俺だけレベルという概念が存在しない〜〜レベルが低いと言われ追放された俺は、女神の子でした
俺、ユウヤには夢があった。
それは幼い頃に、幼馴染たちと交わした約束。
『ねえ、一緒に闘技場のトップになって、ずっと一緒にいようね』
『ユウヤ、約束だ。俺達は必ず成り上がる』
『やはりユウヤは最強だわ。このパーティーは永遠に不滅よ』
それ以来、俺達幼馴染四人のパーティーで闘技場の天辺を取る。幼馴染四人で幸せに暮らす。それだけが望みだった。
だけど――
「ユウヤ、貴様をこのパーティー『聖なる剣』から追放する。異論は許さん」
俺は幼馴染のハヤトからパーティー離脱の書類を突きつけられた。
「ま、待ってくれ! お、俺が弱くなったのはわかってる。休み期間にどうにかするから!」
帝都、闘技場街にあるパーティーの拠点であるハウスのリビング。俺は幼馴染でありパーティー仲間であるジョブ『賢者』のハヤトから追放を言い渡された。
ハヤトの横にはジョブ『剣聖』の『マリ』がいた。もう一人の仲間である『聖騎士』エストはこの場にいない。
幼馴染であるはずの二人は俺を汚いモノみるかのように見下している。
いつからこんな風になってしまったんだろう?
あまりにも日常過ぎて覚えていない。
「……もう決定事項だ。 お前が弱くなりすぎたんだよ……。俺達はここからが正念場だ。今までは幼馴染の情でパーティーにいさせたが、それももうおしまいだ」
子どもの頃からずっと一緒だった。12歳の職業適性検査で俺達四人は強力なジョブを持っている事がわかった。
幼馴染の俺達は四人でパーティーを組み、帝都で一旗上げるべく上京したんだ。
それから7年。俺以外は着実にレベルを上げて強くなっていった。
俺のジョブは『魔法剣士』。バランスの取れたジョブで、サブアタッカーであり、補助に長けている存在だ。
レベルが全てのこの世界。レベルが1違うだけでも強さがかなり変わる。
そんな世界で、俺は……レベルが上がらない存在、いや、レベルが下がり続けているのだ。
マリがリビングテーブルに拳を叩きつけた。ガンッという音がマリの怒りを物語っている。
「お前はなぜ努力しない? これ以上はもう我慢の限界だわ! 私達が必死になって闘技場の上を目指そうと努力しているのに……、それなのに貴様は――、なぜレベルが下がる……」
「いやいや、俺にもわかんねえんだよ! 仕方ねえだろ! ていうか、追放って……、嘘だろ……?」
ハヤトは腕を組みながら俺の見下す。昔はこんなじゃなかった。一緒に山を駆け回って沢山遊んだ。剣術の訓練も一緒にした。強大な敵と立ち向かった。
だけど、ハヤトが俺を嫌っているって知っていた。弱くなる前からだ。理由はわからねえ。いつも俺に嫌味を浴びせてくる。
「レジェンド帯のギルドから加入の誘いがあった。……加入条件はお前の離脱と新しいメンバーの斡旋を受け入れる事だ。なあ、こんな話は二度と無いんだ。だから、大人しくこのパーティーから出ていってくれ。レベル30なんて笑いものにしかならない」
……レベル30は少し前の事だ。今は更にレベルが落ちている。
闘技場はパーティー同士が戦う。
神様からジョブを授かった俺達は英雄と呼ばれ、様々な仕事につくことが出来る。
例えば世界を冒険して依頼を受ける英雄。
傭兵として戦場を駆け巡る英雄。
そして、帝都で行われる英雄同士の戦いを見世物にしている闘技場。
その闘技場とは別に、個々のパーティーが集まった集合体、ギルド。
ギルド同士が戦うギルド戦はこの帝都で花形コンテンツだ。
闘技場はランクが分かれており、一定以上勝利する事にランクが上がる。
俺達はやっとチャレンジャー帯という上位ランクに到達する事が出来たんだ。
