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フィギライト  作者: シリウス
カガヤキの始まり
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加工困難な原石

 いにしえ高校の屋上、ハードレム・スレイクのある祭壇入り口近辺。英也たちの特訓は休憩時間に入っていた。空はそろそろ夕焼けに染まりそうだ。

 『解放』という単語を口にした将斗は、黒野が指差す『擬似フィギライト』を見ながら淡々と説明を始めた。

「それは『解放』と呼ばれる現象だよ。フィギライトの研究で見つかった未解明の事象の一つ。今のところはその『擬似フィギライト』と、強引に剪断したフィギライト片からしか確認されていない」

「か、解放……?」

「そうだなぁ、分かりやすく言うとフィギライトが『風化する』ことだよ。擬似フィギライトは本物のフィギライトとは違う理由で色が着いていてね。解放が始まると……、あ、ちょっとごめんね」

 空が暗くなりかけていることに気付いた将斗は、話を一旦止めて時計を確認し、グェンに声を掛けた。

「グェン、時間」

 短く端的な発言だったが、意外にもグェンはこれに潔く反応した。

 「チッ」「うるせぇ」のどちらも口にせず、ただ無言でフィギライトを上着で隠しているホルスターへとしまう。その様子を見た鉄仁は思わず「えっ」と口にした。

「あ?何だ?」

 グェンにキッと睨まれる鉄仁。

「うぇっ!?あ、えーと、な、なんていうか」

 珍しく鉄仁が狼狽えている。

「……今日やることは終わった。そんだけだ」

「あ、はい。……とりあえず、終わりか」

 鉄仁は呆気に取られながらも特訓の区切りにどこか安心した表情になる。

「い、意外だね」

 鉄仁のそばにいた英也も、その言葉通り若干驚いているようだった。

 その一連の流れを目の当たりにした黒野は鉄仁以上に驚いた顔になっていた。

「……しょ、将斗さん」

「あ、話が途中だったよね。えーと」

「あ、か、解放については、何となく分かりました。そ、それよりも……、グェンさんって、もしかして」

 擬似フィギライトについての説明に戻ろうとする将斗。ただ、黒野はもう既にある程度理解できたらしく、今目の前で起きたことについて質問を投げかけた。

 黒野の言いたいことを理解した将斗は、一つ頷いて答える。

「あ、そうそう。そうだよ。彼が『僕らの』カルセートさ」

「……そ、そうだったん、ですね」

 黒野の反応に少し間があったのを感じた将斗は付け加える。

「あー、まぁそうなっちゃうのも分かるよ。グェンはそう見えない言動ばかりしてるからね。……でも、彼の本心は紛れもなくカルセートだよ。もしかしたら、君よりもね」

 将斗の評価を耳にして、改めてグェンを見る黒野。

 言葉自体はぶっきらぼうなものだが、彼が見せるフィギライトの扱い方は確かにカルセートのそれだったようにも思える。

「……」

 無言でグェンを見続ける黒野に、将斗が続ける。

「『風紀委員』らしく、僕たちの『誇り』や『居場所』を守ってくれてるグェンには感謝してるんだ」

 解放が進む擬似フィギライトを手に取って眺める。

「よーし、今日はこんなところかな。疲れただろうし、今夜は休むといいよ。フェルシアスと言えど人間。身体の疲労は休息で取らないとね」

 正論で黒野の口を塞ぎ、立ち去ろうとする将斗。

「あ、これは君が持っていてくれないかな」

 そう言って擬似フィギライトを再び黒野へと手渡す。もうほとんど色が消え掛かっており、パッと見ではただの金属製の銃になってしまっている。実弾が撃てるなんて事はない、良く出来た玩具といったところだが。

「……ど、どうして、僕に?」

 擬似フィギライトの存在を教えてくれたのだろうという認識は出来たが、やはり預けられる理由は分からない。

「『参考資料』の提供、かな」

 そして将斗は今度こそ黒野に背を向けて祭壇の中へと入っていった。


 クアロスに相手をしてもらえず、渋々と自分の部屋空間へと向かう一柱の神。やはり静かすぎるティーラス内に、よろしくない想像が絶えない。

 ——と、何か悪いことが起こっているかもしれないと警戒心を持ったところで、見知った声がしていることに気が付いた。とても小さな声量であり、注意しないとすぐに聞こえなくなってしまうほどだ。

「だ、だれかー、どこかに誰かいるのかーい?」

 これまた可能な限り小さな声で呼びかけてみる。しかし返答はない。その神は困り果てた表情で周囲を見回す。

「む?あそこは……」

 クアロスの部屋とは真逆の方面へと長く続く通路の突き当たり。そこは神が『世界』を観察出来る唯一の場所だ。いくら神でも自由好き勝手に『世界』を覗ける訳ではなく、その部屋にある特殊なスレイクでのみ覗けるようになっている。

