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「白薔薇姫の微笑み」にて

わたしは誰?

作者: 榎本モネ

拙作「あなたは誰?」を別側面から見た話です。


 マリアンヌ・リアナ・ユーゲンス公爵令嬢。スマホアプリ乙女ゲーム「白薔薇姫の微笑み」の主人公だ。

 この乙女ゲームは、最近珍しくライバル役となる令嬢がいないことでも有名で、ストレスなくプレイできる!と話題になり、スキマ時間でプレイするニーズを獲得した。

 ただ、家庭環境だけは匂わせ程度だが、ちょっとストレス有りの内容になっている。ユーゲンス公爵家は両親に溺愛される妹と、蔑ろにされる姉、という構図なのだ。長子継承の原則があるため、公爵家は姉のマリアンヌが継ぐ予定なのだが、妹のエリザベスの方が優秀であり、両親は妹に家を継がせたいと思っている。そうした家庭事情もあり、マリアンヌは攻略対象キャラとともに自分のスキルアップを行い(実際にはプレイヤーが音ゲーやらパズルやらを駆使して)、親に認められていく……というストーリーになっている。

 悪役令嬢モノではなく姉妹格差モノを取り入れたストーリー展開は当時、とても斬新で、大きな話題になった。

 さて、そんな回想をしているのにはワケがある。


「ほ、本物……」


 鏡の中の自分は、どう見ても「白薔薇姫の微笑み」の主人公だ。ゲーム本編のときよりも幼いが、回想で出てくる幼いマリアンヌの姿と瓜二つである。

 周囲の話によると、どうやら私は高熱を出して寝込んでいたらしい。たしかに、身体は病気明け独特のだるさがあるし、お医者さんもそう言っていたので事実なのだろう。

 この高熱は、マリアンヌが家庭内で蔑ろにされるきっかけとなるエピソードだ。幼いときの高熱がきっかけで、マリアンヌは過去の記憶を失くしてしまう。そして、これまで培っていた知識も思い出も何もかもを失ったマリアンヌを家族は受け入れることができず、よそよそしく扱われるようになり、マリアンヌは家庭内で孤立していくのだ。


 どうやら私は、マリアンヌの記憶を失った代わりに、前世の記憶を思い出したらしい。


「マリアンヌ様、こちらをどうぞ」

「!ありがとうございます」


 ごくり、と唾をのんだのに気付いたのか、近くに控えていたメイドさんにコップを差し出された。コップを受け取り、ごくりと水を飲む。ちらり、と周囲をうかがうと、今の私よりも年上のメイドさんが2人。このメイドさんたちは、家族に蔑ろにされるマリアンヌを献身的に支えてくれた、と書かれていた人たちだろう。モブだったのでゲームでは顔がしっかりと書かれていなかったが、現実だとこんな感じの顔なのか。

 私を支えてくれるとわかっている人たちなので、しっかりと頭に刻み込んでおく。たしか、名前はエリーとネネだったはず。


「あの、……お父様とお母様は?」

「お2人はお出かけになっています。エリザベス様はご在宅です」

「そうですか…」


 私を一度見舞ってくれたと聞いているが、そのとき何かトラブルがあったらしい。それ以降、3人は私の元を訪れようとはしてくれない。見舞ってくれたときのことはよく覚えていないけど、もうそのときにはマリアンヌの記憶を失っていたんだと思う。


 もう、このときから蔑ろにされるのが始まっているのか。


 内心肩を落として、「ひとりになりたいの」と2人に部屋から出て行ってもらった。


「……はあ」


 ひとりになった部屋の中で、私は現状を思いため息をついた。実は、前世の私が「白薔薇姫の微笑み」を夢中になってプレイしていたのには、共感が大きい。前世の私は、家庭環境に恵まれていなかった。いわゆる、ネグレクトされた子どもだったのだ。

 私と同じように蔑ろにされているマリアンヌが、親に認めてもらえるストーリーは、自分の境遇と重ね合わせて羨望の気持ちがあった。だからこそ、夢中でプレイしていたし、追加ストーリーの配信を楽しみに待っていたのだ。


 「白薔薇姫の微笑み」では最終的に、マリアンヌは恋仲になった相手の家へ嫁ぐことになる。なにせ、お相手キャラが全員長男なのだ。家を継ぐ長子同士の結婚は通常、認められないことがほとんどだが、マリアンヌと相手の努力の末、結婚が認められることになる。その結果、マリアンヌは相手の家に嫁ぎ、結婚式のスチルでストーリーの幕を閉じるのだ。

 メインストーリーが終わった後もプレイしていたところ、追加ストーリーとして妹エリザベスの話を配信すると運営からアナウンスされていた。

 いったいどんな追加ストーリーなのかと楽しみに待っていたところで、私は死んでしまったのだ。たぶん、長時間残業が続いていたから、過労死とかだったんだと思う。


 さて、話を戻すと、私はマリアンヌに感情移入していた。でも、自分がこの環境を再び味わうことになるなんて思いもしていなかった。前向きにひたむきに努力を重ねるマリアンヌ。結局、両親の愛を諦めてしまった私が、マリアンヌのように両親の、そして妹との家族の愛を求めて行動するなんてできるのか、不安でしょうがない。


