曇り空
その日はすべてを覆い隠してくれるような曇り空だった。
それはかつて羅夢が好きだと言った曇り空のようで――それを思い出したとき、わたしは息を呑んだ。
そうしてわたしは決心を固めた。
羅夢に告白する決心を。
わたしは二階の部屋の窓から見渡せる景色から目を離すと、厳かにパジャマから制服に着替えていく。
ひとつひとつの動作をきっちりとやっていくわたし。
高校指定のソックスを履き終えて立ち上がったとき、わたしの平衡感覚に異常が生じ……あれ、もしかしてめまい、と思ったときにはすでにわたしは壁か何かにぶつかっていた。
わたしはうめきながら、めまいが治まるのを身動きひとつせずに待った。
ようやくめまいがなくなったとき、わたしは自分がどこにぶつかったかを、今さらながらに知った。
それは壁だった。
それも大きな穴の空いた壁。
わたしは少々のあいだ、考えこんだ。
「……まさかこの大穴って、今ぶつかったときにできた穴か!」
おのれ、めまい……許すまじ!
派手に穴が空いた壁を撫でようとしたとき、いきなりわたしの膝がかっくんとなった。
わたしは膝から崩れ落ち、両手を床についた。
その瞬間、わたしはすべてを悟った。
「まっ、あれだけの高熱を出したんだから、一日じゃ治らないのは当然だよね……うん、さて!」
くよくよなんてしていられないし、ましてや病んでいる場合ではない。
わたしはできるだけ自然に立ち上がると、昨日ベッドの中で口にしていた二リットルのペットボトル飲料水をゴクゴクと飲み干してから、あらためて身支度をする。
自宅を出たときには、わたしは全力疾走をしたかのように息切れを起こしていて、さらには暑い部屋に何時間もいたかのように大量の汗をかいていた。
わたしはぼうっと曇り空を眺めていたが、すぐに我を取り戻す。
待っててね、羅夢。
わたし、今行くからね。
……わたしの想いを、あなたに伝えるために。
わたしはヨロヨロと歩き始め、それはいつしか疾走となっていた。
ただでさえ外はうんざりするほどに暑く、身体もずいぶん熱いというのに、それでもわたしはよろける足を必死に素早く動かし、走っていた。
すべては愛する者に想いを伝えるため。
そうやって最寄りのバス停に着いたとき、わたしの身体は汗だらけで傷だらけだった。
汗はともかく、なぜ傷だらけに? ――あぁ、そっか。なんてことはない、段差でつまずいたりめまいを起こしたりして、何度も転んだからだ。
血まみれの膝を見て、思わずわたしは舌打ち。
しかし、すぐに笑いが込み上げてきて、気づけばわたしは大笑いしていた。
泣きながら。
――そっか、そうだよね。そんなこと、分かり切ったことなのに……それなのにわたしは。
「羅夢……あなたの心はもっと痛かったよね。分かってる、分かってるよ……!」
痛みなんて感じない。
だって、あなたの心の痛みのほうがもっと痛いに決まっているから。
わたしは深呼吸をしてから、まっすぐに前を向く。
今しがたバス停に来たバスに告白の覚悟を問われるような、そんな錯覚を起こしながら……わたしは覚悟を決めてバスに乗りこんだ。