カガヤキの始まり:1
ファレルの空間に進入した無相とカフは、眼前に広がる光景に驚いていた。
ファレルに初めて会う無相が驚くならまだしも、カフも「これは、一体……?」と口にしていた。
そこは、どう見てもオタク部屋。壁面いっぱいのアニメ・マンガのキャラクターポスターやタペストリー、棚に整然と並ぶ作品の円盤群、机上に整列するゲームハード。紛うことなきその手の活動に情熱を注ぐ者の部屋だった。
「えーと、……な、なんと言ったらいいのか……」
無相とカフの背後から、ファレルが話しかけてきた。
「……」
感想を口にしていいものかどうかと悩む無相とカフ。
彼らが足を踏み入れたのは、ファレルの自室のらしかった。
「……こういうの、好きなの?」
無相の一言に、ファレルはビクッと身体を反応させてからゆっくりと首肯する。
「な、なるほど。いや、い、いいんじゃ、ないですかね?」
カフがフォローを入れるが、ファレルは俯いたまま顔を上げようとしない。寧ろ、そのフォローがさらに彼を苦しめていた。
「こ、ここから出たら……、わ、忘れて、もらえませんか?」
絞り出すようにファレルから発された声に、無相は首を傾げる。
「何で?別に、おかしなことじゃない。こういうのは、自由であるべき」
「!」
ここで初めて、ファレルは無相の顔を見た。今まで理解者がいなかったのだろう。ボロボロと泣き始めるファレル。
「な、泣くほどまではないような気もしますが……」
カフはまだ理解出来ていない様子だが、ファレルは無相に受け入れてもらえたという一点に嬉しさを隠せないでいる。
ファレルは涙を拭って無相の元に駆け寄る。見た目が大きな犬であるために、突然の走りに少し慌てる無相。ファレルはそんな無相にタックルする直前で急ブレーキをかけ、彼の両手を取る。
「あ、ありがとう!君は……僕を初めて理解してくれた!」
嬉しそうに無相に話しかけるファレルの声には、もう弱々しさは感じられなくなっていた。
「ふぁ、ファレル?」
カフは相棒の見たことない一面に驚いていた。
「カフ、僕は決めたよ。彼をここに匿うんだろう?全力でサポートするよ」
「あ、えーと……はい。あ、ありがとうございます」
ファレルの変わり様に戸惑うカフだが、ここに無相を匿うアイデアが現実的になったことには安堵した。
「じゃあ早速だけど、『扉』は閉めるよ」
ファレルの言葉に呼応するようにして無相とカフが進入して来た空間の穴がみるみると縮みながら閉じていく。
「何もしなくても勝手に閉まるんだけど、その場合は少し時間がかかるからね」
空間の『扉』とやらは目視している数秒の間に完全に閉じた。
ティーラスでは緑川の試験と並行して、とある作戦についての会議も行われていた。クアロスを中心としたラペトリク、リドラフ、ゴノファ、アイシアの五柱で、現状の分析とこれからの予測、そして今後の行動方針について議論していた。
「——しかし、だ。『デイロ』のことは今話してもどうにもならん。やつらもそうそう簡単には動けまい。それよりも優先すべきは、例の人類団体だ」
クアロスの発言に首を傾げる他の四柱。この作戦会議はその『デイロ』と呼ばれる組織に向けてのものだと思っていたためだ。
「どういうことだ。やつらは仮にも第四のフィギライトを手にしている可能性があるんじゃなかったのか?」
ラペの当然の疑問に頷くクアロス以外の一同。クアロスは「ふむ」と一つ呼吸を置いてから話し始めた。
「我が『視た』のは確かに『デイロ』の動く可能性についてのものだった。……しかし、そこに在ったのは、かの人類団体『ミチビキ』だった」
ラペは反論せず、考え込み始めた。その様子を見てゴノファが質問する。
「ん?つまり、連中の策でその『ミチビキ』とやらが利用されるってことか?」
その答えに思い当たるものがあるらしいラペがアイシアの方を見る。
「……!ま、まさかそれって」
「可能性は、十分だねぇ」
クアロス以外の一同は頭を抱える。
ミチビキがやろうとしていること、そして、組織『デイロ』が企んでいること。どちらもティーラスにとってはよろしくないものであることに違いはなかった。しかし、ここに来てその二つの組織に関連性が見出されたことで、その『よろしくないもの』ははっきりとした『脅威』へと変貌し始めていた。
「クアロス。お前のことだから、すでに我々の行動指針についても考えているんだよな?」
ラペがそう確認すると、クアロスは無言で頷いて説明用に用意していた情報媒体を手にした。
紙のように見えるが、それにはまるで人類世界で言うタブレット端末のように文字が流れる代物だ。
「ここに、この先起こり得る事象についてパターンをまとめたものがある。全て、我が『視た』情報をベースにしている」
場にいる全員に資料が配布された。
「……この、一番上にあるのは」
ラペは資料のトップに記載されているパターンを指した。
「あぁ。我々にとって、最悪のシナリオであり……」
回答していたクアロスは、そこで一度全員の様子を見回し、深呼吸する。そして、こう続けた。
「最も実現率の高いパターンだ」
英也たちの特訓が始まってから、一週間が経過した。
英也と黒野以外のフィギライトは未覚醒のままだが、各々の戦闘スキルは着実に上がり、攻撃の回避方法は数十種類をマスターしつつあった。
「ラペ、ちょっと聞きたいんだけど」
黒野は特訓の休憩時間に相棒に声をかけた。
「どうした?」
「えっと、あの……し、白道くんの、試験、についてなんだけどさ」
「……」
ラペは少し間を空けた。
「まだだ」
「そ、そっか」
黒野もどこかよそよそしい雰囲気で回答する。
「『本人』次第といったところではあるがな」
ラペの発言に驚く黒野。
「無策で放るようなやつではない。シロの者には悪いが、待ってもらうしかない」
黒野は「ありがとう」とだけ答えて会話を終えた。
そして、鉄仁と談笑する英也を見てから手元の書物に目を落とした。
その英也が『読んだ』書物には、相変わらず読み方すら分からない文字が並ぶ。ただ、二つだけ読める単語が記載されていた。
それは、過去に英也へ向けて投げた質問でもある、黒野家で代々口伝により伝えられて来た『合言葉』——
「『レーシェ』、『フィアルゼ』……」
「それは、神々が『こちらの世界』でやりとりする前に言い合っていた合言葉。そうだよね」
「え……?あっ!いや、これは、その」
集中するあまりその合言葉を声に乗せていたことに気付かなかった黒野は、慌てると同時に将斗の『答え』に目を丸くする。
「あれ?違ったかな」
「いや、え、と……。あの、実は……、これが何の合言葉なのかは、知らなくて」
将斗は黒野から視線を外し、虚空を見やる。
「なるほど。『あなた』は『まだ』と判断しているわけか」
誰もいない空間に話しかける将斗だが、黒野にはその相手が誰なのか理解できていた。
「……」
「ふぅん。まぁ、そっちの考えも分からなくはないし、余計なことは言わないでおくよ」
「……」
虚空は虚空らしく静寂のままではあったが、明らかにその空間は重くなっていた。
直後、もう興味を失くしたのか、将斗は他のメンバーの元へと戻っていった。
「……ラペ」
黒野は小声で再度パートナーに声をかける。
「あぁ。やつは『識っていた』。少なくとも、『我々側の派閥』で間違いなさそうだ」
「そうだね」
緑川に何かを話している将斗を見ながら、黒野は前向きに短く答えた。