「…だいじょうぶ、大丈夫だよ、私。私はマリアンヌだもん」


 すーはーと深呼吸をして、鏡に映る自分に言い聞かせる。うん、大丈夫。


 私はマリアンヌ。「白薔薇姫の微笑み」の主人公だもの。




※※※




「リアナ、そろそろ着くから支度しなさい」

「はい、お父様」


 馬車の向かいに座る父に返事をして、私は身にまとっているドレスを少し整える。お父様の隣に座るお母様は、何も言わずに窓の外へ目を向けていた。


 前世の記憶を取り戻してから、3年ほど過ぎた。あれから、いっこうに家族仲は進展していない。今も張り詰めた空気が馬車の中に漂っていて、息が詰まる。でも、ため息なんてつこうものなら、お母様から冷たい目を向けられるだろう。それがわかっているので、私はできるだけ平常心を保つようにしている。


 マリアンヌは家族から名前で呼ばれない。それはゲームの設定どおりだ。家族は記憶を失ったマリアンヌを受け入れられず、ミドルネームで呼ぶのだ。

 やっぱり、ゲームの本編がはじまらないと、家族仲は進展しないんだと思う。正直、ゲーム開始時のマリアンヌよりも、かなり知識とかはついていると思う。だって、学園が始まるまでの間、ずっと蔑ろにされるなんて辛すぎるから。私ひとりでも家族に認められるようになるのであれば、それに越したことはない。だからこそ、知識をつけてマナーを覚えなおして、完璧な淑女になれるよう努力した。少しでも家族に認めてもらえるように。

 でも、相変わらず家族は私によそよそしい。褒めてくれるのはメイドのエリーとネネ、それに執事のマークスとかの限られた使用人だけだ。


 ゲームの強制力というものがあるのであれば、なんて厳しい世界なんだろう。努力しても、何も変わらないなんて。


 はじめて参加する夜会。これから人前に出るのに気持ちが荒れていたら所作に出てしまう。私は目を伏せて、少し深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着けられるよう努力した。


 少しでも気を抜くと、涙が出そうだった。




※※※




「マリアンヌ様、はじめまして」


 夜会で、大勢の貴族と挨拶を交わし、一通り顔見せが終わってから、私は両親から離れてドリンクを口に含んだ。ずっと挨拶をしていたので喉がカラカラだ。そうして一息ついたのを見計らって、同じ年ごろの男の子が挨拶をしてきた。

 その顔をみて、ハッとする。この狐目にマッシュルームカット。間違いない。


 友人サポートキャラの、ミゲルだ!


 ミゲルは、マリアンヌが攻略対象と仲良くなるために、いろんな情報を渡してくれたり橋渡ししてくれたりする、男性のサポートキャラ。もうひとり、女性のサポートキャラもいるけど、それぞれ役割が違うのだ。

 男性のサポートキャラは攻略対象と仲良くなるためのサポート、女性のサポートキャラはマリアンヌのスキルアップを手伝ってくれるサポートをする。たしかに、ゲーム本編の学園に入学する前から、サポートキャラ2人には出会っていたはずだ。その出会いは描かれていなかったけど、まさか初めての夜会で会うことになるとは。


「お疲れでしたら、あちらに同年代が集まっているので、ご一緒にいかがでしょうか?」

「まあ、そうなんですね。ありがとうございます」


 手で示された方を見ると、たしかに同年代の男女が集まっていた。椅子に腰かけて、おしゃべりしている。

 夜会なのでてっきり、ずっと立食パーティーなのかと思っていたけど、どうやらこの世界は普通に会場内に休憩スペースがあるようだ。あちこちで、奥様方が座って話をしていたり、男性陣がワインの飲み比べをしていたりする。

 後で聞いたところ、夜会は顔つなぎや情報収集が主な目的であり、長時間立っているのが辛い高齢者や妊婦なども参加する。そうした人たちが気軽に座れるよう、普段から休憩スペースが設けられていて、みんなが利用するらしい。

 まあ、私たちの年代であれば、友達作りだったり結婚相手の見繕いだったりが目的だろうけど、たしかに疲れていたので、ミゲルにエスコートされて休憩スペースに足を踏み入れる。

 そこで、女性のサポートキャラ、カミラとも出会ったことで「まさか、初の夜会でサポートキャラ2人と会うことになるなんて…たしかに、不安なときに会って仲良くなったら、親しい友達になるな」と納得することになった。




※※※




「マリアンヌ、貴女には私がいるじゃない。一番の友達よ」

「ありがとう、カミラ…」

「そんなことでお礼を言わないで頂戴。もう、もっと欲深くなってもいいのに!」


 冗談めかしてカミラにそう言われ、私もクスクスと笑う。すっかり仲良くなったカミラとは、頻繁に連絡を取り合う仲になった。カミラはどうやら、私に庇護欲か何かを感じているらしい。「私、妹が欲しかったの」と前に言っていたし、どうやら私を妹のように思ってくれているようだ。

 正直、家族愛に飢えている私からすると、カミラとの交流は有難いものだった。愛情深いカミラと出会ったことで、私は少しずつ、自分を認めてくれる人がいる充実感を得られるようになってきた。もちろん、エリーやネネたちは何時も私を支えてくれてる。でも、仕えている人からのものと、友達からのものは、ちょっと違う感じがする。

 同じ目線の人と、気を遣わずに話せる有難さをひしひしと感じていた。


 だから、だろう。私はつい、家族と上手くいっていないことをカミラに零してしまった。それを聞いたカミラは私に根ほり葉ほり聞いてきた。もちろん、できる限り濁したけど、それでもカミラには十分だったらしい。家族に憤慨して、「うちに養子にきて!」と言ってくれた。

 もちろん、そんなことはできないことはお互い、百も承知だったけど、それでも、そう言ってくれるカミラの気持ちが嬉しくて涙が出た。そんな私を、カミラは優しく抱きしめてくれた。

