始まりの緊急招集
祭壇から離れ、校舎から離れ。黒野は校舎裏の森林公園にある大木に身を隠しつつ、息を整える。
「クロ」
フィギライトから心配そうに声をかけるラペトリク。
「これから、どうするつもりだ?」
「……スレイクが解放されてしまった以上、もう、静観は出来そうにない、よね」
「そうだな」
黒野は、悲しそうな、そして悔しそうな表情でフィギライトを握りしめる。
「どうして……。どうして放置してしまっていたんだ……!こ、こうなりそうなことくらい、分かっていた、はずなのに」
他の誰でもなく、黒野は自分自身に向けた叱責を吐く。この後に起こり得るあらゆる可能性を脳内でシミュレートし、思いつく限りのパターンで絶望する。
一刻も早く状況を打開しなければならないのは分かっているものの、具体的な行動案が浮かばない。
「ラペ、僕は、僕はどうすればいい」
「……」
これまで見たことないほどに落ちこみ、自信を失いかけているパートナーを目の当たりにし、ラペトリクも言葉選びに慎重になる。
「クロは『そういうやつ』だから、理解はしていると思うが……。今回の件、悪いのはお前ではない。色無しの責任だ」
ラペトリクは冷静に発言する。
「やつが管理を怠った。何が起ころうとも、色無しにはあの封印陣を死守する使命がある」
黒野はラペの声が発されているフィギライトに目をやる。そこにも、悔しさと怒りが混ざった炎が灯っている。
「それと、この事態は……。色無しが保護対象ではなくなったということにも繋がる」
「それは!……いや、そ、そう……だけど」
ラペトリクの言うことは正論であり、黒野にも理解出来ないものではなかった。
しかし、黒野がラペトリクの言葉を受け入れるのは容易ではなかった。それは簡単に言えば『無相に責任を取らせ、再封印を行う』ことに他ならないためだ。その再封印には、無相本人の体内にある『リンク』を使う必要がある。
「リンクを使えば、無相くんは……。そうなれば、彼はこの世界からいなくなってしまうかもしれないんだよ」
「……。それが、やつの使命。そして、責務だ。違うか?」
「……」
黒野は冷静な頭と感情的な心とがぶつかり合い、返答出来なくなってしまった。
「……と、今までなら我らもそういう立場でいた」
ラペトリクの切り返しに、黒野は目を見開く。
「我々とて、高度な文明を持つ種族。下位互換の人類にあって、我々にないものと言えば、邪な行動原理くらいだ」
「ラペ、それって」
「今回の件、色無し——『無相』を見捨てるようなことはさせん。『心』の面で人類に後れをとるわけにはいかんのだ」
黒野はフィギライトを持ち直し、悔しさから溢れようとしていた涙を左手で拭った。
「ラペ、ありがとう。……まずは、状況を整理しながら、み、みんなに連絡、するね」
「フ、やっといつものお前になったな。『こちら』側については任せておけ。何かあったらまた知らせる」
「わ、分かった」
黒野はスマホを取り出し、英也たちフィギライトを持つメンバーに連絡を入れた。
「……き、緊張する、けど。しょ、将斗さん、にも……」
黒野は特訓終わりに将斗にある提案をしており、その提案にはハードレム・スレイクに関連することも含まれていた。
「えーと……」
—すみません、黒野です。お伝えしたいことがあります。
そして、単刀直入にハードレム・スレイクが『剣』のフィギライトにより機能停止したことをメッセージに入れる。英也たちに声をかけていることや、ティーラス側でも動いてもらえることなども合わせて伝えた。
「よ、よし」
メッセージを送り終えた黒野は、深呼吸を一つしてから英也たちとの合流ポイントとして連絡した『廃校舎』に向かい始めた。
「……ん?」
カフの相棒であるファレルに匿われている無相。今、彼は現世とは隔離された空間に身を潜めていた。
「どうされました?」
カフは無相が不意に発した疑問符に気を回す。
「いや、な、何でも……ッ!う、ウゥッ!」
突然頭を押さえながらしゃがみ込む無相に、カフとファレルは慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「熱は……なさそうですね」
身動きの取れない無相に対応する二人。応急処置をとるべく、状態の確認を急ぐ。
「だ、だい……大丈夫。だ、大丈夫。頭痛は最初だけだった……みたい」
無相はそう言いながら頭に当てていた両手をゆっくりと下ろす。その様子を見た二人は進めていた頭痛薬などの準備を一時中断した。
「瞬間的なものだった、と?」
「そうなる、かな」
「……」
カフは黙り込む。そして、脳内で自身の知る『あること』と現状を照らし合わせてから、表情を曇らせた。
「カフ?」
ファレルに声をかけられて表情を普段のポーカーフェイスに戻すカフ。彼は無相の肩を支えながらファレルに向けて質問する。
「ファレル、ティーラスと連絡は取れますか?」
「あ、え、うん、ティーラス……。え!?てぃ、ティーラス!?何で急に……」
唐突な『ティーラス』という単語に驚くファレルだが、カフはさも何も聞いていなかったかのように続ける。
「可能なら、今すぐに」
「え、いや……。うーん……。わ、分かったよ」
カフの目を見て冗談の類でないことを察したファレルは、渋々と連絡用スレイクの準備始める。
「うーわー、もうやだ……。何年振りだろ。ヒーレルト長官、絶対怒ってるよなぁ」
ファレルはぶつぶつと独り言を呟きながらも、せっせと連絡用スレイクの環境を整えていく。壁にスレイク、その直下に分厚いハードカバーの本を数冊。
「何してるの?」
「これはティーラスと連絡を取るための儀式みたいなものです。ファレルは……まぁ、こんな状態なので察せるかもしれませんが、実はティーラスから『家出してきた』ような感じでして」
ファレルの準備を見ながら、カフは無相の質問に答える。ファレルを手伝おうともしたが、ファレル本人曰く、そこまで大変というわけでもないらしい。
「家出……。ふむ……」
考え込む無相に、カフは肩をすくめて口を挟む。
「あ、そんな大したことじゃないとは思いますよ。おそらく、ファレルが勝手に思い込んでいるだけかと」
それから数分後、ついに無相とカフの会話も途切れて沈黙が久しくなった頃に、ファレルの準備が整った。
「カフ、無相殿。あとはこのスレイクに手を触れれば、ティーラスと繋がるはずです」
そう言ってから、ファレルは近くにあるテーブルの下へと身を隠した。
「……」
「ではタクマくん、ファレルの言うように、そこに手を」
「え、僕がやるの?」
カフが連絡を取るものだと思っていた無相は、少し驚いた声を出す。
「はい。あなたに関係のある、いえ、『リンク』に関わる話になると思います」
「……」
無相は無言のまま、スレイクに手を伸ばした。
黒野のメッセージを受け取った緑川は、覚醒によって緑色に染まり切ったフィギライトを手にしてキャレルとともに自室を後にしていた。
自宅を出る際、鉄仁同様に母親から声をかけられた緑川だったが、誤魔化しの苦手な彼女は適当な用事を思い浮かべることができず。
「あ、うーんと、えーとー……。無理!ダメぴよ!じゃ!」
勢いで外出権を奪い取って廃校舎に向かい始めた。
「……だ、大丈夫かしら。ぽかんとしてたけど」
キャレルが当然の心配をするが、緑川はあっけらかんと答える。
「ま、なんとかなるっしょ!ウチのママよ?」
謎の自信と、これまた謎の納得がそれ以上の追求を堰き止める。
「はぁ。とんでもない娘に出会っちゃったわ」
そう溢しつつも、キャレルの憂いは緑川宅とともに遠ざかっていった。




