2. 支配と転落
3歳になった頃、ちょっとずつ変なことをすることが多くなった。
勉強中に突然走りたくなって、全力で走って思いっきり転んだり、突然頭がぐちゃぐちゃになり泣き出したりしたり、喚いたりした。
色々気になったが、どれも子供っぽい特徴なので、もしかしたら子供の体に引っ張られてこんな行動をしているのだろうと思っていた。
「おお!これが、イヤイヤ期か!我が家の神童様は、とても大人しかったので心配だったが、この感じだと元気に育ちそうだね。」
と 父親も言っていたので、まあこんなものなのかもしれない。
(いや、これ恥ずかしいな...今まさに黒歴史を作ってる感じだ...)
そんな感じで、転んだりぶつけたりして、生傷が絶えない日々だったが、一つ興味深かったのは自分が痛みをほとんど感じなかったことだ。
いや、もちろん傷はたくさん負ったけど、実際の傷と痛みがどうも直結していない気がするのだ。
(確かに、痛みのない転生を望んだんだけど、そうじゃないんだよなー)
そんなこんなで、たくさんの傷を負いながらも、変わらず貪欲に知識を吸収していた。
(いやー、来世でこんなに真面目に勉強するとは思わなかったなー)
元々、前世ではひよっこ漫画家で絵ばっかり描いていたので、そんなに真面目に勉強した記憶がないのだ。
そんな俺でも、3歳に似合わないガリ勉の生活をしているだけではないのだ。
「トリス遊ぼうぜ〜狼と羊飼いやろうぜ!お前、狼に食われる羊飼いな!!」
「おいおい、へゼス、いきなりそりゃないだろ!」
近所のへゼスを中心とした遊び友達ができたのだ。前世でぼっちだった俺からしたらびっくりだ!!(嬉し涙)
ちなみに、狼と羊飼いは鬼ごっこみたいなものである。鬼である狼は基本的には逃げ回る羊を捕まえればいいが、この遊びでは羊飼いが一人いて(狼にはどれが羊飼いか分からない)、その羊飼いが捕まったら羊も負けになる。だから、羊は羊飼いを守ったり、逆に羊飼いが羊を狼にぶつけたりして、時間を稼ぐのだ。
子供の遊びにしては、自己犠牲が過ぎるのでは(笑)
「いやー、やっぱりトリスが羊飼いすると、全然終わらないわ。まじで、トリスが羊飼いだと思っても絶妙なタイミングで羊が邪魔してくるし、それでやっと捕まえたらただの羊だったりするし、まじでお前なんなんだよ!!」
「子供の遊びでも全力を出すのが、プロフェッショナルってもんなのさ。」
「いや、お前も子供だろ!ってか、プロフェッショナルってなんだ?」
そんなこんなで、ちょっとおかしなことをする元気で頭がいい子供だと周りには扱われていた。
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4歳になった。相変わらず楽しい日を過ごしていたが、3歳から始まった奇行が徐々に増えてきた。その奇行もだんだんと激しくなり、頭を叩いたり、頬を叩いたりなど自分にまるで八つ当たりするような行為が増えた。
そのような行動はやめようと何度も思ったが、その度にひどい頭痛になり、勝手に自分の体が動き出して、俺を叩くのだった。
その頃になると、親も心配しだして、叩かないように注意したり、頻繁に様子を伺うようになった。
周りの子供や大人達も最初は心配していたが、だんだんその異常な行動から距離を取るようになった。
あまりにも、見兼ねた母親が
「トリス、最近自分を叩く頻度がどんどん増えて、頭痛で頭を抱えている時がかなりあるけど、一体どうしたの?」
「母さん、僕もよく分からないんだ。本当に叩きたくないんだけど、その度に頭痛がして頭がぼーっとして、気づいたら叩いてしまってるんだ。」
「何か些細なことでいいから、その時のことをもっと教えて。」
「うーんっと、ぼーっとして、イライラして、何かこう『ママ助けて』」
「えっ?いきなりどうしたの?」
何か今変なことを言った気がする。
「え?別に何でもないよ、ただ今もちょっとぼーっとして『ママ、化け物がいるんだ』」