 それからは、またカミラとの仲が深まったし、夜会に参加するときはカミラといつも一緒にいるようになっていった。心強い親友ができて、本当に嬉しい。


 そうこうしていたら、いつの間にか、私の事情はミゲルにも伝わったらしい。…たぶん、カミラが私に過保護になっていたから、疑問に思ったミゲルがカミラに事情を聴いたんだと思う。

 こそっと「何かあったら、力になるからね」と言われたし、そんなミゲルから聞いたのか、夜会で会ったミゲルの父親からも「表立っては難しいけど、何かあったら力になるから」と声をかけられた。

 気づけば、多くの人に見守られるようになっていて、最初は戸惑ったけど、家族と上手くいっていない私の心には、その優しいまなざしが強く突き刺さった。


 うん、大丈夫。ゲーム本編まで家族に受け入れられなくても、何とかやっていける。




「ただいま戻りました」


 家に帰れば、自分に目も向けてくれないお父様とお母様。そして私を見ないエリザベス。カミラの家や夜会の温かさとは違い、冷たい空気の流れる公爵家の屋敷では、できる限り自分の部屋から出ないようにしている。そうすれば、自分に冷たい家族に出会わなくてすむし、傷つかないですむから。

 夜会からの帰宅。私の挨拶にチラリと目を向けたけど、何も返してくれないお母様の反応に、ひゅっと息をのむ。そして、すぐに自分の部屋に戻り、そのままベッドに倒れこんだ。


「…大丈夫よ、マリアンヌ」


 ゲーム本編が始まれば…学園に入学すれば、強制力がなくなって、家族と愛が育めるはず。


 はやく、はやくゲームが始まってほしい。


 そう祈りながら、私は目を閉じる。あと何回眠れば、ゲームが始まるんだろう。1日なんて、もっと早く終わればいいのに。




※※※




 パトリス王立学園は、お父様が学園長を務めている学校だ。主に貴族とお金持ちの平民が通っている。4年前からはお金がない平民を対象に、特待生の制度を導入したため、各学年に特待生が少しだけいる。特待生は胸元にバッジをつけているのでひと目でわかるのだ。いわゆるノブレス・オブリージュの考え方で、特待生には特に配慮するよう学園中に周知されている。

 平民の特待生なんて、乙女ゲームのヒロインにありがちな設定だ。もしかしたら、マリアンヌ以外のヒロインがいるのかもしれない。エリザベスの追加エピソードがあるって話だったし、エリザベスの学年で、何か特徴的なエピソードがあるのかも。


 無事に入学した私は、そんなことを思いながら毎日楽しい生活を送っていた。パトリス王立学園は全寮制だ。公爵家の屋敷から寮へと生活拠点が変わったことで、あの冷たく息が苦しい空間から離れて肩の力が抜けたのもある。

 それに、ついにゲーム本編が始まったのも大きい。これからは、努力をすれば攻略対象と仲良くなって、家族との仲も改善されていくはず。私は張り切って、ミゲルから情報を収集した。

 正直、イケメンに自分から話しかけに行くのは勇気が必要だったけど、そこはミゲルとカミラが手伝ってくれた。…というか、2人は顔が広かったのだ。どちらかと一緒にいると、攻略対象が話しかけてきて、そのまま仲良くなるパターンが多かった。

 正直、攻略対象がいる場所とかのゲームならではの選択肢とかは全然覚えていなかったし、何かアクションを起こさなくても出会いのきっかけがうまれるのは本当にありがたい。


 攻略対象はいわゆるテンプレの面々で、宰相子息や騎士団長の息子、大商人の息子、双子の兄弟などがいる。彼らは流石の攻略対象なだけあり、学園でも有名なイケメンだ。

 彼ら以外のイケメンだと、マリアンヌの婚約者である第2王子ウォルター殿下がいる。


 ウォルター殿下はいわゆるモブキャラだ。マリアンヌが攻略対象と仲良くなると、その仲を応援し、身を引いてくれる。マリアンヌが攻略対象と結婚できるよう後押ししてくれるのだ。

 たぶん、ウォルター殿下はエリザベスと結婚することになるんだろう。公爵家に婿入りする予定だったウォルター殿下は、別に相手がマリアンヌじゃなくても構わないのだ。

 おそらく、追加エピソードには、そのあたりの話が入っていたんだろう。公爵家を継ぐことになったエリザベスと、彼女と結婚することになったウォルター殿下の2人が愛を育む様子とかが描かれるのかな。ウォルター殿下、モブキャラだったけど文武両道完璧王子で人気が高かったし。幸せにしてくれってコメントがかなり多かったキャラだ。


 そんなウォルター殿下とは、当たり障りのない交流が続いている。学園に入学する前も時々お茶会をしていたし、学園入学後も顔を合わせると、変わりないかと聞かれる。もちろん、私も丁寧に接するけど、将来は妹と結婚する人なので、過度な接触は控えることにしている。


 攻略対象の面々は、ミゲルからいろいろと話を聞いたようで、とても私に親身になってくれた。カミラは「悪い男に騙されちゃだめよ!」と言って、ガルガルしてるけど、そんな彼らからの優しい言葉や視線は、私を舞い上がらせた。


「まあ、男は儚げな美少女に弱いから」


 ミゲルはにんまりとそんなことを言って彼らを見る。彼らはちょっとバツが悪そうにしていたけど「まあ、男の本能だな」「マリアンヌは儚げというより、本当にか弱い乙女だろう」「男なら守らないとねー」と口々に言う。


 そうしてみんなと仲を深めて、1年が終わるころには、私の周りにはカミラやミゲル、そして攻略対象の面々だけでなく、多くの生徒が集まるようになっていた。ひとりぼっちだった公爵家と違い、多くの人に囲まれて、私は充実感に満ち溢れていた。



