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【仮題】ニエンテ・バチ  作者: 仮名
1/1

ぼくと人魚

ぼくの名前は海松人(みると)

ぼくは休みの日、海岸に出かけていった。一人で。まだ海水浴シーズンじゃないから、だーれもいない。ぼくは砂浜で、貝殻を拾った。夢中になって拾っていたら、目の前にいつの間にか女の子がいた。ぼくと同じくらいの年みたいだ。


「ねえ、それ入れる袋、ほしいでしょ」


その女の子は言った。


「これ、あげるよ」


彼女は、ぼくに、ビニール袋をくれた。


「え、あ、ありがとう・・・」


「自分の分は、あるから」


女の子も、貝殻を拾いだした。


ぼくたちは競うように貝殻を拾った。


たくさん拾って、ぼくはもう帰ろうかな、と思った。女の子が、ぼくのところに来た。


「見せて」


ぼくは女の子に貝殻の入った袋を渡して、彼女はぼくに彼女の袋を渡した。


「見ていいよ」


ぼくは彼女の集めた貝殻を見てみた。


「これ、もらい」


女の子が、ぼくの袋から、ぼくのいちばん気に入っていた、桜色のハート形の貝殻を取った。


「えー」


ぼくは不満を漏らした。


「だって、袋あげたでしょ。きみも、その袋から、なにか選んでいいよ」


仕方ないから、ぼくはいちばんきれいな貝殻を選んだ。


LINE、訊いてみようかなあ、ぼくはそんなふうに思った。


「わたし、スマホ持ってないの」


女の子がそう言ったから、ぼくはえっとおどろいた。


「(わたし)いつもここで遊んでる」


どういう意味だろう、またここで会おうってことだろうか。


「ぼく、帰らなきゃいけないから」


ぼくは彼女が気になったけど、家に帰った。家に帰って、机の上に拾った貝殻を並べた。それから彼女が拾って、交換した貝殻を眺めた。あの海岸に行けば、また会えるんだろうな。ぼくたち、付き合っちゃったりして。ぼくは一人でニヤけた。それから、鏡の前に立って、髪を撫でつけたり、ポーズを取ったりしてみた。


