カガヤキの始まり:4
黒野からの返信チャットを目にした英也は、すぐに外出の準備を始めた。
「大変なことって、やっぱり無相くんのことかな」
特訓の始まりとほぼ同時期、およそ一週間前から、無相はゼツボウのメンバーに匿われどこかに身を隠していることになっている。これは、特訓を受ける前に高校屋上でのグェンと将斗から得た情報である。つまり、教師が言っていた生徒会活動に積極的な無相は別人。何のために無相になりすますのか、疑問を抱かずにはいられない。
英也はリモート授業用のヘッドセットを付け、荷物を持って玄関へと向かう。ヘッドセットから休み時間に入るチャイム音が聞こえるタイミングでドアを開いた。
すると、玄関のすぐ外に、英也と同い年ほどに見える見知らぬ青年が立っていた。英也を直視しているところから察するに、外に出て来るのを待っていたらしい。
「え、えーと……。何か?」
英也の問いかけに、青年は落ち着いた様子で答える。
「あぁ、どうも。はじめまして。無相拓磨の友人です。少しだけ、話せませんか?……『ヒデッチ』さん」
「え」
突然の申し出。しかし、相手は英也のあだ名を知っている上、無相について何かを知っているかもしない様子。この状況下では断れなかった。
「……は、はい。少しだけなら……。あ、ただその前に、連絡だけさせてもらえ」
「それは後にしてもらえますか」
黒野にもこのことを知らせようとした英也だったが、青年はそれを止めた。
「すみません。でも、まだ『あなた』以外に知られるわけにはいかないんです」
青年は冷静なままそう言った。
英也は青年の目を見て、スマホに伸ばそうとしていた手を引っ込める。
「……ありがとうございます。場所、移動しましょうか」
青年はやはり落ち着いた様子で歩き始めた。
「話すだけなら、家の中じゃダメなんですか?」
英也がそう質問すると、青年は一瞬だけ真顔になってからすぐに笑いだした。
「ふ、あははっ!なるほど。いや失敬。やはり『白』の推薦枠ですね」
「なッ!?」
それを耳にした英也は咄嗟に白いペン型のフィギライトを構える。
「あ、いやー、これまた失礼、失礼。生粋の白の方って、常に冷静な判断が下せて本当にすごい。それだけのことです。それに、今それを構える必要はないっス。ほら」
青年はようやく身分証明になるものを取り出した。
「えっ」
驚く英也。
「無相……いや、我らが『管理者』について、情報を共有したいんです」
青年が手にしているのは、紫色をしたペン型のフィギライトだった。
英也が青年と話をしている頃、鉄仁も英也同様に外出の準備を整えていた。無相に何かがあったと思われる中、英也に送ったチャットが返信を絶ったためだ。
「鉄仁、どこにいくの?」
自宅から出ようとしたとき、母親に声をかけられた。当然と言えば当然だが、今は一分一秒も早く英也の家へと急ぎたかった。
「悪ィ!ちょっと急いでるから、雷は後にしてくれ!」
鉄仁はそう言い放って玄関を勢いよく飛び出した。
「……また怪我しないといいのだけれど」
母親の心配は強めに閉じたドアの音に吸い込まれていった。
家を出た鉄仁は、念のためにスマホを確認する。
「返信、ないな」
英也に送ったチャットには、未だに既読したマークすらついていなかった。
「……とりあえず、英也と合流だな」
スマホをしまいながらミッションを独り言にする。ちょっと前にも似たようなことあったな、と苦笑しながら、今度は廃校舎とは別の方向にある白道宅へと走り始めた。
黒野をはじめとして英也や鉄仁に続き、この世界のどこかにあるとされる神々の園、ティーラスにも動きがあった。
「クアロス、キャレルの試験が終わったらしい」
「そうか」
「……ボーダーギリギリだそうだ」
ラペからの連絡にクアロスは目を瞑り、深呼吸してからゆっくり瞼を開ける。
「そうか」
色々と言いたいことはありそうに見えるが、それらをぐっと飲み込んでいる様子だった。