※※※



「…エリザベス」

「ごきげんよう」


 優雅に私の前を過ぎ去ったエリザベスに、胸が苦しくなる。私のひとつ下のエリザベスは、今年学園に入学した。寮はランダムに選定されるので、私が入寮しているアイリス寮ではなく、ルーセント寮に入ったエリザベス。普段顔を合わせない相手だけど、あの冷たい公爵家を思い出して、荒れる心を何とか落ち着かせた。


「マリアンヌ、大丈夫…?」

「ええ、気にしないで、カミラ」


 心配そうに私を見つめるカミラに、なんとか微笑み返す。そして、震える指先を隠すように、両手を握った。


 学園に入学して1年が経ち、2年目になった。未だに家族仲は進展していない。それもそうだろう、というのはわかっている。ゲーム本編では2年生までは攻略対象者との愛を育む期間であり、3年生から家族仲の改善が行われていくのだ。

2年間の学園生活で、努力し皆に認められるようになったマリアンヌ。学園長として、そんなマリアンヌを見ていた父親が最初に、マリアンヌを受け入れてくれるのだ。


 ほとんどゲーム知識が薄れているとはいえ、私はゲーム本編のマリアンヌよりも優秀な成績を修めている。いろんな人に囲まれて、ゲーム本編の3年生開始時のような関係性をすでに築いているのだ。だから、前倒して家族仲の改善が行われないか、少し期待していた。

 でも、あの冷たい目を向けてくるエリザベスを見ると、まだまだ難しいらしい。


「行きましょう、カミラ」

「…今日はとっておきのお菓子があるのよ。一緒に食べましょう」

「そうなの?楽しみ!」

「ふふ。放課後、私の部屋に来てね。寮の前まで迎えに行くわ」


 カミラとほほ笑みあって、私は前を向いて歩きだす。


 …まさか、このときの様子を見ていたミゲルや他の生徒が、エリザベスに対してちょっかいをかけ始めることになるなんて、思ってもいなかったのだ。



※※※



「マリアンヌ!このままでいいの!?」

「…いいのよ、気にしないで頂戴」

「だって、貴女の婚約者なのよ!?」


 カミラに問い詰められ、そっ…と目をそらす。今、学園中にはウォルター殿下とエリザベスが恋仲になっているのではないか、という噂が蔓延っていた。

 こんな展開はゲームではなかったので驚いたけど、まさに追加エピソードでの話だったとしたら納得だ。マリアンヌが攻略対象と仲を深める裏で、ウォルター殿下はエリザベスと親密な関係になっていったんだろう。だからこそ、ウォルター殿下はマリアンヌが自分との婚約を解消し、攻略対象者と結婚するのを後押ししたんだ。


 ストーリー展開として納得できたからこそ、カミラが「抗議をしに行きましょう!」と言うのを必死になだめる。それに、私も攻略対象者と仲を深めている状態だ。人のことは言えない。

 なんとかカミラに誤魔化して、寮に帰って自分の部屋へ戻る。学園中のみんなが、私を気遣わしげな表情で見てくるので、居心地が悪い。こういうときは、自分の部屋に引きこもっているのが一番だ。

 バタッとベッドに倒れこみ、ぎゅうっと枕を抱きしめる。


「……どうしよっかな」


 正直、私は攻略対象者の誰と恋愛を進めるべきか、悩んでいた。ゲームとしてプレイしていたし、1年学友と過ごして、皆のいいところはいっぱい知っている。だからこそ、誰を選ぶべきなのか、悩んでしまって、停滞してしまっているのだ。

 でも、ウォルター殿下がエリザベスと仲を深めているとなると、私も誰かと早く関係を進めないとまずい気がする。

 みんなの顔を思い浮かべて、「うーん」と悩む。いろんなエピソードを思い浮かべて、将来のことを考えて、誰と恋愛を進めようかとアレコレ考えていたら、「あ」と思い出した。


「そういえば、逆ハーレムルートがあるんだった」


 逆ハーレムルートの場合、3年の前半まではみんなとの甘―い生活を送れる。でも、途中で一番好感度が高い相手が自動的に相手になり、その相手に絞ったルートへ進むのだ。逆ハーレムルートじゃないと発生しない特殊イベントもあって、なかなか好評だったはず。

 今の私は「この人がいい!」と強く思える人がいないし、いったん逆ハーレムルートに進んで、特殊イベントを体験してみたい。


「うん、そうだ。そうしよう」


 よし、と心に決めて、私は逆ハーレムルートで必要なアイテムを頭に浮かべる。ゲームでは、一定以上の好感度を得られていれば、アイテムによって、ルート固定をすることも可能なのだ。逆ハーレムルートにも、ルート固定アイテムがあるので、さっそく明日、購入可能か確認してみよう。

 ふふ、と笑って、ベッドから起き上がる。早くお風呂に入って、ゆっくり寝よう。



※※※



 あれから結局、逆ハーレムルートの固定アイテムが見つかり、無事に逆ハーレムルートへ進めることができた。これで、特殊イベントが発生するはずだ。

 攻略対象者とは甘い日々を過ごしているし、ミゲルは相変わらず攻略対象者の情報を流してくれている。カミラはというと、3年生になって所属していた寮の寮長になったので、忙しそうにしていることが多い。なかなか会えなくて寂しい思いをしていたら「それなら、寮に遊びに来て頂戴」とウインクされたので、喜んで寮を訪問している。


