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記憶の彼方-前篇5

  記憶の彼方-5


 僕は、ぼーっとしていた。

(頭、痛い・・・。)

僕は、倒れていたようだった。

ちょうど、右側を下にして、倒れていたようだから

右側全部が、ひりひりとして痛い。


僕は気がついたら、僕は自分の家に戻っていts。、

ちゃんと制服も、ハンガーに掛けられていて、

僕はちゃんとパジャマに着替えて、

自分のベッドの中に潜っていた。


毎日見ている自分の部屋だ。


「理央、大丈夫?やっと気がついたのね。

 どれだけ心配した事か。。。。

 迎えに行くって言ってるのに、

 要らないって言ったり、

 そうかと思えば、学校で倒れたなんて。。。

 ママ、肝が冷えたわ。。。」


(え?ママが。。。?

 そうなの?。)


僕はいまいち、状況がつかめてないでいた。

何故なら目を開けて、一番最初に見たのは母の顔だったから。


僕はとりあえず、ベッドから起きようとしているが、

右側だけが妙に、ヒリヒリして痛くって、

しどろもどろしていた僕を、母はベッドに座って、

僕が体を起こすのを手伝いながら、僕に話をしていた。


そして、何度も僕をギュッと抱きしめ、

何度も何度も「よかった。」と呟いていた。

顔は見えなかったが、最近は聞いたことが無い母の声だった。

少しゆっくりで、そしてお腹に響く、音楽で言うビブラードが

かかったような声だった。

(頭がクラッとする・・・この声。)


震えてるのかな?そんな事を思わせる声だった。

この声の主は、

僕の母、椿 純子だ。


男と同等に仕事をして、

アメリカでも紹介される、やり手の女社長が、

息子が倒れたくらいで、喚いていた。


(一応、心配してくれたんだろうか・・・?)


少し、嬉しかった。

仕事だけかと思っていたけど、

ちゃんと、今だけでも、

息子の事は気にしてくれていたんだって思えたから。


「僕。倒れたの?。」

「そうよ。いきなり倒れたって、

 それ聞いて、急いで帰ってきたのよ。」


母は何度も何度も今度は、小さな聞こえるか聞こえないくらいな声で、

聞こえていてもたぶん僕くらいしか聞こえなかっただろう・・・

でも、僕さえ聞き取れない音としか聞こえない単語。

そんな声で囁いて、僕を長い時間ギュッと抱きしめてくれた。


母のそんな態度に、ちょっと照れくさくて、

誰も見ていないって分かっていても、

恥ずかしかった。

 

それも、拒否もできたんだろうけれど、

普通に嬉しく思えたから、

僕も母にだけ聞こえる小さな声で、

「ごめんね。ありがとう。」って

言ってあげた。


そして、僕もお返しに母に軽くハグしてあげた。

(やっぱり少し震えてるの?ママ?)


動揺した後の小刻みに震えている母の体と腕は、

少し細くて、これが大の大人と同等に渡り歩いてきた

女性の腕かと思うと、なぜか儚げな憂いを感じた。。

そして、その弱々しく感じた、僕を抱く母の力も

ギュッと強くなっていった。


久々の母子の抱擁だった。

やっぱり、母はどんなにすごくなっても

僕のたった一人の母親だ。


僕も素直に母をギュッと捕まえていたかった。


今だけでもいいから。。。


僕の目に少しウルッとした、

生温かいものがこみあげていたのは、

誰にも内緒だ。


僕だけの秘密。


「もう、無理しちゃだめよ。

 ちゃんと迎えの車が行くって言ってるんだから。

 おとなしく待っていてよ。」


母はそう言いながら、僕のおでこに自分のおでこをコツンと、

あててにっこり笑って、今日の事は、水に流しましょうって

目で僕に伝えてくれているように、

本当によかったって言葉も添えているような、

言葉が僕の頭によぎった。


僕も頬笑み返した。


そうやって、母と見つめ合ったと同時に

疑問がふと沸いた。


(僕はどうやって帰ってきたんだろうか?)


迎えが来たのか?


それとも誰か?

無邪気に喜んでる母に、

言いだせない僕だった。


(聞いていいのかな・・・?)


笑っていた僕の顔から、

少し、笑顔が消えた。


「あら、理央!

 熱があるじゃないの!

 きっと、雨に打たれて風邪ひいたのかもしれないわ。

 お薬もってきてもらうから、

 少し横になってなさい。」


そういって、母は内戦で薬の指示をだして、

僕の部屋の温度が上がるように、

機器を動かしてくれた。


(そういえば、少し寒気が・・・)


背筋がブルッとした。


そんな僕を見て、母はつかさず、

上に羽織るものを持ってきてくれて、

また隣に座ってくれた。


「お薬飲んだら、もう少し寝ましょうね。」


僕はうんって首を縦に振った。


(小さい頃に戻ったみたいだった。)


たまには病気もいいよな。。。


「忙しいのに、ごめんね。」


僕は母に今までに無いくらいしおらしく、

妙に素直になって言ってしまった。


クスッと笑った母は。

到着した薬を僕に飲ませて、

また、ベッドに寝かせてながら言った。


「私の大事な一人息子よ。

 当然でしょ。

 それに、送ってくれた方、

 日本画の大家の諸角さんのお子さんって言うじゃない。

 男前だし、彼が居なかったら、あなたどうなってることやら・・・」


僕は動けなかった。

まるで、金縛りとやらにあったようだった。


(も、諸角?この家に来たのか?)


「あら、気分が悪いの?理央?

 顔色段々、悪くなってるわ・・・

 大丈夫?

 ちょっと待って、

 先生を呼んであげる。」


急いで立ち上がろうとした母を、

僕はとっさに母の服を掴んで遮った。


母は?って顔で不思議そうに僕を見た。

「だい、大丈夫だよ。ママ。。。

 それより、諸角がここに来たの?」


ぼくにとって今は熱より、あいつの話の方が僕には重要だった。

僕が寝ている間、何があったか?