しかし、到達したのは一年前。中々それ以上あがれなかった。
それでも、パーティーとしては異例の速さでランクを駆け上がった。
ハヤトの話が本当なら、レジェント帯のギルドからの誘いはとてもすごい事だ。
「……あと、一ヶ月待ってくれ。帝都に奇病の解決方法がなければ他の国で――」
「くどい、散々試しただろうが! どれもこれも効果が無かった。もうお前は駄目なんだ!」
「も、もしかしたら――」
マリが再びテーブルを叩く。
「私達は闘技者だ。次の戦いが迫っている。練習もせずにパチンコに行ってるやつが何を言ってる!! このバカちんが!! 昔のお前は本当に強くて憧れていたのに……。だが、そんなもの情にしかならないわ。わたしたちは上に行きたいんだよ!!」
「ちょ、落ち着けよ! あれは景品にレベルアップのエリクサーがあったから仕方なく……。てか、エストは? エストは追放に賛成なのか?」
ハヤトが大きくため息を吐いた。
「無論だ。むしろエストはもうお前の顔を二度と見たくない、と言っている。さっさと荷物をまとめて出て行け!!」
衝撃を受けた。エストだけは追放に反対してくれると思っていた。
俺の一番の幼馴染エスト。一緒に悩んでくれたり、特訓に付き合ってくれた。
確かに、この数ヶ月エストは俺によそよそしい態度だった。機嫌が悪いだけかと思っていた。
そっか……。
潮時か……。
二人から向けられる視線は憎しみにも近いものがあった。仲間に向けるような目つきじゃない。
俺のせいで何度も負けた。俺がもう少しだけ強ければ勝てる場面が沢山あった。
マリがため息を吐きながら俺に言う。
「パーティーは追放だが、私達の雑用としての仕事でもしてるといいわ。闘技場関係の仕事しか出来ないでしょ? このあと離脱の手続きをして、パーティーじゃないから一緒に住めないけど新しいアパートを見つけて――」
「おい、マリ。パーティーを追放した奴を雇うのか? それはどうかと思うぞ。それこそ情が残っている証拠だ。こいつは役に立たなくなったんだ。おい、金はあるだろ? なら出て行け」
「しかし――」
俺のせいで二人が喧嘩してほしくなかった。憎まれているとしても、二人は大事な幼馴染だったんだ。
「……わかった。お前ら頑張って上目指せよ」
離脱届に自分の魔力印を押す。
悲しい気持ちを表に出すな。悔しい気持ちを表に出すな。馬鹿みたいに笑って、嫌われればいい。全部心の中で押し殺せばいいんだ。
もう二度と会えないであろう幼馴染の二人の顔を頭に焼き付けた。
「ユウヤ! まだ装備の分配の話し合いが終わってないわ!」
「どうせ後で荷物を取りに来る。それよりもこのあと新しいメンバーが――」
俺は飛び出すようにハウスを出るのであった――
****
今は闘技場もギルドバトルもプレシーズンだ。
一ヶ月は試合がない。ランクに影響しない模擬戦しかない。
このプレシーズンに入る前、俺のレベルは30だった。ハヤトたちのレベルは60付近、チャレンジャー帯下位としてはかなり高いレベルだ。
俺達のパーティーは帝都で新進気鋭として注目を浴びていた。
……英雄掲示板の書き込みでは俺のせいでパーティーが勝てないと書かれている。
レベル1の差はとても大きい。レベルが強さを決めると言っていいだろう。レベルを上げるためには訓練所やダンジョンで魔物を倒し経験値を貯める。レベルを一つ上げるためには多大な経験値が必要だ。
俺はパチンコ屋でスロットを回しながら今後の事を考える。ほとんどの金はハウスに置いてきた。
「おっ、落ちこぼれのユウヤがいるぞ! お前ほんと、スロットだけは強いな」
「お前のせいで『聖なる剣』パーティーは負けるんだぞ! 俺の賭け金返せや!」