 夏休みになると、公爵家に帰省するので、これまでの寮生活のように、気軽にみんなに会えるわけではない。悲しいけど仕方がない。

 割り切ってはいるけど、夜会で会ったミゲルには「そんな寂しそうな顔してんなよ」と言われたし、ミゲル父にも「寂しいなら、息子を執事見習いとして近くに置くこともできる」と笑いながら言われた。ミゲルは次男なので、家を継がないのだ。


「まあ、将来の選択肢としてアリだな。お前、寂しがって泣きそうだし」


 そんなことを冗談交じりに言われて、たしかにミゲルがいれば、公爵家でも心強い気がするな、と思う。でも、私は公爵家を継がずに他の家へ嫁ぐことになるので、そういう事態は起きないだろう。


 そんなことを思いながら、夏休みを過ごしていた、ある日のことだった。









「自称マリアンヌ・リアナ・ユーゲンス公爵令嬢。逮捕状により拘束します」


 自称?自称ってなんのことなの!?もしかして、私が前世の人格であることがバレたとか?


「わ、私は転生してマリアンヌになったのよ…!」


 突然、部屋に押し入ってきた捜査官から、逮捕状を突き付けられ、私は混乱する頭で、なんとか声を絞り出した。私の言葉に、目の前にいる男は眉をひそめたが、後ろにいる人に私を拘束するよう指示を出す。


「やめて!離して!私はマリアンヌよ!」


 必死に抵抗したけど、男の人の力にはかなわなかった。気が動転しながら、必死に周囲を見ると、エリーやネネも拘束されているのが目に入る。ワケがわからなかったけど、必死に頭を働かせて、ハッとした。

 特殊イベントが見たくて逆ハーレムルートを選んだけど、逆ハーレムはだいたい、ざまぁ系小説で糾弾される。もしかしたら、私はざまぁをされたのかもしれない。


「こんな、こんなはずじゃなかったの!逆ハーレムルートが、こんなことになるなんて!

 違うの!私は特殊イベントが見たくて、だからっ」

「おい、早く口を塞げ」

「むぐっ…うううう」


 口に布をかませられて、私は唸るしかできない。そのまま捜査官たちによって、私は屋敷から連行された。



※※※



 捜査官によって連行された私は、次の日から取り調べを受けた。主に聞かれるのは、小さいころの記憶やこれまでの生活のこと。いったい、何で逮捕状が出たのかを尋ねても、教えてもらえなかった。こういうときは抵抗しても意味がないだろうと思い、覚えている限りの行動や思いをすべて正直に話した。

 最初は怖い顔の人が取り調べをしていたけど、私が素直にすべてを話したからか、途中から優しい顔の年配の女性に変わった。

 年配女性に主に聞かれたのは、連行されるときに口走った「転生」や「逆ハーレムルート」などのこと。それはどういう意味の言葉なのか、それによって私はどうなったのか、どういう結果を得るはずだったのか、すべてをぽつりぽつりと話した。


「そうなのね、じゃあ、逆ハーレムルートで起きる特殊イベントっていうのは?」

「…学園に、夜盗が侵入するんです。夏休み中に下調べをされていて、秋の夜に学園へ侵入されます。


 それを皆と協力して、撃退して……っつ」


 そこで息がつまると、女性は私に水を飲むよう差し出した。なんとか両手でコップを受け取り、水を飲むと、女性が背中をさすってくれる。話を引き出すための行動だとわかっているけど、その手の温かさに涙がにじんだ。


「撃退して、その後どうなるのかしら?」

「…参加したみんな、学園で、生徒の前で、表彰されるんです。



 それで、……それでっ」


 気持ちが高ぶって、ぐっと喉がしまった。息が乱れて、苦しい。もう声を出したくない。



 それでも、何とか声を振り絞った。






「お、父さまに…肩をたたいて、もらえるんです」






 ずっと、私を蔑ろにしていた、お父様に。





※※※



 ガチャリ、と扉が開く。椅子に座って外を眺めていた私は、ハッとして扉へと目を向けた。


「…久しぶり、と言っていいものか」

「……」


 そっと立ち上がり、静かにカーテシーを行う。「楽にしなさい」と言われて、私はそれでもそのままの体勢を保った。


「これから、長い話になる。座りなさい」

「……」

「座りなさい」

「……はい」


 再び腰を掛けた私に対して、お父様…ユーゲンス公爵は少し離れたソファに腰を掛けた。そして、しばらく沈黙が続いた後、公爵が口を開く。


「まず、いきなり逮捕状を用いて拘束して申し訳なかった。君が、何も知らないことは察していたが、確証が欲しかった」

「……」

「君が、自分がマリアンヌ本人だと思い込んでいることが改めてわかったから、こうして会いに来た」


 目を伏せたまま、そう言った公爵は、「君は巻き込まれた被害者だったんだ」と言って、事情を話してくれた。

 その話は、取り調べが終わって、この屋敷に移動してから、年配女性から伝えられた内容と重複している部分が多かった。それでも、私は、ずっと父だと思っていた人の話を静かに聞いた。


 私は、本物のマリアンヌ・リアナ・ユーゲンス公爵令嬢ではないこと。本物のマリアンヌは使用人たちに謀られて、家族に害を加えると脅されて、平民として暮らしていたこと。

 そうなった原因は、ミゲルの父。ミゲルの父は、先々代のユーゲンス公爵の私生児の子孫であり、ユーゲンス公爵は本来であれば自分のものだったと思い込んでいた。そこで、ユーゲンス公爵を継ぐ本物のマリアンヌを廃し、自分の思い通りに動く駒を用意した。


