招待状のない二人
黒野はフィギライトを構えてシェトマに詰め寄っていた。
「あなた方がやろうとしていることは『保護』なんかじゃない。ただの自己満足です」
シェトマの、ゼツボウの理念を知った黒野。
『ハードレム・スレイク』を手中に収め、世界各地にある『スレイク』の脅威による神々への高圧的な牽制。
黒野は神々に牙を剥くことは人類にとって最たる悪手だと必死になる。
「なるほど……。残念です。理解してもなおそう仰られるということは、そもそもの倫理観が違うようです」
シェトマも黒野の説得に失敗したことを認めた。
そして、これはつまり交渉決裂。ゼツボウとしては強行手段への移行を意味する。
シェトマは白いフィギライト銃を手にした。
「『覚醒』している方と本気で一戦交えるのは久しぶりです」
どうやら今度はシェトマもフィギライトとしての戦い方で攻めてくる様子。
「何がそこまであなた方を突き動かすんですか……」
悲しそうに呟きながら黒野も真っ黒に染まったフィギライト握り直す。
戦闘は、シェトマの攻撃から唐突に始まった。
「容赦は出来かねますので、先にご了承頂けると幸いです」
そう言いながらシェトマは自身のフィギライトについているシリンダーを規則に沿って回転させ、小さな魔法陣をフィギライトに纏わせる。
その後、自身の後方、右方、左方、前方に一発ずつ弾を撃った。
しかし発されたのは発砲音のみで、弾が壁などに当たった気配はない。
黒野は弾丸の軌道が普通には読めないと判断し、素早くフィギライトを操作する。
【1015003】『マーブリング』!
黒いフィギライトから半径一メートルほどの範囲に空気で出来た白色の薄い膜を張った。
シェトマはフィギライトのシリンダーを回して余裕を見せる。すると同時に黒野の正面方向に展開された空気の層の一部が、まるで水面に絵の具を一滴落としたかのような模様を写し出した。
そしてその模様の中心からプラズマの弾丸が射出される。
「くッ!」
黒野は体勢を変え、右腕すれすれを透明の衝撃波が勢いよく通過。
「素晴らしい!敵ながら賞賛に値する動きです!」
シェトマはそう言いながら黒野に向かって床を蹴り急接近し、黒野の左を通過する間際にシリンダーを軽く回す。
直後、今度は黒野の左にある空気の層に渦模様の反応。
「こっちか!」
黒野は咄嗟に屈み、すんでのところで頭上を抜ける弾丸。
「やはりそう簡単にはいきませんか」
余裕そうに黒野の背後に立ち、背中を向けたまま再びシリンダーを回すシェトマ。
自身の後方の層の反応を察知した黒野は屈んだ身体をそのまま床に付けて左に向けて転がる。
黒野がつい先程までいたはずの場所の床に焦げ跡がつく。
「おや、なるほど。視界は関係ないということですか」
「……ぼ、僕が簡単にやられるとは、思わないでください」
二階で戦っている英也と鉄仁を思い浮かべて、より一層の気合いを込める黒野。
黒いフィギライトは攻撃の準備を始めていた。
「……カフか。見りゃあ分かんだろ?あとはトドメ」
「『覚醒』してないならただの一般人。エレガントに欠けるとは思いませんか?」
気絶して倒れた鉄仁の脳天を狙っていた青い銃のフィギライトは、その引き金を引く極わずかな間に照準をずらされた。
「優雅かなんか知らねぇが、こいつらはフィギライトを持ってる。俺らにとって都合の良い奴らじゃねぇことは確かだろ」
男はカフの手をフィギライトから退かせる。
「グェン、君はことを急ぎすぎです。我々が目指す先に、彼らが存在できると考えられますか?」
「……」
鉄仁に向けたフィギライトをホルスターに仕舞うグェン。
「ボスは必ず成し遂げます」
「……うるせぇ」
「あぁそうそう。先程もう一人、向こうで会いましたよ」
カフはわざとらしく思い出した風を装って応接室の方面を指差す。
