風紀委員のあり方
日も暮れて夜になり、星々が空に見え始めた頃。英也たちフェルシアス候補生はそれぞれの帰路につこうとしていた。
「なぁ、これ明日もあるんだよな?」
校門から出たところで第一声を放ったのは鉄仁だった。
英也や黒野が慌てて口元に指を立てて「静かにしろ」と無言で伝える。
「……あ、いや、すまん。そうだったな」
小声になった鉄仁はそのまま続ける。
「けどよ、また明日もこんなことになるなら、いっそ公園とか別の場所でも良いような気がしてよ」
その場にいる全員、鉄仁の言うことも分からなくはなかった。
リモート授業となったこの状況において、わざわざ学校へ出向いて教師や警備員などと遭遇する確率を上げる行為はよろしくない。
授業中である昼間に出くわすのはもってのほかだが、夜分に学校で見つかるのも最悪のシナリオだ。
朝に道すがら何処かで遭遇してしまう分には、時間にもよるが「朝のジョギング」や「朝食を買いに」と言い訳ができる。
「そうだね……。ちょ、ちょっと聞いてみるよ」
鉄仁の意見を聞き、何か策があるらしい黒野がスマホを取り出した。
「聞くって、誰に?」
英也のもっともな質問に、黒野は少しだけ得意そうな表情になる。
「ぐ、グェン、さんに」
——数十分前。
「あ?何か用か?」
特訓の後、祭壇でボトルの缶コーヒーを傾けるグェンに話しかける者があった。
「え、えーと……。あの……」
「はぁーーー。ウゼェ。聞きてぇことがあんなら早くしろ」
言葉は強いが、グェンはコーヒーを手にしたまま黒野の言葉を待っていた。
「あ、あの!」
黒野が開口と共に一歩前へと歩みを進めた。
「か、カルセート、だって、聞きました」
「……」
「ぼ、僕も、カルセート、でして……」
グェンの前で話すことが頭から飛んでしまった黒野。グェンはいかにも怠そうに懐に手を入れる。
「あ、す、すみません。ここは禁煙でお願い……」
グェンがタバコを取り出すとみた黒野は一旦話を置いて注意しようとした。
「……。ホラよ」
しかし、グェンが取り出したのはタバコではなくスマホだった。
黒野の勘違いな対応にも嫌な顔ひとつせず、ただスマホを黒野に向けている。
「え」
「話せるようになったら連絡して来い」
グェンが差し出しているスマホには、連絡先読取登録用の画像が表示されていた。
「あ、ありがとうございます!」
黒野は急いで自身のスマホを取り出し、連絡先読取モードのカメラを起動する。
「カルセートってのは面倒だな。……クロノ、とか言ったか。テメェもこれからウンザリするほどの面倒に……、もう既にか。あーぁ、怠ィな」
連絡先を読み取り終わり、二人ともスマホをしまう。黒野は連絡先を教えてくれたことと名前を覚えて貰えていたことに嬉しくなっていた。
「テメェを一人前と認める資格は無ェが、テメェが『仲間』を正しく律する『カルセート』になれるかどうかは俺がこれから見極めてやる」
グェンは少しもブレない真っ直ぐな視線を黒野に向けていた。
黒野もそれに応えるように一つ頷く。その表情には人見知りの緊張ではなく、これからの覚悟が映し出されていた。
「よろしく、お願いします」
——ということで入手した連絡先に電話をかけてみる。
「……。……あ、も、もしもし」
通話は無事繋がった様子。黒野は緊張で手が少し震えている。
「あ、は、はい!そ、そうです!僕、く、くく黒野、です。……はい。あ、そ、そうです。え、えーと……」
ここで黒野は英也を見る。どうやら何を話そうとしたのかド忘れしてしまったらしい。英也は通話に乗らないように小声で内容を伝える。
「特訓の、場所」
それを聞いて思い出した黒野は英也に軽く一礼して通話に戻る。
「えと、あの、ば、場所……を……。あ、はい。そ、そうです。あ、そう……。はい。ほ、本当ですか!ありがとう、ございます。た、助かります」
