これからの日常
将斗の座学では、フィギライトの使い方を学ぶことになっている。
フィギライトの保管方法に始まり、持ち運ぶ際の注意点や万が一どこかに落としてしまった場合の探し方などもこの内容に含まれている。
「——と、ひとまずはこれくらいかな。とりあえず、全員揃っての座学はこれが初めてだから一旦ここで区切るよ。はい、じゃあ各自で僕から聞いたことをアウトプットし合って定着させて」
将斗の教え方には必ずこの『アウトプット』の時間が設けてある。将斗曰く、この方が短期間で効率的に学んだことを定着させることができるのだという。
「英也くん、いいかな?」
海花がぐいっと顔を近付ける。
「うぉっ、う、うん。大丈夫だよ」
普段よりも距離の近い海花に、少しだけ慌てる英也。そしてこの光景をガン見する鉄仁。怖い。
海花は鉄仁には目もくれず、将斗の指導に従って得た情報をアウトプットする。
「えっと、『フィギライトは使わない時、専用のポケットもしくは』……、あれ?なんだっけ」
「『胸ポケットなどの目と手の届く範囲で持っておく』だね」
「あ、そうだった。その後の『保管時に暴発しないようにロックする』と順番あやふやだなぁ」
海花は真面目に取り組んでいた。一方で、鉄仁はアウトプットはおろかガン見の体勢を崩さぬまま延々と英也……いや、海花を見ている。怖すぎる。
「ちょ、ちょっとごめんね」
恐怖の視線に耐えられなくなった英也。ここで鉄仁と目が合った。
「や、やぁ。大丈夫か?」
英也のぎこちない声かけに、鉄仁はハッとして我に返った。
「お、おうよ!バッチリだぜ!フィギライトは……。そうか!忘れたぜ」
いつもの鉄仁に戻ったので英也はひとまず落ち着く。
黒野は心配ごとが増えたと苦笑いするしかなかった。
「……。今日の座学はここまでにしよう。グェン、あとは頼むよ。ちょっと疲れた」
将斗も黒野同様に頭を抱えるのだった。
英也たちの座学と丁度同じ頃、ティーラスでは緑川の対策会議が開かれていた。
「なんとなーく、なんとなくだけど、ちょっと分かってきたような気がするわ」
キャレルの言葉に、ラペは懐疑心を露わにしながら「本当か?」と詰め寄る。
その場の他の面々も唸りをあげながら首を傾げている。
「フィーリングってやつよ。多分……意味なんてないんじゃないかなって」
「意味のあるなしに関わらずとも、発言している以上は何らかの意思があるはずでは?」
「……それは、そうだけど」
そう考え込む一同の元に、意外な一柱が斬り込んできた。
「この手のやつは、語尾の変形、類似の同音による言葉の装飾で、語呂の良さを兼ねて自身の表現を一意化せんとしている」
キャレルを含む会議メンバーは、その発言の主を見て唖然としていた。
「……そ、そう、なんだ」
キャレルが絞り出した回答により、場の空気がゆっくりと解け始める。
会議室と化した試験空間の入り口に腕——の代わりに大きな羽を組み、唐突に的確な『答え』を出したのは、フィーノ・クアロスだった。
メンバーが驚いたのは、クアロスがこの助言をしたからだけではない。クアロスが瞑想を終えてそこにいること自体にも驚いていた。
「えーと」
キャレルは困惑したままの表情でクアロスに聞く。
「何か、『掴めた』?」
クアロスは静かに頷く。
この首肯を見て、ラペは喜ばしいと言わんばかりに声を上げた。
「本当か!ようやく、時が来たんだな!」
これはその場の神々の総意でもあったようで。
「……あぁ。あとは、あちら次第だ」
クアロスは試験中のスレイクを見やった。
ツェッテが仕掛けた戦闘では、規則正しい波形の刃による猛攻が展開されていた。
一定の周期に沿ってうねる刃物。軌跡を追うことでその動き自体は読めるが、波形の範囲外に出ることが容易ではない攻撃。また、分かりきった攻撃範囲の外に罠があることは詩音にも理解出来ていた。
「嫌な技ね」
「フ、アハハ!それをあなたが言うとはねぇ!早く本気にならなければ、わたくしの華麗な一撃があなたを裂きますわよ!」
