戦いの意義
「ったく、ボスに言われて見回りしてりゃ、とんだ厄介モンだぜ」
鉄仁の前に立ち塞がるのは、高校襲撃時にスポーツカーを運転していた男。
「厄介ってのは聞き捨てならねーな、おっさん」
「……面白ぇ、ちょっとだけツラかせよ坊主」
不穏な雰囲気が漂う。
「さぁて、まずはどこから狙って欲しいかな?」
ジャケット裏のホルスターから青い銃を取り出す男。
面倒くさそうにフィギライトの銃口を天井に向け、そのまま頭を掻いている。
「……お前も持ってやがったのか」
「あ?なんだお前、丸腰でカチコミしに来たってのか!こいつは面白ぇじゃねぇか!」
鉄仁は懐からフィギライトを取り出す。
「バカ言っちゃあいけねぇよ。これだからおっさんは困る」
強がってはいるが、フィギライトを出したところで『覚醒』していない鉄仁にとってははったりでしかない。
「あ、そ。まぁぶっちゃけるとどうでもいいんだよ。お前が丸腰だろうが石を投げて戦おうが、俺はお前をここでやる。そんだけだ」
男は急に冷めた表情でフィギライトの照準を鉄仁に向ける。
「老い先短いと気性も荒くなるってのは本当みたいだな!」
苦し紛れのセリフを吐きながら、弾丸をどう回避するか考えを巡らせる鉄仁。
一発目が発砲された。圧縮された空気がプラズマと化し、光さえ帯びて一直線に鉄仁の右肩を掠める。
「チィッ、動くんじゃねえよ」
「あいにく的になる夢はないんでね」
焦げた右肩のワイシャツを確認して冷や汗を流しつつ、次の攻撃に備えて足をためる。
「あぁ、そうだ。ボスみたいであんまり好きじゃないが、一ついいことを教えてやる」
男はフィギライトをクルクルと回しながら言う。
「この銃は弾が要らねぇんだ」
英也は二階の教室をくまなく捜索していた。
「無相くん、いる?」
「無相、それが彼の名かい?」
鉄仁と別れて数分が経過した頃、捜索に入った教室で背後から知らない声がした。
「だ、誰だ!?」
「おっと、これは失敬。エレガントに欠ける行動でした。私はカフと申します」
その男、カフは教室の入り口に直立していた。
例の白スーツの男に合わせているのか、廃校舎に似合わないシワひとつないグレーのスーツを着用している。
「カフ……、いや、僕が聞きたいのは名前ではなくて」
「なんと。初対面の人と人とが挨拶を交わす際は名を名乗るのが礼儀かと」
「ふざけるな!僕らは今それどころじゃないんだ!」
一刻も早く無相の無事を確認したい。その一心で捜索に没頭しているのだ。
「困りましたね……。私はグェンのように野蛮な戦いは好まないのですが」
カフは静かにフィギライトを取り出す。
「……」
英也は周囲を見渡して隠れられる場所はないか探す。
「なるほど。戦う意思はないというわけですね」
そう言ってカフはフィギライトを机に置いた。
「なッ……、どうして」
「先ほどお話しした通りですよ。私は野蛮な戦いを好まない。それだけです」
カフはゆっくりと英也に歩み寄る。
英也はカフに背を向けないようにして教室の出口に向かう。
「無相、という名前でしたね。彼は無事です。我々にとっても重要なファクターでしてね」
聞いてもいない話を始めるカフ。
英也は黙ったまま足を進め、教室の扉に到着した。
「そのまま出て行かれてもいいですが、その前に」
カフが机の上に飛び乗る。
そして勢いそのままに軽やかなステップで机上を飛び移り、英也の正面に易々と降り立つ。
「彼を我々から遠ざける行為は、我らがボスの偉大なる思想、そして我々の夢、それらを邪魔しているという認識をゆめゆめ忘れぬようにお願いします」
セリフを背に廊下へと駆け出す英也。
誘拐犯組織の言葉は耳にほとんど残らなかった。
二階からの銃声を聞いた黒野は、シェトマを睨みながら状況の把握に努めていた。
「おや、始まったようですね。……心配はしていないようですが」
シェトマの言葉通り、黒野は取り乱すことなく落ち着いている。
「……信じてますから」
「ほう」
静寂の中に銃声が鳴り響く。
そんな中、黒野が沈黙を破った。
「『ハードレム・スレイク』が機能を失えば、世界中の『スレイク』が大戦時のような脅威になる……それは当然分かっているんですよね」
シェトマは素直に応じる。
「脅威!そう、それこそが世界の保護に繋がる一歩なのですよ」
シェトマはホルスターに仕舞ったフィギライトをひと撫でする。
「神人大戦後、神は我々人類と共存している……かのように見えますが、真実は否!」