 それが、私。


 私はたまたま、本物のマリアンヌに似ていた孤児だった。ミゲルの家は田舎の領地なので、ミゲルは貴族とはいえ、孤児の子どもとも仲良く遊ぶような環境だったそうだ。そうしてミゲルと遊ぶ私を見て、本物のマリアンヌとのすり替えを考えたらしい。

 私がマリアンヌになれば、自分の思い通りに公爵家を動かすことができる、と。

 それから私は、本物のマリアンヌに成り代われるよう、さまざまな教育を受けた。焼けていた肌は白くなり、荒れていた手は綺麗になり、ガサガサだった髪は艶やかなものになった。私の知識も、見た目も、マリアンヌに近づいたと判断したミゲルの父は、ユーゲンス公爵家に潜入させていた手の者に本物のマリアンヌを連れ出させ、私と入れ替えた。

 その際、私はあえて風邪を引かされていた。少し変わっていても、風邪によって窶れてしまったんだろう、と思わせるために。


 ところが、熱が下がった私は、そんな指示を受けていたことを忘れ、自分が本物のマリアンヌだと思い込んだ。


 ミゲルの父にとっては、予想外だっただろう。手を尽くして入れ替えたというのに、私はミゲルの父のことも計画も何もかも、忘れてしまったんだから。

 だからこそ、計画を軌道修正することになった。まず、ミゲルの父は私が公爵家で、蔑ろにされているという話を耳にした。偽物ではないかと疑われていることを察したが、あえてそれを利用したのだという。


「あいつは、ユーゲンス公爵家の面々は記憶を失くした娘を受け入れない、ひどい家族だと社交界に噂を流した。

 …私たちは、君がマリアンヌではないと思っていたが、本物のマリアンヌがいなかったからね。そんな事情を周囲に伝えるわけにもいかない。

 そうして、密かに君の立場を固めて、我々の立場を弱めようとしていたんだ」


 まさか、カミラに零してしまった話が、そんな風に社交界に広まっていたなんて、思いもしなかった。

 ぐっと口元をかみしめると、公爵は「君に悪気がなかったことはわかっている。だが、公爵家の醜聞など、いい話のネタだ」と前置きをしたうえで、話を進めた。


「君が最初に漏らしたカミラ嬢からは、ミゲルが聞き出したこともわかっている。…ミゲルは、言葉巧みに情報を引き出せるよう、話術を磨いていた。まだ社交界に不慣れな令嬢であれば、仕方のないことだ」


 そうだ、たしかにミゲルは情報通だった。情報をくれるサポートキャラだから、と思っていたけど、どうやってその情報を入手しているのか、考えないといけなかった。


 ミゲルとその父は、自分たちが私の絶対的な味方であることで、いざというときには頼られる存在となるようにしていたらしい。ゆくゆくはミゲルを公爵家に勤めさせることで、私を誘導できるよう準備を進めていた。


 そうした話を聞いて、膝の上でぎゅっと手を握る。公爵はそのまま話を進めた。


 学園に入学してからの動きは、しっかりと把握していたこと。今までは仕事もあり、普段の生活を見れていなかったが、学園での生活を見ていて、マリアンヌを演じていたりするようであれば生じるようなボロが何も出てこなかったこと。だからこそ、自分は本物のマリアンヌであると思っているのではないか、と思ったこと。


「…君が、私たちに認めてほしくて、頑張っているのはわかっていた。

 だが、どうしても、……マリアンヌの立場を乗っ取っているように見える君を受け入れることは、私たちにはできなかった」


 静かにそう言う公爵に、私は首を横に振った。


「…私も、自分がその立場なら、受け入れられなかったと思います」


 養子とは違う。立場を奪った他人だ。それも、本物がどこにいるのかわからない状況で、我が物顔で振舞われたら、どうしても拒否感がでる。……そっか。うん。


「あの、…本物のマリアンヌ様は、見つかったんでしょうか」

「…ああ。先日、無事に保護した」


 特待生の子がいた孤児院に、いたんだ。もともと、特待生制度は市井にいる可能性があるマリアンヌを探すために導入した制度でね。特待生の子がマリアンヌと親しくて、見つけることができたんだ。

 エリザベスが特待生の子と仲良くしていたこともあって、会話の中でわかってね。エリザベスはウォルター殿下と情報共有をよくしていたから、すぐに殿下へ伝えて、準備を整えて、殿下がマリアンヌを迎えに行ったんだよ。


 公爵のそんな話を聞きながら、私は、ぽろっと、涙があふれた。










「っよかった…本当によかったっ!」




 ボロボロと涙が流れたので、下を向く。袖口で涙を拭おうとしたら、そっとハンカチを差し出された。


「使いなさい」


 差し出されたハンカチと、公爵との間を、うろうろと視線を泳がせて、そっとハンカチを受け取る。目元にハンカチを当てて、涙を吸い込ませていると、公爵は苦笑いをしてハンカチを指さした。


「そのハンカチ、何の刺繍かわかるかい?」


 そう言われて、ハンカチを開くと、何かよくわからない線がいっぱい描かれていた。


「……ミミズ?」

「犬だそうだ。それは、マリアンヌの刺繍でね」


 え?と目を見開くと、公爵は困ったような笑顔を浮かべて続けた。


「君は、マリアンヌと本当によく似ていた。でも我々は違和感を覚えた。それは事実だ。

 でも、周囲の使用人たちはマリアンヌ本人だというし、自分たちが間違えているのかと疑心暗鬼にもなっていたんだ。

 ところが、君の刺繍を見た妻が言ったんだよ。『マリアンヌがこんなに素晴らしい刺繡を刺せるはずがない』って」


 マリアンヌは、芸術関係の才能が壊滅的でね。


 そう笑う公爵は、父親の表情をしている。…私には、見せてくれなかった家族の絆を、ヒシヒシと感じて。また涙が出そうになって、必死に堪えた。


「そのハンカチは、マリアンヌから君への謝罪の品だそうだ。

 巻き込んでしまって、申し訳ない、と」

「っそんな!私が、私がマリアンヌ様の立場に成り代わっていたんです!

