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5. 決意と再起

 そろそろ、6歳になろうとした頃には家庭が崩壊していた。


 親父は拷問の後、異端審問官に殴りかかったため服役することになった。

 母はずっと謝り続けたり、急にお前が悪魔だったせいだと怒り始めたり、もうめちゃくちゃになっていた。


 幸いなことに親父は3ヶ月の服役で帰ってきたが、同じ村に住んでいた祖父母が世話をしてくれなければ、多分トリスは生きてはいけなかっただろう。


 その間、トリスはまさしく死んだように生きていた。

 頭の中の声は消えたが、代わりに背中や顔の痛みと深い心の傷が残ったのだ。


 俺はこれからどうするか悩んだ。


 選択肢は3つあった。



1. トリスの自我を押しやって、再び俺がトリスの体を支配する


2. トリスとは一切接触することをやめて、俺は意識を分離したまま一生引きこもる


3. トリスを何とか元気づけて、幸せな人生を送ってもらうようにする



 まず1は論外。嬉しくないことに、今のトリスならおそらく体の主導権を奪い取れるだろう。


 ただ、ここに来てやっと気づいたのだが、今世の人生の主人公はおそらく俺ではないのだろう。

 この人生はあくまでトリスの物語であり、俺は偶々一番近くで見ることができる一視聴者でしかなかったのだ。


 そして、俺は今更だが、やっとトリスに幸せになって欲しいと心から思うようになったのだ。


 あまりにも遅すぎるが、あの拷問を経てやっとそのことがわかったのだ。




 ただ、許して欲しい。


 俺には2を選べない。


 これでは、今度は俺が今のトリスのように生きたまま死んでしまう。


 だから、何とか今までと違うアプローチをしてトリスにまずは元気になってもらう必要があった。


 そうして、今世はトリスを支え、トリスのために生きようと決意を決めるのだった。



==========



 そこからは試行錯誤の日々だった。

 トリスを怖がらせないようにトリスに干渉する方法を考えて、色々と試してみた。


 最初は、今までの行いを謝罪して、何とか和解の道を探れないか模索した。

 

 そこで、兎にも角にもまずはトリスに真正面から誠実に謝罪した。


「トリス、本当に申し訳ない。俺のせいでこんな酷い目に遭わせてしまった。俺ができることなら何でもする、だから」


 トリスは吐いた。胃の中がからになっても吐き続けた。


 俺は呆然とした。

 

 どうやら、俺が話しかけたことで、分離していた意識が再度トリスの意識と繋がってしまったようだ。

 そして、そこからあの地獄の拷問をトラウマとして思い出してしまったみたいだった。


 もちろん俺も意識が繋がったことでトリスの考えたこと、思い出したことが伝わって、体を操作していないのにとてつもない吐き気を感じた。


 急いで俺は、意識を分離した。そして、分離した意識の中でトリスに謝り続けた。


(俺は、本当に取り返しのつかないことをしてしまったのだな...)




 最初から、大きな壁にぶつかってしまった。しかも、何か試そうとするとほぼ確実にトリスが傷つく。

 

 この問題には悩んだ。やっぱり俺は何もしないで、意識の奥底に沈んで二度と出てこない方がいいのではとも考えた。

 ただ、俺は既に決意したのだ。


(俺はもうトリスを傷つけたくない。けど、このままでもダメだ。何としても、俺の全てを捧げても、トリスを元気にしたい。)


 


 俺は一度だけ、トリスの笑い声を聞いたことがある。

 あれは、友達と狼と羊使いで遊んでいる最中に俺の意識がぼーっとした時だった。


 トリスはいつもの俺よりも素早い動きで狼を躱し、とても楽しそうにキャッキャと笑っていた。

 

 あの、笑い声をもう一度聞きたい。


 それを大きな目標として、何日も今何ができるかを考え続けた。



==========



 考え続けたある時、気づいた。

 

(そもそも、俺はなぜトリスと俺の「意識の分離」ができているんだ...?)


