叶わぬ恋
安藤麻衣。
この子と一緒にいると、わたしは自慢のお調子者が本領発揮できなくなる。
たぶんそれはこの子が冗談といったユーモアを理解できなかったり、わたしと性格が合わなかったりするからなのだろう。
だからわたしは麻衣のことが苦手なのだ。
わたしは姿勢を正すと、密着している麻衣の肩に右手を置いた。
「ばれてしまったのなら、しょうがない。――そう! わたしは羅夢のことが好きでたまらない」
「知ってます」
「だけど、羅夢は思わせぶりなことはするのに、わたしの告白をマジメに聞こうとはしない」
「ですね」
「なぜか?」
「なぜでしょう」
「なぜだ! あのひねくれ者はわたしを弄んでいるのか? ……否、そうではない」
「と言いますと?」
「きっとあいつは、わたしの告白を戯れか何かだと思い込んでいるのだよ」
不愉快なことに、ここで麻衣はコクリとうなずいた。
「でしょうね」
「うん……それだから、あいつはわたしの愛の告白を聞いても、何もときめかないんだろうね」
「かわいそうに」
「……それは誰に向けて?」
「もちろん、柳田先輩にですよ」
わたしはニッコリ笑うと、麻衣の肩に置いた右手、そこに力を込めた。
「後輩よ、あとでツラ貸せや」
「……ところで先輩、護身用グッズっていうものを知ってますか? 実はわたくし、今それを持っていまして」
「バカバカ……わたしのバカ! ケンカなんて、めっ」
わたしは麻衣の肩を優しく撫でた。
そのとき、バスが大きく揺れたので、わたしは前の席に頭をぶつけてしまった。
いてて……さては運転手、運転下手か?
頭にきたわたしはバスの運転手に聞こえるよう、わざと声を張り上げた。
「運転手さ~ん、ケガ人が若干一名! すぐにバスを止めてくださ~い」
「やめてください、先輩。さもないと、お二人のハグのこと、学校のみんなに言いふらしますよ……?」
「さすがは運転手さん、なんと負傷者はゼロ! だからバスは止めないでくださ~い。ついでに言うと、早くわたしを家に帰して……!」
がっくりとうなだれるわたし。
ハア、と隣で麻衣がため息をつく。
「その様子では……先輩の恋は叶いませんよ」
「……なんでよ」
わたしは生意気なことを言う麻衣を、恨みを込めてにらみつけた。
なんというか、本当に可愛げのない奴!
お仕置きでもしてやろうかしら。
怒りが沸々と湧いてくるわたしに構わず、麻衣は再度ため息をついた。
こいつ……何度もため息をつきおって。成敗。
「安心してください、先輩。何もわたくしは嫌みでそんなことを言ったのではありません」
「だったらさ、なんでそんな悲しいこと……言うの」
怒りは悲しみに。
わたしは涙目になって、麻衣をじっと見つめた。
麻衣はうんざりしたように何度目かのため息をつくと、わたしの目をまっすぐ見た。
麻衣の真剣な表情に、思わずわたしはたじろいだ。
「えっ、何……? いきなり真剣な顔になって、なんのつもり」
「先輩」
「うん」
「いいですか、先輩……これは学校でも、まだ一部の人にしか伝えられていません。なぜだか分かりますか?」
「ん……? いや、なんの話か、わたしには分からないんだけど」
「理由は先輩です、先輩なのです」
「……?」
どういう類の話だろう、これは。
何も分からないし、何も見えてこない。
……でも。
なぜだろう、この感じ。
すごく“嫌な予感”がする。
麻衣はふうと息をつくと、唇を一文字に結び、話を再開させた。
「もし先輩がこのことを知ったら、あなたは悲しむでしょう。
何らかの形で情報が漏れでもして、それで先輩が知った暁には、さすがの温厚なあなたでも人を憎まずにはいられないでしょう」
「なんの……こと?」
「今日、このとき。同じバスに居合わせ、同じ二人掛けの席に座りでもしなかったら……もっと言うと、お二人の仲睦まじい姿を見なかったら、わたくしもこのことを先輩に伝える気にはなりませんでした。
だからこそ、わたくしは……」
ええい、まどろっこしい!
バスの中にも関わらず、わたしはありったけの大声で叫んだ。
「だからなんの話!」
――次は終点、恋坂です。
バスの終点が近いことを告げるアナウンスが、わたしの耳に木霊する。
気づけば、わたしは麻衣との会話に集中するあまり、降りるべき停留所で降りていなかった。
これでは行き過ぎだ。
木霊が収まった頃、ようやく麻衣の口が開いた。
「だからこそ、わたくしはあなたに伝えるのです。
――一学期終業式の翌日、月城先輩が遠くの場所に引っ越すということを。
母方の祖父母が経営する旅館の手伝いをするため、高校を中退し、神奈川県から九州のほうに引っ越すということを……あなたに伝えるのです」
「……えっ?」
――終点、恋坂……終点、恋坂。
バスの運転手が終点を告げたこのとき、わたしは気づいた。
わたしの恋は……時間があまり残されていないことに。
この恋は叶わず、決して報われないことに。
気づいてしまったのだ。