理解への道
真紅のうさぎを肩に乗せた詩音は、ツェッテに聞こえない程度の小声でうさぎに声を掛ける。
「準備は、いい?」
うさぎも詩音に返答する。
「ふっふー、やる気まぁーっくす」
「……そうね」
愛らしい見た目に反せず、その言葉遣いにも可愛らしさがあるうさぎ。それが詩音の相棒『メロネ』。
詩音はメロネに目を細めて微笑みかけ、脚をゆっくりと曲げてしゃがみ込んだ。
「な、何かと思えば……、ただのペット連れ込みじゃないの。お遊びはこれでお終い。ふざけるのはおやめなさいな」
ツェッテはすぐに臨戦体勢に戻り、白い剣のフィギライトを構え直す。
詩音はしゃがんだままフィギライト銃を取り出し、自身の脚に銃口を当てる。
「行くよ!」
その声と同時に発砲した。本来ならダメージを負うはずのその脚だが、傷などは一切なかった。それどころか、脚を保護するように薄い膜のようなものが何層にも重なっている。
そして、機を窺うツェッテが瞬きをしたその瞬間に、詩音は空を切る音と共に彼女の視界から消え去った。
「なッ!?どこに!?」
急いで背後へと振り向くツェッテ。すると、遥か先、既に遠近法で小さく見えるほどの位置に詩音の後ろ姿を確認した。辛うじて確認できたその彼女の脚は、まるでうさぎの脚のような形状に見えた。
「……はぁ。なかなかやるじゃない」
詩音との距離が離れすぎたツェッテは、『あの方』への言い訳をどうしようかと頭を悩ませ始めるのだった。
クアロスの登場に喜びの声を上げるティーラス一同。
実は、緑川の試験が実施されるよりも以前から計画されていたとある作戦があり、その作戦にはクアロスの『理解』が必要不可欠だった。
神々と言えど、使える技術や得意分野は柱によって異なる。クアロスは『対象への理解を一定量得ることによって、その対象の潜在意識を垣間見る』ことができ、これが出来るのはティーラスでは唯一の存在だった。
「いよいよ始められるんだな」
ラペの期待がこもった言葉に、短く「あぁ」と答えるクアロス。
緑川の試験はこのまま続ける必要があるので、作戦について話し合うため部屋空間を移動する。
「『デイロ』の連中……。おそらくもうすでに、やつらは手を打っている」
ラペは何も言っていないが、クアロスはそう『回答』した。
「それは、いやしかし、フィギライトも無しに打てる手があるのか?」
作戦会議に参加している気さくな神、リドラフ・ペルデは首を傾げる。
「フィギライトは確かに重要な要素だ。だが、無かったからといってやつらがそのまま黙っていられるとも思えん」
「うーむ……。ラペはどう思うんだ?」
ペルデに話を振られ、ラペもそれまで考えていたことを口にする。
「俺のは単なる推測にすぎないが、やつらは『フィギライトに相当する何か』か、あるいは……」
言い淀むラペ。
ペルデは疑問符を浮かべながらラペを見る。
クアロスには何か理解出来るところがあるらしく、ラペを見ることなく難しい表情になっていた。
「あ、あるいは、何だよ?」
クアロスにアイコンタクトを送るラペ。クアロスは仕方なさそうに頷いた。
「あるいは……『第四のフィギライト』を、手にしているかもしれない」
英也たちの特訓は、リモート授業と並行して行われている。
将斗の担当する座学中は常にリモート授業用タブレットを机上に広げてすぐに対応出来る状態を維持し、グェンの担当する実技中は片耳にワイヤレスヘッドセットを装着して授業を受けていた。
「うぉっ!?……っぶねぇ、今のは当たりそうだったわ」
鉄仁の身体すれすれを掠めたグェンのプラズマ弾。特訓と称された実技では、まず攻撃を回避、そして防御する術を学んでいた。
ほとんどのペン型フィギライトが未覚醒状態である以上、攻撃についてあれこれ実践しようとしても無駄なのだ。
「鉄仁!」
突然、英也が鉄仁に声を掛けた。グェンにもちょっとだけ待って欲しいと両手を前に出して無言のままジェスチャーする。
