろってさ」
「なるほどな……。ん? そいつは?」
「ああ、こいつか。友達のクリフって言うんだ」
なるほど、ラドじゃなくてクリフになったのはこいつが原因か。しかし今はそれどこらじゃない。紹介された俺は少し緊張しながらアドリックにお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。ラドクリフ・プロスパーと申します」
「……ん? プロスパーというと、あの?」
プロスパー商会はやはりこの世界じゃ有名なんだろう。俺の名前を聞いたアドリックはセヴァの時と同じように少し興奮したように尋ねる。俺がそれに答えようとした瞬間。セヴァが割って入ってきた。
「そうなんだよ。あのプロスパーだ。なんでも勇者シリーズをくれるみたいだぜ」
は? おいおいおい。何言ってるんだコイツ。突然の発言に俺は口をあんぐりとあけてしまう。
「何? 勇者シリーズを? マジでっ!」
「え? あ……。いや。なんていうか……」
「ん? 俺もほしいんだ。勇者サーベロと同じ剣!」
「クァドラジェシマ……」
そのアドリックも目を見開き俺の方を見る。いやいやいや。まあ、アドリックと言えどもまだ六歳の子供だ。そんな事言われればテンションが上ってしまうのは分かるが。
それでも俺の表情を見て、すぐに「あれ?」と感じたようだ。
「ん? ……俺には駄目か?」
「えっと……。そういうわけじゃなくてですね……。なんていうか、駄目というより。僕にそんな権限が無いんです」
「ああ……。なるほどな」
聡明な子で助かる。俺の言葉にある程度理解してくれたようだ。
その目のまますっとセヴァの方を見る。
「また、セヴァが強引に言ったんだろ?」
「や、そ、そんなことないよ」
「まあいい、俺がサーベロに肩を並べる勇者に成ればいいだけの話だ」
「そ、そうだよな」
うっわ。この頃から自分への自信は凄いな。
それにしてもセヴァとアドリックはこれまでも付き合いが長そうだ。家のような商人と違いセヴァの親は確か領軍の士官だ。住んでる場所も近ければ合う機会もあったのだろう。
そんな風に、いつものことだと笑うアドリックに感慨深い気持ちになる。
俺はカリスマ悪役の幼少時の姿を不思議な思いで眺めていた。