「んだ? おい、水晶通信見ろよ! こいつ『聖なる剣』か追い出されやがったぞ!」
「っしゃ! ざまぁだぜ! スロットも負けやがれ! ……くそっ、大当たりじゃねえかよ⁉」
「『聖なる剣』がレジェンドギルドの『女神の園』に加入決定だぜ!」
くそ、うるせえな。……俺だって好きで弱くなったわけじゃねえ。元々、ガキの頃はレベルが80あった。
俺の人生のピークは12歳の頃だったんだろうな。
なんでレベルが高かったかわからない。だが、年を重ねる事にレベルが下がっていった。
帝都の司祭に診てもらっても、病院の先生に診てもらっても、原因がわからない。奇病と言われた。
闘技場に挑戦し始めた時はまだレベルが60だった。そこから緩やかに下がり、昨シーズンから急激に下がり始めた。
……明日は俺の誕生日だってのによ。
ハヤトたちに言ってなかったが、今の俺のレベルは……5だ。
そこらにいる普通の人でさえ、レベル10は超えている。
急激なレベルの減少により、体中が気持ち悪く、痛みが走っている。ステータスの最大HPは残り30もない。
いつもなら言い返すが、今はそんな気力もない。
身体が重いんだ。歩くのさえしんどいんだ。
……パチンコ屋の景品のエリクサー。これを飲むと一時的にレベルの減少が抑えられる。俺の部屋にはエリクサーの瓶が大量に転がっている。
俺はひっそりとパチンコ屋から出て行く。客たちはそんな俺を見て指をさして笑っていた。
「……限界だってわかってんだよ、俺も。だからこの休みにレベルを上げる方法を探す必要があったんだよ……」
俺には時間がなかった。
昨シーズンまでは魔法のバリュエーションと補助に専念して、どうにか戦闘をすることが出来た。レベルも30あったからな。夜中に死ぬほど特訓して、エリクサーをがぶ飲みして対戦に挑んだ。
だが、シーズン終盤からの俺のレベルの下がり方はひどかった。
なにかの動画で見たことがある。レベルドレインの魔法を食らって、レベル0になって死んだ奴を。
……俺のレベルが下がりきったら死ぬ。この世界にレベル0は死を意味する。
「……こんだけ嫌われたら俺が死んでも誰も悲しまねえか」
……一番仲が良かったエストだけは気がかりだ。
死期を悟ったのはいつだろう? 漠然と、このままレベルが下がり続けたら死ぬ、って思っていた。
みんなのレベルが上って喜んでいる中、俺だけレベルが下る。それだけでパーティーのモチベーションは下がる。
いつしか俺は幼馴染たちと距離を取り、自分のレベルを上げる方法を探していたんだ。
夜の帝都を歩く。
元々いつ死んでもいいように荷物を最小限にしていた。
……俺の装備はハウスに置いてきた。あとでハヤトが勝手に売ってくれんだろ。
帝都を出るためにはケロベロス公園を歩く。
懐かしいな、ここに初めて来た時エストと二人でアイスクリームを食べたな。
初めての帝都は緊張の連続で、すごく安らげる時間だった。
ふと、ケロベロス像の前に人影がいた。
「ちょっとユウヤ、パーティー抜けるんでしょ? はぁ、やっとお荷物がいなくなるね。すっごく清々するよ」
「おう、エスト。お前も俺のパーティー追放に賛成したんだよな」
「はっ? 当たり前じゃないの。だってあんた弱すぎるのよ。雑用で十分よ」
エルフと人間のハーフのエスト。俺達のパーティーメンバーであり、一番古い幼馴染だ。
物心つく時から一緒だった。
胸が痛い。なんだろう、この痛みは? 現実を理解しているはずなのに、諦めきれない何かがある。
「なあ、俺の奇病がもしも治ったら――」
