101 悪夢
何度か後ろを振り返りながら宿へとたどり着く。
走りながらも何か嫌な感じを受けながらドキドキと部屋に戻る。一緒について来たティリーは俺がなぜそんなになっているのかも分からずに困惑気味だ。
トントン。
突然ドアがノックされる。
俺はドアに歩み寄ろうとするティリーを手で制し、息を潜ませジッとドアの方を見つめる。
「おらんのか?」
ドアの向こうではグランパの気の抜けた声が聞こえた。
「い、いるよっ!」
俺は慌ててドアに駆け寄りグランパを招き入れる。グランパは俺の顔を見て少し驚きながらもジッと部屋の奥にいるティリーに目を向ける。
「そろそろ聖堂に行こうと思ったんじゃが……」
「あ、俺は……ちょっと止めておくよ」
「そうか……。すまんのう、タイミングが悪くて」
「え? そ、そんな事無いけど」
「そうじゃな、専属じゃもんな……」
何か気まずそうなグランパに、俺は戸惑っていたがその最後の一言に思わずせき込む。
「ぶっ。ち、違うよっ。ちょっと具合が良くなくてっ!うん。いや、専属とか関係ないから」
「そうか、うんうん。まあ恥ずかしい事じゃないからな」
「いやいやいやいやいや、違うって」
「まあまあ、良いんじゃよ」
「本当にっ。あ、また帰ってきたら声かけてよ。ちょっと長旅で疲れが。ね」
「そう、疲れがな。若いもんは元気で良いな」
「良くないぞ。まったく話が通じて無いぞ」
「ふふふ、じゃあ、ワシは聖堂へ行ってくるからな」
「う、うん。気を付けて……」
「ごゆっく……。いや、お大事にな」
「そ、そうだね……」
グランパは意味ありげに笑いながら俺に小さくウィンクをして部屋から出ていく。
……あれ、絶対勘違いしてるな。
まあいい。俺はベッドに腰掛け、今後の予定を考える。
あの神官の顔――。アレは何だったんだ。そこまで原作小説のディティールを覚えているわけじゃないのだが、あの神官も魔人を呼び起こした狂信者の一人なのだろうか。
名前を聞いておけば良かった。
小説の中のラドクリフ少年が植え付けられ、自我を失う悪魔の種。アレはここに封印されている魔人の血を利用して作られた物だった気がする。
教会サイドの悪役は数名出て来ていたがかろうじて覚えているのが二人の名前だ。
魔人を復活させるシャザールの聖堂主「マラストーニ」そして、悪魔の種などの研究をしていたマッドサイエンティスト「グエル」だったような気がする。
他にも子分は居たが積極的に名前が出てきたのはその二人だ。
まだ五年程先の話だ。どこまでその登場人物が動いているか分からないが……。
ちなみにグエルは神官では無く、魔法に関する研究者の類だったと思う。だからあの神官は当てはまらない。そして、マラストーニは小説では壮年という設定だった。五年後とは言え少し若すぎる。
となるとどちらかに近い人間だと思うのだが。
とりあえず、俺達はグランパが帰ってくるまでジッと部屋で待つ。ティリーにはなんて告げればいいか分からず困り果てている。
たぶんティリーは聖堂に行きたかったのだろう。しかし何事も無かったかのように振る舞うティリーに心の中で謝る。俺がティリーに魔法なんてやらせなければ……。そういう気持ちも芽生えていた。
やがてグランパがホテルに戻って来る。しかし、どうも様子がおかしい。俺はなにかあったのかと探るように訊ねる。
「どうしたの? なんかあったの?」
「そうじゃな……。昔の馴染の神官がいたんじゃが……。もう亡くなっておってな」
「ああ……。馴染?」
「そうじゃ、色々と鍛冶仕事をしてると武器以外にも受ける仕事もあってな」
「へえ、あ、包丁とか?」
「まあそういうのもあるが、ほれ。シャザールの街には沢山の風車が回っておるじゃろ? あの軸などを大量におろしたりな」
「へ、へえ……。じゃあ偉い人だったんだ」