「……」
「脅威に対抗できるのは、脅威なのです」
シェトマら『ゼツボウ』の目的は、黒野にとって理解できない物ではなかった。
事実として『ハードレム・スレイク』による制限が無くなれば、人類は神々のステージに近い存在となることができる。
しかしそれは、太古の過ちを繰り返すことにも繋がりかねない。人類が武装を始めれば、当然相手側も相応の行動に出るだろう。
「本当に、それで世界が守れると考えているんですか?」
「……我々は守りたいのではなく、ただ保護したいだけなのです」
『ゼツボウ』が使う「保護」という単語に違和感があった黒野だったが、ここでようやくその意味を把握する。
「まさか、神々と世界とを切り離すと!?」
シェトマは一瞬、非常に驚いた表情を見せ、そして笑った。
「素晴らしい!!!かの歴史ある一派の末裔であるとまでは分かっていましたが、まさかこれほどとは……!」
黒野の表情は真逆に暗くなっていく。
「その行動の果てに世界がどうなるかも知らずに『保護』と……?」
歴史では『神人大戦』の後、人類は神々の情状酌量により絶滅の危機を脱したとされている。
黒野はシェトマに一歩ずつ近づいて行く。
「脅威には脅威を……?世界の保護のため……?」
まるで独り言のように呟きながらシェトマを睨みつける。
「その先に何が待ち受けているのか、理解しているんですか!?」
黒野は声を荒らげる。
下手をすれば、それは「保護」どころではなく寧ろ「絶望」になりかねない。
シェトマは重い口を開く。
「もし、承知の上だとしたら?」
黒野は悲しみの表情でフィギライトを取り出す。
「……無相くんとは関係なく、あなた方と戦わねばなりません」
エプロン姿の女性は応接室の窓を開けて外の様子を見ていた。
そして異常がないことを確認し、無相を呼ぶ。
「さぁ、まずはここから外に出るわ」
無相は女性に呆れた様子で首を横に振る。
「ここから出るには今この窓から以外無いわ」
「……」
女性はため息を吐いて先に窓の外に出た。
咄嗟に手で目を覆う無相。
「何やってんのよ。ほら、早くして」
女性は落ちていなかった。
建物の外壁に少しだけ出っ張った部分があり、どうやらそこに足をつけているようだ。
「高所恐怖症なんだけど」
「うるっさいわねさっさとしなさいよ意気地なし!」
「……」
女性の手を借りてなんとか外に出た無相。
「……降りるわよ」
「……」
お姫様抱っこの状態で女性と一緒に地上に降り立った。
「…………普通、逆じゃね?」
「あなたが降りられないからでしょうが!いいから、見つかる前に走るわよ」
かくして女性と無相は廃校舎を後にした。
無相、英也、鉄仁、そして黒野が行方をくらまし、教師たちは校外も含めて捜索を始めていた。
教室に残された生徒は、状況が見えない中自習という体で放置されていた。
「海花、大丈夫?」
声をかけたのは廊下に飛び出して行ったきり戻って来なかった海花を心配したクラスメイト。
海花は廊下に座り込んでいた。
「あ……うん。平気、平気。……それより、英也くんたち、やっぱりいなかった」
「え、それじゃあ海花が見たのって」
「見間違いじゃなかった」
海花はゆっくりと立ち上がる。
「……も、戻ろう?ね?」
海花の友人は教室の方を見る。
「そう、だね」
海花は友人と共に教室に戻ることにした。
教室に入るや否や、友人に支えられているその姿を見た保健係の緑川衣奈が海花に駆け寄ってきた。
「なんと!?大丈夫!?怪我とかナッシング系?」
「う、うん。大丈夫、少し目眩がしただけだよ」
海花は静かに自分の席に着く。
「いやいや!大丈夫じゃねーって!これは保健室案件!保健室ヒァウィゴーよ」
緑川の頭の方が保健室案件なのではないかと思いたくなるが、彼女は普段からこの調子なので気にしてもしょうがない。
「ほーら、保健室レッツゴーっしょ?」
「だ、大丈夫だよ、どこも悪くないから」
海花は緑川の提案を優しく拒否する。
「むむー?んじゃ、どしてそんな辛そうなのさ?」
「……そ、そりゃあ、英也くんたちが行方不明になっちゃったから」
「なんと!?それは初耳よウチ!」
「あぁいや、あの、もう先生には話してあって」
「こうしちゃいられねぇよなぁ!?すぐに行くべ!探しにゴーゴー!」
「え、だから、あの」
教室に戻った矢先、海花は緑川に連れられて再び教室から飛び出して行く羽目になった。