グェンは一瞬で状況を把握したらしく、大きくため息を吐いて青いフィギライト銃を下ろした。
鉄仁は最初だけよく分からないといった顔をしていたが、英也がヘッドセットを指差しているのを見て理解し、慌ててミュートに切り替えた。
ただ、鉄仁の先ほどの声はリモート授業中の教師含む全員へ向けて発信されてしまっていた。
「こーら黄瀬!『当たりそう』とか言うと次は本当にお前に当てるぞー」
奇跡的なダブルミーニングで場を掻い潜った鉄仁。「すみません」と一言だけ発言して再度ミュートに切り替えた。
その一部始終を見届けたグェンは英也に「もういいか?」と視線を送る。英也もそれに応えるように首肯した。
「はぁ。じゃ、再開する。次、今度は難易度を高めにする。死ぬ気で避けろ」
グェンは容赦なくフィギライト銃を乱射した。
「マジかよ!?」
鉄仁に降り注ぐ圧縮空気の弾丸シャワー。いくつかが直撃してしまった。
「ガハッ!ウッ、ぐっ!」
右の太ももと左肩にダメージが入ったらしい。その着弾箇所に赤いマーカーが付いていた。
「チッ、まだまだ甘ェな。オイ、次のヤツ来い!」
鉄仁はゆっくりと立ち上がり、太ももを軽くさすりながらグェンに一礼する。
待機部屋へと戻って来た鉄仁に、英也が声をかける。
「だ、大丈夫……なんだよね?」
左肩に着いている焦げ跡と、それを覆うように貼り付いたマーカーを見ながら心配する。
しかし、鉄仁はケロっとした表情でマーカーをペリペリと剥がしながら答える。
「おう、問題無し!確かに食らった瞬間はやっぱり痛ぇけど、ま、それだけみたいな感じだな。特訓な訳だし、ここでガチの怪我はあり得ねーって」
「そ、そうか……」
英也は少し納得いかないような表情で考え込む。
「よーし、んじゃ、あーしが診たげよっか」
そんな二人の間に切り込んで来たのは、テンション高めの緑川だった。
「あ、う、うん。そうだね。お願い出来るかな」
英也がそう答えると、「りょ!」と言って鉄仁の肩や太ももを確認し始めた。
海花がグェンに呼ばれて特訓中なので、一人で暇になったのもあったのだろう。緑川は「ふむふむ」と口にしながらダメージの入ったであろう箇所を入念に診ている。鉄仁への心配は緑川に預けることにした。
英也が一人になるタイミングを見計らっていたのか、黒野が声をかけてきた。
「し、白道くん。今、いいかな」
「うん。いいけど、何だい?」
「あ、えっと、こ、これ」
黒野が差し出して来たのは古そうな文書だった。書かれている記号の羅列は、何らかの言語のように見えた。
「これは……?」
「あ、そ、そうだよね!いきなり変なもの見せちゃって、ご、ごめんね」
例によって謝る黒野だが、その文書を取り下げようとはしない。
英也は詳しくその文書に目を通してみることにし、黒野から正しい向きで紙を受け取った。
その直後だった。
「な、なんだ、これ……」
突然、英也の脳内に情報が入り込んで来た。
「どう、かな。……何か、読めた?」
黒野の問いかけに答えたい英也だが、そんな余裕はなかった。
目の前にある謎の文書に書かれた記号たちがすらすらと読めるようになり、そしてそれらにより構成された情報が次々と頭の中へと流れ込む。
「あ……。え……?」
時々、英也本人の意図しない声が口から漏れるばかりで、情報の整理に脳のリソースがほとんど持っていかれている。
「っく!はぁ、はぁ……んぐ、はぁ」
数秒後、我に返った英也は、目を見開いて荒い呼吸をする。
「わっ!ひでっち!?」
鉄仁を診ていた緑川が慌てて英也に近寄る。
「……だ、大丈夫だと、思う。心配、かけちゃったね」
英也は、自身の頭脳に叩き込まれた情報を整理すべく、目を閉じて身体を楽にする。
「ひゃー、めっちゃビビりまくりんぐムカムカッピじゃん!」
心配と怒りの表情の緑川。
「あぁ、いや、ごめんね。多分、もう大丈夫だから安心して」
英也は情報整理のためにノートを広げた。