知っておきたかったから。


あいつにだけは・・・って思っていたから。

そうだ!、思いだした。

僕はあいつの前で僕は倒れんだ・・・


「諸角さんが、あなたを連れてきてくれたのよ。

 今度、お礼しなくちゃね。

 あなたも元気になったら、ちゃんとお礼を言うのよ。

 それに、彼と仲良くなっていて、損はないわね。

 交際範囲は半端じゃないくらい広い人だから。」


この時、母は全く悪気とか無く、屈託なくその話をしていたと思う。

周りの人間は、普段の母の顔だというだろう。

「彼と同学年で同じクラスって、理央は本当に運のいい子だわ。

 理央が起きるまで、居てあげてって言ったんだけどね。。。

 色々お話がしてみたいわ。

 彼。

 理央もちゃんと、今度、ここにご招待するのよ。」


僕は何も言えなかった。


「ママ、びっくりしちゃったもの。

 あなたの携帯から、諸角さんお電話してくださってね。

 あなたが倒れたって、聞いて・・・

 急いで帰ってきたのよ。

 今日は全部、仕事キャンセルしてきたから、

 ずっと、ママが一緒に居てあげるわ。

 なんたって、諸角さんが来てくださったんだものね。

 今日の会合なんて、どうってもないくらいの収穫よw。

 珍しい名字だから、まさかって思ったけど。」


僕はどんどん、気分が悪くなってきた。

それでも、母の言葉は終わる事なく、

それ以上に調子を強めて、僕を見ないで

勝手に話を進めていた。


「理央も水くさいわw

 諸角さんとお友達なら、早く言ってくれてたらいいのにw

 ほんと、昔と変わってないんだからw

 あの家の方々が電話するってあんまりないのよw 

 そんな人から電話なんて、滅多にない事だから、

 でも少しだけでもお会いできてよかったわ。

 それに、理央も目を覚ましてくれたしね。」


やっと僕に振りむいた、母はとてもニコニコしながら、話していた。

母は僕の変化に気づいてくれているんだろうか?

どうなんだろう・・・


こうなると、母は一方的だ。


「んじゃ、ママは諸角さんのおうちに、

 お礼のお電話してくるわね。

 早く、理央が目を覚まさないか?って

 もう、焦っちゃうくらいよw

 わざわざ、来てくださったんだものね。

 お礼も兼ねて、お話して・・・

 あ、理央は熱があるんだから、

 ちゃんと寝ててね。

 後で、代わりの者をよこすから。

 静かに寝てるのよ。」


そう言って、さっさと僕の部屋から、

母は出て行った。


あの誰にも口を挟まさない勢いの母の言葉は終わり、

そとは、間逆な程のシーンとした僕の部屋の変わりよう。

残された僕は、凄く疲れだけが残って

バタっと仰向けで十の字に手を広げ、

そのまま倒れた。


何も感じないこの体。


虚しさもなく、単にぼーっと天井の一点の影だけを

僕は、ずっと見ていた。


(ママは、どっちだったんだろう。。。)


僕?それとも・・・?


答えは聞かなくても、とても明快だ。


今の僕は、モノに当たる元気もない。。。

脱力感でいっぱいだった。。。

はぁーと少し息を吐き、

目をゆっくりと閉じた。


(眠くなってきた・・)


薬が効いてきたのかな?

段々と、眠りがきつくなり意識が重く感じる。


さっきのは悪い夢なんだって

誰か言ってほしい。

否定してほしい。


だから、ほんとうじゃないんだって。


僕の体は大の字から段々と寂しさを埋めるように

自分で自分の膝を抱えるようにして、

小さくなって、ちいさくなって

強制的な睡眠に反抗することなく従った。


(本当は違うよって・・・誰か。。。)


出る涙もない。

所詮、こんなもんか。。。

やっぱり無駄は嫌いだ・・




「よ!大丈夫か?椿!」

その声は向井地。


「お前、倒れたんだって?ひょろっこい体してるからだよ!。

 俺と一緒に走ったら、風邪なんて引かないぜ!」


僕はあれから、2,3日休んで、今日登校する事が出来た。

なかなか、熱も下がらなかったのと、

行きたくなかったっていうのあった。。。)


あいつに会うのが、すっごく嫌だった。


「ちょっと、調子悪かったんだよ。

 それに雨降ってきて、焦っちゃってwww」


いつもの営業スマイル。

ちゃんと、向井地には通用しているみたいだ。

「ありがとう、心配してくれて。

 嬉しいよ。」


「なんかあったら、ちゃんと言えよな。

 友達なんだからさ〜。」

 

(ともだち・・・か・・・)


「そうだね、そうするよ。」

僕はまた笑みで返した。


向井地はへへっ、これって照れ笑いって感じ?

そんな感じで笑い返してくれた。


僕は、鞄から、机に荷物を移していた。


(いつもながら、こいつの笑いが一番落ち着く。。)


いいのか、それとも悲しい事なのか?

今の僕には、どうでも良い事でもあった。


「ところでさ〜、お前、なんであんなとこ、いたの?」


また、向井地が僕に話しかけてきた。

僕は鞄を机の上にかけ、授業の用意をしていた。

「え?」


「だって、諸角が助けてんでしょ?」


(なんで知ってるの?)


「そ、そうなんだ。僕、その時の記憶なくってw

 忘れるっていうか・・・」


こいつが知ってるって事は、みんな知ってるの?

諸角が僕を助けたって事・・・


それ、みんな黙ってるの?


僕は急に周りの視線が気になりだした。

僕をずっと今まで、コソコソと見ていたんじゃないかって?


僕一人、気がつかなかっただけなのだろうかって?

恥ずかしいというより、悔しいというか、

その皆の変な好奇心的なものがもしあるなら、

僕は格好の餌食じゃないのか?って


隣の火事は楽しいって奴と同じで、

変な噂とか立てられてたら、

すぐにでも家に帰りたい気分だった。


でも取りあえず、向井地に確認しておきたかった

僕が居なかった間、この話はどこまで

皆の耳に伝わっているんだろうとか?

かんぐられてるんだろうとか・・・


「どうして、向井地君がそれ、知ってるの?」

なんともように装いながら、

向井地に聞いてみた。

ひきつった笑顔に見られていたら、

すごく嫌なんだが、言ってる場合じゃないって

よく分かっていたから。


「いや〜、お前出た後さ、諸角が聞いてきたんだよ。

 俺に。お前でこだってさ?