翌週の土曜日、海岸に行ったら、彼女がいた。ぼくはちょっとどきまぎしたけど、やあと言ってあいさつした。


「わたし、人魚なんだよ」


しばらく話してたら、女の子がそう言ったから、イタいなあ、なんだ、中二病か、と思って、がっかりした。


「ぼく高一だけど、きみだってさ、高校生なんだろ」


中二病は卒業しろよ、という意味でぼくはそう言った。


「ううん。人魚は学校行かないよ」


なるほどな、不登校で、現実逃避して、自分は人魚だなんて言ってるんだ。カワイソーなやつ。変人だな。


「じゃあ勉強どーしてんの」


「独学に決まってんじゃん」


「大学は、行くんだろ」


そう訊いたら、うん・・・と答えた。やっぱり人魚でもなんでもないじゃないか。当たり前だけど。


「今度、一緒に勉強しようか」


ぼくは、勇気を出して言ってみた。


「ここでね」


女の子は言った。


「人魚は、海を離れては生きられないのよ」


どっかで聞いたような台詞だ。やっぱり中二病なんだな。


「教科書とか、参考書とか、濡れちゃうし、机もないし」


ぼくがそう言うと、女の子は、下を向いている。


「じゃあ、勉強しなくていい」


女の子は、そう言った。


どうしようかなあ、この子、ちょっとめんどくさいなあ。


「志望校とかさ、どのへん? ってゆーか、何才?」


「ひみつ」


「15? 16? ちがう? じゃ、17? ちがうの? じゃ、18?」


女の子は、下を向いて、答えない。


「もしかして・・・大学生じゃないよね?」


女の子が、視線をずらした。えっ・・・大学生かよ。


「大学生でさ、高校生相手に、自分を人魚なんて言ってさあ、超イタくない?」


女の子は、唇を噛んでいる。


「だってさ、きみも、大学生くらいに見えたもん」


女の子はそう言った。それは、わかる。ぼくは背が高くて、未成年には見られない。いつも成人に間違えられる。


「じゃあさ、勉強教えてくださいよ・・・センパイ」


ぼくはわざとそう言った。


「やだね。ってゆーか、ガキとは遊んでやんない」


なんかこの人めんどくさいなあ・・・。


「もしかして・・・友だちいないんですか?」


女の子は下を向いている。図星かよ。あーあ、めんどくさい女と知り合っちゃったなあ。だけど、まあまあかわいいんだよなあ。


「大学生なら、スマホくらい、ほんとは、持ってるんですよね、LINE、交換しましょうよ」


女の子は、しぶしぶ、という感じでスマホを取り出した。やっぱり人間じゃないか。スマホ持ってる人魚なんているわけない。


それから、ぼくたちは毎週その海岸で会って、話をした。ある日、ぼくがキスしようとしたら、突き飛ばされた。


「ニエンテ・バチ!(イタリア語で、キスはなしという意味)」


女の子が叫んだ。


「わたしはキリスト教徒なんだからね!」


女の子は、胸元から十字架のネックレスを取り出した。


いや、何語? 意味がわかんないんだけど。ぼくは吸血鬼かよ?


「それにあんたまだ子どもなんだから、ありえないっつーの」

「ニエンテ・デ・ニエンテ!」


それから彼女は十字を切って、ぶつぶつ何か唱えだした。これ、ガチなやつだ・・・。


「わたしは結婚するまで、接吻はしません!」


なるほどね・・・。じゃあ、あと二年待って、そしたら結婚しようよ、とぼくは言った。


「はあ? ありえない」


彼女はそう言った。だけどそれから、考えこんで、


「あんた、・・・経験、ないよね?」


これにはびっくりした。正直、まだないけど・・・。


「ねえ、ないんでしょ?!」


「ないです!!」


ぼくは勢いにおされて真実を言った。


「なら、よし。結婚してあげる」


いったいどういうことなんだ?


「キリスト教では、純潔が尊いの。だからあんたもわたしも尊いの。清いの。清い者同士で結婚するのがいちばんなんだよ!」


な、なるほど・・・。


「だけど、16なんて、子どもすぎるっつの」


女の子が、そう言った。


「だけど、いいよ、二年、待ってあげる」


これから、ぼくたちどうなるのかなあ。だけどぼくは、彼女がすきなんだ。


ある日彼女が言った。


「海に帰るから、しばらく会えないよ」


えっ。まだその設定続ける?


「いや・・・なんかほかの理由があるんですよね」


「・・・海の外に行くの」


海の外・・・。そうか。


「海外ね」


彼女はうなずいた。なるほど。だから外国語たまに話してたんだ。


「帰ってきたら、結婚できるよ」


彼女はそう言ったけど、ぼくは悲しくなった。現地でほかにすきな男ができるかもしれないじゃないか。


「心配いらないよ」

「今は、LINEがあるでしょ」


「でも・・・」


「ごめんね」


彼女は海外に行ってしまった。写真が送られてくる。ヨーロッパのお城に、彼女が佇んでる。


ぼくはただ、勉強をがんばった。ぼくも彼女の国に、留学することにした。


空港に、彼女は迎えに来てくれた。それから、彼女のアパートに、ぼくたちは荷物を運んだ。


「会いたかった」


ぼくがそう言うと、彼女の目に涙が光った。ぼくたちはだきあったけど、それ以上何もしない。結婚までは「ニエンテ・バチ」「ニエンテ・デ・ニエンテ」だ。ぼくもイタリア語を少し覚えた。


