6. 破綻と和解
秋になりトリスの体調はかなり良くなった。
だんだん外に出れる距離が長くなり、親父が狩りに出かけるのを森の手前まで見送ったりしていた。
そんな穏やかなある日のこと、親父が突然言った。
「トリス、いつも森まで見送ってくれるが、もしかして狩りに興味があるか?良かったら、罠の仕掛け方を教えてやろう。」
「本当に!ずっとお父さんの仕事に興味があったんだよね。やってみたい!!」
(トリス、本当に元気になったな...)
俺は内心とても喜ぶのだった。
早速次の日に、狩りに出かける。
訳ではなく、まずは罠づくりをすることになる。
「とりあえず、光ネズミを捕まえる罠を作ろうか。」
「光ネズミってどんな魔物?」
「食べられそうになると光って相手を驚かせて、その間に逃げるんだ。けど、大体はその光のせいで、どこにいるかバレて捕まってしまう、ちょっとおバカの魔物だよ。」
(おおお、異世界っぽい魔物だ!でも、まずそうだから食べたくはないな...)
「光ネズミは捕まえたら食べるの?」
「うーん、食べられなくはないけど、大事なのは光ネズミの魔石の方なんだ。もう、トリスは持っているよ」
「え?」
親父は透明なクズ魔石を取り出した。
「トリスがいつも魔力操作の練習をしている魔石だよ。これは、光ネズミの幼体から取れるんだ。成体のは家の明かりに使われているね。」
「なるほど。そうやって手に入れるんだね。」
「もうトリスにはクズ魔石だと練習にならないから、ちょうど大きな魔石が欲しかったんだよね。」
「それなら、頑張らないと!」
魔力操作は俺がメインでずっと練習していたけど、実はトリスもかなり魔力操作がうまくて、練習熱心なのだ。
そうして、親父とネズミ取りの罠を作ったのだ。
翌日、早速作った罠を仕掛けに親父と森に踏み入れた。
「トリス、分かってはいると思うけど、森には色々な魔物がいる。特に見通しが悪い所もあって、いきなり目の前に魔物が現れて攻撃されることもあるんだ。」
「常に耳を澄ませたり、周りをよく見て注意を払う必要があるんだね。」
「もちろんそれも大事だけど、それ以上に大事なのは縄張りや痕跡を確認することだ。」
「縄張りと痕跡?どうやって確認するの?」
「簡単なのは足跡と糞だね。これから、この森にいる魔物の特徴を教えるから、しっかり覚えるんだよ。」
「覚えられるかな...頑張る!」
その後、親父による魔物の長い説明が始まった。けど、トリスは全然覚えられていなさそうだ。座学は苦手なのかもしれない。
(思った以上に親父がスパルタだ...これは、俺が覚えてトリスにこっそり教える方がいいかも)
「さて、ここに糞が落ちているね。ここから分かる情報は?」
そう言って、ミニトマトくらいの大きさの糞を指差した。
「えーっと、このぐらいの大きさだと光ネズミよりも大きくて、コブイノシシよりも小さいから...」
「答えは、角ウサギだね。それと、まだ糞が柔らかくて暖かそうだから、近くにいるね。」
そして、親父は徐に腰に差していた剣を引き抜き。素早く上段から振り下ろした。
「こんな風に、草むらに隠れているから、気をつけるんだよ。」
気づいた時には、草むらから飛び出ていた角ウサギが首から真っ二つに別れて倒れていた。
「お父さん、すごい!!」
「ははは、トリスもすぐにできるようになるよ。けど、まだ体が小さいから剣は早いかな。」
「僕も絶対お父さんみたいに強くなる!」
「わはは、その意気だ。」
その後、何個かの罠を仕掛けて、数匹の角ウサギを狩った後に、罠を確認したところ、光ネズミがかかっていた。
もちろん、トリスの罠にも大きな光ネズミが掛かっていたのだった。
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秋が終わり、冬になる。
この地域は年中温暖で、冬もそんなに寒くならない。
しかし、森の寒がりな魔物は冬眠したり、巣穴に閉じこもったりするので、森の狩りもお休みが多い。
その間は、皆んなで内職をすることが多かった。
そんな訳で、のんびりな時間を過ごしていたかというと、そんなことはなかった。
俺は、トリスの体調が回復したことで全部解決したと思っていたのだ。
だが、万事上手く行くことなどないのだ。
それは、今まで触れてこなかった母親のことである。
秋までは母親がおかしくなって怒鳴ったりすることがよくあったが、秋になりそれは落ち着いて逆に静かになった。
そして、寝込むことが多くなったのだ。
そして、最近は寝込まなくなったかと思えば、逆に癇癪持ちでヒステリックになっていた。
父親とも喧嘩することが多くなり、その度にトリスは自分の部屋に避難していた。
(せっかくトリスが元気になったのに、また体調を崩さないか、めちゃくちゃ心配だ...)
