集合するフェルシアス
廃校舎へと向かう足音が各方面から聞こえ始めた昼下がり。
将斗は応接室にて英也たちの受け入れ体制を整えていた。
詩音とグェンはシェトマを『迎え』にミチビキの拠点へ移動を開始しており、それぞれが自分に出来ることをこなしていた。
「よし、こんなもんかな」
軽くゴミを片付けて掃除を済ませた将斗は、普段であればボスであるシェトマが座っている高級そうな机に付属する黒い革製の一人用椅子に腰掛ける。
「……お、座り心地、いいな」
そのままくるりと椅子を回転させて窓を開ける。部屋の空気を入れ替えるためだ。
少しだけ冷えた風が部屋へと入り込み始めた矢先、廃校舎の校門からこちらに向かって走ってくる鉄仁の姿が目に入った。
「あ、来た来た。おーい!いつもの……じゃなくって、応接室に来てーっ!」
大きく手を振りながら鉄仁に向けて声を上げた将斗。ついいつもの癖でゼツボウ内でしか通じない『いつもの場所』と言いかけて咄嗟に言い直した。
「んぉっ!?お、おーう!サンキュー!今から行く!」
鉄仁も気付いたようで、将斗の姿を確認してどこか安心したかのように笑みを浮かべて廃校舎内へと入って行った。
黒野は廃校舎へ向かう途中で、グェンと詩音の二人が車で移動しているところに出会していた。
黒野を視認したグェンが車を路肩につけて窓を開ける。
「グェンさん?え、えと、あの、今から、その、廃校舎の方に行こうとしているんですが……」
黒野の開口一番が弱々しかったこともあり、少しだけイラつきを見せるグェンだったが、ひとまずはグッと堪えて答えた。
「あー、俺らはこれからミチビキにカチコミだ。そっちには将斗がいる。あいつに聞きゃ俺らが何するかも分かる。じゃな」
グェンは窓を閉める。
助手席に座る詩音は無言で黒野に一つ頷いていた。どうやら「グェンの言う通り、あとは将斗にまかせている」ということのようだ。
白いスポーツカーはすぐに見えなくなった。それとほぼ同時に、黒野のフィギライトからラペが声をかけてきた。
「クロ。その……そこの路地へ入ってくれないか?」
「え?」
「やはりというか、いや、違うな。伝えておくべきことが、ある」
「わ、分かった」
指示に従い、人のいない路地へと入る。
「ど、どうしたの?」
「……」
「ラペ?」
ラペは何かを言いかけてはやめてを繰り返す。
「な、何か、言い辛いこと、かな?」
「言えないこと、というわけではない。ただ……。なんというべきか、少々難しいな」
「えっと……?」
フェルシアス候補のメンバーに集合の連絡をした張本人でもあるため、刻一刻と過ぎていくその時間に黒野は少し焦りの色を見せる。
しかし、ラペがここまで何かに言い淀むことは滅多にないため、会話を無理に打ち切ることが難しい。
「……まず先に、謝らせてくれ。申し訳なかった」
「ど、どうしたの急に?」
「色無しについて、こちらでも対応をと動いてはいるんだが……。問題が起きてな。クアロスが、これを好機として我々のものとは『別の計画』を推し進めようと動き出した。だからこちらもこれ以上は——」
ここで、ティーラス側で誰かに呼ばれたらしい。
「ねぇねぇラペくん、『ハードレム』に『封印』なんて意味、ある?」
ラペは少し考えてから、黒野との通話を繋げたままその声に答えた。
「あー……、すまん。『ディレーサー』が必要になるとは想定外でな」
「ら、ラペ?そっちの声が聞こえちゃってるよ。それに、今はそんな場合じゃ」
「……俺が『封印』の意で書物をまとめたことがある」
「え……?」
黒野はラペの放ったその一言に言葉を失った。
英也と紫色のフィギライトを持つ青年は、廃校舎の校庭に足を踏み入れていた。
整備不足でひび割れが散見されるグラウンドに新しい足跡が薄っすらとついているのを目視した英也は、その足跡を目で追う。すると、廃校舎の玄関前に立っている緑川の姿にたどり着いた。
「やっほひでっちー!ウェルカム」
「あれ、中には入らないの?」
「んー」
緑川はスマホを取り出して軽く振った。
紫色のフィギライトの青年は二人の緊張感のかけらもないやり取りに若干面食らったような表情を見せる。