 お前ら、そんなに仲良かったっけ?」


分からないことだらけで、僕はまた頭の中が混乱して

吐きそうになった。


(保健室行こうかな・・・)


向井地の顔さへ、見てられないほど、

僕の顔は曇っていたと思う


「そんな事ないけど、そうだったんだ。。。

 ま、誰かに見つけてもらって、僕は正解だったね。」


ハハッて愛想笑いして、向井地から目線を反らした。

とても、正気で普通にしてられない。

ほんとに気分が悪い。

誰の口からも、諸角の名前が出てくるだけで。。。


でも、まだ席を立てられない。

全部聞き出すためにも。


視線は机に向井地に見えない手は、

ずっと握りこぼしを作ったまま、

力を振り絞って、話を続けた。


「この事って、クラスのみんな知ってるの?」

「ん?どして?」

「いや〜、そういうの知られてるって、

 ちょっとカッコ悪いかなって。。。」


もう、これ以上の虚勢を張る事ができないくらい、

イライラもしていたし、ムカつく気持ちも抑えられないし。。。

でも、向井地に当たるのはおかしいから、

自分をしっかりって自分で励ましながら、

適当に答えてみた。


向井地は、鈍感だからあんまり、僕の変化も分かんないだろうから。。。


「いや〜、俺に聞いてきたよ。

 お前知ってる?って言われたし。

 ま、あいつが俺に話しかけるのって

 そうないからさ〜。

 周りはあんまり気付いてないかもな〜

 珍しい〜くらいじゃないかな?」


「そっか・・・みんなは知らないんだ。」

「でも、先生は知ってるぜ。俺が言ったからさ」


「そうなの?いつ言ったの?」


僕は、これじゃいけないって思っていたけれど、

口が止まらないっていうか。。。

どんどん、向井地に質問したくて仕方がなかった。

だって、あいつはいつも小出しにしか教えてくれないから、

イライラするんだ。。。


一気に喋ってたら、女みたいなんだろうけど、

それを期待してるわけじゃないけれど、

僕は気になって仕方がないから、一気に早く全部話して欲しかったんだ。


「先生は電話で話ししただけだけどさ。

 でも、諸角がお前抱えてさ、ここに来たんだぜ。

 倒れてるから、家に運ぶってさ。

 んで、俺とあいつでお前の家まで、お前運んだんだから。

 あいつ、おまえン家知らないからさ。

 丁度、俺の迎え来てたからさ、俺の車で一緒に連れてったんだぜ。」


「本当?でも母は諸角の名前しか。。。」

「ああ、家ん中入ったの、あいつだけだし。

 俺、車の中で待ってたしさ。

 その後、あいつ一人で帰るっていうから、

 それからは知らないけど・・」


気がついたら、僕はずっと向井地の目を離さずにはいられなくて、

体が凝固したように、固まっていた。


(あいつが?僕を抱えた?

 んじゃ、ずっと抱えられたまま、車に乗ってたのか?)


その隣に向井地?


全く思いだせなかった。。。

誰かの腕に抱えられたままって。。。

そういうことだろ?


それで、抱えたまま、家に僕の部屋に入ってきたのか?


有り得ないだろ・・・普通。。。


僕は、顔を赤くなってるのが分かったから、

すぐに机に視線を向けた。

誰にもこの赤くなってる顔見られたくなかったから。

でも、あの諸角が僕をずっと抱えてたって事が

すごく、怖くなってきた。


一緒にいたのが、この鈍感な向井地でよかったのかどうか?

でも、他のやつと一緒に車って言われるよりは、

まだマシだったのかもしれない。


「安心しろよ〜、誰もいなかったって、そん時、俺だけだって。

 んな、怖い顔すんなよぉ。俺だってさ、心配したんだぜ。

 諸角に言われるまでさ、お前もう、とっくに帰ったって思ってたしさ。」


と言いながら、僕を慰めてくれてるんだろうと思うけど、

バンっと僕の背中を叩いて、ハハッてまた笑っていた。


ドキ!っとした。

背中を叩かれて、僕は急に恥ずかしくなってきた。


男の僕を軽々と持ち上げてる諸角って。。。


想像するだけで恥ずかしいを通り越して、

情けないっていうか、僕ってなんて間が悪いんだろうというか。。。


「鞄あるのにさ、帰ってないし、自分。」

 だから、俺も少し待ってたんだぜ。お前ん事。」


向井地は悪くない。

優しいくらいだ。


「あ、ありがとう。世話になったんだね。

 お礼を言うのが遅かったくらいだ。

 今度、僕の家にでも来てよ。

 お詫びというか、なんというか、御馳走するよ。」


「いや〜俺はいいけどさ。

 諸角大変だったんじゃね?

 ずっとお前抱えてたしさ。

 見つけたのも、あいつだし・・・。

 礼なら、あいつに言ってやれって。

 男一人、抱えてって大変だと思うぜ。」


(やっぱりそうだったんだ。。。あいつが僕を・・)


「諸角って結構体力あんのなw

 悪い奴じゃないしさ、見る目変えたわ。俺w

 お前も、後で礼くらい言っといた方がいいよ。」


「そ、そうだね。後でお詫び言ってくるよ。」

「ありがとうね、向井地君。助かったよ。ほんとにお礼言うの遅くてごめんね。

 でも、僕少し気分が悪いんだ、保健室いってくる。

 ほんと、ありがとう。」


僕は立ち上がって、向井地にペコっと頭を下げた。

向井地はいいのいいのって感じで僕に手を振り、

気をつけろよぉって言って、僕を教室から送り出してくれた。


僕は、向井地に振り向きもせずピシャっと教室の扉を閉めて、

そして、ガクっと膝を折れて、そこにへたり込んでしまった。


今まで以上に鼓動が激しくなって、熱でもあるんじゃないかって程に、

顔が赤かったように思う。


(この姿も誰かに見られたくない!)