「向こう?応接室じゃねぇか」
「えぇ。まぁ詩音さんと将斗くんがいますから」
「任せたってか?フン、気楽なもんだ」
カフの見せる余裕の表情に嫌気が差すグェン。
「そう言う君も特に焦っているように見えませんが」
「将斗がいんだろ。なら俺の出る幕じゃねぇ」
「おやおや」
二人は鉄仁を放置したまま階段を上がって行った。
二人の女子高生が廃校舎の校門で悩んでいた。
「うーん、どう思うよ海花っち」
「そうね……ここ、やばい」
「だぁよねぇ」
英也たち三人を探しに来た海花と緑川。
途中で鉢合わせた無相が走って来た道を進んだ先には、いかにもな雰囲気のする廃校舎があった。
「さっきの音、多分あれ銃だよね」
海花も緑川も、この廃校舎からはっきりと銃声を耳にしていた。
「ガチビビりぴえんの助」
緑川は案外平気なのかもしれない。
状況証拠からすれば、三人はこの廃校舎にいる。
「行くっきゃないね」
「マ?しゃーなし」
玄関と思われる箇所から建物に進入した二人。
入ってすぐ、廊下に響く声を耳にした。
「ん?誰か喋ってるね」
「うーむ、どなたの声じゃい?」
声のする方へ足を運ぶ。
段々と大きくなる声に耳を傾けながら、ゆっくりと前進する。
そして曲がり角にやって来た。
「ちょい待ち海花っち。あーしが見てくる」
緑川が偵察しに少し前に出た。
「ど、どう衣奈ちゃん。英也くんたち、いる?」
「……わーお」
緑川は驚いた表情で海花を見る。
「な、何があったの?」
直後、廃校舎に入る前にも耳にした破裂音。
「ッ!?」
「ひっ!」
思わず声に出てしまい、咄嗟に角の壁際に隠れる二人。
「……バレてない?」
「どーだろ……ち、ちとこりゃヤバめかも」
緑川の顔にも緊張が漂い始める。
「さっき、何が見えたの?」
海花は緑川が偵察で見た光景が気になっていた。
「……白いオジさん?あとうちの制服よ」
「英也くん!?」
「あ、いや……ひでっちじゃなかったなぁ」
英也と鉄仁はクラスメイトで面識もある。
「じゃあ、黒野って子かな……」
「あー、となクラの?」
隣のクラスということだろう。
「そうそう」
黒野がいるということは、やはり英也と鉄仁もここにいるとみて間違いないだろう。
「衣奈ちゃん、私はここから進みたい。でも、その……衣奈ちゃんはどうする?」
この角を曲がれば間違いなく危険なエリアだ。
「海花っちさぁ、うちらパーティよ?」
どうやら共にいてくれるらしい。
「ありがと。……じゃあ、行くよっ!」
ぬるいコーヒーに口をつけないままでいる英也。
応接室は無言に包まれている。
「……」
「……」
「……」
誰も口を開かない。
そして将斗だけがコーヒーを味わっている。
そんな中、校舎内の戦闘音が耳に届いた。
「……」
英也はここで余計なことを口にしないよう言葉を飲み込む。
「『希望』さん、気になりますか?この音」
詩音が白々しく質問する。
「気にならないっていう方が無理でしょ。廃校しているとは言え学校の中でこんなバンバン聞こえたら誰だって気になるよ」
将斗がもっともなことを言う。
「気にならないわけでは、ないです」
黙秘を続けていればそれはそれで不利な状況になりかねないと踏み、口を開く英也。
「そうだよね。特に、一階の方からの音しか聞こえないのは気になるよね」
将斗は不安を煽るように言葉を選んでいる。
「……」
ここで下手に喋り鉄仁や黒野のことを口にすれば、無相でないことがバレてしまうかもしれない。
詩音がバラさないのは理解できないままだが、敵は増やさない方がいい。
「まぁいいや。ところでさ」
将斗が英也から詩音に視線を移す。
「『希望』さんがフィギライトを持っているのは、おかしくない?」
詩音の瞳が一瞬揺らいだように見えた。