 謝罪なんて必要ありません!」


 そう叫ぶと、公爵は首を横に振って「我々の家の事情に巻き込んでしまったのは事実だ」と言う。


「…今後の話をしよう。君は、何も知らなかったとはいえ、公爵家の乗っ取りに加担し、成りすましを行った張本人だ。

 お咎めなし、というわけにはいかない」

「…はい、当然のことです」


 こくり、と頷くと公爵は「だが、」と話を続ける。


「君が提供してくれた情報で、夜盗を捕まえることができた。それに、何も知らなかったということは、取り調べで判明している。

 …そこで、各所に掛け合った」


 そう言って、言葉を切った公爵はじっと私を見て、また口を開いた。


「表向きは処刑されたことになるが、ここからかなり離れた土地にいる私の親戚の家に、養子として迎え入れられるよう、準備を整えている。


 君が良ければ、だが」


 一瞬、思考が停止したけど、すぐに否定の言葉を出した。


「そんな、そんな話を受け入れることはできません!」

「いや、ぜひ受け入れてほしい。君は、渡り人だろう?」


 渡り人?と首をかしげると、公爵はふう…と息を吐いて私を見た。


「時折いるんだ。他の世界から来た、という人が。そうした人を、我々は渡り人と呼んでいる。まあ、渡り人については各国の上層部ぐらいしか知らないが。


 渡り人は、何かしら未来のことを知っている、というのが通例でね。


 君は、学園が夜盗に襲われることを我々に教えてくれた。もし、本当に夜盗に襲われたら何かしらの被害が出ていただろう。そうした被害を未然に防ぐ、という功を立てたんだ。

 幸いマリアンヌも無事に見つかり、君に対しては、減軽を望んでいる。被害者本人の意向もあり、大きな功績を立てたことも重なって、君は国外追放処分とすることになったんだ」


 国外追放、と小さく呟く。そっか、この国にはもう、戻ってこれない。


 多くの友達ができたこの国に、いることはできないんだ。


「君はこの国の社交界で顔が知られている。この国に居続けるのも、厳しいだろう。

 他の国であれば、君は静かに過ごせるはずだ」

「あの、でも……養子先っていったい?」

「子どもがいない親戚がいてね。密かに君のことを打診したら、ぜひ迎え入れたいと。

 すでに首を長くして待っているんだ」


 彼らのためにも、ぜひ受け入れてほしい。


 そう頭を下げられて、気が付いたら私は、頭を縦に動かしていた。




※※※



 子どものいない夫婦の養子になって、5年ほどの歳月が過ぎた。この国に来てから、まずは言語の習得をしなければならず、とても苦労した。

 マリアンヌだったときは、周辺の国の言語はある程度習得できていたけど、この国は、かなり離れていたので学んだことがなかったのだ。

 幸い、私が習得している言語の中に、少し言語が似ているものがあったので、なんとか、普通に話したり書いたりすることができるようになった。…1年ぐらい、かかったけど。

 言語が習得できると、私は刺繍の仕事を引き受けるようになった。養父母はこの国の子爵家の方。少しでも役に立ちたいと思い、得意だった刺繍を仕事にすることにしたのだ。

 最初はポツリポツリとしか仕事はなかったけど、今ではしっかり稼げている、と自負できるほど、大型の案件が舞い込むようになっている。

 そんな日々を過ごしている中で、たまに、あの国で過ごした日々を思い出すこともある。だけど、今はゆったりと静かに暮らせるこの日々が、心地よく感じている。


「あら。これ、貴女宛てのようよ」

「ほんとう?誰だろう?」


 養母宛てに来ていた手紙の封筒の中に、もう1通封筒が入っていたようだ。私に手紙?それも養母経由で?不思議に思いつつ、そっと受け取り、ハッと息をのんだ。



―名も知らぬ貴女へ―



「…っあ」


 宛名に書かれているのは、間違いなく、カミラの字だった。はくっと息をのむと、養母が優しく肩に手をまわしてくれる。「読んでみなさい」と優しい声色で言われて、震える手で封を開けた。




--------------------


名も知らぬ貴女へ


そちらは、いかがお過ごしでしょうか。

私はというと、大切な親友がいなくなり、心寂しい毎日を送っています。


親友はひどい子なんです。私の元から離れて、遠くへ行ってしまいました。私に一言もなしに!ですよ。ひどいと思いませんか?


悲しみながら日々を過ごしていたら、ある公爵(最近、家を継いだ方です)がペンフレンドと交流してみてはどうか、と提案してくださいました。もちろん、何言ってるのかしらと思いましたが、話を聞くと、とても他人とは思えない相手のようでした。


妹のように思っていた、大切な親友によく似ているようです。あの子とは違い、ご両親から大切にされているとお聞きしていますが、居ても立っても居られず、ペンをとり、この手紙をしたためました。


こうして書き連ねたのですが、私、気が付きました。お相手の名前を知らないのです。そんな状況でペンフレンドをお願いするなんて、変なこともあるとお思いでしょう。なので、まずは、こうお伺いしたいと思います。


あなたの名前は、何というのでしょうか?