「はっ? 現実見なよ。私達はレジェンドの更に上のエンペラー帯を目指してんのよ。パーティーにお荷物を抱えるほど余裕なんてないわよ。それにもしも治ったとしてもまたレベル上げ? 私達に追いつくのに何年かかるの?」
「そっか」
昔は冗談できつい言い方をされた。愛情の裏返しかと思っていた。……。今は違う。本気で嫌がって冷たい言葉を投げつけられる。
『絶対私達で一番になろうね! どんな事があっても一緒だよ!』
思い出の中のエストはもう大人になったんだ。夢を見ない、現実だけを見ている。
エストはうちのパーティーで最強だ。上を目指す事に対して誰よりも貪欲だ。
エストからは怒りを感じられない。ただ冷たく俺を見ているだけだ。
それは諦めに似た感情にも思える。
そんな風な感情を抱かせて申し訳なく思える。
「……ださっ。言い返しもしないの」
ため息混じりのその言葉は俺の心に食い込む。
こいつは俺の子どもの頃の幻想を今も見ている。もう俺は強くないんだ。
エストは俺に向かって歩く。俺を見ていない。前しか見ていない。
俺の肩を強く平手で叩く。昔なら何でもない衝撃なのに、今はとても痛い。倒れそうになるのをこらえる。
やっと見てくれた視線は……、仲間を見る視線ではなかった。
胸が疼く。多分、俺は子どもの頃エストの事が好きだった。だけど、俺達はパーティーメンバーだ。恋愛禁止だ。
「――洗濯物、溜まってるのよ。あんた雑用でしょ。帰ったら仕事しなさいよ」
エストは再び歩く。振り向きもしなかった。
俺は心の中でエストにさよならを告げた。
――多分初恋だったんだよな。エスト、今までありがとう。
俺は街を出ることにした。
****
俺が死んでも悲しむ人はもう誰もいない。
身内と呼べる人間は幼馴染たちだけだった。
人生は人との出会いと別れの連続だ。
例えば、そんなに仲良くなかった村人とはもう二度と会うことは無いだろう。
ちょっとした挨拶が最後の別れだったりする。
俺と幼馴染たちとの別れは終わった。
野宿をして目覚めて、ステータスを開くとレベルは3になっていた。
HPは8だ。……うん? これってエストに肩を殴られてた時にHP減ったんじゃね?
俺の人生ってなんだったんだろうな? レベルが下がり始め、徐々にパーティーの雰囲気は俺のせいで悪くなり、周囲から馬鹿にされる。
どうにかパーティーを良い方向に頑張ろうとしても、うまく行かなかった。
俺のレベルが原因じゃ仕方ねえ。
追放されても文句言えねえ。
選択肢は二つだ。このままひっそりと暮らして死んでいくか、レベルの減少を食い止めるために他国へ行ってみるか。
「諦めねえ。一人で旅が出来るかわからねえけど、まだ俺は生きているんだ」
もうパーティーには戻れないけど、諦めの悪さが俺の原動力となっている。
帝都郊外の山、ここは低レベル向けの魔物が出る場所であり、他国を行くためには通る必要がある場所。
「貿易が盛んな自由都市を目指すか。徒歩だと二週間はかかるか……」
俺が帝都内で死ぬと、英雄登録所に自動的に死亡の通知が行く。闘技場の英雄は管理されているんだ。
国を出たらその影響は受けない。
元パーティーメンバーたちに重荷を背負わせたくない。万一でも追放のせいで俺が死んだと思われても困る。あいつらには上に行ってもらわなきゃ。
ムカつく幼馴染たちだけど、大事な思い出だ。
「ていうか、マジで今魔物が出たら一発で死ぬな」
ここの低級魔物はゴブリンだったり、コボルトや野犬だ。
正直、一般人でも倒せるレベルだ。今の俺には逃げるのが最善だ。幸い、逃げることは得意だ。
「さて、進むか……、ん? なんだこの音は?」
上の方から戦闘音が聞こえる。この深夜の時間に訓練に出ている英雄はほとんどいない。
一般人は深夜にはこの山に入らない。
先を進むと――
