4. 拷問と逃避
一体どのくらいの時間が経っただろう、何時間も経ったような気がする。いや、実際はまだ数分なのだろう。
背中が燃えるように熱い。
もう何回、鞭で打たれたか分からない。
いくら痛みをあまり感じないと言っても、流石にこれはきつい。
しかも、恐ろしいことは異端審問官のエクソダムが数十回鞭打つごとに、白い魔石をこちらに向けて聖句を述べると傷が治るのだ。
痛みが治れば治るほど、次来る痛みが本当に怖くなる。
俺は5歳にして、この世界の拷問の恐ろしさを体験するのだった。
「ふむ、どうやら中々しぶとい悪魔ですね。トリス君、今解放するから、待っていてくださいね。」
「クソがあああ、そんなこと『やめて、許して』、お願いだもうやめてやってくれ...」
「ふむ、これは手強いですね。」
(ああ、痛みでうまくトリスを抑え込めないから、発言がぐちゃぐちゃになってしまう)
どうにかできないかと、ちらりと両親の方を見た。もちろん、両親はエクソダムが俺を叩き始めた時に止めさせようとした。
だが、後ろに控えていた他の審問官が素早く取り押さえたのだ。
親父はさっきまでずっと怒鳴っており、今は猿轡をされているが、それでも必死に抵抗をしている。俺は親父がここまでブチギレているのを初めて見た。
一方で、母親はさっきから不気味なほど静かだ。もうこちらを見もしない。
俺は、周りを頼るのを諦め、エクソダムに話しかける。
「お願いだ。俺は本当に何も悪いことはしていないんだ。悪魔なんか付いていないんだよ!」
「そうですねそうですね。悪魔は皆そう言います。」
バチンと強烈な一撃が入り、背中に大きな傷を刻んだ。
「あああ!!!じゃ、じゃあ、どうやって悪魔を追い払ったと確認するんだ!そうだろ、悪魔がどこかに行っても分からないじゃ無いか!」
「それはあなたが知らなくてもいいことだ。」
「やめて僕は悪いことしていないんだ、この悪魔が悪いんだ。やめてよ。」
「ふーむ、困りましたね...」
そこで、鞭打ちが止まった。これは、最後のチャンスだ。もう、これ以上はトリスが持たない。
また、こう思ったのだ。もしかしたら、俺は本当にトリスに取り憑いた悪魔かもしれない。
(俺の事情を話して、俺をどうにかする方法を話し合うようにして、一旦この場を納めるしかない)
俺が悪魔かどうかはおいておいて、まずはこの拷問を止める必要があると考えた。
「待ってくれ、俺の事情を話す。俺は別の世界の転生者だ。」
「転生者?それは興味がありますね。詳しく話してください。」
俺は、必死に今までの事情を話した。ここまでの緊張の中でいっぺんに話したことは、前世も含めて初めてだ。
エクソダムは熱心に聞いてくれた。とても熱心に聞いてくれて、細かく質問してくれた。
そして、全部聴き終わった後に、静かに目を瞑った。
長い静寂だった。
(いきなり、こんな突飛な話をして混乱しているのか??もっと、分かりやすく説明するべきだったか??)
不穏な静寂が数分間続いた後に、再びエクソダムは目を開いた。
無機質な害虫を見る目だった。
「悪魔は魔界という世界から来るらしいですね。なるほど、聞く限りは飢えも魔物もいない理想郷だ。そうやって、甘言を吐いて人を騙し、連れ去るのか!」
「ち、違う!俺はただ真実を話しただけだ!!騙すつもりも連れ去るつもりもない!!」
「仕方ありませんね。これは本当は使いたくなかったのですが、最終手段を取るしか無いですね。」
「な、何をするつもりだ...」
「浄火です。」
そして、俺の目の前は真っ赤に染まった。
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俺は今閉じこもっている。暗い世界で、エクソダムの声も背中や顔を焼く火の熱さ感じない、平穏な世界だ。
俺はそこで更に両手で耳を塞いでうずくまっている。
エクソダムの野郎は、あろうことか赤い魔石を取り出したと思ったら、俺の方に向けて火を放った。
その瞬間、やけどとは遥かに違う、抉るような痛み。そして、濃厚な肉が焼ける匂い。
どんなに、俺が痛みを感じにくいといっても、この痛みは違った。
熱いかどうかなんて、もう分からない。気絶するほどの痛みが深く突き刺さる。
そんな耐え難い苦痛の時間が過ぎた後に、待っていたのは皮膚が再生される感覚だ。
あの野郎、死なないように、もっと苦しむように治しやがった。
それからはただの地獄だった。
数回それをやられた後、俺はもうそれ以上耐えることができなかった。
俺は逃げたのだ。意識の深くに。いつも、トリスを追い込んでいた深層に。
最低なことに、俺はトリスの意識を支配することを繰り返したことで、意識をトリスから分離させることができるようになったのだ。
けど、それでも、まだ完全に分離はできていない。
トリスの声が聞こえる。
絶叫が、怨嗟の声が、聞こえないはずの俺に刺さる。
誰か助けてと懇願する声が聞こえる。
もう殺してくれと、嘆く声が聞こえる。
永遠と続く悲鳴の中、俺は無意識にもっと意識を分離できるようにするのだった。
その時、現実世界でもトリスは叫んでいたらしい。
「頭の中の声が消えたんだ。もう悪魔はいないよ。だから、もうやめてええええええ」
その声は、何十回目の懇願でやっと聞き入れられるのだった。