ふーっと、大きく息を吸った。

強制的に落ち着こうと必死だった僕。。。

この姿を誰かに見れれてないか?それも不安だった。


(はぁ、なんて事だ。。。一緒にいた奴が向井地じゃなかったら、

 本当にどうにかなりそうだ。)


他の奴じゃなかっただけでも、良しとしたもんだろうか。。。

授業なんて、聞く気分じゃなかった。


(このまま、気分が悪いという事で、帰ってしまおうか。。。)


膝を抱えたまま、それも考えたが、

ま、気分が悪いと一応、向井地には

言ってきたんだ。

一回保健室行ってから、家に帰るのもアリだ。


(授業を聞くなんて、気分じゃない。)


それに、今の授業はもうとっくに、家で勉強して終わってるところだし、

今日一日位サボっても、問題はないし。。。


向井地は、鈍感で無神経なところはあるが、

嘘をつく奴じゃない。


向井地の言ってる事は、ほぼ正しいんだろう。。。


僕の気持ちが追いついてないだけだ。。

向井地は向井地で、心配してくれてたんだろうから。。



でも、僕の身が持たない・・・

あいつに抱えられて、家に帰っていたなんて。。。


今だけでも、気持ち切り替えなくちゃ。


でも、今日はもういい。。。

何がいいのか?わからないけれど、

今日は学校なんて、どうでもよかった。


諸角みたいにずっと授業中寝ていたい気分だった。


気持ちを落ちつけさせようと、神経が必死な感じだ。


とにかく、僕は今すぐ立ち上がって、

さっさと走って保健室へ行きたかったが、

そんな颯爽としていたら、誰かに怪しまれてしまうのも、

怖かったから、体が悪いって言うのを

見せつけるように、ゆっくりと歩き、


壁を伝ってゆっくり歩いて、保健室へ向かった。


しんどそうに歩くのも、大変なものだ。。

あっさりと教室で寝られる、あいつの性格が羨ましかったりする。

でも、到底僕にはそんな度胸はないから。

保健室でサボるくらいが関の山だ。


できるだけ、僕は保健室へ向かうため、

ゆっくりと階段を下りて行こうとした時、

何か胸にハッと思わせるものがあった。


誰にも視線を合わせないようにしていた僕だったが、

見ずにはおれない、痛いとも言える視線が僕に刺さってきた。

僕は思わず、上を見上げた。


諸角だった。


丁度、僕が階段を下へ行こうとしていた時、

逆に彼は階段を、上へと登ろうとしていた。


(彼は、教室じゃなかったのか?。)


目が合ってしまった。


(嫌な時に、一番嫌な人間合ってしまった。)


彼はずっと僕を見ていた。

僕は、一歩も動けなかった。

まるで睨まれたウサギのように、オドオドしてしまい、

もしかしたら、震えていたかも。。。

きっと怪しいとか変に思われたに違いない。


(無視するか。。それとも・・・)


どっちにも判断が出来ず、だからと言って動くのもままならなかった。


じっと見つめ合ってるこの状態を、誰か周りが見たら、どう思うだろう?。

きっと、僕だってそういうのを目撃したら、噂とかにはしないだろうけれど、

変に勘ぐってしまうと思う。


だけど、そんなことはほんと、一瞬の事で、

僕のぎこちなくじっとしたままの緊張感は一気に崩れた。

彼、諸角から動いた。

彼はプイッと首を返して、上を登って行った。


(あっ!)


反射か?糸につられて人形か?

僕もつられて、彼と同じように動いてしまった。

それも彼と同じ方へ。

彼と同じ方向行こうとした。


(マジ?っ)

自分で自分の行動に理解できない。

ついていくなんて。。。


ついていって、何がしたかったのか、わからないけれど、

見失うとダメだって、なぜか思ってしまった。


そんなに距離が離れているとは思っていなかったが、

なかなか、追いつけてないようにも思える。


妙に鼓動も早くなってきて、

しんどさが倍増する感じで、どんどん足も震えてるように思った。


(追いかける理由?なんだろ。。。

 そうだ、お礼言ってないし、母親の伝言だってある。)


彼を追いかける何か理由がないと、

それにあの時、何が起こったか?

それも聞きたかった。


確か、あのいつもの木々のところで、

彼と出会って、それからの記憶が僕にはなかった。

家まで帰るところは、向井地から聞いた。


僕が倒れる時、諸角はどうしてあそこに来たんだろう?

それは、向井地は言っていなかった。

聞かれたけど、答えたとも言わなかった。


僕はあの時、何がどうなったか?

知りたかった。


僕より背が10cmは高く、僕みたいに華奢な感じでもなく、

そのせいか、歩いたりする速度も全く僕とは違うみたいだ。


(この上は屋上しかないはず・・・)


上には一歩通行だから、屋上へ行けばいい。。

僕は追いつくために走るのはやめた。

はぁはぁと、異常なくらい息が荒い。

僕はゆっくりと息を整えながら、上に向かって歩いていった。


保健室でサボるのも、屋上でサボるのも一緒だ。


どっちにしたって、今日はやる気がないんだし。。。


僕は、彼が行った屋上への扉に辿りつき、

鉄の塊のような扉を、よいっしょっと力を入れて

開けようとした。


(鍵かかってる?)


めちゃくちゃ重く感じる。。

病み上がりだからか?

力が入ってないのか?

扉は、なかなか開かなかった。


(あいつ、どうやって開けたんだ?。)


僕の力じゃ、全く歯が立たなさそうだった


(僕って、やっぱり情けない奴かも。。。)


ギギっ!


んしょ!んしょ!っと一生懸命力を入れて開けようとしていた

扉が一気にガバっと開いた。


(うわっ!)


僕は内側の取ってを持っていたから、

急に引っ張られる感じで、屋上につんのめってしまい

こけそうになった。


諸角が急に扉を屋上・外から扉を開けた。


(扉が開かなかったのに、諸角はすぐ開けられるんだ。)


男としても、少し悔しいけれど、

この貧弱な僕の体系とは似ても似つかない程の体格だから、

そりゃ、僕を抱えられる事も可能だろうな。。。


(やっぱり、情けない・・・。)

自分で諸角に抱えられるところも考えると、

非力な自分が悲しくなる。。

どうせ、僕なんて軽々だったろう。。。


ひょいと僕の体を左の腕に乗せ、僕の両足を自分の右腕に乗せて

僕は頭は諸角の胸にでも寄りかかってたらって考えると、

まるで、諸角に僕はお姫様だっこ、を皆の前でされていたんだという

恥ずかしさがこんな時に、頭に急に浮かんできた。


教室ではあいつ一人だったけれど、それまではどうだったんだろう。。。

他の人に見られていたら。。。


(恥ずかしすぎる・・・)


(いや、ここって恥ずかしがるところじゃないだろ!。)