「な、なんでウェアウルフがここにいるのよ⁉」
「し、知らんのじゃ! プリム、我を守るのじゃ!」
「きゃっ!!」
「くそったれじゃ! 頑張るのじゃ!」
木々に隠れながら観察すると、小さな子どもを守るように女の子が戦闘をしていた。
……あれはヤバい。見た感じだとレベルは15程度。ゴブリンの群れ程度なら問題ないが、ウェアウルフはレベル20前後のパーティーが必要だ。
ウェアウルフだけじゃねえ、コボルト数体集まってきやがった。
囲まれている。女の子はジョブ持ちだ。多分タンク系の職種。かろうじて耐えている。
俺の心臓の鼓動が早くなる。このまま見過ごして山を抜けることは出来る。違うルートを通ればいいだけの話だ。
足が震えている。だけど――
――最後が人助けならいい人生だ。
レベルが落ちたとしてもこれまで培ってきた経験はなくならない。固有スキルも存在している。
頭をフル回転させて戦術の構築を開始する。ほんの一瞬で俺は魔物の行動予測を終える。
――最後まで持ってくれよ、俺の身体。
「おい、ちびっこ達!! 俺のスキルで一時的にお前のレベルを向上させる。パリィで弾いてウェアウルフが怯んだ隙に後ろに下がって逃げろ!! 俺が道を作る!」
「え、だ、誰ですか⁉」
「いいからウェアウルフの攻撃に集中しろ!!」
極小の威力の炎魔法でコボルトたちをひるませる。あいつらは炎が嫌いだ。
女の子がうまいことパリィを成功させる。そして、コボルトの群れを突破することができた。
俺と女の子が交差する。
そこで、女の子が倒れてしまった。
「に、逃げてください。わ、私、もう限界で……」
「プリム⁉ 足を怪我したのか! う、うう……、せっかく抜けられたのに」
コボルトの群れとウェアウルフの視線が俺に向く。
プリムと言われた女の子の足にはコボルトの牙が刺さっていた。最後の力を振り絞った撤退だったんだ。
どうする、どうする、小さな女の子は泣きながら怪我したプリムに抱きついている。
心がすっと平静になった。
レベル3、エストに削られたHP。一撃でも掠れば俺は死ぬ。だが、少しでも時間を稼げればこいつらの生存確率が上がる。
ならやるしかねえな。
「おい、ちびっこたち! お前らは這ってでも逃げろ! 俺が時間を稼ぐ」
そして、俺の最後の戦いが始まった――
***
ウェアウルフは知能が高い。
俺が弱いって理解している。そんなウェアウルフが首をかしげていた。
俺がいつまで経っても死なないからだ。
「くそっ、マジックアイテムを持ってくりゃよかったぜ」
悪態を吐きながらも俺はコボルトの集団を的確に討伐していく。
なけなしの魔力は魔法剣を固定するのに全部使ってしまった。
小さな魔力の剣でコボルトの急所を的確に突く。レベル向上のスキルは自分には効かない。
ギリギリのラインでコボルトの攻撃をかわす。頭が冴え渡っている。多分、死ぬ間際の一瞬の輝きだってわかっている。攻撃が目視で全て見える。身体が追いつかない。自分の身体能力を頭を一致させる。
こんな魔物に苦戦した事なんてなかった。死んでもいいと思った。だが、今俺が死ぬと後ろにいる女の子たちも死ぬ。
女の子たちが逃げられているか確認する余裕はない。
俺は最後のコボルトの頭を貫いた。
ウェアウルフが笑うように咆哮をあげる――
獲物を狙い定める目。
圧倒的な戦力差。
残りHPは1。
だけど、満足だ。これだけ時間を稼げたら女の子たちは逃げられだろう。
悔いはない。どうせ死ぬ運命だ。
「なんじゃ、この懐かしい感じは……? もしや、ぬ、主は神の子⁉ あ、諦めては駄目じゃ! 足掻くのじゃ!! ええい、『理修復』」
おいおい、なんで逃げてねえんだよ? 俺、もう動けねえぞ?
