105 アルセリアの村
アンカライト領の領都はノルヴァインになる。ここサンヴァインは領の南端にあった街を南北に長いアンカライト領の両端の軸として後から発展させた街になる。
そのため古い歴史を感じさせるような建物は少なく、割と新しい街だ。
ホテルも最近の作りで、かえって過ごしやすさを感じる。
チェックインをして、そのまま俺達はサンヴァインの街で名物のサバ料理を堪能した。サバ料理といってもそのオイル漬けのサバをパスタやアヒージョ的に使ったものが多い。
そんなのを食べていると、やはり普通の焼き魚とかを食べたくなるが、今回の旅行では海の方へは行かないのでお預けということで。
仕事も終わって気も抜けたのだろう、フェルトは初めて酒を口にし、少し砕けた感じでアンカライトについて話してくれる。
アンカライト領の両端の二大都市であるノルヴァインとサンヴァインを繋ぐルートの丁度真ん中あたりにアルセリアという村がある。
その村にはアルカディア王国建国当時に居た聖女の生誕の村として大事にされているという。聖女と呼ばれる女性は歴史上それなりに居るのだが、この時の聖女はアルカディア王国初代国王の妻として有名だった。
この国の多くの女性たちが好きなシンデレラストーリーの基本となる恋愛話の元にもなった聖女であり、今でも多くの女性たちに慕われている。
そんな逸話も原作で読んだ記憶はある。
エリックと共に、原作の聖女であるフローディアと共にアルセリアに訪れるのだが……。そこまでストーリーに影響のある話では無かったと思う。
アルセリアの森に棲んでいるという聖獣モルフィが、聖魔法の波長に惹かれて集まってきたりと、そんなほのぼのした話だ。
「フェルトはこのあとどうするの?」
「どうするって、帰るだけだ」
「うーん。一緒に来る?」
「何言ってるんだ。俺はお前らみたいなセレブな立場じゃねえんだよ」
まあ、そりゃそうだ。グランパが護衛として雇っていれば別だろうが、このままファルクレスト方面へ向かう護衛は、もう受けているんだろう。
数日だったが、またスコットとは違う若さというか、出来る男感が頼もしい。
ファルデュラス領へ戻ってスコットがいたらよろしくとお願いしておく。
……。
こうして今度は領営の馬車の旅となる。この馬車も基本的な役目は角笛馬車と同じだ。領内での郵便の運搬や、商隊的な役割もする。
商隊的な、というのは護衛の付いた乗合馬車に便乗して様々な行商人たちが一緒に付いてくるということだ。これは角笛馬車でも同じで、護衛を雇う経費を節約できる分、商人たちが助かるというシステムだ。
そして商人たちの移動が楽になれば、国内の流通も潤うという事になる。
俺達が馬車に乗り込むと御者が立ち上がり後ろを振り向く。
「ややや。今日はお客がいるねえ。馬車は人を載せてこそ馬車ってもんさ」
「あまりお客がいないの?」
「いるにはいるね。ただまあ、荷物のほうが多いかな」
「ああ、そんな感じなんだ」
領内を横断する馬車だけど、そこまでの人の動きは無いのかな。まあ角笛馬車の方だってそこまで人が乗り降りする訳じゃないからそうなんだろうな。
「特に今の時期はなあ。学生も動かねえしね」
「そっか、時期もあるんだね」
角笛馬車の御者はほとんど喋ることは無かったけど、この馬車はだいぶ陽気なおっちゃんだな。
そんなことを考えていると、おっちゃんは陽気に歌い出す。
「東の娘の唇は~♪ 蜂蜜酒のいい香り~♪
西の娘の胸とくりゃ 焼き立てパンの揉み心地~♪
南の娘の柔腰が 丸く弾んで俺を呼ぶ~♪
北の娘の太ももに 頭を載せて一眠り~♪」
な、なんつう歌だ……。
意味がわかるようなわからないような。なんとも子供に聞かす歌じゃない気がする。困惑顔で横を見れば、ティリーも困ったような顔で苦笑いをする。