そんな自分の心の葛藤なんか吹き飛ばすくらい、

僕がつんのめった先の光景は、パァーっ眩い位の日の光が、

目に飛び込んできた。


少し薄暗かった屋上までとは全く違う光で、

自分の顔が赤くなってるとかという気持ちはどっかに

消えてしまうくらい明るくて、

僕は燦々とした光の下で、眩しい光の方に目が釘付けになった。


(まぶしっ。)


でも、清々しくて気持ち良かった。

皆が授業中だという時間に、僕はこの光の中にいるんだって思うと、

凄く自由に感じて、悪いという気持ちよりも、

ずっとここに居たいなって思ってしまえてしまった。


(屋上でサボるやつもいるって聞いた事あるけれど、

 なんとなく、分かるような気がする。)


雲は少し切れ切れに薄くうす〜く広がっていて、

上流は流れが早いのか?色んな形に変わっているみたいで、

あっという間に違う雲の筋がやってきていた。


今日は凄く天気がいいみたいで、空も絵具をザヴァっとこぼした様な、

まさに青っという色が空一面に広がって、

僕がウジウジ悩んでいた事とか、恥ずかしく思っていた事とか、

保健室がどうとかって、他人事のように思えてきて、

上の世界に見入るだけだった。


(綺麗だ・・・)


そこまで寒くもなく、ポカポカする暖かさを程良く冷ましてくれる風。

見れば見るほど、濃くなっていく青の世界に、

薄く広がる、多種多様の白い雲。


(空をこんなに近くで見るのは、久しぶりかも。)


空に恋してしまったくらい、ポーっとしていて動きたくなかった。

気持ちが良かったんだ。

人がどう思うと、この暖かさと、心地よい風。

僕は完全に一人のこの空間を独占していたように思っていた。

気持ち良すぎで、大声で誰にも聞かれないだろうけれど、

届かないかもしれないけれど、何か叫んでみたい気分になった。

そんな事したいと、今まで思った事なかったけれど、

そんな勇気もなかった僕だけど、今だけは違っていた。


大きく、すぅーっと息を思いっきり吸いこんでみた。

下のコンクリートが少し熱っぽけど、

丁度、扉の方の影になっていて、そこまで熱気がこみあげる事もなく、

程良く熱くて、力が沸いてきそうな感じだ。


僕の好きな木々はいつも、こんな風に息をして、

太陽を浴びてるんだって思うと、

僕も参加したくて仕方が無く、

思いっきり、息をフーッと吐いてみた。


体の中が空っぽになりそうなくらい、

気持ちがよかった。

お日様に顔を向けて、まるで自分も光合成してるようで、

成長しそうな気持ちになって、

もっともっとって感じで、両手を広げて、体中で光を受けていた時、


「お前、何してんの?」


僕の頭の後から、声がした。


諸角は、扉を閉めて僕に声をかけた。


(あっ!一人じゃなかったんだ。)


(僕一人で、なにやってるかな。。。)


余計に恥ずかしくなってきた。

何故ならいきなり、現実が目の前にやって来たから。

諸角をほっといて、僕一人でラジオ体操みたいな事して

気分良くしていたから。


(僕、馬鹿みたいだ。)


少し自分の行動を抑えて、諸角は今の俺の行動をどう思ってるだろうなんて

考えながら、背後の彼をそっと覗いてみる。


僕の事なんかお構いなしなんだろうか?

諸角が扉から手を離して、

自分のポケットから煙草を出して、火をつけいた。


(あいつ、タバコ吸うんだ。)


不良とは思わなかったが、やっぱり年が上なだけ、

僕が吸ったりするのより、似合ってるだろうし、

大人に見えて、ちょっとだけかっこよかった。


一息吸って、フーッと息を吐いた。


ギロっと僕を見る諸角。


(目が合うと、やっぱり怖いな。。。)


さっきの僕とはまた真逆な自分に戻り、

そして僕はやっと、諸角を追いかけていた理由が頭によぎっていた。


(な、何か言わなくちゃ。。。

 そうだ!お礼だ。 

 お、お礼を言わなくちゃ。。。)


僕は、なぜかドキドキしてしまって、

ゴクっと唾を飲み込んだ。

変に意識してるんじゃない。

威嚇してるように見える諸角が怖いだけなんだ。。。

そう、思うように僕は考えた。


諸角はフェンスに両腕を引っ掛けて、

タバコは半分以上減っていただろうか?

でも、まだ咥えていて、

僕とは、さっきまで、ちょくちょくあっていた目も

合わさず、おとといの方向へ目を向けていた。


まるで、僕という存在が居ないというか、

無の存在でもあるかのように無視しているとでもいうか。。。


それが嫌でもわかるという、オーラがいっぱい出ていた。

せっかくの自分ひとりの時間を邪魔する人間は、

邪魔とでも言いたげそうであって、

こんな僕でもあからさまに分かる態度をしているというか、

そういう彼が凄くムカついたりしてるけれど。。。


まずは使命を果たさなくちゃって思って。。。

(ムカつくけど、今は我慢だ。)


でも、ここでは負けられない。

僕にも意地がある!

僕の口は自分の意志じゃないところで、

動いているようでもあったけれど。。。


「ぼ、僕。君に、諸角君にお礼を言わなくちゃって思って・・・」


(小さい?今の声?

 聞こえてないかな・・・。)


諸角はまた煙草の煙を口からスーッと吐いた。


やっぱり僕の声は聞こえてないんだと、

今度はもう少し、大きな声で言わないとって。


「ぼ、僕ね。君におっ!。」

「俺に何?。」


僕の声に上書きするように、言葉を彼はかぶせてきた。


(な、何って。。。

 嫌だけど、しなくちゃいけないから

 やってるだけだよ。)


ほんとだったら、逃げたい気持ちでいっぱいだった。

でも、ここまで来て、何も収穫無しというのも、

後でまた、悩みの種になりそうだから、

早めにさっさとこの緊張を、僕は取りたかった。


「僕、君にお礼を言いに来たんだ。」

「お礼?。」


(全部言わせる気かよ。。)


ほとほと、奴が性格が悪いんだって、わかってきた。

フーッと大きく息を僕は吐いて、

僕が家に帰ってきていた事。

向井地から今日聞いた事を諸角に話を少しした。


「僕、記憶なくて、母からと向井地君に諸角君が助けてくれたって

 聞いたから、お礼言わなくちゃって思って・・・」


ふーん、それでってな顔で、諸角は僕を見降ろしていた。

ほんと、嫌なやつって思ったけど、借りは作りたくなかったんだ。


「あ、ありがとう。助けてくれて。

 おかげで助かったよ。」


全く彼は無反応だった。


(ち、ちくしょう。。。)


