原石の輝き:緑
無相は考えていた。
この主人公は何故、世界を救おうとしているのだろうかと。
この主人公は何故、幼馴染と戦うことになったのだろうかと。
この主人公は何故、武器を手にしなかったのだろうかと。
「あー、そこ!そこ、いいですよねぇ。ロマンしかない世界観、熱い戦闘、そして何より涙必至の友情劇……!いやはや、語るは野暮ですね。ささ、こちらが続きです!」
次から次へとファレルから差し出される本。無相は彼の脳内で再生されているであろう物語に理解が追いつけないまま、ただひたすらページをめくっていた。
「ファレル、我々はここに遊びに来たわけでは……」
呆れ半分に困り顔のカフの言葉に合わせ、無相も困惑した表情をファレルに向ける。
「え……あっ、そうでした。嬉しくてつい……」
ファレルの生活空間は、お世辞にも『神の棲む場所』とは呼び難い状態になっていた。この空間に来る前の人類世界の神々拠点や、過去に足を踏み入れたティーラスのような神聖感はほぼ皆無に等しい。
「……いや、いい。こちらが押しかけたんだし。ファレルは自由にしてもらって何も問題はない」
ファレルの勧めに困り果てた顔をしていた無相だったが、考えを改めてファレルの持つ本を手に取った。
「それは、そうですが。それとこれとではまた話が違うような……」
カフは困惑したままやれやれとため息を吐く。
「お、なんと!無相殿は『こちら』のお人だったんですね!」
「ん?あぁ。生まれた時から、そう決まっていた」
「な、ななな!それはまた随分な英才教育で」
「それが僕の定めだから」
「これが『本物』……ッ!」
無相とファレルのやり取りの途中から何かが噛み合ってなさそうだなと思ったカフだったが、各々に説明するのが面倒なので首を突っ込まないでおいた。
すべてはシェトマの計画通り。今はその成功を祈って、時が来るのを待つ他にないのだった。
「え!?じゃ、じゃあ、無相くんのお父さんは……」
「そういうことに、なるね」
英也の部屋で、ハードレム・スレイクのある祭壇で無相が受け取った手紙の内容を打ち明ける青年。
「でも、あいつはその手紙を読みながら、あまり動揺してなかった。……多分、ある程度は察しがついていたからなんじゃないかと思う」
「……」
特訓が始まる前にそれが無相に告げられていたことを知り、言葉が出ない英也。
「ただ、俺には腑に落ちないところがあるんだ」
青年は持ってきたノートPCを取り出して操作する。そして、あるファイルを開いて英也に見せてきた。
「これは、うちにある古い写真のスキャンデータ。さっきの手紙にも、実はこれと同じように二人が写った写真が同封されていたんだ。……ここに写っている人は、君ももうよく知っているよね」
そこには、白いスーツに身を包んだ紳士な男と、見たことはないがどこか顔つきが無相に似た大人の男の姿があった。二人は肩を組み、楽しそうに笑っている。
「拓磨の親父さんが死んだってのは本当なのかもしれない。でも、それを手紙で、しかも何年も経ってから伝えにくるなんて、何か裏があるとは思わないか?」
「う、裏?」
「あぁ。このタイミングで伝えなければいけないと考えた理由さ。『ハードレム・スレイクを守れ、頼んだ』ってことなら、親父さんが亡くなってすぐに伝えるべきことだし、この白いスーツのやつが直接会って口頭で話した方がより信頼できるし……。とにかく、ミチビキによって俺たちが動かざるを得ない状況になってから、面倒な手紙なんてやり方で伝えるのは何か別の意味があったんじゃないかと思ってる」
すらすらと自身の意見を述べる青年だが、英也は無相の身以上に内面までもを案じるあまり青年の話が頭になかなか入ってきていなかった。
「……あー、まぁ、簡単に言うと、白いやつとっ捕まえて直接理由を聞かせてもらおうぜ!というお誘いってわけさ」
「……え?」
突然の立案に戸惑う英也。これまでそういった作戦のようなものは全て黒野から耳にしていたので、今日出会ったばかりの青年から提案されたことに戸惑う。
「もちろん黒野家の御曹司も誘うし、『我々』のメンバーには全員参加してもらいたい」
「えっ?お、御曹司って、黒野くん?彼のことも知ってるの?」
「ん?そりゃー有名人だしなぁ」
英也は黒野家で行われた特訓を思い出す。確かに家は広かったし、使用人もちらほら見かけた。