後ろを振り向くと、小さな女の子が俺に向かって何か詠唱をしていた。
その間にもウェアウルフは俺に迫り、振り上げられた爪が俺の身体を引き裂こうと――
その瞬間、俺の身体の中の何かが暴れた――
『レベル0、HP0、死亡、パーティー付与経験値消失――女神のスキル発動、理修復、魂の再構成発動、復活――レベルNull、この戦闘での経験値を戦闘力数値に変換』
一瞬、魂が身体から離脱したような気がした。上空から俯瞰して自分とウェアウルフを見た。それもすぐに収まって、俺はウェアウルフと距離を取る。
ウェアウルフの爪は身体に重症を負わせるだけにとどまった。
頭がフル回転に作動する。力が少しだけ戻っている⁉
わけわかんねえけど十分だ。
魔力が身体にいきわたる。魔法剣士としての矜持が俺を突き動かす。
ありったけの力を込めて魔法を放った。
「ぎゃふんっ⁉」
油断して笑っていたウェアウルフの口に炎が着弾する。そして、魔法の剣を押し込めた――
……
…………
………………
「死ぬかと思った……」
地面に大の字になって倒れた。力を全部使い切った。死ぬかと思ったのに死ななかった。
眼の前に変なパネルが浮かんでいる。
ステータス? 強さが可視化しているのか? レベルの項目がない……。
通常、英雄たちは念じれば自分のレベルのみ確認できる。帝国技術者の長年の研究により、ジョブ毎にレベルが上がった時の強さが固定されていると判明している。
だから、レベルが高ければ高いほどこの世界では強者とされている。
ただ、同じレベルでも装備とスキルによって個々の強さは変わってくる。
俺のスキル、『他者のレベルを2上げる』はとても強力なスキルだ。それもありレベルが落ちたとしてもギリギリまで追放はなかったが……。
鑑定水晶でも現在の技術では各々の細かい強さは不明だ。可視化されていない。
――しかしこの数字は一体……? 念じてもレベルが出てこない。まるで存在していないようだ。英雄としては異常だ。
ちびっこたちが俺の顔を覗き込む。
「……助かったのじゃ、礼を言うぞ。ありがとうなのじゃ」
「あ、ありがとうござます! その、だ、大丈夫ですか?」
俺は立ち上がり軽く手を振る。
「ああ、身体は大丈夫だ。ていうか、訓練なら最低でも四人いねえとあぶねえぞ。子供は家に帰れ」
そう言いながらも俺はパネルを確認する。よくわからないが、とにかくレベルの減少は無くなったんだ。
「……パーティー、戻れるかもな……、あっ、無理だ」
俺は離脱届けに魔力印を押した。あれは重要な書類だ。一度離脱したパーティには戻る事が出来ない。そうしないと、パーティー間でスパイが増えるからだ。
……どうせ戻った所でお荷物で嫌われてるしな。
「なんじゃ、お主大人なのに泣いてるのか?」
「別に泣いてねえよ」
「まあよいのじゃ。……ぬしのパネルを見せるのじゃ」
「はっ? お前にこれが見えてんのか? ていうか、お前これが何か知ってるのか⁉」
「ふむ、我はクリス、この世界の大いなる神々の一端である女神なのじゃ!!」
「はぁ……、子どもの遊びか」
「クリスちゃん、知らない人にいつもの冗談言っちゃ駄目だよ! え、えっと、私はプリムです。ジョブ重騎士でレベルは13です! あ、あの闘技場のユウヤさんですよね! い、いつも動画配信見てます!」
「お、おう……」
「待つのじゃ! 我が大切な話をしてるのじゃ! よいか、主は一度死んだ。我の女神の力で蘇り覚醒したのじゃ。といっても、下界落ちした我の力はちっぽけじゃ。ほんのちょっとのきっかけを与えたに過ぎない」
「すまん、訳わかんねえ。確かにおかしな状況だが……、ちょい待ち」
パネルの隅っこには称号というものがあった。そこには――『女神の子』というものがあった。
普段の俺ならこんな冗談信じねえが、俺のレベル減少が回避された。
と、その時パネルから通知が来た。
『クリスからパーティー申請が来ています。許可しますか?』
「ポチッとな! これで主は我の友達――、や、信者なのじゃ!」
クリスと名乗るちびっこが俺のパネルを勝手に操作しやがった。
「お、おい、何してんだよ! パーティーは一度加入したら……、っておい、お前泣いてんのか?」
クリスと名乗る小さな女の子が泣いていた。
「……ひっぐ、やっと、やっと、我の仲間が見つかったのじゃ。天界から追い出されてホームレスになって5年、やっとなのじゃ……。元の場所に戻るためには闘技場を制覇しなければ……」
なんだ、お前も追放されたのか……。
プリムを見ると苦笑いをしていた。だが、真剣な表情でもある。
「えへへ、私も家から追放されたんですよ。……ごめんなさいね、あの、私からもお願いがあります。その……、私達に闘技場の戦い方を教えて下さい!」
「お願いなのじゃ、友達……信者になってほしいのじゃ……」
二人は俺の胸にすがりついてきた。なんだって言うんだ? この状況は?
