目撃者
英麗女子高等学校の最寄り駅、英麗駅まで来たわたしたち。
ここからはわたしは路線バスで、羅夢は電車で自宅まで帰る。
「つらい、これが別れというものか……行かないでくれ、友よ」
「なんて言ったらいいのか、あたしには分からん。却下」
バス停の列で別れを惜しむわたしに、羅夢は突き放した言い方をする。
「そんなこと言わずに、さよならの口づけでもしようよ」
「するかっ。お前とそういうことをするのなら、いっそタワシにでも口づけしたほうがまだましだ」
「タワシ……? わたしとのキスって、実はタワシ以下だったか」
「正確には、タワシの下位互換がお前だな」
「悲しっ」
「そんなこと言うなって。せっかくバス停まで来てあげたんだから、悲しい別れにさせるなよな。……ほら」
羅夢は両手を広げたかと思えば、そのまま正面にいるわたしを抱き寄せ……ハグ。
途端に目頭が熱くなる。……続いて、顔も。
わたしはすべての愛情を込めて、羅夢と同じように彼女の背中に腕を回した。
しばらくのあいだ、わたしたちは抱きしめ合っていた。
ようやくハグをやめたのは、バス停に路線バスが来たときだった。
バスの発車の都合上、あまり羅夢に伝える時間がなかったので、わたしは「さよなら三角、またきて四角!」とだけ言って、彼女に手を振った。
そのときだけは羅夢はツッコむことをせず、ただ優しく「ああ、またな」と手を振り返してくれた。
……あれ? 気のせいか、羅夢の奴、泣いてなかったか、今。
わたしはもう一度羅夢の顔を見るため、後ろを振り返ろうとした。
だが、後ろにいた客から早く乗るように急かされたため、やむを得なくバスに乗り、交通系ICカードで運賃を支払った。
バスの外にいる羅夢のほうを見る余裕もなく、わたしは前列が客で埋まっているのを確認すると、右側後列の二人掛け席を目指した。
この席の窓辺側には先客がいて、同じ英麗女子高等学校の生徒だったことから、わたしは安心して黒髪ショートの小柄な彼女の隣に腰かけた。
……だが、彼女の隣を選んだのは間違いだったのだと、わたしは座ったあとに気づいた。
「ずいぶんと仲がいいようですね。実はお二人……先輩と月城先輩はカップルだったりします?」
「ん? って、あんた……」
――発車します。
何事もなく発車するバス。
ハプニングに絶句するわたし。
そう、この窓辺の席に座っていたのは……一学年下の冷徹な後輩、安藤麻衣だったのだ。
見られた。
わたしと羅夢がイチャイチャしている姿を見られた。
よりにもよって、わたしが苦手なタイプと感じるこの子に……羅夢との二人だけの世界を見られてしまった。
「オーマイガー……!」
ショックを受けたわたしはそう声を上げたが、その声はバスのアナウンスやエンジン音にかき消される。
おお、わたしの神よ。
重ねて麻衣はわたしに尋ねてきた。
「ただの戯れではなく、お二人とも……本気で付き合っているのですか?」
このように――麻衣は顔をずいと近づけてきて言うので、とうとうわたしは彼女を押し戻さなければいけなかった。
しかし、諦めの悪い麻衣はわたしに密着すると、さらに畳みかけてきた。
「ですが、わたくしは知っているのですよ。先輩が月城先輩にちゃんと愛を伝えたがっていること……知っているのですからね」
ヒヤリ。
「……怖いな。それ、どこの情報?」
「先輩の顔を見れば、一目瞭然です」
「それはつまり……わたしは顔に出やすいから?」
「ずばり」
「オーマイガー……!」
おお、わたしの神よ……!
しばらくのあいだ、わたしはうなだれていた。