どうも母親は、トリスを本当に心配していたからこそ、自分が率先して悪魔祓いを呼んで、息子を拷問させたことに耐えきれなかったようなのだ。
そこから、自分への嫌悪感、自罰衝動、その反動で錯乱して怒鳴り散らすようになり、情緒が不安定になってしまった。
俺は、必死に打開策を模索した。
遠回しに、トリスに状況を伝え、なんとか母親との相互理解に努め、母が自分のことを許してあげれるようにできないか試みた。
結果だけ言うと、全てダメだった。
一時期のトリスのように、母はトリスの顔を見るだけで、あの恐ろしい拷問をトラウマとして思い出してしまった。
そして、その母親の様子にトリスもトラウマが再発し、その場で吐いてしまうのだった。
とうわけで、頼みの綱は親父だけだった。
俺はただ、全てが元通りに戻ることを祈るのだった。
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そんな俺の見通しは本当に甘かった。
ある日、母親が急に家から出て行った。親父は母は離婚して実家に帰ったのだと話した。
(ああ...俺はいっつも大事なところで役に立たない...どうにかできなかったのだろうか...)
母親が出て行く時に、トリスと一瞬目があったが、あの目は一生忘れないだろう。
顔は苦しみに耐えるように歪んでいたが、目は「なぜ我が子を愛せないのだろうか」というとても悲しい目をしていたのだ。
だから、俺は改めて決意したのだ。
俺がトリスの母親のような存在になろう。誰よりも愛し、道を示し、背中を押してあげる。そんな存在になろうと。
母親が出て行った後、親父はとても苦しそうだった。
そして、トリスの前に座ってこう言ったのだ。
「お前をちゃんとした体で産むことができなくて本当に申し訳なかった。また、俺が不甲斐ないせいで、お母さんは出ていってしまったことは本当に本当にすまない。」
親父は言葉を続ける。
「けど、俺はお前がどうであろうとただ幸せに生きて欲しいんだ。だから、頑張らなくてもいいから、げん『父さん、それは違うよ』」
急にトリスは立ち上がって、叫んだのだった。
「確かに僕の頭の中には今も誰かが住んでいるような感覚がある。でも、この一年間彼は必死に僕を励ましてくれたんだ、だから僕は父さんたちがこの体で産んでくれたことに今はとても感謝しているよ。母さんのことは本当に悲しい、けど僕は頭の中の彼もいるし、父さんもいる。一人じゃない。だから...だから、もっと色々頑張ろうと思うんだ!」
親父は泣き崩れた。
「お前は、本当に強くて立派な、自慢の息子だよ。」
泣きながら親父はそう言って抱きしめてきたのを、俺らも号泣しながら抱きしめ返すのだった。
ある程度、涙がおさまったところで、親父はふと疑問に思ったらしい。
「ところで、頭の中の彼に名前はあるのかい?」
俺は自分の名前を伝えた。
「彼の名前はハル(晴)。雨上がりの澄み渡る青空を意味する名前なんだって。」
「そうか、ハルもこれからは息子をどうか見守ってくれ。」
「『もちろん』だって。」
俺の今世はこの時から始まったと言っても過言ではない。
そうして、トリスと俺の長く険しいが楽しくもある二人三脚の物語が始まるのだった。
という訳で、プロローグは終了です。
いやー、初めて小説書いてみたけど、めちゃくちゃむずいいいいいいい!!
面白い話書ける先輩作者様はまじで偉大だわ!!!
ここまでの話は真面目に書いてしまったので、次の話からはもっとワイワイした感じで書きたいですね。