8. ショータイム
村では、娯楽がとても少ない。
酒、賭け、ボードゲームなどの遊戯しかない。
つまり、大人たちは刺激を求めていた。
そんな中、偶に来る吟遊詩人の英雄譚は村人にとって最高の娯楽であった。
だが、今村はその時と同じくらい熱狂の嵐が吹き荒れていた。
二人の村人が、畑の脇で話していた。ある村人がもう一人の村人に言った。
「おいおい、聞いたかトレイレン(トリスの父)の息子が面白いものを作ったって。」
「え...あの、悪魔の子か。あいつ、不気味なんだよな...」
「いいから、来てみなよ。」
そう言って、誘った村人はもう一人の村人を広場に連れて行った。
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広場には老若男女様々な人が集まっており、今か今かとそわそわしている。
その広場の少し端の方に、テーブルが一つ置かれており、その後ろにトリスが立っていた。
「それでは、今日は『英雄王ガリウスの邪竜退治』のお話をしまーす。」
連れてこられた村人は訝しんだ。
「なんだ?吟遊詩人の真似事でも始めたのか?」
徐に、トリスは木の板の束を取り出した。
「ん、なんか取り出したな?」
トリスは語り出した。
「ある村に綺麗な女性がいました。その美貌は、その村だけでなく他の村まで有名でした。」
そう言って、トリスは可愛い女性の絵が描かれた板を観客に見せた。
その絵を見て村人たちはどよめいた。
「うぉ、めっちゃ可愛いじゃねーか!嫁に欲しいーー」
「おい、やめろ!お前既婚だろ!ってか、お前の奥さんあそこにいるじゃねえか!」
「こわっ!めっちゃこっち睨んでいる...今夜は晩飯ないかも...」
続いて、トリスは恐ろしいドラゴンの絵を出した。
「ある時、村に災いが訪れた。かの麗しき女性を生贄に求めて、黒き邪竜が村を襲ったのだ。『女を差し出せば、他の奴らは生かしておいてやろう』と。」
「村人は反対したが、女性は言った『私のために、あなた方が酷い目に遭うのでしたら、この身を邪竜に捧げましょう。』」
それを聞いた村人は、
「めっちゃいい女じゃないか!まるで、あんたの奥さんのようだね!」
さっき失言した男をフォローするために、大きな声でそう言った。
「いや、女房だったら頭に来て、邪竜ぐらいボコボコに殴り殺していたね。」
「おい、お前の奥さんオーガみたいな顔しているぞ...こりゃ、明日も飯抜きだな...」
一部馬鹿騒ぎしている村人がいたが、大人も子供も物語に引き込まれていったのだった。
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先日、道具屋から帰って来たあと、俺たちは親父を質問責めにした。
「お父さん!いろんな魔物について教えて!有名な冒険譚を教えて!!吟遊詩人の面白かった話を教えて!!!」
父はその勢いにたじたじとなった。
「うぉ...すごい勢いだな。いきなり、どうした?」
「実は...」
トリスは村の人に「悪魔の子」と呼ばれていることを話した。
親父は顔を真っ赤にして、憤然と怒った。
「なんてこと言いやがる。トリス、それ言ってきたやつを教えろ!全員ぶん殴ってくる!!」
トリスは急いで、親父の腕を掴んで、殴りに行こうとするのを止めた。
「待って父さん!それより、面白い案があるんだけど...」
俺が前世漫画家でマンガを描くことができ、それを使って冒険者活劇の紙芝居(板芝居)をやって、村人の自分に対する印象を変えたいことを伝えた。
「漫画家はよく分からないが、とりあえずかっこいい絵が描けて、面白い話ができることは分かった。」
「親父、もう広まってしまった汚名は消せないけど、上書きはできると考えているんだ。」
「それは、面白そうだな!ハル、いい案ありがとう!!」
親父はとても喜んでくれた。俺もトリスも一緒に喜んだ。
そして、いきなり親父はこう言ったのだ。
「よし、それなら父さんも全力で手伝うとするか!」
と言って、いたずらっ子がするようなとても悪そうな顔をした。
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観衆は物語に熱中していた。
英雄王ガリウス率いる近衛兵たちは邪竜の住処の山岳に向かうにあたって、多くの魔物に襲われた。近衛兵たちが苦戦する中、英雄王は巨大な剣を振り回し、一刀両断して、進んでいく。
そして、ついに邪竜の住まう洞穴に辿り着いたのだ。
(さあ、ここからが本番だ!!!)