……はぁ、どうせ一度死んだ身だ。
「とりあえず街に戻って話そうぜ。状況はわかんねえけど、何かの縁だ」
俺がそう言うと二人は顔をぱあっと輝かせた。
なんだか悪くねえな。昔の自分と幼馴染を見ているようだ……。
***
多分この出会いが俺の本当の始まりであったのだろう。
二人を助けたと思ったら、逆に死ぬ運命の俺を救ってくれた女神を自称するちびっこクリス。
天然ボケでぽわぽわしている重騎士プリム。
そして、レベルという存在がなくなった俺は新しい力を手にした。
経験値を直接ステータスに割り振る事が出来る力。
これは追放された俺達が成り上がる物語になるだろう――
***
聖騎士エストサイド
なんかイライラする。
超高位ギルドに加入する事が出来たのにうまく行かない。
「ちょっとハヤト、なんであそこで攻め込んだのよ? あそこは守備に徹して私の攻めを待つ所でしょ、バカ!」
「なんだと? そもそも貴様の指示がクソなんだ。それになんだその装備は? 相手パーティーは氷属性だぞ? なぜ弱点である炎属性の装備をしているんだ。バカはお前だ」
「おい、二人共やめろ! ……サクラが怯えているわ」
「は、はぃ、だ、大丈夫ですぅ(責任のなすりつけ合い、マジでガキなの⁉)」
私達の新しいメンバーサクラ。ジョブはユウヤと同じ魔法剣士。レベルは45。チャレンジャー帯としては十分なレベル。なのに……、何か物足りない。
「サクラもダメダメよ。なんであそこで攻撃魔法かけないの? ていうか、後ろに引っ込んでないでもっと攻めてよ。剣使えるんでしょ? ユウヤなら――」
「やっ、ま、魔法剣士は補助メインのジョブで、その、攻撃力は低いですぅ……(うわぁ、パワハラクズ思考だ……)」
ユウヤは違った。全体を見通して、戦術を練り適切な指示を飛ばしてくれた。必要な時に必要な行動を適切に行う、コマンダーとしての役割を果たしていた。
それに、相手パーティーの特性をあらかじめ調べて戦術を構築する。
一撃必殺の技も持っていた……。
……くそ、歯がゆいわね。
レベルが私達と同じ時のユウヤは圧倒的に強かった。剣はマリを凌駕し、魔法はハヤトよりもうまく使いこなし、私が落ちた時は回避タンクとして活躍してくれた。
「魔法剣士は何でも出来るのが売りでしょ? あんた言い訳してんじゃないわよ。……これじゃあギルド対抗模擬戦で笑われるでしょ」
確かにユウヤはすごかった。それも過去の話だ。レベルが落ちたユウヤは……、ん?
レベル30でも弱いなりにチャレンジャー帯で戦えていた? ……もしかしたら、それは異常な事じゃないの?