ぼくたちはすぐに結婚した。


ヨーロッパでの新婚生活はロマンティックだった。


彼女は、ここで書き溜めたという、自作小説を見せてくれた。


彼女の小説はこんなふうにはじまる。


ローラ、という名の少女がいた。


マダム・マリーの店にローラは通っていた。


時折ローラは店で踊った。


「彼女はだれなの?」


客たちはマダム・マリーに訊いた。


アントニオという少年もまた店に通っていた。


アントニオはローラに尋ねた。


「きみの名前は?」


「ローラ」


「ぼくはアントニオ」


今度一緒に聖地に行かないか、とアントニオはローラをさそった。


わたしあんまり信心深くないから、とローラ。わたしには似つかわしくないと思うの。


そんなこと、とアントニオ。


ぼくはきみと一緒にそこに行きたいと思ってる。おばあちゃんの腰痛を治したんだよ。


わたし、わるいところなんてひとつもないもの。


じゃあ、ぼくが首席で卒業できるよう、きみにも一緒に祈ってほしい。


そんなこと、あなたの頑張り次第でしょう。


だったら、あそこにはたくさん花が咲いているから、それを見に行こう。


ローラには詩人の姉がいた。今度自叙伝を出版するというので、その執筆をしていた。


獅子座のはなやかなローラとは対照的に、乙女座の姉は地味でつつましやかだった。


タイプライターに向かう姉は無愛想だった。


お姉様、今度わたし、ピンナップ写真を撮らないかって言われているのよ。


姉は妹にあわれむような視線をくれた。


あなたが肌もあらわに踊っているのを撮らせるのかしら。


粗末なブラウスを着た姉はそう尋ねた。


男たちが、あなたの写真を見ると思うと、ぞっとする。


わたし、いくらでも脱げるんだから。


ヌードだけはおやめなさい。布を身につけていなくてはだめですよ。


わたしだってお金を稼がなくてはいけないでしょう。仕事が必要だと思うの。


ローラは自分の胸を自慢にしていた。そして窒息しそうな地方から、その「秩序」から、抜け出したいと願っていた。


妹が自分のプロポーションを誇るのは自由だと姉は自分に言い聞かせた。


布さえ身にまとっていればいいんだから、と。


妹は日焼けして小麦色の肌をしているのとはまた対照的に、姉は家にこもってばかりいるので青白い肌をしていた。


もうすぐ完成しそうなの、姉はつぶやいた。


だれが姉さんの人生になんて関心を持つかしら? ローラはそう思った。


そして姉の部屋の書棚をながめた。


ある日姉が散歩していると、「路上のジェントルマン」に行きあった。姉はいくらか施しをした。


姉は自分の外見にそれほどかまってはいなかった。いつでも質素に装っていた。派手ずきなローラとは反対に。化粧っ気もなかった。


アントニオがローラをさそった「聖地」に、姉もやってきた。


ひざまずいて祈っていると、雨が降り出した。


そこへ青年がやって来た。アントニオだった。


「この傘を使ってください」


「でも・・・」


「ぼくはここから近いんです」


そう言ってアントニオは雨の中を走り去っていった。


翌日、姉が傘を持って聖地で待っていると、アントニオがやって来た。ひざまずいて、祈っている。


「こんにちは」


祈り終えてアントニオが挨拶した。


「こんにちは、昨日はどうもすみませんでした」


姉は傘を差し出した。アントニオは受け取った。


磔の像のかたわらで、ふたりは語り合った。


喉が乾きませんか?


アントニオが尋ねた。


そうですね、姉は答えた。


マダム・マリーのお店を知っていますか? あそこに行きましょう。


姉は思わず顔をしかめた。マダム・マリーの店、ローラが踊っているという、あの・・・。


知っているんですか?


いえ、よくは知らないんです。


では、行ってみましょうよ。


二人はマダム・マリーの店に向かった。


マダム、こちらはセーラ、昨日あの聖地で知り合ったんだよ、彼女、詩人なんだ。


こんにちはマダム。


こんにちは詩人さん。


レモンティーをお願いします。


アントニオは?


