カガヤキの始まり:5
志帆と呼ばれていたとある高校の生徒なりすまして目的を果たしたアーセルは、タブレット端末とそれらが接続しているコンピューターの電源を落としていた。唯一、手元の報告用タブレット端末のみ電源を切らずに置いている。
「おーわりっ!おーわりっ!大成功〜」
仕事の成功に浮かれ、一人きりの部屋でオリジナルソングを披露する。
「やっとこのつまんない部屋から脱出だぁ!」
よほど嬉しいのか、小躍りしながらせっせと片付けを進める。
作業中はズボラだが、どうやら掃除をしないタイプでもないらしい。
「ん?これは……?」
任務中に部屋へ来たエイミーがまとめてくれたゴミ袋の中に、鈍く光を反射する何かを見つけた。
がさごそとその袋を漁って取り出してみると、それはガラス片だった。
「んー、何でこんなのが……?」
アーセルは壁を見回す。
しかし、その部屋は窓ガラスはおろか窓すらない密閉空間。天井も打ちっぱなしのコンクリートになっており、建築資材から出たものではなさそうだ。
次にタブレット端末を一つずつチェックしていく。窓ガラス以外にガラス片と似たような材質として、この部屋にも潤沢に存在するデバイス類の画面が該当する。
「うーん、全部新品みたいに綺麗だぁ」
その他、部屋中のモニター、果てはゴミ袋をひっくり返して食べていたお菓子の入っていたケースや袋なども調べてみたが、どれもこれも捨てられていたガラス片を説明できるものではなかった。
「あ……。エイミーが持って来たゴミ……なのかな?」
どうしてそれを早く考えなかったのだろうかと少し恥ずかしくなるアーセル。
一人であたふたやっていたこの数分に対して後悔の念が募る。
「うわぁぁん、もうやだ!……いいもん!元に戻すだけだもん!」
あちこちを調べた結果誕生した目の前のゴミの海を見て、色々な感情を振り切って諦める。
その後一時間かけてその部屋の片付けを済ませたアーセルは、自分自身に対して頬を膨らませながらミチビキの『実験棟』から出てすぐ近くにあるバス停でバスを待つことにした。
ベーリルに敗北し、ミチビキ施設のどこかに連行されたシェトマ。彼が入れられた独房とも呼べる様相の部屋の中で、それは起きていた。
「そこにいるのは、シェトマ……?き、君なのか!?」
シェトマの耳に届いたその声は、聞き覚えのあるものだった。そして、その声は、今回のシェトマの計画が成功したという証明でもあった。
「……ふっ、久しぶりですね、カイ」
「どうして、こんなところに」
シェトマは口を噤んだ。カイの声に乗せられた絶望感に、返す言葉を失った。
「何で、ここに君がいるんだ!?」
弱りきった身体からとは思えない力強さで声を荒くするカイ。シェトマは「助けにきた」とは到底口に出来なかった。
「ここがどれだけとんでもないところなのかは、君が一番よく分かっていると思っていた。僕のことはもう、死んだものとしてそれでよかったのに……」
カイの言葉が遠くなる。シェトマにとっては、この計画を成功させることが生き甲斐になっていた部分があった。こうなる可能性も考えなかったわけではないが、無意識のうちにカイなら分かってくれるというエゴが働いてしまっていた。
「ベーリルとゲーテットの展開する擬似スレイクの影響で、僕のことは君たちの記憶や記録から『見えない』ものになっていたはずだ。それでもなお、こうして君がここにいるということは」
カイは、シェトマの計画の根幹にある欠陥へ目掛けて迷いなく言葉の槍を突き刺す。
「シェトマ。君は、例え僕が目の前で死んでいたとしても……」
「えぇ。……その通りです」
「シェトマ」
「私は、どうやら確かな『復讐者』なようで」
カイは無言になってしまった。
シェトマは苦笑して額に腕を当てて天井を仰ぎ、二人を分断する独房の壁に無意識のうちにもたれかかる。
