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カラオケ店での特訓

 それからわたしたちは恋坂駅周辺のカラオケ店に向かった。

 なんでも、感情や思っていることが顔に出ないようにするための特訓には、カラオケ店が適しているんだとか。


 ……って、本当か、それ。


 疑うわたしは麻衣に訊いてみた。


「どういう特訓?」

「手当たり次第に、わたくしが曲を入れるので、知っている曲でも知らない曲でも、あなたはただひたすら“自然な笑顔”で歌ってください。

 間奏の部分では、“自然な笑い声”を上げてください。それだけです」


「……なんで?」

「感情や思っていることが顔に出やすいあなたでも、そういう特訓をすれば、いざというときに自然な笑顔や笑い声を上げることができるからです」

「えーっと……つまり?」

「感情や思っていることを自然な形で隠せる、ということです」


「ちょ、天才か!」

「いえ、凡人です」


 麻衣はカラオケ店に入るなり、興味深そうに店内をキョロキョロ見回し、「ここがカラオケ店……!」となんだか衝撃を受けているようだった。


「どったの? もしかしてさ、カラオケ……麻衣は初めて?」

「失礼な。わたくしとて、カラオケ店には入ったことがありますよ」

「……そう?」


 わたしが半信半疑のまなざしで麻衣を見つめていると、彼女はぶすっとした様子で受付まで向かった。

 不安を覚えながらも、わたしは麻衣のあとを追う。


 受付には若くてキレイな長身の女性店員がいて、彼女は「いらっしゃいませ」とにこやかに一礼。


「何名様のご利用ですか?」


 麻衣は女性店員に向かって、堂々と言った。


「一般チケットを二枚、お願いします」

「当店のご利用は初めてですか?」

「いえ、それはもう数えきれないくらい、わたくしは何度もカラオケ店とやらを利用していますが……何か問題でも?」


「失礼いたしました。……では初めに、当店のシステムについてご説明させていただきます」

「不要です。それは余計なお世話というもの」

「……左様ですか」


 てめえ、この嘘つきが! めっちゃくちゃカラオケ初心者じゃねえか、ふざけんな。


 どんどんギスギスしていく受付を見て、見かねたわたしは麻衣の足を思い切り踏むと、痛がる彼女の肩を強く押し、受付前から退場させた。


「あっ、二名です~。今をときめく女子高生なんで、学割でオナシャス。えーっと、フリータイムで……あっ、それからドリンクバーも付けてちょんまげ。

 んで、携帯番号は……」


 などと、わたしは早口で受付を済ませる。

 女性店員から伝票が挟まったバインダーを受け取ると、まだ足を痛がっている麻衣を引きずって、十九番ルームに入った。

 わたしはこちらをにらむ麻衣に向かって、つっけんどんに言い放つ。


「あんたはここから一歩も出ないで。……まあ、お手洗いのときはしょうがないけど、と・に・か・く! ドリンクはわたしが持ってくるから、麻衣はここから出ないでよね。

 ルームから出てもいいけど、絶対迷子になるでしょ、あんた」

「まさかこんなところで先輩に軟禁されるとは……見事にはめられました」


「はめてないからね……? いい加減、カラオケ初心者だということを認めようね……?」

「そうですか、それならいいのです。……さて、それではわたくしは帰りますね」

「ちょ、特訓……!」

「……そ、そうですとも、特訓です。決して忘れてなんかいません。

 ――さあ、早いところドリンクを持ってきてください。すぐに特訓を始めましょう」


「ちなみにだけど……そのあいだ、あんたは何してるの?」

「わたくしですか? 無論、このよく分からないタブレットを弄って……」

「すぐにドリンク、持ってくる。だからね、麻衣……あんたは絶対になんもしないで」

「それはできません。わたくしはこの未知なるタブレットを弄ります」


「……知ってる? それね、十三万円以上するんだってさ」

「……フリーズ」