涙が出るほど、ムカついたけれど、

切れちゃこっちの負けだって思ったから、

僕はペコっと頭を下げて、お辞儀を彼にした。


日差しがどんどん、熱く感じて

自分の頭から湯気出てるんじゃないか?って

錯覚しそうで、目眩がしそうなくらい感じるこの空気。


下のコンクリートもどんどん熱を帯びてきて、

さっきの気持ちよさは、どこに行ったのか?と

不思議なくらい、僕は熱く熱く感じた。


(これ、終わったら、もう保健室直行だ。)


僕の額から汗がにじんでる気がした。

妙に汗ばんで、気持ち悪かった。


諸角の視線は僕に向けられていて、

でも僕は眩しくて、あんまりちゃんと彼の表情を見る事はできなかった。


(あの位置だと、涼しいのかな・・・)


なんて、訳わかんない事まで考えたりする始末で・・・


僕と諸角との感覚なんて、1mもあったらいいところだ。

そんな気温の差がある訳ない。

あるのは、やった側とされた側の違いだけだ。


「別にいいよ。そんなの。」

やっと、彼は口を開いた。


(なんだ、しゃべれるじゃんか。。。

 最初っから言っとけよ。)


今は少し普通にしゃべれてるだろう。

気を取り直して、母からの伝言を言って、

さっさと僕は保健室だ。


「僕の母がお礼したいって言ってたから。

 狭いとこだけど、よかったらまた、来てよ。」


(フーッ、やっと言えた。これで終わり。)


僕はやっと任務完了。

少し、涼しさを感じるくらい、

今は余裕が出てきた。


(僕だって、やればできるんだ。)


ちょっと自信持ってもいいよなって

思いながら、もう一度ペコっと、

ムカつくあいつに、頭を下げて、

じゃって、少し手を振り、

クルっと扉に向かって、

歩いていった。


屋上の扉には少し日よけみたいなものがあって、

ちょっとだけだけど、日差しが遮断されるようだった。

案の定、僕はこの扉を開けるのに、

しっくはっくしていた。

でも、さっきほど、重くは感じなかった。


(屋上の方が、開けやすいのかな?。)

そんな事も考えられるほど、余裕があったりして、

今度は保健室行って、そんで家に帰るんだって

少し、ルンルンな感情を持っていて。。。


顔もちょっと緩んでたかもしれなかった。

やる事やったしねって思ったから。


ガンっ!


(あれっ?)


扉が閉まった・・・


(えっ?)


気がついたら、日差し以上の大きな影が僕の後に出来ていた。


(えっ?えっ?何?

 も、諸角?)


僕は、人の体温の熱を後に感じた。


(ここ出るのかな?でも、どうして閉めるの?。

 僕が開けちゃ、まずかったのかな・・・。)


僕は微動だにも動けなかった。

何が悪かったのか?

ちゃんと頭も下げた。

土下座でもしろってか?

そこまでムカついてるのか?


だけど、後ろを振り返る自信もなくて。

また、ゴクっと唾を飲み込んだ。

僕の顔に汗が流れる。

熱さじゃない汗。


(早く、立ち去りたい。)


僕は今の願いはこれだけだった。


「椿は、俺にお礼してくれるの?。」


(はっ?)


意味、わかんないし。。。

何言ってんの?こいつ・・・


(お礼って、親が招待してこいって言ってんだから、当然だろ!。)


そう思ったけど、怒らせてもいけないって

とっさに考えて、僕は振り返らずに、

でも、少し震えていたかも知れないけれど、

普通に話を返した。


「母が、お礼したいって行ってたから。。。

 それと助けてくれたし、向井地君も。。。」


彼の体温がすごく背中というか、首の辺りに当たるというか。。

妙にこそばゆくて、慣れない感覚にゾッとして、

あまり気持ちの良いものじゃない。


もう、熱さなんて感覚は麻痺していて、

日差しは大きくなって、熱くないはずなのに、

熱が下がらない感じで、僕はぎゅっと目を閉じていた。


「向井地がどうって?。」


(また質問かよ・・・)


いい加減にしてほしかったけど、

僕はこの諸角を撥ね退けてまで行く自信がなかったから、

とりあえず、穏便に何事無く、済ませてたくて。。。


「む、向井地君は、君の事を見直したって。。。

 だから、僕もちゃんとお礼言わなくちゃって、思っただけだから。」


「それってさ、家に行かないとダメなの?。」


(えっ?)


僕は少し眉間に皺を寄せて、

肩越しに諸角を振り返った。

体も手もまだ扉を開ける為の体制のままだった。


ただ、彼の言ってる意味がさっぱり、

今の僕には理解できなくて、

その彼の言っている話が全く見えなくて。。。

思わず、彼の方を見てしまった。


(いけないっ!)


思った危険は当たったみたいで、

彼はまだタバコを吸っていた。

その煙を僕の顔に吹きかけてきた。


(やっぱり・・・)


僕は、ゴホッゴホッと急き込んだ。

凄く嫌な感じの煙で、

僕にとって、とてもじゃないけれど、気持ちがいいとは、

思えなかった。


母もタバコは吸うけれど、こんな匂いじゃなくて、

もっと良い匂いだから。


しまった事に、僕は急き込んだ際、

体も全部、諸角の方へ向けてしまった。

新鮮な空気が扉と体との間隔だけでは、

全然足りなかったから。


大きく息を吸い込んで、

やっと苦しい煙から、逃れられたと思うと、

目の前は、諸角の体格の良い体を、

僕は直視してしまった。


(う、うわっ!)


目の前に男の体があるって、

変な状態にびっくりして、少し後ずさりしてしまった。


ドンっ!


(あっ!)


ドンっと、自分の体で扉を開かないように、

もたれてしまった。


あ、後が無い僕。。。


殴られるんだろうか。。。


僕の鼓動がどんどん早くなる。

変にドキドキして、僕は諸角が怖くなっていた。


諸角は吸っていたタバコをそこらに捨てて、

両手で僕の頭の位置を固定させるみたいだったから、

殴りやすい位置に動かないようにさせられてるんだろうか?と

僕は、冷や冷やしながら、冷静になろうと、

今の状況を分析しようと、がんばっていた。


(体が近い・・それだけでも止めてほしい。)


目線だけでも、どこか違うところって

まるで、挙動不審な人間の目のように、

きょろきょろと僕は動かしていた。


(落ち着かないし、耐えられない、この空間。)


「俺、今欲しいんだけど、そのお礼。」


(はぁ?)