物語はクライマックスに入った。
「英雄王ガリウスはついに邪竜と対峙した。そして、剣を抜き放ちこう叫んだったのだ。」
そう言ったと同時に、近くで静かに佇んでいた親父が前に出て突然剣を抜いた。そして、叫んだのだ。
「我こそは英雄王ガリウスなり!我らが至宝の麗人を返してもらおう!!我が剣のサビとなれ!!」
そう言うなり、凄まじい勢いで剣舞を始めたのだ。
俺はそれに合わせて、セリフを読み上げる。
「面白い、小童がこの龍の王ドレイガン様に挑むがいい。」
「英雄王を黒い爪が襲う。それを英雄王はひらりと避け、お返しに強烈な一撃を打ち込んだ!」
その言葉を聞いて、親父は本当に竜の爪がそこにあるように避けて、斜め下からとてつもない速さで剣を振った。
空気を切る音が、周囲に鳴り響き、観衆はその迫力に腰を浮かせた。
一方、英雄王が正面で戦っている間に、近衛兵は村娘を助けようと洞穴の奥に行こうとした。
しかし、戦闘が激しく、巻き込まれないようにするために近づくことができなかった。
そんな様子に、邪竜は気づいた。
「なるほど、お前が王なら当然民を守らないといけないな。それでは、これはどうだ。」
トリスは緊迫した口調で、観衆に向けて読み上げる。
「突然、邪竜は近くの近衛兵の方を向き、大きな口を開き、真っ黒なブレスを吐いたのだ。近衛兵に暗黒の嵐が迫る。近衛兵たちは、もはやここまでと覚悟した。」
そのタイミングで、親父が更に一歩前に出る。
「しかし、その時英雄王は近衛兵たちの前に立ちはだかり、剣を大きく掲げたと思ったら、全力で振り下ろしたのだ。」
親父は全力で叫んだ。
「魔技『三の型 波紋撃』」
そして、地面に剣を強烈に叩き込んだ。
その瞬間、爆音とともに地面が爆ぜた。
人を吹き飛ばしそうなほどの強烈な突風と共に砂埃が観衆の間を過ぎ去る。
その中で、観衆もトリスも俺も呆然としていた。
そこには、大きなクレーターができていたのだ。
トリスは目を輝かせて、親父に言った。
「お父さんすごい!!」
(「いや...親父、人間やめてないか??」)
俺は、若干引いていた。
「おっと...そして、邪竜のブレスは切り裂かれ、その勢いで英雄王は邪竜に迫り、その首を切り落とす。」
親父は大きな声で言う。
「邪竜討ち取ったり!」
俺はそれに応える。
「見事な技、面白い戦いだった。娘は返してやろう。連れて行け。」
未だに呆然としていた観衆は我に帰り、感激の声をあげる。
俺は、それを見て、最後のセリフを述べる。
「そして、英雄王は助け出した女性を連れて村に辿り着いた。村人たちは、英雄王を取り囲み、深い感謝を示し、その勇気と剣の技を讃えた。そして、村長は声を張り上げて言ったのだ。」
「さあ、叫べ、讃えよ、我らが英雄の名を!」
観衆たちは、立ち上がり吠えた。
『ガリウス!』『ガリウス!』『ガリウス!』
その声は村中に響き渡ったのだった。
英雄王は邪竜に迫り、その首を切り落とす。
英雄王「邪竜討ち取ったり!」
邪竜「見事な技、面白い戦いだった。娘は返してやろう。連れて行け。ついでに、俺が恐ろしい竜だった話を、吟遊詩人に伝えるのよろしく。この艶っぽい鱗と見惚れる牙を特に重点的に表現するように。あ、あと聖地巡礼用にここら辺を綺麗にして、観光名所にしておいて。そうだ、そのためにはここまでの道の整備を...」
英雄王「首切ったのに、めっちゃ喋るやん。」