ココアをお願いします。


あなたはお酒を飲まないのよね? セーラは訊ねた。


そうなんだ。ぼくは飲まない。きみもだね?ぼくたちはなんて敬虔なクリスチャンなんだろう! そう言って、アントニオは笑った。


変人同士とも言うわね、マダム・マリーはほほえんだ。ここは酒場なのよ?


アントニオはたいへんな弁舌家だったので、セーラ、そしてマダム・マリーは聞き役に徹していた。


きみの詩を読みたいよ、明日持ってきてくれないか。


セーラははずかしい、と謙遜した。


でもきみはもう出版しているんだからね!


ところで、きみのそのペンダントだけど、そのロケットには何が入っているの?


アントニオはセーラの胸元のペンダントを示した。


ああ、これ?


セーラは黙って首を横に振った。


ということは、マリア様やイエスではないわけだ。


そしてきみは人知れずそのペンダントにくちづける。


セーラはあいまいにほほえんだ。


行方不明のこどもがそこで見つかったから、あそこは聖地として名高い、それはみんな知ってるよね、でも知ってた? その行方不明のこどもって、ぼくだったんだよ。


アントニオが愉快そうに笑った。


まさか。


セーラとマダム・マリーはアントニオをしげしげとながめた。


たしかにあれは十五年前のことだわ。


マダム・マリーがつぶやいた。


セーラはその頃を回想した。彼女もまだ幼かったから、両親があの「事件」の時、戦々恐々としていたのを覚えている。「聖地」で少年が見つかって、安堵の涙を流していたことも。ローラはまだ生まれていなかった。


夕陽が店に差し込んでいた。もう帰らなくちゃ、お会計を、とセーラが立ち上がった。送っていくよ、とアントニオ。


さっきの話、ほんとうなの?


帰途、セーラがおずおず尋ねた。


ぼく、もう行かなくちゃ、また明日!


夕陽と手を振って去っていくアントニオがセーラにはまぶしかった。


セーラとアントニオはあるときは「聖地」で、またあるときはマダム・マリーの店で、親交を深めていた。


かれらは「付き合う」ことにした。


しばらくして、アントニオは二の腕にタトゥーを入れた。Sと彫られている。家族になってくれないか、アントニオが訊ねた。そびえたつ塔の上だった。天文台だった。ダイアモンドの指環がささげられていた。セーラはうなずいた。二人は唇をかさねた。二人の婚約パーティがマダム・マリーの店で開かれた。ふたりは神が引き合わせたのよね、マダム・マリーはほほえんだ。アントニオの行方不明の真相は臓器売買目的の誘拐ではないか、という噂があった。新鮮な幼児の臓器を。客たちは討論を交わした。じつは行方不明になった子どもと聖地で見つかった子どもは別の子どもで、入れ替わっている、という噂を話すものもいた。ある男がアントニオの隆とした胸を見て言った。その胸肉を俺に売らないか? アントニオは当惑してその場を離れた。


かれらは結婚した。式ではぎこちないキスをした。アントニオはまだ学生だった。喝采が二人をつつんだ。


パーティではハープやハーモニカなどの楽器の演奏と合唱が行われた。豪勢な料理が振る舞われた。それは豪華だった。尊大な村長も出席していた。舞台では喜劇が演じられていた。


一方、ローラはある日指に棘が刺さり、それ以来家に閉じこもっていた。ベッドで一日中過ごす日もあった。


セーラがローラをマダム・マリーの店に連れ出した。ローラは請われて踊った。


ぼくと一緒に踊ってくれませんか?


少年に誘われてローラは二人で踊った。


十二時が近づき、セーラは少年と踊っているローラを家に返すため店の外に連れ出した。


もう遅いから帰らなきゃだめよ。


小説はそこで終わっていた。書き途中らしい。


「すごいじゃん。小説家になるんだね」


「わからないよ」


彼女はつぶやいた。

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