思わず、僕は彼を見上げた。

彼は口元だけ、歪めてニッと笑ってるみたいだった。


僕には全く理解のできない人種だという事だけは

よくわかった。


けれど、本当に今お礼って言われても、

何も出せるもの持ってないし、

お金も僕は、あんまり持たされていないから。


(これって所謂、カツアゲってやつなのだろうか?)


そういう体験も今までした事が無いから、

本当に、彼の言動一つ一つが怖かった。

僕の今までの経験では、全く理解もできないし、

分析も出来なかった。


ガクガクっと今度は足が震えてきた。

怖くて、怖くて、何を要求されるんだろうって。。。

母親に相談できないものだったら、

僕はどうしたらいいんだろう?

向井地なら、教えてくれるんだろうか?


誰でもいいから、助けてほしいとしか

思えなかったけど、そんな都合のいい事なんて、

そうあるもんじゃないって、

この時、やっと理解できた。


「ぼ、僕、そんなお金持ってないよ。。。」


僕は諸角との距離を作るために、

少し頭を下げて、彼がこれ以上近づかないように、

無駄かもしれないけれど、地面を見て言った。


(妙に近いんだよ、あいつ。。。)


「ぶっ!」

アハハハって大きな笑い声が、頭の上から聞こえる。

思わず、僕は顔を上げて、諸角を見た。


僕が一生懸命言った言葉がそんなに可笑しかったのか?

本当にこいつはムカつくやつだ!


僕は顔を真っ赤にして言い返した。

「わ、笑う事ないだろ!お礼が今欲しいっていうから・・・

 正直に答えただけだよ。」


僕は恥ずかしくて半泣きだった顔を見られたくないから、

ふくれっつらのこの顔を横に向けた。


首まで真っ赤だったんじゃないだろうか?

気温の熱さより、体から出てくる熱の熱さと、

彼の訳のわからない言動で、僕の頭は本当にどうにかなりそうだった。


諸角は目頭を押さえながら、笑いをこらえるのに必死だったみたいで、

でも、僕がよそをプイっとしてから、笑うのをやめた。


「お前、ほんと、可愛いな。」


(ぎょっ!また出た、その言葉。)


僕が一番嫌いな言葉。

それもこいつに言われるなんて。。。


ふくれっ面ながらも、僕はキッと諸角を睨んだ。

(本当に無神経な奴!お礼なんて言うんじゃなかった。)


今頃、後悔の念が僕の感情に充満してくる。

こんな事、時間の無駄だ。

僕はもう、こいつに遊ばれるのは嫌だった。

それにもう、熱くて熱くて、涼しい保健室へ行きたかった。


(付き合ってられない。。。)


僕は扉に手をかけて、開けようとした時だった。


諸角の手の甲が、僕の顔の輪郭をなぞる。


(えっ?)


彼の手は冷たくて、でもゴツゴツしてて、

僕のとは全然違った。

僕の両目は彼の手の動きに釘付けだった。


何度も、彼は僕の顔、頬を僕より大きなその手で擦った。


(何事なんだ?これは・・)


僕の手は、震えていた。

両手で扉にペタっと貼り付いてるような状態で、

自分の体を支えるので必死にしがみ付いていた。 


(蛙のような吸盤があれば、楽なのに。。。)


自分の体を支えるのが精一杯だった。


だけど、諸角の手の甲は、動きを止める事もなく、

今度は僕の首を擦る。


彼の手は凄く冷たかったけど、

僕の真っ赤な首には、程よい心地よさを与えてくれた。


さっきまでの熱さを彼の手が、冷ましてくれるようでもあって、

正直、気持ちが良かったんだ。


「あっ。。。」


(へ?僕の声?

 あ、ありえない!!。

 なんていう声だよ。。。)


さっきまでの変な緊張が全く無くなって、

ずり落ちそうになる自分の体を支えるのが精いっぱいで、

その上、諸角は僕の熱を冷ます気持ち良さを与えてくれて、

その結果、僕の口からはとんでもない声が出ていた。


全くの無意識状態だった。


諸角に聞かれたと思うと、余計に恥ずかしくって、

また、僕は頭を下げて、彼との距離を取ろうとした。


でも、今度は彼がそれを許してくれなかった。


僕の顎をクイっと持ち上げて、僕と諸角の距離は一層縮まったって

しまったように見えた。


彼はクスッと笑って、僕を見ながら言った。


「お礼、今欲しいんだ。くれるよね?」


(顔、近すぎ!)


なんて事よりも、僕には考えられない事が起きた。


諸角の唇が僕の唇に少し重なった。

軽く重なる程度の僕と彼の唇が合わさる行為は、何度も何度も続いて、

僕は、余りに驚きすぎて、全く目を閉じられなくて。。。


(えっ?、も、諸角?)


僕は何にも答えてないっていうか。。。

そんな事よりも、諸角が僕にキス?


これってキスってやつだよね。。。


僕は卒倒しそうになった。


またクラっと頭が揺れた間隔があったが、

諸角は僕の体を支えて、扉によからせて、

腰のあたりに腕を廻して、僕を支えるような感じで、

顔を上げさせるためかどうなのか?

分からなかったが、僕の頬を手の甲で摩ったり、

僕の唇を指でゆっくりなぞったりしていて。。


僕は起こってる事は理解できるけれど、

これって相手は普通は女の子じゃないのか?

でも、僕は男で彼も男で。。。なんてグルグル頭が回ってきて。。。

僕の体の奥から来る熱い何かが重なって、頭の中がぼーっとしていた。


(何なんだ?どうして?。)


僕は、これから起きる事が全く予想が出来なくて、

初めての事ばかりで、本当に怖かった。

でも、体は全く動かなくて、彼をドンと突き飛ばす事さえ、

今の僕には、そんな力も残っていなくて、

悔しいけれど、諸角に体を預けたままの状態だった。


僕の唇に触れた指は、本当に大人みたいに固くって、

でも、ひんやりしていて、僕とは全然違う肌の厚みと体温が

凄く、気持ち良かったりで。。。


諸角はまた、唇を合わせてきた。

ひっつくか、ひっつかないかっていう程度で、

僕の唇の形を確かめているのか?