愛をこめて。カミラ

--------------------




 手紙を読み終えて、パッと養母を見ると、にっこりとほほ笑まれた。


「素敵なペンフレンドができそうね。さっそく、お返事を書いたらどうかしら?」

「っええ!もちろん!すぐに返事を書くわ」


 私は、急いで便箋とペンをとり、自分の部屋に向かう。そして、椅子に腰かけて、ペンを動かした。




--------------------


親愛なるカミラへ


素敵なお手紙、ありがとう。ぜひ、私も貴女とペンフレンドになりたいわ。

不思議と、貴女は私の親友に似ている気がするの。


親友はとても思いやりのある性格で、私にとって、姉のような存在でした。学生時代は、ある寮で寮長をするような、責任感もある子です。

そんな子が、私とあまり仲が良くない子と仲がいい子に、ちょっと嫌がらせをしちゃったらしいと聞いて驚いたものです。ある人から、その後謝罪をしたと聞きましたが、私のせいで、親友がそんなことをしてしまったのかと、申し訳ない気持ちになりました。


でも、きっと彼女であれば、その面倒見の良さと優しさで、すぐに挽回できるでしょう。そう信じていましたが、その後、親友がどう過ごしているのか心配していたのです。貴女はそんな親友と似ている気がします。


私は、コゼットといいます。

養父母がつけてくれた、大切な名前です。


養父母はとっても甘やかしたい方たちで、特に養母とは月に一度、一緒にベッドで寝たりもしています。養父も羨ましがっていますが、さすがにこの年齢で、養父と一緒にベッドに寝ることはできません。養母と一緒に寝るのも、恥ずかしいぐらいなのに!


こうした悩みを相談できる相手ができるなんて、思ってもみませんでした。

次は、カミラの趣味をお聞きしたいです。私の親友は、お菓子を食べるのが大好きだったのだけど、カミラはどうなのかしら?


愛を込めて。コゼット


--------------------



 上から下まで、じっくりと読んで、封筒に手紙を入れる。そして、封をしようとして、あ…と思い立ち、自分用に刺した刺繍のリボンを中に入れた。

 そうして、すぐにリビングに向かうと、ソファに腰掛けていた養父母が私を見て、ふふっと笑った。


「コゼット、手紙は書き終えた?」

「ええ、もちろん!早く手紙を出したいわ」

「じゃあ、すぐに手配しよう」

「本当?嬉しい!ありがとう、お父様」

「可愛い娘のためなら、雨の中でも嵐の中でも…!」

「ちょっと、そんな無理はしないでくださいよ」

「お母様の言う通り、無理は禁物よ!」


 すまん、と笑う父と、まったくもう…とこぼす母。そんな2人を見て、私は頬がほころぶ。





 わたしはコゼット。大好きなお父様とお母様がいる、子爵家のひとり娘だ。




 




拙い文章をお読みいただき、ありがとうございました。

「あなたは誰?」で省いていた部分を回収するべく、偽マリアンヌ視点を書き連ねてみました。いろいろ用意していた設定はだいたい回収できたと思っています。


説明しきれなかった設定については、以下のとおりです。


■追加ストーリーについて

これは、エリザベス視点での、「偽物のマリアンヌ」と「本物のマリアンヌ」の話が展開されるストーリーです。

「白薔薇姫の微笑み」の主人公は「偽物のマリアンヌ」であり、メインストーリーでは「偽物」であることは語られません。追加ストーリーで、実は「偽物」であることが判明した経緯が説明され、メインストーリーの攻略対象者との結婚では、実は、

・本物のマリアンヌが見つかる

・偽物であることはわかったが、これまでの功績から公爵家に養子として迎え入れられる

・父親は学園での功績を見て、偽物だが頑張っていることは評価していた。

 そのため、養子として迎え入れることを決める

・その際、母親と妹は偽物が「姉(自分の実子)」ではなく「養子」の立場になったことで、態度が少し軟化する

・攻略対象者の家には、公爵家の養子として嫁ぐ

という話になっていたことが明かされます。


■ミゲルについて

ミゲルは、コゼットが初恋の相手です。自分の家でマリアンヌになるために磨かれているコゼットをみて、「自分の結婚相手として、父親が仕込んでいるんだろう」と思っていました。

ところが、コゼットは公爵家に行かされ、しかも辛い日々を過ごしていることがわかります。

初恋の少女の置かれている環境を知ったものの、自分の父親の悪だくみを知ってしまっているので、うまく動くことができていません。

学園では、コゼットを蔑ろにするエリザベスを見て、「彼女を守らないと!」と思い、エリザベスに対して突飛ばしたりするなどの暴走をしてしまっています。

ただただ、彼女を守るために傍にいたのですが、そうした行動や思いも父親に利用され、「彼女を守るために、公爵家の執事になれ」と言われ、裏に気づきながらも、了承していました。

すべてが明るみに出てしまったときには、静かに刑を受け入れて、ただただコゼットの幸せだけを祈って刑が執行されました。


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― 新着の感想 ―
コゼット視点は可哀想だけれど家族からしたら無関係な娘が自分達の娘と姉を名乗って家にいる状況だから拒むのも解るのが悲しい。 相手からすれば娘を奪った相手の1人でしょうから余計にコゼット本人が関係無くて可…
コゼットにさっさと思い出にされてる家の犠牲になったミゲルが哀れでした
[一言] 白薔薇シリーズ両方拝読しました。とても面白かったです。コゼットがちゃんと周りに思われていたことがうれしい。ミゲルくんのエピソードが切ない。ifがあったら幸せにしてほしい人No.1ですねぇ。
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