私は頭を振ってユウヤの事を忘れるように務める。
それでも初恋の子どもの頃の思い出がこびりついて離れない。
それは捨てたんだ。私は闘技者としての栄光を選択したんだ。
ハヤトがハウスのリビングの机を叩く。
「ユウヤの話はやめてくれ。あいつは弱くなったから追い出したんだろう。お前のコマンダーとしての適正が低いんだ。俺がコマンダーになる」
「はっ? 喧嘩売ってんの?」
気まずい沈黙がハウスに広がる。
非常にまずい。連携さえもままならない。
マリがため息を吐いていた。
「ハヤト、あなただと力押しになるわ? やはりコマンダーはエストが適任だわ。……こんな時にユウヤがいてくれたら、意見だけでも……」
「マリ、あんた未練あるの? 好きだったの? やめてよね。はぁ、今日は解散よ。 ていうか、洗濯溜まってんだけど? ハウスも汚いし……」
マリが玄関先を見つめながらポツリとつぶやく。
「……なぜユウヤは帰ってこない。あいつの荷物と装備はそのままだわ。……パーティーは抜けたもらったけど、雑用として働くんじゃなかったの? エスト、公園でユウヤに伝えてくれたんでしょ?」
ユウヤが抜けた時、三人で話し合って雑用としてハウスで雇用するという話に固まった。ハヤトも渋々了承してくれて私がそれを伝えるはずだった。
「……え、えっと、多分、すぐに戻ってくるわよ!」
二人の視線が冷たい。……あの時自分が何を言ったか覚えていない。
どうせすぐに戻って来ると思っていた。
だから、どうでもいいと思った。
弱くなったユウヤを見てイライラしていた。
「まあいい、それよりも少し問題が起きた。何故かわからないが俺のレベルが減少していた。……今の俺はレベル49だ。これ以上下がることは無さそうだが、非常にまずい」
「え、ハヤトも? わ、私もレベルが下がったわ」
「……そっか、やっぱり、私のレベルは51よ」
この世界はレベルが全ての強さを決める。レベル50から一つ上げるのにも莫大な経験値が必要。
私達はレベル60付近だった。50と60では雲泥の差だ。
「ユウヤのスキルは一時的にレベルを上げるものだから関係ないはずだが……、確かに俺達のレベルアップは他の英雄よりも随分と早かった」
「ああ、わたしたちは最年少でレベル60になった」
私達が重苦しい空気の中、深い思考の渦に飲まれていると、サクラが声を上げた。
「あっ、今朝のニュースですよ! 英雄情報が出てます! えっと、来シーズンの注目英雄は……、えっと、次は死亡英雄……えっ? ユウヤさん?」
私達の視線が一斉に水晶テレビに向けられる。
そこには帝国英雄の死亡発表が映し出されていた。
『――元女神の剣、ユウヤ・ホーネストさん、帝都近郊の山で死亡発信確認――』
「死んだか……、ふん、あんな山の魔物ごときに」
「ユウヤが死んだ? う、嘘だ、あいつが死ぬわけないわ! ま、まだ荷物があるのに……、え、なんで、ユウヤ」
現実感が無い。視界がぼやけて滲んでいる。ユウヤとの数々の思い出が走馬灯のようによぎる。
最後に合ったケロベロス公園……、わ、私が、あの時、止めていれば――
よろよろとテレビに近づく。死亡情報はとうに終わり。
ニュースキャスターが来シーズンの闘技場の予定を読み上げる。
違う、私達はユウヤを要らない選択肢を取ったんだ。
ユウヤはシーズンが終わってからどのくらいレベルが下がったの? なんで言ってくれなかったの?
「違う、わ、私達のせいじゃない……。私達は悪くない。弱くなったユウヤがいけないのよ……」
ふと、殺気を感じて振り向いた。怒りに満ち溢れたマリが私に向かって剣聖のスキルを放とうとしていた。
「エ、エスト!!! 私達の罪を受け入れろ! 私達が……殺したも同然だわ……」
「ふん、お荷物の事などどうでもいい。エストの言い分が正しい」
……そうよ、私達は悪くない。悪いのは弱くて死んでしまったユウヤ。
だから――
「……マリ、落ち着いて。亡くなったユウヤのためにも私達が闘技場のトップを取るよ。……絶対に……絶対に……」
私にはもうこれしか無い。何がきっかけで、なんのために闘技場のトップを目指してるかなんて忘れてしまった。
『一緒に闘技場頑張ろうな! 俺とエストなら絶対行けるぜ! え、えっと、その時は……け、結婚、式あげような』
くだらない戯言。約束も守れない男。
私は胸の奥に抑えていた淡い恋心が殻を突き破った。
それは辛い痛みを伴い、私の身体を蝕む……。
あっ、そっか、私、本当にユウヤの事が好きだったんだ。知らなかった、気が付かなかった……。
「もう……、この世に、いな、い……」
抜けない棘が私の心に食い込んだ――
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