僕にはわからないけれど、チュッチュッって、

軽く音を立てながら、何度も重ねてきた。


(これが僕のファーストキス?

 女の子ともしたことないのに。。。)


そんな事も頭に浮かんだかもしれない。

でも、それより、軽く他人の唇が自分の唇に触れるだけで

こんなに気持ちが良くなるなんて。。。

彼の唇は固い感じだけれど、凄く弾力があって、

僕の口なんて、取って食われそうな感じもあったけど、

僕のサイズに合わせてくれてるというか、

すごく優しい感じを受けた。


こんなのは、初めての体験だった。


「はぁぁ。。」


僕の唇から諸角の唇が離れたと同時に、

僕の唇から、初めて知ったこの気持ちよさを、

まるで諸角に聞いてもらいたいかのように、

勝手に出てきた音。


今、気がついたんだが、

諸角の目は、すごく綺麗だった。

真っ直ぐに僕を見ていて、

なぜか、僕も彼の目を見ずにはいられなかった。


「お前、エロいし、ホントに可愛すぎ!

 お礼、もう少しもらっていい?」


僕に選択権なんて、ある訳ない。

今の僕は彼にされるがままだった。


そう言って、彼は僕に唇を重ねてきた。

今度も、初めての経験だった。


にゅるっとした感覚。

凄く気持ち悪かった。


ガクっと腰が抜けそうになった。


(さっきと全然違う。。なにこれ?)


自分の力が入らない。


予想していたのかどうか?

すぐに諸角は、僕の足と足の間に

自分の太ももを割り込ませて、

僕を支えてくれた。


彼の舌が僕の口の中に入ってきて、

色んなところをなぞっていく。

歯の裏側とか、僕の舌に絡めてきて、

自分の口の中にも、僕の舌を入れてこいと言わんばかりで、


諸角の逞しい腕は僕の肩と腰をがっしりと抱いていて、

まるで固定されているかのようでもあって、

僕には自由がなく、彼の腕に、胸に、

すがって、耐えるしかなかった。


(息が出来ない。)


彼の舌は、熱くて、さっきの軽い触れるだけのとは、

大違いで、彼の舌が僕の口の中を全て奪い去るような

激しさを感じた。


弾力のある唇を、僕の唇に押しつけて、

ほどよい力で吸いつき、僕自身がどうなっているか?

彼の舌で一つ一つ確かめられているように感じて、

そして、僕の舌と絡ませ、強く吸いあげていく。


くちゅ、くちゅと音がする。


最初、自分の体の中で起こってる音とは、信じられなかった。


彼はやっと僕を解放してくれた。

プファーと息を吸いこんで、

少し、息を整えるのに時間がかかった。


まだ、はぁはぁと息が荒い僕。


何がどうなって、こうなったのか?

理解もくそもなく。

初めての事ばかりで、驚き以上に声も出なかった。


苦しくてか、それとも屈辱でか?

僕は、少し涙が出た。


諸角は、まだ僕を完全には解放してくれなかった。

僕の表情を見て、彼の顔少し変化した。


(え?こ、今度は何?。)


一番最初の彼の唇の感触が、

僕の滲んだ目の辺りに感じる。


彼が僕の涙を吸ってくれてるみたいだった。


(優しい・・・)


言葉は無かったけれど、彼の息遣いでなんとなく

分かった気がした。

彼は、彼なりに僕を気遣ってれてるんだって。。。


彼の唇は、僕の頬をも軽く唇でタッチしていき、

また、唇に軽く重なりあって、

今度は首や、耳に軽く愛撫していくような感じで、

僕に触れていった。


僕の両足に割り込んだ彼の太ももは、

軽く前後に動いて、僕を刺激する。


僕の口に触れては、耳を軽く噛んでみたり、

僕の首を吸いながら、鎖骨の辺りまで繰り返しては、

また僕の唇に重ねて舌を絡ませて、

彼の太股で、刺激をうけて。。。


背中がゾクゾクして、彼が触るところ、全てが熱くてジンジンしてきて。。。

もう、僕は何も考えられなった。


頭が真っ白だった。。。


まだ息も絶え絶えな僕。

どんな顔してるんだろう。。

でも、気持ち良すぎて、

初めて感じる変なこの気持ちよさに、僕は勝てなくて。。。


真剣に諸角を見ていた。


「俺ん家、来る?」


(えっ?) 


僕をじっと見て、諸角は言った。

彼の声、音、体温、触れるところ、全てに今の僕は、

反応してしまう。

真っ赤になるという事で。。。


少し、間が開いたが、僕はコクっと頷いた。


「いい子だ。」


彼はそう言って、頭を軽く撫でて、僕の頬に軽くキスをして、

校門で待ってろと言った。


プラス、歩けるか?って心配してくれたけれど、

これが病気で体が熱くなってるんじゃないくらいは

僕にだって分かる。


大丈夫っと言って、諸角が屋上の扉を開けてくれた。

ありがとうと僕は彼に言い、下に降りようとした時、

諸角は僕の左腕を引っ張った。


ドキっとしたが、彼は僕の指先に握っていて、

そして、僕を見ながら軽くキスをした。


僕の体は、おかしいのか?またそこから熱が出る。


ドキドキするこの気持ちの先に何があるのか?

僕は知りたかった。


諸角の顔は、今まで見たことがないくらい

優しい顔だった。


こんな顔もするんだと、初めて知った。

この時、初めて僕は向井地と意見が一致ように思う。


諸角は、僕を抱きよせて、頬に軽くキスし、ペロッと舐めて

ぼくの唇に自分の唇を重ねてきた。


(この弾力が、堪らなく気持ちいい。。。)


僕は今本能で動いてるんだろうか?

重なる唇に自分から吸いついているように思えて、

離したくなくなる。


諸角が、先に唇を離した。

僕はえっ?という感覚になったけれど、

また、軽くチュっとしてくれた。


「校門で、良い子で待ってろ。」


そう言って、諸角は早々と下へ降りて行った。

僕はその姿を見送って、ゆっくり諸角に言われた通り、

校門に向かっていった。













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