そのままおっさんは風呂で歌うがごとく歌を歌いまくっていた。
ま、これも旅の味なのかもしれない。
そして三日もするころ、峠を下った先に大きな湖が見えてきた。
「あれがセレス湖ってやつさあ」
「セレス湖?」
「そう、アルセリアの村はあの湖の周りにあるんさ」
「へえ……」
何ともヨーロッパのオシャレな村の様にみえる。規模は小さいが湖の周りに集落があり、三角屋根の建物がぽつぽつと並んでいる。
ここか……。
湖畔から山の方にある樹海の中にモルフィが居ると……。そのうちの一匹が聖女に懐くというだけの設定だったが、あまりストーリーに影響しないペットだったしな。
それでも、原作のイベントの地と考えればファン心理は揺すられる。なんとなく森の中を散策したくなるが、今回はそういう旅でもない。感慨深い気持ちでだんだんと大きくなる村を眺めていた。
聖女が生まれた地として有名なアルセリアの村ではあるが今では至って普通の村だ。ただ、湖畔にある感じがまた観光地のような映えのある景観で気持ちは上がる。
と言っても別に御当地のお土産等があるわけじゃないのだが。
ただ他の村での宿泊と大きく違う点として、村でかつての聖女の記憶を残そうという動きがあるようだ。宿の食堂で食べていると村の老人が吟遊詩人さながらに聖女の伝説を宿泊者たちに歌って聞かせてくれる。
原作でなんとなくの記憶はあったが、この国の建国の父と呼ばれる勇者と後に結婚して女王となる聖女が若い頃に出会って共に冒険に出かける話だ。
慣れた口調で語る話は、なかなかに臨場感もあり楽しい。
グランパに聞けば、吟遊詩人は大きい街ではそこまで珍しいものでは無いらしい。この世界でこういった冒険譚を聞くのは初めてだった事もありなかなか楽しめた。
……。
翌朝、早くに目覚めた俺は宿のすぐ目の前にある湖の畔でぼーっと静かに揺れる湖面を眺めていた。相変わらず朝に強いティリーもその横で同じように湖を見つめていた。
「……なあ、ティリー」
「はい」
「時魔法……。あまり人前で使わないほうが良い」
「危険、ですか?」
「なんか。嫌な予感がするんだ。そういった珍しい魔法を、なにか悪いことに利用しようとする奴らがでてきたり……」
「なにかに使えるんですか?」
「わからない、けど……。出来るだけその魔法は隠そう」
「わかりました」
ティリーの言葉からは残念とかそういった感情は感じられなかった。俺は横にいるティリーの方へ顔を向ける。
「でも、魔法は……。訓練しよう」
「え?」
「いざという時、自分を守れる手段になるかもしれないし」
「でも時間の流れを少しゆっくりさせる、だけですよね?」
「それが基本ってだけだと思う。……俺もよくわからないけど少し使い方を考えてみる」
「はい。ありがとうございます」
「うーん……。ありがとう、なのかな? でもティリーに始めさせたのも俺だし。なんとかしようと思う。うん。だから……。ちょっとまってて」
「はい」
「とりあえず、練習は人が居ないところ。見られないところで」
「はい」
「そしてあの二行の基本をまずは何度も反復して慣れていこう」
「わかりました」
……本当にこれで良いのだろうか。
時間の流れに干渉する。そんな魔法が使えるなら、間違いなく最強に近い属性に思える。もしその魔法を持つことで何者かに狙われることがあるのなら。それを自衛の為に使えたら……。そう思わざるを得ない。
と、言ってもどこまでそれを使うことが出来るのか。
それも未知数なのは確かだった。
※聖獣モルフィ。実は書籍版で出てくるんです。かなり書き換えて色々と違うところもあるんですが、もし興味のある方は是非購入を(2026/1/20発売予定)