「そりゃ、聖堂主をしておったからな。年もわりと近かったからなにかとな」
そうか、グランパも現役時代はファルデュラスから少し離れた街や村にも仕事で回っていたのか。その聖堂主といえばシャザールの聖堂の責任者だろう。それと知り合いだったとはまた不思議な縁に感じる。
ただ、その知り合いは既に亡くなっているとの事。気になるのは今の聖堂主だ。マラストーニが色々と準備をするのなら、もうそろそろそういった地位についていてもおかしくはない。
「それで、今の聖堂主って、どんな人なの?」
「いや、まだ決まっていないようじゃな。亡くなったのも2ヶ月ほど前だと言うからな。流石にシャザールのトップは教国が認定しないとならんだろうしな」
「じゃあ今は聖堂主が居ないんだ」
「ああ、礼拝は代理で副聖堂主がやっているようじゃ」
「そうなんだ……」
ううん。それでもまだまだ奴らの動きは始まっていないと考えたいが。あの若い神官の反応を見てしまっているからな……。
うーん、少し落ち着いてくるとあの神官の反応は、極レアな特殊属性を眼の前に一人の人間として興奮してしまったとも思えないか?
……わからん。
俺は頭の中を整理できないまま、宿の食堂で三人で飯を食い、夜を迎える。
特に誰かが尋ねてくることは無かった。
「なにもないと思うけど……。なにかあれば大声を出すんだよ」
「わかってます。でもここは聖地シャザールですよ?」
「聖地だっていい人だけじゃないかもしれないからね」
「ふふふ、本当にラドクリフ様は心配性なのですね」
「とにかく。部屋は隣だから声が聞こえればすぐ動けるから。ね」
「はい、わかりました」
ティリーには俺がなぜそこまで警戒するのかもわからないだろう。でも、そんなティリーに笑われると俺も杞憂だったのかもと、少し気を張りすぎているようにも思えてくる。
グランパは笑いながら二人でそっちの部屋で寝ると良いと、面倒くさい提案もしてくるので俺は何事もなかったかのようにベッドに寝転ぶ。
気も張っていたのもあるのだろう、瞬く間に俺は夢の中へと堕ちていった。――まさに夢の中へと。
……。
……。
そこは陽の光も入らない暗い地下室だった。冷たい石壁の奥には祭壇があり、そこに数人のローブを纏った人間が祭壇の前に横たわる人影を囲むように立っていた。
音も無く、ただ映像だけが流れていくのだが、その場の緊迫した空気感は感じ取れた。
――種?
一人の男が袋から一粒の種を取り出す。そして膝をつき、横たわる人に近づく。
「……」
やはり言葉は聞こえない。男は何かを呟きながら横たわる人間の口を無理やりこじ開けて種をその中にねじ込んだ。その瞬間、横たわる人影の顔が顕になる。
知っている顔だった……。しかしなぜかその「女性」の名前が思い浮かばない。
手は後ろ手に、足にも鉄錠がかけられ、女性は動くことも封じられていた。
男は種が吐き出されないのを確認すると再び立ち上がり、少し距離を取る。
ビクッ……。
何の反応も無かった女性が突然ビクリと痙攣する。
「……」
「……」
周りに居た人々は両手を頭上に掲げ何かを叫ぶ。
その中で、女性の痙攣が激しくなる。
ビクッビクッ。
そのたびに皮膚が裂け、筋肉が盛り上がり、その姿が異様なものへと変貌していった……。
……。
その瞬間俺は夢から目覚める。
「今のは……」
隣のベッドで俺の声で目を覚ましたのかグランパが体を起こし俺を見つめていた。
「だいぶうなされていたが、大丈夫か?」
「……悪い夢を」
「夢? そうか……」
立ち上がり、カーテンを少し開く。日はまだ上がる時間ではないが、少しづつ東の空が色を含みだしている。
「グランパ。ちょっとお願いがあるんだけど……」
……。
俺はグランパに一つ頼み事をして、部屋から飛び出した。




