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乙女の時

 終点、恋坂駅。

 それはこぢんまりとした駅だった。

 わたしからすれば、未知の駅だったが、麻衣にとっては自宅からの最寄り駅だという。


 寂れたバスターミナルに降り立ったわたしは、おもむろに後ろを振り返った。

 そこには冷静お化け、麻衣がいるのみ。


 わたしは腰に左手を当て、「それで?」と彼女に若干圧をかけながら尋ねた。


「羅夢の引っ越しについて、あんたはわたしに伝えたけど……うん、それで? だから何?

 同情だったらやめてよね。あんたに同情されるほど、わたしの恋は安っぽくないの。お分かり?」


 このとき、麻衣がわたしとの距離を詰めてきたので、びっくりしたわたしは二歩後退することになった。


「それ、地味に怖いからやめてくれる……?」

「よく言われます。ですので、お気になさらず」

「むしろ、それはあんたが気にしろよ」

「無理です」

「無理じゃない、諦めるな」

「いえ、不可能です」

「どうしてそこで諦めるんだい? この世の中にはね、不可能なんてありえないんだよ。そうさ、ネバーギブアップ!」

「…………」

「頼むから、なんか言ってね?」


「そんなことよりも、先ほどの話をしたいのですが、よろしいですか」

「はいです」


 気づけば、わたしは気迫がなくなっていた。

 けれど、目の前の麻衣は気迫に満ちていて……それはなんだかわたしの気迫が麻衣に移ったかのようだった。


 麻衣はわたしの顔を穴のあくほど見ると、静かな口調で言った。


「月城先輩の引っ越しはどうしようもないことです。ただ……先輩の恋を叶える方法は、あるにはあります」

「……ほんと?」


 思わずわたしは麻衣に詰め寄った。

 麻衣はそっぽを向くが、それでもかすかにうなずく。


「荒療治、かつお二人次第の行動によって変化する、言ってみればある種の博打ですが……それでも方法はあります」


 わたしは麻衣の両肩をつかんでは揺さぶる。


「教えて! それは一体、どんな方法?」

「その前に教えてください、先輩」


 麻衣はかつてないような力強い口調で言った。


 わたしはハタと麻衣の肩を揺さぶるのをやめた。

 好機とばかり、麻衣はわたしの手を振りほどくと、今度は彼女がわたしの両肩をつかんだ。

 わたしと違い、麻衣はわたしの肩を揺さぶることはしなかったが、その代わり、彼女はわたしの心を揺さぶることを言った。


「自分の恋を叶えるために、“月城先輩に嘘をつく覚悟と度胸”はありますか?

 幸か不幸か、すべてにおいてあなたは素直です。その素直さを利用し、先輩にはひねくれ者を演じてもらいます。

 月城先輩を騙す、それがわたくしの考えた荒療治です」


 わたしは唇を噛みしめた。

 最悪、麻衣の言うことをすれば、わたしは羅夢から嫌われてしまう可能性もあった。


 非情にリスクがあることだ。

 だけど。そう、それでも。


 すべての恋する者には、どうしてもやらなければいけない“乙女の時”が訪れる。

 それが今だ。


「わたしがひねくれ者になって、羅夢に嘘をつけば……この恋は叶うの?」


 麻衣はうなずかない。


 焦る気持ちを抑え、わたしは麻衣の返事を待った。

 夕方とはいえど、夏の外はまだまだ暑く、額に汗がにじみ出る。

 いつもよりもセミの鳴き声がうるさく感じ、わたしは耳を塞ぎたくなった。


 やがて、麻衣はわたしの肩をつかむのをやめると、ようやく声を発した。

 それはいつもの聞き慣れた麻衣の声。


 わたしはホッと吐息を漏らした。


「あくまでも、これは部外者による提案です。正直、責任は取れません。提案に乗るも乗らないも、先輩の自由です」

「……分かった。すべてわたしが責任を取る。だから教えて。その提案っていうのは、なんなの?」


 すると、どういうわけか、麻衣は一歩後ろに退いた。


「んんっ?」


 首をかしげ、いぶかしむわたし。

 そんなわたしを見て、麻衣はかすかに笑った。


 そうして彼女は言った。

 わたしの恋を叶える方法を――言うのだった。


「押してダメなら引いてみろ……はどうです?」

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