 わたしは凍ったかのように動かなくなった麻衣を見て、心から「よし」とうなずくと、ルームから出る。

 最近オープンでもしたのか、それともリニューアルオープンでもしたのか、店内の廊下や設備は新しめで、おまけに広々としていた。


「おっ、そうだ。今度、羅夢と二人でこのカラオケ店に……ん、行けたら良かったのに、な」


 わたしはドリンクバーでグラスに飲み物を注いでいるとき、自然と羅夢の引っ越しを思い出し、どんよりとする。

 それに気を取られ、わたしはグラスに飲み物を注ぎすぎてしまったようで、気づけばグラスから飲み物があふれ出ていた。


「あはっ、これは確かに麻衣のぶんだよね。こんなになったグラスを持つのは嫌だから、これはあの子に取りに行かせようっと」


 わたしは自分のぶんのグラスに飲み物を注ぎ終えると、ゆっくりとルームに戻った。


「さあさあ、ミッション発生、ミッション発生……この店内のどこかにあるドリンクバーを探せ! そこに飲み物が入ったグラスがある。

 ――というか、それがあんたのグラスね」


 タブレット型のカラオケ機器を弄んでいる麻衣に向かって、わたしは意気揚々と告げた。

 そしたら、麻衣は無言でわたしが手に持っているグラスを奪い取り、あっという間に口を付けてしまった。


「あっ」

「よく冷えていますね。……美味しいです。どうもありがとうございます、先輩」

「うん……じゃあ、わたしは自分のぶんのグラスを取ってくるね」

「分かりました。伝票を見てみると、利用時間は二時間と少しでしたので、あまり時間はありません。ともかく、急いでください」

「言われなくとも!」


 そう叫ぶなり、わたしはルームから出て、ドリンクバーの場所まで向かう。

 飲み物がたっぷり入ったグラスを乱暴に取ると、飲み物を床にこぼしながら、わたしはルームに戻った。


「さあ、特訓オナシャス!」

「そ、そのグラス……いえ、分かりました。特訓を始めましょう」

「よしきた」

「ところで……このタブレットの操作、一体どうするのですか?」


「……教官、あんたはわたしが自然な笑顔や笑い声を上げているかどうか、逐一見ていてくだせえ。わたしゃ、このカラオケ機器で曲を入れまっす」

「無論、そうするつもりです」


 嘘つけ。今、そのカラオケ機器を操作しようと弄んでいただろ、あんた。


 とかなんとか、いくつかトラブルはあったが、わたしは麻衣を教官にし、カラオケ機器とマイクを使った特訓を始めた。

 最初は要領を得なかったわたしも、特訓をやるにつれてコツを理解していき……二時間という特訓の時間はあっという間に過ぎていった。


 カラオケ店から出たとき、すでに時刻は午後七時過ぎ。

 すでに外は暗くなっていたが、一方でわたしの心は明るかった。


「ではまた明日。……作戦は伝えましたから、あとは自力でがんばってください」


 麻衣は励ましの言葉をわたしに送ると、カラオケ店のある場所から自宅に帰っていった。


「よし……いける!」


 気合の声を発してから、わたしは恋坂駅のバスターミナルまで徒歩で戻った。

 ちょうど停車していたバスに飛び乗って、バスに揺られること、十数分。


 自宅から最寄りのバス停で降りると、わたしは暗い夜道に怯えながらも、小走りで一戸建ての自宅まで急いだ。

 そしたら……自宅の前に誰かがいた。


 わたしはビクッとして、思わず電柱の陰に隠れた。

 だが、その人物はわたしの気配に気づいたらしく、駆け足でこちらに近づいてきて……あっ、やばい。


「悪漢、現る!」

「誰が悪漢だ、お主の目は節穴か!」


 得意の絶叫を上げようとしたところ――そのように悪漢はツッコミをし……って、あれ?


 電柱の前にやってきたのは、わたしを獲物として狙う悪漢ではなかった。

 そう、その人物とは――。


「えっ、羅夢……?」

「当たり前だろ。というか……えっ、ほかに誰かいるのかよ、こわっ!」


 羅夢だった。

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