カガヤキの始まり:3
特訓が終わり、英也たちはそれぞれの自宅でリモート授業を受ける日々に戻っていた。特訓中もヘッドセットを通じて授業は受けていたので、学習についていけなくなるということはなかった。
「それではこの問題をー……白道、分かるか?」
教師に指名された英也は、マイクをONに切り替えて答える。
「3ルート5です」
「お、流石だな。正解だ」
数学の授業では指名率が高い英也。教師も、英也が数学を得意としていることを知った上で指名していた。
タブレット端末の左上に表示された数値が増加する。問題に正解したことで『いいねポイント』が加算されたのだ。
「ん?白道、ポイントが100ptになったみたいだな」
教師に言われて確認してみると、『100pt』の表示が点滅していた。
「わ、本当だ。なんか点滅してますけど……」
英也は表示の状態をマイク越しに教師へと伝える。すると、点滅していた数値が消え、その表示のすぐ下に星マークが一つ出現した。
「これは?」
クラスの名簿画面を開いてみても、英也の名前のすぐ下にだけ星が表示されていた。
「やっとこのクラスからも『星持ち』が出たな。白道、それは簡単に言えば『頑張ったで賞』みたいなもんだ。この各々の活動に応じて、タブレット端末を通して『いいねポイント』が付与されることは知っているな?」
ヘッドセットを通してこれまでも話は耳にしているため、この説明にも何とかついていける英也。教師の質問にも短く「はい」と答える。
「その『いいねポイント』を100pt集めると、そこについているように『星』がもらえる仕組みになっている。リモート授業で学校での活動がなくなっている今、それぞれの頑張りに対して我々教師が目を配れないこともあるからな。こうした数値による『頑張りの視覚化』が導入されたというわけだ」
「な、なるほど……。先生、でもそうなるとポイントはポイントのままカウントし続ければ良いようにも思うんですが」
英也は半分納得しつつ、残る疑問を投げる。
英也の『いいねポイント』は星と引き換えに0ptとなっているのだ。
「ん?あー、そうだな。そこは確かにその通りなんだが、何でもこのタブレット端末のメーカーがそういう仕組みで我々に提供してくれているからな。まぁ、『星1つ=100pt』というのもそこまで複雑ではないしな」
「は、はぁ、なるほど……」
教師も受け入れている側の立場であろうことを悟り、英也はそれ以上の追求をやめた。
やれやれとタブレット端末を操作してホーム画面に戻ると、例によって鉄仁と海花、緑川からチャットの通知が目に入った。
—なんかよく分からんが、星おめ!あんなことやってたってバレたら没収されそうだけどなw
特訓のことを指しているのだろう。確かにその通りだ。
—すごいじゃん英也くん!やりますなぁ。海花ちゃんも負けないぞ!
英也がよく分かっていないだけで、星はそこそこすごい称号なのかもしれない。
—ひでっちマジでスターじゃん!ぽよみぶっ飛び!ピ!
何とか大半は解読出来たが、最後の「ピ!」だけは謎のままとなった。
それぞれのチャットに軽く返答し、再び授業の画面へ戻る。
「白道には今後も頑張って欲しい。みんなも努力すれば必ず報われるからな。……無相も寝てさえいなければなぁ。起きろ無相、授業中だぞ」
教師は軽くいつもの流れで軽く声を掛けたのだろうが、無相は無反応だった。
「無相?おーい、聞こえてるか?……まったく、本当に寝るやつがあるか」
教師が少し残念そうな声をあげる。
「せっかく最近は生徒会活動にも意欲的で、先生も嬉しかったんだがな」
それを耳にした英也と鉄仁は驚き、思わずお互いに向けてほぼ同時にチャットにメッセージを投げていた。
—無相くんが生徒会活動!?
—あいつが、どういうことだ!?
無相は今、ゼツボウのメンバーによってどこかに匿われているはずであり、生徒会活動などもっての外な状況だ。
仮に彼が一時解放されて動けるようになったとしても、何もせず寝てばかりいた性格故に、その教師の言葉は易々と信じられない。教師のその言葉の後、クラス全体のボイスチャットではマイクを常時オンにしている数人の驚く声がちらほらとあがっていることがその証左になっている。
「こら、そうザワザワしない。無相がせっかくやる気になったんだ。周りのお前たちも協力して、これからもっと良くしていこうじゃないか。な、無相!そろそろ起きろ」
ボイスチャットでクラス内を治めようとする教師。声を出していた数名は静かになった。
しかし、それでもやはり英也と鉄仁はタブレット端末の前で難しい表情になっていた。
—黒野くん、今、大丈夫かな?