詩音の呟きに笑って返すツェッテ。
しかし、詩音が攻撃を仕掛けずにひたすら逃げの姿勢を崩さないことに少し苛立ちを顕にしているようにも見える。
見えない糸で繋がれた数多の刃物によるサインカーブは詩音を捉えることなく壁に突き刺さる。
ツェッテは刺さった刃物を中心点とし、床を蹴り上げて天井に一旦足をつけ、そして勢いのまま天井を2歩ほど駆けて詩音の背後へと降り立った。
「絶対に逃がさない」
「くっ!」
至近距離に迫られる前に後退する詩音。しかし、頭の中では施設のルートを検索していた。ここで戦闘をしても不利なのは確実。攻めても防御に徹したとしても、時間を稼がれる。塞がれた道を強行突破するより、迂回路で少しでも早くシェトマの元へ駆けつけるべきと考えていた。
「そっちにも行かせはしないわ!」
ツェッテのフィギライトが詩音の向かおうとした方向に伸びる。
「……」
詩音は動きを止める。
「あら、ようやく分かってくれたのかしら?」
ツェッテは立ち止まって顔を俯かせた詩音に歩み寄る。フィギライトの先端は伸びた先にあった壁に突き刺さる。
ツェッテは詩音の頬にどこか愛おしさを感じさせる艶かしい手つきで触れる。
「……」
詩音はそれにまったく動じることなく顔を伏せたまま立ち尽くしている。
ゆっくりと詩音に身を寄せていくツェッテ。しかし、零距離になろうというところで、ツェッテは急に声を上げた。
「ッ!?エスカあなた!」
詩音の表情は見えないままだが、辛うじて見えた口元で何かを呟いていることに気がついたのだ。
そして、急いで離れようとするツェッテをキッと睨み、詩音は叫んだ。
「メロネ!」
突如として壁に波紋が現れ、その中心から獣が飛び出した。
「手段を選ばないのはお互い様」
詩音はそう言って出現した獣——鮮やかな紅色に染まった毛並みのうさぎを肩に乗せた。
カフに頼んでフィギライトとの対話の時間を得た無相は、テーブル上に置かれた黄色に染まったフィギライト銃を見つめていた。
「『その中の』と言うということは……。やはり、気付いていたということですね」
無相は黙ったまま目を瞑る。カフは何かを諦めたようにため息を吐いてから、フィギライトに声をかけた。
「ファレル、今、少しだけ大丈夫でしょうか?」
黄色のフィギライト銃に反応はないが、そのすぐ近くに空間の歪みが生まれた。その歪みは波紋のようにじわじわと規模を広げていき、空間に円形の『穴』を空けた。
「……」
しかし、動きがあったのはそこまでで、その穴からは何も出てくる様子がない。
「……?」
無相は首を傾げてカフを見る。カフはやれやれといった風に両手を上げて首を振っていた。
「大丈夫です。この方は私のお友達です。怖がる必要なんてないですよ」
カフが話しかけたのは無相ではなく、穴の中にいるであろう者に対してだった。
「……こ、怖……ぃ、わけじゃ、ない」
空間に空いた穴の中から、弱々しい声が聞こえた。
「ん?今のが、『彼』?」
カフに質問する無相の表情には面倒臭さや怒りなどは一切なかった。
「はい。私の相棒、『スチェッタ・ファレル』です」
「あ、あぁ……。ぼ、ぼくの、名前……」
姿は見えないが、気の強い方ではないようだ。
そんなやり取りをしている中、空間にぽっかりと空いた穴は徐々にその大きさを縮めていた。
本来なら存在しないはずの『別世界との接点』ということもあり、『普通』の物理法則を無視したその穴は、『この世界において許容されないもの』ということなのだろう。
そのことを瞬時に理解した無相は、カフに提案する。
「……僕が向こうに行くのは?」
カフは目を丸くして無相を見る。この案は考えすらしなかったのだろう。
しかし、カフが驚いたのは『ダメに決まっている』からではなかった。
「その手が、ありましたか」
一本取られた、と言わんばかりに無相の提案に理解を示した。
「じゃ、行こうか」
「えぇ。同行します」
そして、二人でファレルの空間へと進入した。




