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そっとドアをノックする。
流石に女性の泊まっている部屋に入ろうとするんだ。しかもまだ夜明け前。
少し申し訳ない気持ちもあるが、ノックして暫く待つ。
すると、既に起きていたようにティリーがそっとドアを開ける。
「ティリー。ちょっと良い?」
「え? ラドクリフ様?」
ドアの隙間から見えるティリーは既に起きていたのかもうバッチリと着替えも済ませていた。ティリーは少し驚いた顔をしていたが、これなら大丈夫と俺は返事を待たずドアの中に体を滑らす。
「その、突然来られても……あの。準備が……」
「そうだよね。朝からごめんね」
「い、いえ……。しかし。もう夜も開けてしまいますよ?」
「うんうん。良かった。もう起きていたんだね」
「はい、昨日は早くに休ませていただいたので」
「そうか。もう出れる?」
「……え? えっと、どういうことですか?」
「先に二人で街を出ようかと思って」
「ちょっと意味が……」
「ほら、朝の散歩だよ。そのまま先に二人でのんびり歩いていってさ。あとから来るグランパの馬車が来たらそのまま乗ろうかと」
「……え?」
寝起きで頭もすぐに付いてこないのだろう。驚いているティリーを尻目にティリーが持ってきていたカバンを俺が持つ。
「うぉ、なんかすごいね。結構色々持ってきたんだ」
「え? ええ……」
「これは俺が持つから。さ、行こう」
「本当にもう行かれるんですか?」
「うん。そのつもりだよ」
「わ、わかりました」
部屋を見ればもう既に荷造りも終わってる。ベッドまで本当に寝ていたのかと疑うくらいきっちりとベッドメイクまでされてる。俺はさすがプロのメイドさんだなあと感心しながら部屋から出ていく。
「に、荷物は私がっ」
「大丈夫大丈夫」
たしかに見た目は子供だが、魔力操作はそれなりに自身がある。魔力を巡らせればこのくらいの荷物全然気にならないくらいの筋力ブーストは出来るんだ。
この建物は三階建てで、俺達の部屋は三階にある。まだ他の客も寝ているだろう。部屋から出て、あまり音がならないようにそっとすすむ。そして一階へと降りる階段の途中。踊り場にあるちょっとしたスペースに人影があるのに気がついて足を止める。
……ん? 寝てるのか?
二人の男が踊り場にある向かい合った椅子に座り目を閉じている。しばらく足を止めじっと様子をうかがうが動く様子は無い。
俺はティリーを振り返ると、「シー」っと口に指を当てる。ティリーが「分かった」と頷くのを確認しそっと二人の男の横を通り過ぎて一階まで降りる。
そしてそのまま、俺達はホテルから出た。
先ほど窓の外を見たときと比べ少し空の明るさが増してきていた。それでもまだ街は眠っている。朝のひんやりとした空気の中、街の至る所でカラカラとかざぐるまの音は続く。
俺達は足早に門をくぐった。
……。
周りを伺うが、特に誰の制止を受けることなく門をくぐる。
門の閂も特に鍵などかけられておらず自由に出入りできるようだ。
そこから街道を次の目的地に向かって歩いていく。グランパと一緒にここにきている話をしてしまっただけに、グランパと馬車に乗っているところを見られたくなかったんだ。
歩きながら色々な状況を脳内で整理していく。
あいつらは、俺達が聖地に巡礼目的で来たと考えれば、来るときに乗ってきた馬車でなく逆方向に向かう馬車を待っていたかもしれない。そのまま角笛馬車に乗って先に進むと考えて無かったかもしれないと。
ただ、あの夢……。
小説の中の設定をおぼろげに思い出した。
魔人を呼び出すために闇の巫女を仕立てあげ、それに例の種を植え付ける。そして暴走した魔法で魔人のくさびを断ち切る……。そういった流れだった。
小説にもそんなシーンのイラストは無かった。文字だけの情報。
顔は知らない。名も知らない闇の巫女……。
嫌な予感を振り払うように、俺は足早に街を離れていく。
……。
少し歩けばどんどんと空も白みだす。
そんな中、道の先の方に一筋の煙が見えた。誰かが焚火でもしているかのように。
俺は少し気を引き締めながらなおも道を進んでいく。
すると先の方に道端で数人の男たちがゴロゴロと寝転がっているのが見えた。
――なんだ?