「……実はとんでもないお金持ち?」
「ぷっ、くっ、ハハハ!気付いてなかったのか。まぁそうだな。なるほど、君のようなやつだからこそ『選ばれた』のかもしれないな」
英也の小さな呟きに、笑いながら応える青年。
「黒野くんも誘うっていうのは、そういう……?」
「あー、金銭面でってことじゃないよ。当然、彼を誘うのは『黒野』としてだ」
「『黒野』として?」
ただ名字を指しているわけではなさそうであることは分かるが、どういう意味なのかが理解できない。
「あー、その辺はまだ知らないわけか。うちのカルセートさんは口が堅いなぁ。『広報委員』冥利に尽きますわ。その辺はこれからおいおい話していくよ。その様子だと他の面々にも話してなさそうだし、全員そろってからね」
そう言って青年は立ち上がり、手を差し出す。その手を取った英也も立ち上がり、作戦には同意を示す。
「それじゃ、まずはメンバー集合といこうか。親御さんには悪いけど、ちょっと遠出するって伝えておいてくれ。この作戦はそれなりに長くなるかもしれない」
「……分かった。けど、大丈夫かな。ダメって言われそうな気もして」
「あー……。俺のとこは他と違って事情を知ってるからなぁ。それもそうか。うーん、困った」
英也も何か良い言い訳が出来ないかと考える。
「そうだ!こういうのはどうだろうか」
青年は英也に耳打ちする。
「え、そ、そんなことができるの!?」
「理論上はね。俺も試したことはないけど、『黒野』、いや『芸術のフェルシアス』ならできるはず」
「そ、そうなんだ……」
「とりあえず、黒野家に行って相談してみようぜ」
「そうだね」
そして、二人は白道家を後にした。
緑川は自宅でリモート授業を受けて——いなかった。
英也や鉄仁が無相の違和感に行動を起こすとほぼ同時刻、緑川には大きな変異が訪れていた。
「な、ななな!?え、マジ?」
「マジマジ。大マジ」
「ィーやったぁーっ!」
自室で飛び跳ねながら喜ぶ緑川。彼女が会話している相手は、まだ灰色をしたフィギライトだった。
「そんなに喜ぶこと……なの?」
フィギライトの声は困惑を顕にして質問する。
緑川はその質問に答える前に腰に手を当てて胸を張る。
「ふっふっふ!だってこれであーしもフィギメンっしょ?」
「ふぃ、フィギメン……ま、まぁ、そういうことになるわね」
フィギライトの声は緑川の言葉にある程度順応して肯定する。
「でしょでしょ!ハピみアゲじゃん?」
「……そうね」
フィギライトの声主は色々な懸念を口にするのを諦めた。
フィギライトを天井に向けて高く掲げて喜ぶ緑川だったが、ふとあることに気付いて首を傾げる。
「……ん?ありゃ?」
不思議そうに声を出しながら、フィギライトをゆっくり回してじーっと観察し始めた。
「な、何?」
フィギライトの声が聞くと、緑川は困ったような口調で言った。
「色付いててぴえん。……む?ぱおんする前に、これってあれ?」
フィギライトの『一部』が確かに変色していた。
「……」
フィギライトの声主は静かになってしまった。
「むむっ?おーい、フィギっぺ?フィギっち?まぁどっちでもいっか!フィギ丸ー、おーい」
呼び方をころころ変えながらフィギライトに声をかける緑川だが、当のフィギライトは黙り込んだまま返答がない。
フィギライトは少しずつ光を発しながら色付いて行く。
「わっ……!やっぱりこの緑メンってそゆことだよね!?」
緑川の表情は『嬉しそう』だった。覚醒することを待ち望んでいたらしい。
無言になったフィギライトが再び声を発した。
「……なるほどね、緑川衣奈。あんたさ、本当に——」
ただ、フィギライトがその続きを述べるより早く、緑川がフィギライトにドヤ顔で応答する。
「どーよ!ふふん」
フィギライトは再び黙り込み、少ししてから。
「これから、大変よ?」
すると、緑川は目を閉じて答えた。
「ひでっちとかみんなはきっと、これからすごいことをする。だからウチは、そんなみんながすごくなれるようにする。それがウチの役目。そうだと思ってる。あ、もち、フィギっぺもズッ友フォーエバーよ!」
「!」
フィギライトはそれ以上の声をやめた。
「ってなわけでー、よろ!」
緑川は薄く光りながら緑色に染まり始めたフィギライトを見つめてそう言った。