「トリス一体どうしたの?化け物って何?」
俺は、自分の発言に混乱した。とりあえず、何か言わないと、母親をこれ以上心配させたらダメだ。
「ママ、僕の頭の中に怪物がいて、僕の体を勝手に動かすんだ。ママ、助けて。」
その時やっと気づいた。俺は転生したのではない、単純にこの子の体を乗っとてしまったのだ。
ここから、俺とこの子の人生はめちゃくちゃになっていく。
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あの発言から、一週間経った。あの後、何とか誤魔化して、母親との話を終わらせたが、そこからが大変だった。
自分の中にもう一人の自分、いや正しくはトリスの中に俺がいることに気づいた後、すぐにトリスと会話しようとした。
それが、とても難航したのだ、何と言っても俺らは精神が繋がっている。お互いの思考は中途半端に混ざり合い、何かを伝えようとしても、どこまでが俺でどこまでがトリスの考えかよく分からなくなっていた。
特に、トリスはまだ子供の思考しかできないのが、より状況を複雑にした。転生などもちろん伝わらないし、この状況をいくら説明しても伝わない。
そもそも、これはどちらの体なのだろうか。もちろん、普通に考えればトリスの体に俺が入ったが、ずっと俺がメインで動けていたことを考えると、もしかしたら俺の体にトリスが入ったのかもしれない。
もし、これがトリスの体だとしたら、俺はどうなる。せっかく新しい人生を楽しむために、今まで頑張ってきたのに、それをいきなり出てきたやつに奪われるのか。
(そんなの絶対に許さない。これは俺の体だ。前世で散々苦しんで、今世では今まで頑張ってきたんだ。俺の体は渡さない。)
これが、全ての過ちの始まりだった。
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俺は、いきなり出てきたもう一人の人格を支配した。何か変なことをやらかそうとしても、無理やり意識下に押し込めた。ただ相手もしぶとく、まるでアルコール依存症のように、無意識にもう一人の人格が湧き出てきて、主張してくるのだ。
もう一人の人格は泣き叫ぶ。体を返して、心を返して、頭を返してと。それを俺は完全に無視して、意識の奥底に沈めるのだ。おかげで、無意識を意識して操るのが上手くなったように思える。
しかし、それも限界を迎える。あの発言から半年をすぎた頃には、ひどい癇癪持ちとなり、暴れるは奇声をあげるわでひどいことになっていた。
俺は、もう一人の人格がついにおかしくなったと思った。けど、今思えば俺はそれ以上におかしかったのだ。大人の思考に衝動的な子供の思考が入り混じり、もう一人の人格を押し殺すような残虐な行いを無邪気にできるようになっていたのだろう。
いや、これは言い訳だ。俺は、あの時間違えたのだ。
ある時、決定的な破綻が起きた。俺がもう一人の人格をとうとう抑えることができなくなったタイミングで、台所にいた母親から包丁を奪い、自分を刺そうとしたのだ。
呆然とした、母親の前で、何とか父親が気付き最悪の事態は避けることができた。
その時になって、両親は本当に大変なことが起こっていることを、改めて強く認識したのだった。
そこからは、怒涛の流れだった。
元々、村の医者には診てもらったが、特に体に異常はないという診断だった。
そこで、両親は村長に相談して、近くの村や街から高明な医者や怪しげな魔術師に来てもらうようにしたのだ。
次々に来る人からは、よく分からない薬や魔法による治療をたくさん受けた。しかし、どんどんひどくなるばかり。
元々、うちは周りに比べたら裕福な方だったが、たくさん医者を呼ぶほどには収入はなかった。
このままだと、ジリ貧だと考えた両親は、最終的に村の教会に相談した結果、悪魔祓いの儀式をお願いするのだった。
そして、この選択が全てを崩壊させる決め手となったのだ。