「しかし、あなたがそこにいるのなら」
少しの沈黙を破って声を発したのはシェトマだった。
「私の計画は『結果として』意味を持ちます」
その言葉の後、数分の沈黙が流れた。
カイは静かに泣いていた。涙を流しながら、それが声に出ないように抑えていた。
「あぁ……。そうだな。あぁ、そうだ!バカなやつだが、それでも……」
涙を拭い、カイはゆっくりと立ち上がる。数年の間まともな生活を送れずに筋肉量が激減した今の状態の彼にとって、それは酷く身体に鞭を打つ行為だった。
しかし、カイは立ち上がる。壁伝いに、よろけながら、それでも立ち上がる。
「シェトマ。僕は、いや、僕もやるぞ」
「フ、当然です」
カイはよろける身体を何とかコントロールしながら立ち、独房の扉に手を当てる。ベーリルの擬似スレイクによって認識阻害され、外部から見れば単なる壁の一部でしかないその扉を開くには、まずその擬似スレイクの破壊が必要不可欠。カイとシェトマはそのことを理解していた。
フィギライトをベーリルに没収されているシェトマは、カイの『リンク』に頼る他に道はない。
「全く……。僕が動けなかったらどうするつもりだったんだ」
リンクを発動させ、遠く離れているハードレム・スレイクと自身の体内フィギライト成分とを呼応させるカイ。
「希望、いえ、あなたの息子さんを見て確信しました。『カイはまだやれる』と」
「……なるほど。拓磨やあいつを置いて僕がくたばるわけがないというわけか」
「そういうことです」
そして、カイは『リンク』の能力を微解放して、自身とシェトマの独房にかけられている擬似スレイクを破壊した。
詩音は廃校舎の応接室で将斗を抱き締めながら『再会』を喜んでいた。
「お姉ちゃん、ちょい痛い、痛いかな」
「わわっ!ご、ごめんね!」
少しドジな部分は詩音の素の一面らしい。真紅の女優にも欠点はあるようだ。
「……もう、いいか?話したいことが山ほどある」
「あ、そ、そうですね!」
グェンが気まずそうに声をかけると、詩音は若干寂しそうな表情になりながらも将斗に絡めていた腕を離した。
「……」
「……」
「……」
姉弟の感動の再会に水を差したという、もやりとした空気感が漂う。そんな空気を掻き消そうとするかのように、将斗がいつも通りの声色で話題に入り口を設ける。
「まぁ、話したいこととは言っても、お姉ちゃんも分かっているとは思うけどね」
将斗の言葉に、詩音は静かに頷く。
「ミチビキの『規則』……。それと、シェトマの作戦について、よね」
「あぁ。ボスが何を考えてるのか、俺にはまだよく分かってねぇ。将斗も全部は分かってねぇんじゃねえかと思ってる」
「お、グェンにしては鋭い。そうだね。大体のことは把握してるつもりだけど、具体的にどんな手段をとってるのかは知らない」
将斗とグェンを見る詩音。少しだけ不思議そうな表情を浮かべている。
「お姉ちゃん、聞いてる?」
「あ、え、えぇ。もちろん!あなたたち二人って、正反対に見えて相性いいのよね」
詩音の評価に首を傾げる将斗。
普段通りの怠そうな態度でそっぽを向くグェン。
「あーぁ!もういい。俺は少し休む」
グェンはそう言って応接室を出た。
「エフィ、あ、ここでは将斗の方がいい?」
「ん、そうだね。『これから』は将斗の方がいいかな」
「……分かったわ。将斗、シェトマの作戦については、どこまで?」
「えーと、カイさん助けて、ミチビキの裏事情の世間公開ってところかな」
詩音は将斗の知る作戦概要を聞いて改めて感心する。
「目的は大丈夫みたいね。でも……、よくそこまで分かるわね。どこで知ったの?」
「ボスならそうする。そう思っただけだよ」
シェトマが将斗をスカウトした理由を理解した瞬間だった。