グェンが何を言っているのか気になる英也たちだが、どうやら話していた特訓の場所についてはなんとかなりそうな雰囲気を感じ、安堵する。
「はい。それでは、また、は、はいっ!あ、そ、そうですね。分かりました。いえ、だ、大丈夫、です。では、し、失礼します」
スマホの通話終了ボタンを押してグェンとの通話を切る黒野。その表情には達成感があった。
「黒野くん、どうだった?」
大方の予想はついているものの、聞いてみないことには確定しない。
「あ、う、うん。まず、特訓の場所についてだけど、明日から……ぼ、僕の家になったよ」
「黒野の家かー」
「なるほど黒野くんのー……」
「黒野っちのお家?」
そして一同、一瞬だけ固まって。
「「「は?」」」
「あ、あはは……」
思いがけない練習場の提示に驚くのだった。
黒野の電話相談の後、海花と緑川は学校に近いところに家があることもあって他のメンバーより先に帰宅していた。
帰り着いて早々に疲れが出たのか、リビングのソファにぐったりと身体を預けて天井を仰ぐ海花。そんな彼女のスマホに、一通のチャット通知が届いた。
「衣奈ちゃん……」
緑川からの通知には「悩み事なら相談に乗る」といった旨の内容が書かれていた。
「……」
チャット画面を開く。そして、何かを入力しては消す行為を繰り返す。
「〜〜ッ!ダメだ、怖いなぁ」
チャット画面の送信前メッセージ欄に表示されている「衣奈ちゃんは英也くんのこと」という中途半端な入力をそのままに、海花は左腕で自身の目を覆う。
スマホを左手に握っていたのが悪かったようで、腕を動かした勢いで画面がどこかに当たってしまったらしい。
「あっ」
チャット画面には、先ほどの不完全な文が送信されていた。
「……」
しかし、海花は慌てなかった。
それからその日、海花のスマホに通知はなかった。
「まあ!こんなに散らかしちゃって。少しは片付けようね、アーセルちゃん」
電子機器とお菓子のゴミだらけの部屋にノックもせず入ってきた一人の女性。
アーセルは急いでタブレット端末のマイクオフボタンをタップしてから反応した。
「わわっ!誰……って、あ、エイミーだぁ。やっほー。今忙しくてさぁ」
「そ、その声!どしたの?」
無相の声で話すアーセルに驚くエイミー。
「あぁ、これは任務でねー。僕だって色々任せてもらえるようになったんだよ!なんてったってテーマだもん」
「そうなんだ。……あのアーセルちゃんがねぇ。ご飯の代わりにお菓子しか食べない子がテーマになったらしいって聞いた時は『まさかね』と思ってたんだけどなぁ」
「ふふーん」
アーセルはドヤ顔でミチビキのロゴの入ったケースを手に取る。
「僕には『コレ』があるからね」
「何それ」
ケースを開け、中から飴玉の入った筒を取り出してエイミーに見せる。
「飴玉?」
「うん。でもただの飴じゃないんだよ」
アーセルは喉を指差して言う。
「声の出る声帯っていう部分に小さな擬似スレイクを張って、好きな声が出せるんだよー」
エイミーはアーセルに近付いて喉に注目する。
「それで声が変わってるのね……。あ、本当だ。スレイク見えるね」
よくよく見れば、アーセルの首を輪切りにするかのような状態で小さな円形のスレイクが浮かび上がっていた。真正面や真横から見るとスレイクが薄すぎて何もないように見えるが、少し角度をつけて見ると、薄ら円形の光の一部が首から外にはみ出して見える。
「そういうこと。これ使えるの今は僕だけなんだよ。まぁ成分的に僕に効くように調合してるからなんだけど」
アーセルは飴玉の筒を眺めながら得意な顔をする。
「なるほど、化学好きが買われたのね」
「まーねー。モデラ様から任務を貰えた時はびっくりだったけど、せっかく選んでくれたんだし、頑張ろーってね」
「……そっか」
その後、任務に戻るアーセルを見て一瞬だけ微笑み、エイミーは部屋のゴミをサッと袋に詰めてまとめてから出て行った。