待ち伏せか? とも思う中。状況からその可能性は低いのかと考える。男たちは火を囲んで一晩野営でもしていた感じだ。見た目は冒険者か、野盗といった身なり。そこら中に剣を放り投げ、とても堅気な雰囲気ではない。
と言っても、道は一つ。俺は何事も無い事を祈りながら、そっとその横を通り過ぎようとする。
「んぁ? ガキがなんで?」
「んお! マジかよ。いい女じゃん」
夜番でもしていたのか、全員が寝ていた訳でも無い様だ。声に振り向くと二人の男が体を起こしこちらを見る。こういうのは無視に限る。俺は黙ったまま通り過ぎようとするが、それはそれで悪手だったようだ。
起き上がった男二人が立ち上がり俺達の後ろをついてくる。チラッと後ろを見るが、酔っぱらって。という感じではない。明らかにニヤニヤ俺達を、いや、ティリーを凝視している。
「なんでこんな時間に二人であるいてんのよ?」
「……」
「なあ、聞いてるんだけど?」
ボサボサに伸びた髪を後ろで縛り上げている男が足を速め、スッと俺達の前に立ち行く手をふさぐ。
「……どいてくれます?」
「やーだっよ」
「……」
うわ。めんどくさい。
「理由を聞いても?」
「おいおい。随分とお上品な口を利くじゃねえか。ガキでも女の前じゃ頑張っちゃうって事?」
「急ぐんで」
「そんな急がなくても。なあ!」
俺達のやり取りで他の男たちも目を覚ます。教会の関係者かは分からないが厄介な事になる事はほぼほぼ確定だ。俺は手の杖をザクリと地面に突き立てる。そんな俺の動きに同調するように後ろのティリーも懐のナイフを探るのが分かる。
「ああ、ティリーは良いよ」
「え?」
「我が魔力よ、鉛弾のマナとなり……」
俺の詠唱を聞いた瞬間、男たちが色めき立つ。
「魔法使いだ!」
「ちっ」
やはりこの世界。魔法使いは一般的に脅威に感じるようだ。俺は魔力を練りながら辺りを伺う。
話しかけてきた男はそこまでの実力は感じない。焚火の周りの男たちが立ち上がる中、一人ジッとこちらを見てる奴はたぶん、それなりにやる。リーダーか?
「こんなガキがコケ脅し――」
「ぶちかませ」
俺は目の前の男の太もも辺りに銃弾を撃ち込む。大声で叫びながら崩れる男の横でもう一人がすかさず俺に向かってくる。流石に魔法が連続で撃てないという認識がありそうだ。
だが……。
「もう一発」
パンという乾いた音と共に左手が火を噴く。2丁拳銃だ。
先ほどの男と同じように足を撃ち抜かれた男が呻きながら崩れ落ちる。男たちから見れば俺が一行詩で魔法を撃ったかのように見えたのだろう。驚いたように目を見開いてその場に固まる。
「すげー練習したんだけどさ……。これ杖もって出来ないから威力が落ちるか」
「な、何者だ」
「ん? 通りがかっただけだよ。もう良いでしょ? 行っても」
「はぁ?」
倒れている二人以外は、おそらく寝起きで状況が分かってないのだろう。倒れている仲間。俺、そして後ろの男へと視線を動かす。
「二発が限界だろ?」
「え?」
「おもしれえ魔法を使う。だが、命を奪わねえあたりまだガキはガキだな」
「……どうするって?」
めんどくさい。いきなり手の内を見やがった。魔力視まで使えるとは結構なやり手だろうな。
俺はじっとリーダーの動きを見ながらジリッと後ろへ下がる。
「そいつの魔法は二発までだ。しかも命を奪わねえように足を狙う」
「だから、そういうのやめろっっ――」
「ズム! ダン! 行け!」
リーダーシップは完璧だ。俺の魔法が連続で二発というのを見て撃たせに来る。撃たれると分かってて出てくるのを見れば、リーダーの統率の完璧さもおのずと知れる。
そして俺が魔法を二発撃った瞬間。残りの男たちで一気に叩く算段。シンプルながら確実に魔法使いをしとめる動き。
俺は腰に手をやりながら詠唱を始める。
「我が魔力よ 鉛弾のマナとなり……」