 ティーラスにいる神々は、とある事情からこのスレイクを濫用しないように努めている。唯一、試験の際のみこのスレイクの使用を認めている。

「試験中ってことか?いやいや、だとしてもほぼ全員が集まることなんて……」

 疑問はあるが、今他に頼れるものもない。そこに進入してみることにした。

 すると、中に入るや否や、すぐに反応を示す声が複数あった。

「あーっ!ゴノくんじゃん!久しぶりだねぇ」

「何?おぉ!ゴノファか。気付かなくてすまんな」

「え、何かあった……って、ゴノファじゃないか!戻って来てたんだな」

 普段ならこんなに大勢がいるはずではない空間なだけに、ゴノファと呼ばれた神は疑問符を浮かべる。

「あれ、ここって試験でしか使わないはずじゃ……?」

 ゴノファの質問に答える代わりにスレイクを見るよう促すキャレル。

 そこには世界が映し出されており、そして一人の少女にフォーカスしていた。

「試験中?だとしても、いや、だとしたらなおさら」

 この場に大勢でいるのはおかしいのではないか、と続けようとしたところで、試験対象の緑川が口を開いた。

 「わっ!あっぶなー。当たりゃ『痛飛ん』じゃ済まなくね!?」「こりゃー極み沢?」「おけまる水産っ!」「ひぃッ!こーわっ!サゲぽよ」

「……」

 ゴノファは無言になってしまった。

「そういうことなんよ」

 キャレルは解説を放棄して困り顔を見せる。周囲の神々も、どうしたものかと首を捻っている。

「な、なるほど」

 緑川が次々と放つ『独特な言葉遣い』は、やはりゴノファにとっても未知との遭遇のようだ。

「色無しが優先したがる理由はこれか……」

 ティーラス長官の困惑した声が溶け込む試験空間は、それからしばらくの間、数柱の唸り声とメモを取る音でいっぱいになるのだった。


 白い壁に囲われ、あちこちにタブレット端末やらサーバーやらが配置されている電子機器の巣窟のような部屋で、小さくなった飴玉を舌で転がすアーセルは眠気と闘っていた。

 チカチカと点滅するランプがアーセルの睡魔を応援する。

「うーん……」

 もうダメだ、と椅子の背もたれに身を任せようとしたその時。

「……くん?……そうくん?無相くん!?」

 タブレット端末から大音量で再生された音声に飛び起きる。声の主はどうやら大人のようだ。

「は、はいぃっ」

 アーセルは寝ぼけ眼を擦る間もなく返答する。

「全く。今日一日、ずーっと寝てましたね?」

「あ……や、ごめん、なさい……」

 アーセルは働かない頭で反射的に回答する。

「……え」

 タブレット端末のスピーカーからの音声がピタリと止まった。

「……?」

 アーセルもまだ理解出来ていなかった。

「あ、あの……あの無相くんが……」

 この言葉で、アーセルは多量の冷や汗を流すことになった。無相はこういった場面で謝るような性格ではない。

「い、いや、違っ……」

「成長したのね!!!」

「へ?」

 タブレット端末から聞こえた想定外の応答に脳の処理が追いつかないアーセル。

「先生、無相くんのこと、誤解していたわ。はっ!た、担任の先生にも伝えてあげなきゃ!」

「あ、いや……」

 アーセルの言葉など全く届いていない様子。仕方ないので一旦タブレット端末のマイクをオフにする。

「……はぁー」

 ため息を吐いてから、ミチビキのロゴマークの彫られた特別製のケースを手に取り、開く。

 その中には、筒に入れたれてまとめられた飴玉が数本入っている。

「とりあえず誤魔化せたから、セーフ……だよね?」

 独り言を呟きながら透明な筒から飴玉を一つ取り出す。

 他の色のついた筒には端ギリギリまで入っている飴玉だが、その透明の筒の中身はいくつか減っている。

「そろそろ効果も切れるところだったし、危なかったなぁ」

 この発言の途中で少し高めの声へと変化があった。

「あ。本当にギリギリだったのかぁ」

 およそ無相とは思えない音声で発音するアーセル。

 特に慌てる様子もなく飴玉を口へと放り込む。

「グミとかチョコとか、やっぱりもっとバリエーション増やしたいなぁ」

 そう愚痴をこぼしながら飴玉を舌で頬の内側へと移動させ、喉に手を当てる。

「あー、あー。こほん。ん、んー。あー、あー」

 『アーセルの声』がどんどん『無相の声』になっていく。じわりじわりと変わっていくその音声は、アーセルの胸元に着けられているマイクに拾われる。そして、近くにあるモニターに『Voice: 無相 拓磨』の表示が出力された。

「よし。えーと、今日はあとこれとこれと……これかぁ」

 何かの書かれた紙のメモを読み終え、クシャッと丸めてゴミ箱へと投げる。綺麗な軌道を描いたメモ紙は華麗にゴミ箱へと吸われていった。

「さて、と。残りもささっとやっちゃおう!」

 アーセルはその容姿に合わない声のまま、タブレット端末のマイクをオンにした。

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