「あぁ、海花ちゃんのことを待ってるんだね」
「そ」
緑川の対応に一切疑問を抱かず状況を把握してしまった英也に、驚きとともに感心する青年。
「ふむ、なるほど」
「ん?何かありました?」
青年の言葉に反応して周囲を見回す英也。青年は微笑んでから「いや、何でも」とだけ言って廃校舎へと入っていった。
「……何か変だったかな?」
英也と緑川は顔を見合わせてお互いに首を傾げる。
「まぁいいや。先、入ってるね」
「うぃ!とはいえこっちも多分もうちょい……、あっ!」
「わっ!な、なに?」
英也はスマホを差し出す緑川に歩み寄る。
「こーれ!見てないっしょ」
緑川がチャットアプリの画面を見せてきていた。そこにはグループチャットが表示されており、海花がメッセージを投げていた。
「あ、ごめん。見てなかったよ。中に入って黒野くんたちと確認してみるね!」
「りょ」
そして、英也も廃校舎内に歩みを進めた。
海花は廃校舎へ走って向かいながらスマホのチャットアプリを開いて返信を待っていた。
「うーん、やっぱり、返信、ないかぁ」
走りながら独り言を呟く海花。グループチャットに投げた『高校から出てきた綺麗な女性』についての情報だが、反応があったのは緑川の一人のみ。その他メンバーは既読マークすらついていない。
信号待ちの時間を使って宛先の再確認を行ったが、問題はなかった。
黒野への発信履歴を再度確認し、こちらも正しかったことを確認する。
「衣奈ちゃん以外は移動してて気付いてないだけかな」
海花は考えられるパターンとして一番あり得そうなものを念頭に置いた。
交差点の信号が変わり、再び走り始める。
ただ、廃校舎までもう少しというところで、海花は黒野の姿を見つけた。
「あれ?何してるんだろ」
人気のない路地裏にそそくさと入って行く黒野。海花はこの際例の女性の件を直接話そうとその路地裏へと向かう。
「黒……」
「ら、ラペ、それは、ど、どういう」
話しかけようとした丁度そのタイミングで声を上げた黒野。
どうやら黒野のフィギライトの中の神、ラペとの会話中であろうことを悟り、海花は咄嗟に口元を押さえる。
「『封印』など、初めからされていない」
「な、なんで、そんな。……ラペ!」
「……?」
どうも会話というには噛み合っていないことに気が付いた海花は、黒野の視界に手を振って見せた。
「うわっ!び、びっくりした……」
「おっ、気付いた。どしたんこんなとこで」
黒野はようやく状況が飲み込めたらしく、慌てた様子でフィギライトの端を軽く触りラペとの通話を切断してポケットに戻した。
「ご、ごめんね。怪しかった、よね」
場を取り繕おうと頬を掻きながら路地裏から出ようと身体の向きを変える黒野。海花はその様子に少し心配を覚えながらも、黒野のミステリアスは今に始まったことでもないか、と半ば無理やりに納得する。
「と、そうだった」
ここで海花は黒野に話そうとしていたことを思い出した。
「黒野くん、あの、チャットは見てくれて……ないよねぇ」
黒野はそんな海花の言葉に「あ!ごめんね!す、すぐ見るね!」とスマホを取り出した。
「いや、まぁもうここまで来たから私から直接伝えるよ。あのね、ウチらの高校から、やたら綺麗な女の人が出てきたんだよ!」
「……えっ」
黒野はその言葉に酷く驚いて海花の顔を見た。
「あ、大丈夫。フィギライトがピカーってなったからすぐに逃げたよ。でも、その反応ってことは、やっぱりもしかしてあの人が」
黒野は自分の廃校舎集合という一言で仲間の一人が危ない状況に陥りかけていたことを知り、顔を手で覆って俯いた。冷静さを欠いた自分の言動に後悔したが、それと同時に海花の姿がここにあることに安堵した。
「え、ど、あれ?大丈夫?」
「あ、うん……大丈夫。そ、それより青井さんこそ、よくすぐに、その、判断できた、ね」
「あー、まぁ私、やるって決めたらとことんやるタイプだし?」
黒野の心配をけろっとした表情で打ち返す海花。
「……すごいや」
自分にはない度胸に、敬意と羨望の混ざった感情になる黒野だった。