「計画上、彼らの覚醒と合格が絶対条件であることに変わりはない。色無しの意見が同じかは分からないが……。だが、彼らには彼らの役割があり、我々はそれを尊重すべき立場にいるべきだ」
「……何が言いたい?」
クアロスはラペを睨む。
進めている計画は同じであり、志も同じはずなのに、ラペはあたかもクアロスを『説得』する話し方をしている。まるでクアロスが計画に反対していると考えているように。
「計画の記載の中に、不可解な箇所を見つけた。……これは、何だ?」
ラペは記録媒体を取り出してクアロスに差し出す。件の計画書の一部に印が付けられていた。
印の箇所を見たクアロスは、冷静なまま、冷たく言い放つ。
「これは『我々の』計画だ」
「クアロス!」
「ラペトリク。貴様こそ考えを改めたらどうだ」
「なに……?」
クアロスは椅子からすっと立ち上がり、ラペに視線を遣ることなく歩き始める。
すれ違う瞬間に、こう言い残して行った。
「『デイロ』の懸念は『フェルシアス』のみだ」
ミチビキの施設内、コンピューターやタブレット端末があちこちに配置されている部屋。壁いっぱいに貼り付けられたように設置されているたくさんのモニターには、それぞれ様々な映像やデータログ、グラフや時計などが映し出されている。
その部屋の主、アーセルは、普段より音程高めの声を発しながらマイクを通して誰かとやり取りをしていた。
「——ってなことがあってさぁ!マジウケる」
「えー、なにそれー」
アーセルは楽しそうに会話する。
しばらくはそんな優しい時間が過ぎて行き、タブレット端末越しに顔の見えないやり取りが続く。
「あ、てかさー、志帆ちゃんさー」
アーセルは身構える。今呼ばれた志帆という女性は、本来であれば今日『公欠ということになるはずの人物』。より詳しく言ってしまえば、『ミチビキのボランティア活動に急きょ駆り出され学校から特別欠席扱いとなるはずの人物』だった。彼女が通っているのは英也たち同様にリモート授業用のタブレット端末を利用している学校ではあるものの、『機密情報を取り扱う活動』という理由で今日は外部との通信機器が使えない状態にいる。
そんな彼女がこうして友人から声をかけられている理由。それは——
「うん、何かな?」
アーセルのなりすましに他ならない。
「今日さー、なんか変じゃない?」
「えっ」
アーセルは一瞬で背中に冷や汗をかく。
声に関しては特殊な飴によって完璧に模倣出来ており、かつ、話し方などについては過去に彼女が参加したミチビキのボランティア活動中に得た情報を元に完全再現出来ているはず。
しかしながら、なりすまし対象の親しい友人とのやり取りが地雷原に足を踏み入れるような行為であることもまた事実。踏まなければ何ら問題はないと思い込み、ほんの少し油断が僅かな違和感を醸し、起爆されることも起こり得る。
「ほら、いつもなら何かとブショー?とかコウテイ?とか話し始めるじゃん」
「……」
友人の発言に頭を抱えるアーセル。
「あれ、もしもーし。聞こえてるー?」
「あ、あぁ、うん。聞こえてます……」
「まぁ?今日みたいに素直な志帆も好きだけどさー」
「あ、ありがとう」
アーセルはタブレット端末のマイクをオフにしてから眉間に皺を寄せて悩む。
そして壁面のモニターに映る志帆と呼ばれている少女の名前をちらっと見てから首をぶんぶんと横に振る。
「なんで変な人しかいないんだよぉー!」
一人きりの部屋は、その大声を誰にも届けぬまま静寂を返す。
「……もうっ!これが終わったらお菓子いーっぱい用意してもらわなきゃ!割に合わないねッ!」
独り言を済ませたアーセルはタブレット端末のマイクをオンにする。
「あー……、えっと、あ、そうそう。次の授業って何だったっけ」
「んぃ?あらま。いつもの志帆に戻っちった?次は化学だよー」
「あ、そ、そうだったね」
アーセルはひとつ深呼吸をしてから気を引き締めた。