 俺は、半分無意識でやっている「意識の分離」の仕方を考え直したのだった。


 まず、「意識の分離」は、俺とトリスの考えをそれぞれ別の物と分けることから始める。二人の意識が入り混じった部屋から、俺が考えたことや思い出したことを、俺の意識という箱に整理して収納するような感覚だ。

 つまり、元々俺とトリスの意識の専用スペースがあったのだ。


 ただ、トリスの体を動かすためにはトリスの意識の専用スペースを介しないといけないため、俺は今までトリス専用スペースに対して土足で踏み込んでいたのだ。

 

 そう考えた時に、まず俺は俺の意識がトリスの専用スペースに完全に干渉しない方法を検討した。

 

 ここで、ヒントとしたのは前世のデカルトの「我思う故に我あり」だ。

 この言葉は、「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分の存在は否定できないという、自身の存在証明を意味したはずだ。


 ここから、自分の考えていることに対して、本当にこれは自分の考えかと疑問を持つようにした。ここで、デカルトと違うのは、明らかにこれは俺の考えではなくトリスの考えだと認識できる思考が存在することだ。

 

 俺はもっと簡単にこれを実践するようにした。つまり、俺が考えていることに対して、「〜と俺は今考えている」という風に考えると自然と思考が分離できるようになったのだ。

 

 これは、ガンになった時に併発した鬱病の治療時に学んだ「メタ認知」に近いように感じる。

 そこで、俺は「知覚」、「感情」、「回想」、「思考」、「行動」を細かく分割して、それぞれを客観的に把握する認知を行うことで、制御することにした。


 俺はこの分割して認知することを「意識の細分化」と呼ぶことにした。


 本来なら、「意識の細分化」はとても難しい。

 だが、俺は今ある意味精神体だけの存在だ。数ヶ月練習した結果、ある程度できるようになったのだった。


 


 さて、これで俺とトリスの意識を分割できるようになって、やっとスタートラインに立てたのだ。

 

 次に考えることは、如何にトリスが苦しまずに、トリスの意識に干渉するかを考えないといけない。


(「意識の細分化」はできた。あとは、細分化した意識から何をトリスの意識の専用スペースに届けるか考えないと...)


 本当は「楽しい感情」や「明るい感情」を届けれた方がいいかもしれない。しかし、「楽しい感情」を送ろうと思う時、それはトリスを「心配する感情」から想起されている。

 さらに、それは記憶の回想に由来するかもしれない。そのため、複数の感情や回想などを送ってしまう危険性があった。


 そこで、まずは思考を送ることに集中しようと思う。もっと具体的に言えば、短い言葉を送ってトリスの負担にならないように励まそうと思う。

 


==========



 そこから、さらに試行錯誤の日々だった。

 言葉のみを送れるようになったので、次は適切な場面で適切な言葉を送るように細心の注意を払った。


 言葉は人を奮い立たせることができるが、人を傷つけるのも誰かの身勝手な言葉だから。


 最初は少しずつ刷り込むように「生きたい」や「生きて欲しい」というメッセージを届けた。

 そして、少しでも調子がいい時は「今日は楽しいな」や「調子が良くて嬉しい」というメッセージを送り、調子が悪い時は「のんびりいこう」や「ゆっくり休んで」と思いやるメッセージを届けた。




 そんなことを続けて、数ヶ月経ったある日、トリスが窓の外を見ていた。

 

 俺はつい「外出たら楽しいかも」「外に出たら暖かいかも」というメッセージを送ってしまった。


(しまった!これはトリスの意識に反するかもしれない。そうなったら、またトラウマが蘇ってしまうかもしれない...)




 けど、俺のそんな心配をよそにトリスは外に一歩踏み出したのだった。

 もちろん、玄関を出てすぐの所で止まってしまった。


 それでも俺は感動した。今までの想いが叶ったように感じたのだ。

 

 前世で連載をとれた時を超える感動はないとずっと思っていたが、そんなことはない。


 誰かを愛して元気づけ、その人が頑張る姿を真近で見れることほど、感動することはないのだ。

 俺はその時やっと気づいたのだ。


(もしかしたら、これは俺が送った言葉で洗脳してしまったせいかもしれない。でも、今はトリスが自分の意思で、自分の力で外の世界に出ようとしていると信じよう。)




 後ろから、声がした。


「トリス!お前...お前はすごいよ。自分から外に踏み出せるなんて、お父さんは本当に嬉しい。私はいつでも、どんな時でも、お前を愛しているよ。」


 そうだ、別にトリスを支えているのは俺だけではないのだ。


 俺は、微かな希望の兆しと明るい未来の到来を感じたのだった。


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