チャットの宛先を黒野に切り替えてこのことを伝えようとした英也。
しかし、数分待てども応答がない。
—黒野くん?
再度連絡してみるが、既読マークさえつかない。
不安に思った英也は、スマホを取り出して別ルートで連絡してみることにした。
「えーっと、『今、忙しいかな?』と、これでいいか。とりあえず送ってみよう」
チャットアプリからメッセージを送ると、こちらはすぐに既読マークがついた。そして、こう返ってきた。
—ごめんね、大変なことになっちゃってる。
廃校舎二階、応接室。
乱雑にテーブルへと投げられたままにされている三つの空のゼリー飲料を見て、優しくため息を吐く影があった。
無言でゴミ袋を拡げ、部屋を片付けていく。
目視可能なゴミを一通り捨て終えると、次にその女性は壁際に設置されているロッカーから箒やモップを取り出した。
「ふーん、ふふーん」
みるみる綺麗になっていく応接室に、ご機嫌そうな鼻歌が流れる。
ただ時折、シェトマの定位置であった大きな机と椅子が視界に入ると、難しい表情を浮かべて作業が鈍くなっていた。
そんな彼女の耳に、階段を昇る足音が届いた。
応接室へまっすぐ進んでくる足音。女性は何かをふと思いつき、掃除道具を壁に立て掛け、隣の給湯室へと移動した。
「……」
応接室の扉の前には、グェンと将斗の姿があった。
「ん?グェン、入らないの?」
「……チッ、あいつがいる」
中にいるよく知る人物の気配を察して入室を躊躇うグェン。しかし、将斗はグェンのことなどお構いなしに扉を開けて中に入っていった。
「お、おい、てめ……」
開いた扉の先から視界に入って来たのは、作戦開始前の汚い部屋ではなく、ゴミはおろか散乱していた書類までもが綺麗に整頓され、掃除がほぼ完了した部屋だった。
「うん?どうしたのグェン。入りなよ。『お姉ちゃん』なら、もう大丈夫なはずだよ」
「……」
いつもなら舌打ちの一つでもありそうなところだが、今のグェンはそうではなかった。ばつが悪そうに頭を掻いた後、扉の上にあるサッシに手を当てて部屋の中を探るように上半身だけ前のめりの体勢をとる。
「……」
無言のまま室内を見回すグェンだったが、あることに気が付いて視線を固定した。そのままの視点を保ちつつ、応接室へと足を踏み入れる。
「何か見つけたの?」
将斗の声には反応せず、室内奥の机の上に置いてあるそれを手に取ろうとするグェン。しかし、彼が手を触れようとしたその時、詩音が給湯室から三つのティーカップをトレイに乗せて出て来た。
「……」
グェンは机上にある赤い短剣のフィギライトに伸ばしていた手を引っ込め、今度は詩音に視線を定めた。
トレイをテーブルに置き、いつもの定位置であるソファに座る将斗に普段通り紅茶を配る詩音。しかし、将斗が「ありがとう」とティーカップを受け取ると、詩音は信じられない光景でも目の当たりにしているかのように目を見開いた。言葉に上手く出来ない声を発しながら将斗の顔に優しく手を当て、ようやく答えに到達した。
「……え……エ、エフィーロ……?」
将斗を見つめる彼女の頬に、涙が伝う。
「……『ただいま』」
無言を貫いていたグェンが詩音に視線を向けたまま呟いた。
「こういう時は、そう言うんじゃねェのか?」
将斗はティーカップから漂う茶葉の香りに頬を緩める。
詩音は涙を片手で拭いながらトレイをゆっくりとテーブルに置き、将斗を抱きしめる。
「……ッ!ぐずっ。う、うん!うん……っ!」
将斗は泣き出した『姉』の背中に手を回して目を閉じる。
少しして落ち着気を取り戻した詩音は、改めてグェンと将斗の二人を見て笑顔で言った。
「ただいま」




